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第57話 作戦前夜

 シャルローゼさんから、コーネット領の様子を詳しく話してもらった。俺が予想していた以上に急激な変化、というよりも急成長を遂げているようだった。


 まず、肝心要の魔法使いによる軍隊の編成だ。規律を正し、一からきちんと教育訓練を重ねたおかげで、アウトローな魔法使い達も軍人として機能するようになったらしい。その数、約1万。どうしてそこまでの数が揃ったかというと、実はブリッツさんの長年の努力によるものらしかった。


 禁忌の魔法を公然と使い、コーネットから迫害され、大陸全土を放浪していた彼女は、ただ闇雲に逃げ回っていただけではなかった。各地で魔法使いと知り合い、いつの日か魔法使いが陽の下で真っ当に生きていける世界を作ろうと、同士を増やしていたのだ。つまり、今のコーネットの動きとブリッツさんの長年の活動は、一致していたということだ。


 ブリッツさんが声を掛けると、大陸全土から魔法使いがコーネットへ集まってきたらしい。さらに噂が噂を呼んで各地に広がり、果ては隣の大陸から海を渡って来た者も居たとか……。

 

 もちろん、文化も習慣も思想も違う者達である。単に寄せ集めただけでは、軍として機能しない。中には、ブリッツさんの計画に懐疑的で鼻息の荒い者もいた。それを収めるのが、シャルローゼさんの役目だったらしい。シャルローゼさんに敵う魔法使いなど、まず居ない。彼女の力を一度味わえば、どんな魔法使いでもひれ伏し、憧れを抱く。教育のブリッツ、訓練のシャルローゼというコンビで、コーネットの魔法軍隊は飛躍的に発展していったらしい。


 そして気になるシャルルさんだが……


「ああ、アイツは魔防具の開発をしている」

「……魔防具?」

「今まで防具に付加できるのは、せいぜいアンデット除けや軽い解毒の効果程度だった。アイツは金属と素材を組合せて、魔剣ならぬ魔防具を作ることに成功した」

「これまでの防具と何が違うんですか?」

「たとえば、壊れない鎧……」

「それって永久金属、ダマスカス鋼じゃないですか!」

「そういう風に呼ぶ者もいるな。それに加えて、攻撃を受けたらそれを相手に弾き返す鎧とか……」

「何だか凄いですね」

「開発には成功したようだが、まだ量産が難しいらしい」

「どちらにしても、相当な戦力増強になりそうですね」


 ……そうか、シャルルさんはシャルルさんで頑張っているのか。家族の下に戻って、気が抜けてしまったかと思っていたが、真剣に鍛冶師をしていた。しかも、あのダマスカス鋼の開発までやってのけるとは、頼もしい限りだ。と言っても、バックに居るのは、この天下の知恵袋シャルローゼさんだ。シャルルさんの開発にも、何らかの手心が加わっているのかもしれない。


「そういえば、シャルルさんは変な事をして回ってませんよね?」

「変な事? 別に変わったことはないが……」

「そ、それならよかったです」


 彼女の性癖が若干心配だった。俺という楽しく遊べる玩具を失って、近所の幼女に手を出していないか、公序良俗の点から密かに不安だった。


「だだ、お前の急成長の件を話したら残念がっていたな……なぜかは知らぬが」

「そ、そうですか……」


 やっぱりか。まぁこれで俺が、シャルルさんの標的になることはないだろう。一安心である。


「だがな、話をした翌日には”身長の高いカミラちゃんも萌えるわね”と謎の台詞を繰り返して、舌なめずりしておったぞ」


 一瞬にして、シャルルさんの不敵な笑顔が思い浮かんだ。なぜか背筋が寒くなった。……ダメだ。あの人、全方位でいける口なのかよ!


