「それでも貴方は」
覚悟を決める余裕なんて、この世界の神様は与えてくれない。
【……報告。コバヤシ・タクローのステータスに変化アリ】
精神状態:『危険』→『要注意』……要注意。精神が危険値から要注意に回復
【……報告】
気が付けば俺は大きなヘリに乗せられていた。
「……」
行き先はわからない……沙都子先生に何か言われたような気もするが覚えてない。
「……あの、タクロー……?」
「大丈夫ですかって? 見ての通りだよ、フリスさん」
「……ッ」
俺の隣にはフリスさんが座っている。
彼女は心配して声をかけてくれるが、今の俺に彼女の善意を素直に受け取る余裕なんてない。正直に言うと、鬱陶しさすら感じてしまっている。
彼女が心配しているのは俺じゃない。俺が入ってるこの〈怪物〉なんだから……。
「少しは落ち着いたかしら?」
「……どうですかね」
「……もう一度だけ聞かせてほしいの。貴方の話を」
さっきまでヘリの操縦士と話していた沙都子先生が俺の前の席に座り、もう一度話を聞きたいと言い出してきた。
「もう一度……ですか」
「ええ」
先生の顔は半信半疑といった様子で、校長室前で俺がぶち撒けた言葉を全部信じてはいないようだった。
そりゃそうだ、誰が信じるか。俺だって信じられないんだ、今でも悪い夢か何かだと思ってるんだから。
「貴方は妙な夢を見て……目を覚ませばコバヤシ君の体になっていたのね」
「はい、そうです……沙都子先生」
「先生?」
「そう、俺の知ってるアンタは先生だった。俺のクラスの担任で……」
「私は教師ではないわ。今まで教職に就こうと思ったことはないし、これからもないでしょう」
「……そうですか」
きついなぁ。この人、俺の知ってる先生じゃないんだってさ。
教師だった親父に憧れてあの人は先生になった。そんな沙都子先生と瓜二つな人に『思ったことはない』、『これからもない』と言わせるとか……この世界の神様には心がないのか? あんまりにも程があるだろ。
「でも、そっくりなんですよ。俺の知っている先生と……」
「そう、困ったわ」
「……」
顔はそっくりそのまま、声も同じで、黒い髪を後ろで束ねたヘアスタイルと、左の目尻にできた泣きぼくろまで……俺の知ってる沙都子先生なんだ。ついでにその胸もな!
「……話が逸れたわね。ええと、貴方の世界だと……普通の人間しか居なかったのね?」
「はい、こっちで見かける頭がロボになってるのとか、ピンク色のオークとか、ゴリラとか、宇宙人みたいなのとか……そんな見た目の人間なんていませんでしたよ。俺だってそうだ、こんなフザケた格好なんてしてなかった」
「……なるほどね」
「……信じてないですよね」
「私は現実主義者だから」
「あの……私も聞いていいですか?」
フリスさんが沙都子先生……いや、サトコさんとの会話を遮って話しかけてくる。
「何?」
「私は、どうでした……?」
「何度も言うけど、〈俺の世界〉に……君はいなかったよ」
「……そう、ですか」
「……うん、俺は君を知らないんだ。君と俺がどんな関係だったのかも、今の俺は何も知らない……」
俺の言葉を聞いたフリスさんは目に涙を滲ませる。
仕方ないじゃないか、俺は違うんだ。俺は 小林拓郎 なんだよ!
大体、こんなヘリに乗せられてどうしろっていうんだ!?
みんなが言う〈シュウマツ〉って何だよ。知るかよ、そんなの聞いたこともねえよ!!
「じゃあ、ここからは私たちが知っているコバヤシ君について説明するわね」
「……俺の話、聞いてました? 俺は」
「聞いてあげたわ。だから、今度は私たちの話を聞いてちょうだい」
「……滅茶苦茶なこと言いますね。沙都子先生」
「私たちからすれば、貴方の言うことも滅茶苦茶よ」
ああ、はい。そうですね、滅茶苦茶ですよね。
「時間がないから、単刀直入に言います。これから貴方に何をしてほしいのか……」
「……」
「貴方には、戦ってもらいます。私たち……いいえ、この世界に生きるもの全ての天敵と……」
「……は? ちょっと」
「最後まで聞いて? 貴方の名前はコバヤシ。貴方の覚えている通り、コバヤシ・タクローで間違いないけど……もう一つの名前があるの」
「もう一つの……名前?」
「貴方のもう一つの名前は〈終末対抗兵器〉、正式名称は〈第一種全領域対応型終末対抗決戦兵器-J型〉……」
「……は??」
「OVER PEACE……それがもう一つの名前よ」
ははは、ご冗談を。
俺が何だって? シュウマツ? タイコーヘイキ? オーバー・ピース??