 そしてジャンさんの方だが、ニコルルさんが選んだ有能な貴族や商人を従え、国の主要産業である農業と食を組み合わせて、産業振興を図っているらしい。これが成功し始めて、輸出が盛んになると共に、コーネットの美味しい料理を目当てに、来訪する観光客が激増しているそうだ。あの現代日本の料理文化にも匹敵する食事を出されたら、客は虜になること間違いなしだ。リピーターも期待できるだろう。俺だって、許されるなら今すぐに食べに行きたいくらいだ。


「あのジャンとかいう若い王の人気も手伝って、今や国はかつてないほど急成長している。メンデルを追い越し、大陸西部一の豊かな国に発展するやもしれん」


 元々肥沃な土地に恵まれ、文化的にも高い水準を誇っていたから、ポテンシャルとしては十分あると思っていた。でもまさか、ここまでトントン拍子に進むとは予想していなかった。むしろ、政治的に分裂しているメンデルの方が、今は危ういかもしれない。


「だが、足りないものもあるな……」

「足りないもの? 国力も向上して軍隊も強靭化されましたよね。後は何が……」

「抑止力だな」

「何ですかそれは?」

「魔法が使える特殊な軍は、もちろん抑止力にはなる。しかし、それでも中央王都が本気で乗り出してくれば、勝算は低い」

「では、軍をさらに増強すればよいのでしょうか?」

「何でもかんでも数の力で押し切ろうとするのは下策だ。要は相手に”戦ったら損をする”と思わせるモノが必要なのだ」

「例えば、どんなモノですか?」

「そうだな、バンパイアロードやデスベアのような伝説のモンスター……。いわば力の象徴だな」


 そういえば、エランド王国が長い間発展していられたのも、シルバードラゴンこと、ミカさんが君臨していたからだ。シルバードラゴンを見れば、どんな軍隊でも戦意を失う。戦うのは得ではないと、誰もが思う。だからこそ抑止力たりえた訳だ……。今風に言えば、核ミサイルみたいな役目だろうな。実際に使用することはないが、戦ったら双方無事じゃすまないという牽制ができる。


「でも人間に味方してくれる、伝説のモンスターなんているんですか?」

「おるではないか……」


 シャルローゼさんが、じっと俺の方を見つめている。目を逸らそうとしない。


「……まさか、私ですか?」

「デスベアの力を持つ者、すべての獣を従える者、王族であり黄泉の力を持つ者。これが伝説でなくてなんとする。力ある者が王位に就けばよい」


 それはまさにエランドの初代王、ミカさんが辿った道じゃないか。すべては受入れ体質がなせる業だが、それには色々と問題がある。しかも、俺より力を持った人はたくさんいる。目の前にいるシャルローゼさんもその1人だろう。もし仮に彼女と戦ったら、勝てる確率はあまり高くないと思う。それにあの伝説の爺さん師匠だ。今でも彼と戦ったら、3秒で負ける自信がある。


 デスベアという名前が先行して、恐怖のイメージが定着しているけど、俺自身はまだまだ伝説と呼ばれるほどの存在ではないと思っている。単に、デスベアの力の一端を受け継いでいる、そんな感覚だ。


「でも私は、メンデルの王族になれと言われているので、コーネットの王にはなれませんよ?」

「何を言うか。元々エランド、メンデル、コーネットは親戚だ。お前が束ねてすべての王になれば丸く収まる」


 ……なん、だって? メンデルの王族だけではなく、コーネットも統一した形で、俺に王になれというのか。


「しかし、それではジャンさんやコーネットの国民が許さないでしょう」

「なぁに、ジャンの奴はお前を王にしたいと言ってるぞ。そしてカミラ、お前の宣伝も始めたらしいからな、ハハハ」

「宣伝? 何ですかそれは……」

「ジャンの奴が、自分の姉の事を各地で触れ回っているらしい。本来なら、コーネットの王はメリリア=アウスレーゼ=エランドだということをな。その宣伝たるや、凄いものがある。私も一度ジャンの講演を聞いた事があるが、メリリアを褒めたたえる、美辞麗句のオンパレードだ。しかも……似顔絵付きでだ」

「似顔絵? それじゃあ……」

「そうだ。お前がコーネットで王として即位しても、国民には抵抗なく受け入れられるだろうな。何しろ同じ顔の双子なのだから」


 おぅ……なんてことをしてくれるんだ、ジャンさん。シスコン、ここに極まれりだ。


「まぁ、考えるのはメンデルの大掃除が終わってからですね……ハハハ」

「うむ、佳境に入っているようだな。私も手伝いたいところだが、直ぐに戻って、荒くれ魔法軍隊のタガが緩まぬようにしておかねばならない」

「そうですか……。お忙しいところ、ありがとうございました」

「気にすることはない。私は、お前に生き甲斐を見出してもらったようなものだからな。目標があるというのは、実に良い」

「……ところで、姿を消す魔法をご存じですか?」

「姿を消す?」

「ええ、私を尾行していた者が、小石を床にたたきつけると同時に、姿を完全に消すという術を使ったものですから、何か心当たりがあればと……」

「ふむ、察するにそれは魔法石”隠匿の悪魔”だな」

「やっぱりそういう魔法が存在するのですね」

「私の得意分野でもあるが、姿を消すと同時に気配まで消せるとなると、厄介だな」

「何か対策はないでしょうか?」

「魔法石なら、それほど長い時間使える訳ではない。せいぜい数十分で効果は途切れる。距離を取ってさえおけば問題ないだろう」

「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」

「うむ。では私は帰るぞ」


 シャルローゼさんは、そういって慌ただしそうにして、コーネットへ帰って行った。もちろん、あの空間歪曲の魔法を使っているのだろう。……いいな、ワープ。俺も使ってみたい。


「さてと、私達もジャンさん達に負けていられませんね」

「はい、次はディラック様へご報告とご相談ですね?」


 レンさんが、もう次の行動を読んで準備をしてくれていた。そう、ついにナイトストーカー掃討作戦の開始である。ここからは一手でも間違ってはいけない。そして、戦いが起きるのは確実だ。気を引き締めていかなければならない。


 レンレイ姉妹と俺は、北地区を越えて、メンデル城のある高台まで馬で移動した。もちろん尾行が付く可能性があるから、気配感知は怠らない。


 ヴルド家の前まで到着すると、ちょうどディラックさんが屋敷に入るところだった。城から帰宅したところだろうか。それにしては服装がラフだ。


「おお、カミラ様……いえ、カミラ殿、どうされたのですか?」

「重要なご報告があります。お時間を頂けますか?」

「もちろんです。さぁ、屋敷へお入りください」


 帯刀していた剣をディラックさんは腰から抜くと、俺達を屋敷内に案内してくれた。今日はメルクさんやイオさんは不在のようだ。いつもなら直ぐに出て来てくれるのだが、居ないとなると、これはこれで寂しい感じがする。


 そして執事さんが出迎えてくれた。この執事さんも、もう完全に馴染になっている。メイド達の総監督者みたいな人だけあって、やることに卒がない。今だからわかるが、動きも熟練した格闘家のような感じがする。優雅で滑らか、そして隙がないのだ。


「お久しぶりです、カミラ様。いつもレンとレイがお世話になっております」

「こんにちは、執事さん。今日もありがとう」


 こうして交わす何気ない会話も、最近は段々と板についてきている。意識しないでも自然に出てくる。


「それでカミラ殿、ご報告というのは?」

「ナイトストーカーの総会の場所と日時がわかりました。例の二重スパイのおかげです」

「本当ですか?!」

「間違いありません。ナイトストーカーの幹部が全員集まります」

「素晴らしい情報ですね。では早速作戦を敢行しましょう」


 ディラックさんはこの時のために、作戦を練りに練って準備してきたに違いない。直ぐに執事さんを呼び、予め用意しておいた手紙を何通か出すように指示していた。作戦実行の合図なのだろう。誰に出しているのかは、想像もつかないが、きっとメンデル城内部の人間や、派閥の貴族への根回しなども含んでいるのだろう。