「へー、つまりその俺は……兵器なんですか? 誰かの命令に従って戦えっていう感じの」
「戦ってもらいたい……というのが素直な意見ね。貴方には〈終末対抗兵器〉として私たちの敵である〈終末〉を殲滅し、この国が滅びるのを防いで欲しいの」
「あの、沙都子先生。アンタ……本気で」
「本気よ。私も、このヘリを操縦している影山くんも、そして貴方の隣にいるフリスちゃんも……」
「……待ってくれよ、そんな……急に」
そんな事言われて『わかりました、頑張ります』って言えるやつが何処に居る!!?
俺か!? 俺なら、俺が入ってるこのコバヤシ・タクローなら言えたっていうのかよ!? アンタらの言う通りにそのシュウマツって奴と戦って……この国が滅びるのを防げるってか!?
ふざけんな!!
「俺は、俺は……小林拓郎です。アンタたちの言う、オーバー・ナントカじゃありませ」
【……警告、警告、警告、警告、警告、警告】
!? 何だ……視界が赤い【警告】の文字で埋め尽くされたぞ……!?
「うおっ……!?」
「タクロー……!?」
「七条さん、11時の方向を!!」
「……!!」
サトコさんは慌てて窓の外を見る。何だ……空が、空が光ってる? 太陽か??
【……警告、警告、警告、警告、警告、警告】
「……来るわよ、コバヤシ君」
「な、何が……っ!?」
……ドクン、ドクン、ドクン
視界の異常に加えて、急に動悸が激しくなる。
機械か何かもわからないこの体にも心臓みたいなのがあるのか……? いや、違う。これは……何だ……、知らない。俺はこんな感覚知らないぞ!!?
【……警告……】
【……〈楽園〉上空に重度の空間歪曲反応を探知。〈失楽園〉からの接触と断定、照合開始……】
……照合中
……照合中
……照合中
【完了。照合パターンAと一致……〈終末〉実体化まで残り……5……】
何また視界に文字が……〈終末〉? サトコさんが言ってたシュウマツって奴の事か!?
【……4……】
「タクロー……」
「何だよ……何が来るんだよ!?」
【……3……】
「よく見てなさい、これから現れるのが……私たちの敵」
【……2……】
「敵……って!!」
「大丈夫、貴方には……私たちがついてますから……!」
【……1……】
「〈終末〉よ」
視界のカウント・ダウンが終わった瞬間……空が割れるような音が聞こえた。そして、光る空に亀裂が入り……中から巨大なナニカが降りてきた。
「何だよ、あれは……」
「すごく……大きいわね、今回のは」
「す、推定、120m……!? こんな……ありえない! ここまで巨大な〈終末〉は、今までの記録にありません!!」
「……なんて……大きさ……」
俺は空から降りてくる〈ナニカ〉に……強い既視感を覚えた。
「……アイツに、似てる……!!」
「……タクロー?」
「……俺の夢の中に出てきた……あのバケモノに……!」
白くて細い手足に、ボロ布が巻かれた胴体……そして人間そっくりの顔。今現れた〈ナニカ〉の姿は、ちゃんとした頭がある点を除けば夢で見たバケモノにそっくりだった。
(……勘弁してくれよ、神様!)
精神状態:『要注意』→『危険』……危険値。精神状態が要注意から危険値に悪化。精神状態に多大な異常アリ。
俺に、どうしろっていうんだよ。
もし……今現れたのがサトコさんの言う〈終末〉で、何だかよくわからないけど〈敵〉だとしよう。それで、俺にどうしろっていうんだ?
戦えって言うのかよ!?
「ふざけんなよ……あんな……あんなのに、勝てるわけないだろ!!」
「……そう、勝てないのよ。私たちには」
「!?」
「私たち人類には……〈終末〉と戦って勝つ方法はありません」
「だったら尚更、俺なんかが相手に……」
「だから、貴方だけが頼りなのよ。コバヤシ君」
真顔で何言ってんだ、この人は。
ははは、本当に何言ってんだ? もう自然と笑いが出てくるわ、こんなもん笑うしかねえわ……。
「〈終末〉の進路予測出ました!!」
「進路は!?」
「このまま南下して……、オオトリ町です! 〈終末〉はオオトリ町に向かっています!!」
……は?
おいおい、何だって? 今なんて言った? オオトリ町、オオトリ町と言ったか……??
「……聞いたとおりよ」
「……」
「戦って……くれるわよね?」
ふざけんなァァァァー!!
「それでも貴方は」-終-
\KOBAYASHI/