「して、総会の場所と時間は?」

「場所は西地区、メンヒルトの屋敷です。7日後に開催されます」

「わかりました。その日は、騎士団も近衛師団も全員動かします。街中の警備兵達にもナイトストーカーの幹部を1人残らず取逃がさないよう、手配をします」

「ありがとうございます。それで、私達はどうすればいいでしょうか?」

「カミラ殿は、ご自宅で待機していてください。決して動かぬように」

「私も戦力になります。ナイトストーカー殲滅作戦に加わらせてください」

「いえ、いけません。もちろんカミラ殿のお力は重々承知しています」

「だったら……」

「だからこそです。力を温存しておいてください。知っていますよ、受入れ体質のリスクの事……」


 いつの間に、受入れ体質のリスクをディラックさんが理解したのだろうか。この事を知っているのは、ミカさんを除いたら、シャルローゼさんくらいだ。ということは、彼女が此処へ立ち寄っていったのかもしれない。


「今、カミラ殿に逝去されては困ります」


 ディラックさんが、いつもとは全然違う、少し悲しそうな笑みを浮かべていた。これはよっぽど深刻な話として伝わっていそうだな。俺がどう説得しても、動きそうにない感じがする。


「そう、ですか……。ではこの情報をくれた二重スパイ、イクリプスさんが敵の内部でどう行動すべきかを教えてください」

「ええ、もちろんです。彼女の働きは、この作戦のキーになりますので」


 ディラックさんの考えている作戦はこうだ。


 総会当日、騎士団と近衛師団は、スラム街の住人に変装してメンヒルト屋敷の近くを徘徊する。ルンペンや物乞い、怪しげなモノを売りつける商人や大道芸人など、敵に悟られないよう様々な人間に扮する予定だ。そして、屋敷に幹部が全員入ったのを確認した後、一斉に包囲網を展開する。もちろん、ナイトストーカー幹部の顔はわかっていない。だから、屋敷内の人間は全員捕縛するしかないのだ。一番重要なのは、屋敷に踏み込むタイミングだ。幹部を漏らさず捕えることが重要なのだ。


 イクリプスさんには、その突入のタイミングを決定する役割を担ってもらう。幹部が揃い、総会がスタートしたら、外へ合図をしてもらうのだ。その合図と共に、騎士団と近衛師団が踏み込むという段取りだ。


 もちろん、イクリプスさんに危険が及ばないよう、ヴァルキュリアを使う。ヴァルキュリアを屋敷の窓近くに待機させておいて、イクリプスさんは鴉に向かって合図を送るのだ。そう、あたかも鴉を追い払うように手を振ってもらうのだ。これならば自然な動作に見え、怪しまれることはない。合図を受けたヴァルキュリアが、屋敷の尖塔で二度大きく鳴いたら、それが突入開始の合図になる。


 シンプルだが、確実な方法だろう。大勢が絡む時は、複雑で凝ったものより単純な作戦の方が成功する確率は高い。プロジェクトでも、大ポカをやらかすのは、大抵内容が無駄に複雑すぎて伝達ミスや理解不足がある時だからね。


「わかりました。では他に私に出来ることはありませんか?」

「ありません。とにかくカミラ殿は、この件に関わらないでください」


 今日はディラックさんが冷たい気がする。理由はわからないが、昔のようにあまり絡んできてくれないのである。きっと裏で何かやっていることに、俺を巻き込みたくないのだろうけど、少し寂しい感じがする。だけど、彼の心遣いを無駄にしたくはない。ということで、少し話題を変えてみよう。


「あのー実は今、尾行を警戒してドルトンさんの別荘に住んでいるんです」

「尾行は大丈夫なのですか?」

「ええ、今のところは。ドルトンさんの別荘なら、万が一家を突き止められても、私の素性はバレないと思いますし……」

「そうですか、それならよかった。レンレイ、お前たちも命懸けでカミラ殿をお守りするのだぞ」

「はっ、かしこまりました」


 ディラックさんは、レンレイ姉妹の方を一瞥すると、いつになく厳しい口調で言葉を掛けていた。やけに気合が入っている。もしかして、裏でやっている事と何か関係があるのだろうか。


「そのドルトンさんの別荘で、面白い絵画を見つけたんです」

「……絵ですか。どんな感じのものですか?」

「モデルが小さい頃の私みたいで、メンデル城の城門の前に立っているんですよ。後ろには黒い鎧を付けた騎士団が、ずらーっと並んでいるんです」

「そ、それは……面白い絵ですね」


 俺はディラックさんの表情の変化を見逃さなかった。明らかに何かを隠している反応だ。絵の作者を知っているのかもしれない。


「それでですね、面白いのが絵のタイトルなんです。”隻腕の鉄姫”というんですよ」

「な、なるほど、それは面白いですね。私は絵に詳しくないので、何とも言えませんが……アハハハハ」


 カラ笑いが怪しすぎる。しかも眼が泳いでいる。嘘のつけない性格イケメンのディラックさんは、相変わらず健在のようだ。だけど、これ以上追及するのも可哀想だ。何よりもあの絵が、単に観賞用に描かれた空想の産物ではなく、何か意味を持っていることがわかっただけでも良しとしよう。


 それからいくつか雑談を交わしたあと、俺達はヴルド屋敷を後にした。いまいちすっきりしない展開だが、どうやら俺が好き勝手に動くと、都合が悪いようだな。だけど、何が起ころうとしているのか、知らないでいるのは不安だ。一番の懸念は、俺が加わっていれば被害が出ずに済んだ、というパターンだ。後から話を聞いて、後悔だけはしたくないからね。


◇ ◇ ◇


 ――― カミラ帰宅後のヴルド屋敷。


 そこには、ディラックに加え、メルクとイオ、そしてドルトンが居た。カミラが訪問中、彼らは居留守を使っていたのだった。


「ドルトンさん! どうしてあの絵を引き上げなかったんですかっ!」

「す、すまねぇ。嬢ちゃんがいきなり困った顔して来たもんでな。俺もちょっと気が動転して忘れてたんだ」

「まだバレてはいないようですが、カミラ殿の事ですから、きっと何か察しているに違いありません」

「も、申し訳ねぇ……」

「今さらあの絵を引き上げたところで、かえって不自然ですから、そのまま知らぬ存ぜぬでいきましょう」

「お、おお、わかった」


 ドルトンがディラックに厳しく注意されていた。彼らには、ドルトンの家にあった絵が重要な意味を持つ。なぜなら、あの絵に描かれた状況こそが、ヴルド家が目指す最終目標だからだ。


「それでドルトンさん、武器と鎧の方はどのくらい進んでますか?」

「ビスマイト鋼の精製は大体終わってるから、あとは力仕事だ。1年もあれば所望の数は揃うぞ」

「よかったです。鎧と剣が出来たら、その分を随時ヴルド屋敷へ運んでください。騎士団や近衛師団には、扱いに慣れて貰わないといけません」

「確かにあの剣や鎧は、私でも扱えるようになるまで1ヶ月はかかったものね」


 とイオが口を挟んできた。ディラックよりも剣を器用に操るイオが、扱いに訓練を要するほどの剣 ――― ビスマイト鋼の剣である。


 ビスマイト鋼は文字通り、ビスマイトが開発した新しい素材である。ダマスカス鋼に匹敵するほどの強度と柔軟性を備え、さらに使い手の力を、最大限まで引き出す特殊効果が付与されている。使い手は剣を握ると同時に、”火事場の馬鹿力”を強制的に引き出されるのである。もちろん、使い過ぎれば使い手の体は、ボロボロになってしまう。だが、戦闘中、ここぞという時にのみ上手く力を引き出してやれば、この上なく心強い武器となる。そのための訓練が必要になるのである。


 ビスマイト、ドルトン、そしてチャラ男ことケッペンが必死になって製作しているのは、その剣と鎧の量産化に向けての作業だった。


「私の絵が、まさかこんな展開を生むなんてねぇ……」


 とメルクが言葉を発した。何を隠そうあの絵画、”隻腕の鉄姫”を描いたのは、メルクであった。ディラック達の計画は、あの絵が青写真になっていた。


 騎士団、近衛師団の軍備を飛躍的に向上させ、そして貴族議員を取り込み、軍事的にも政治的にも優位に立つ。宰相カールとエルツ家を力でねじ伏せるのだ。そして、最終的にはカミラのメンデル王即位だ。


 しかし、力技だけで事は成功しない。現王族を廃位させるための、わかりやすい大義名分が必要なのだ。国民を納得させ、信頼させるためのパフォーマンスが重要になる。そのパフォーマンスの場にぴったりなのが、まさに鍛冶師コンテストである。メンデル国民全員が注目する、4年に1度のお祭りの様な大イベントだからだ。


「皆の願望は、カミラちゃんの王位で一致。それは今や、私達だけじゃなくて、貴族議員の過半数が密かに望んでいることでもあるのよ。ディラック、失敗は許されないわよ」

「母上、わかっています。だからこそ、カミラ殿には今、一番安全でいて頂かなくてはいけません」

「そうです。あの子はもう本当に、昔からお転婆で頑固ですからねぇ。仲間のピンチを知ると、後先考えずに矢みたいに勝手に飛び出していっちゃうし……」

「ええ、だからこそ私達はカミラ殿に惹かれている訳ですけどね」

「フフフ、そうね。鍛冶師コンテストが楽しみね」


 宰相カール達が、鍛冶師コンテストでヴルド家の転覆を画策しているように、ディラック達もまた、鍛冶師コンテストでエルツ家の転覆とカミラの即位を狙っていたのである。


◇ ◇ ◇


 ――― 一方、メンデル城、宰相執務室。


「おい、ソルト。まずい事になっておるぞ」

「まずい事ぉ? 何ですかぁー私、何か悪い事しましたぁ?」


 宰相カールは、独自に放っていた諜報部隊から、様々な情報を得ていた。情報国家の顔を持つメンデルにおいて、宰相の権限で動かせる諜報部隊は最強とされている。ただし、最強と言っても武力が優れているという意味ではない。影で動き、闇の中に潜み、そして各国の要人の動きをつぶさに捉えるためのものである。要するに手練れのスパイ部隊である。


「ああ、儂の手の者によると、ヴルド家、いやブラッドール家の中にとんでもない気配感知の手練れがいるな」

「うん? ……誰それ」

「黒髪で長身の女だそうだ。ヴルド家のメイドと一緒に行動しているようだな」

「あっ! その女だよ、計画を邪魔してるヤツ! 早く捕えようよぉ」

「だがな、そいつは儂の隠密の中でも最高の実力者に勘付いて、逆に尾行しようとした。とんでもない技量の持ち主だ。迂闊に近づけば、こちらが大火傷しかねん……」

「え? そうなの? アハハハ~、それはまずね。どうしようかな……そいつを捉えて直接”拘束の悪魔”で操っちゃおうかな、って思ってたんだけど」

「うむ、それは厳しいかもしれんな」

「あーもう、じゃあどうしよう。面倒だから、ハッブルのマイヤー坊ちゃんの方を直接操っちゃおうか?」

「ハッブル家は貴族や王族にも知り合いがいる鍛冶師だぞ、足はつかんだろうな?」

「ちょっと面倒だけど、何とかなるかな……アレ次第だけどね」

「わかっておるわ。金が必要なのだろう?」

「御名答~。ま、金で口封じもいいけど、本当はかかわった人間、仕事が終わったら全部殺しちゃった方がすっきりして好きなんだよねぇー。でも今手足として使っているのは、ナイトストーカーだし、いろんなところに散ってるから、殺して回るのは面倒なんだよねぇー」

「そうか。では金は後で屋敷に届けさせる」

「あれれ? いつもみたいに神暦金貨をポイって投げてくれるんじゃないの?」

「今手持ちがない。だが屋敷に戻れば10枚は用立てられる」

「ふーん。まぁいいけど……じゃあまたね」

「行動には十分に気を付けろ、ソルト」


 バタンと勢いよくドアを閉めて出て行ったソルトだが、内心は非常に不満だった。いや、不満というよりは”面白くない”と感じていた。ソルトの行動基準は、あくまで自分が楽しいと感じるか否かだけである。しかし、尽く自分の計画を邪魔され、頼みのナイトストーカーもなかなか良い知らせを持ってこない。ソルトは、興ざめを通り越して、強い怒りを覚え始めていたのである。


「つまんないなぁー。ナイトストーカーも使えない奴らばかりだし……うーん、どうしようかな」


 と呟くソルトの顔には、不気味な笑みが浮かんでいた。まるで鬼が無理矢理笑っているかのような、狂気の笑顔だ。


「ヒャッヒャッヒャッ、ソルト様。大分ご立腹のようですな」

「何だ化生(けしょう)か。久しぶりだね、今までどこ行ってたの?」


 いつの間にか、ソルトの前にボロを纏い、大きな木箱を抱えた商人風の男が立っていた。化生(けしょう)と呼ばれたその男は、ソルトとは昔からの馴染みのようだった。不吉な雰囲気を醸し出す化生は、抱えていた木箱をソルトの前に置くと、どっかりと座り込んでしまった。


「ちょっと隣の大陸まで、モノを仕入れに」

「ふーん、何か面白いものはあるかい?」

「ヒャヘヘヘヘ~。そりゃあもちろん。ソルト様が興味をお示しになる品が入手できた時だけお伺いしてますから」

「相変わらず調子いいなぁ。で、その箱の中身は?」

「魔法石でございますよ」

「ふーん、どんなのがあるの? 言っとくけど、レア物しか興味ないから」

「もちろんわかっておりますとも。”剥奪の悪魔”などいかがでしょう?」

「あ、それ、もう持ってるからいらない」

「では、”隠匿の悪魔”などいかがでしょう?」

「うん、それは1個もらおう」

「ありがとうございます。では”拘束の悪魔”は?」

「……いいねぇ、君はどうしていつも私の欲しい物を持ってきてくれるんだろう?」

「ヒャハハ、それが仕事でございますから」

「他には何があるの?」


 ソルトは、強い興味を持ったらしく、身を乗り出して木箱の中身を見定め始めた。なんとこの大きな木箱の中は、すべて魔法石が詰まっていたのである。


「大抵の物はございますよ。”封魔の悪魔””瞬速の悪魔”それに”歪曲の悪魔”なんていかがでしょう?」

「うん? ……わかんないから説明して」

「封魔の悪魔は、悪魔を殺す悪魔ですな。つまり魔法を無効化する悪魔です」

「それはつまんないなぁ。いらない」

「瞬速の悪魔は、数分間だけですが、超スピードで動けるようになります」

「うーん、いまいち……。いらない」

「歪曲の悪魔は、空間歪曲が使える悪魔です」

「空間歪曲? 何それ?」

「要するに瞬間移動ですな。望みのモノを望みの場所へ転送することができます」

「人とか家とかも移動できるの?」

「家は無理ですが人は可能です」

「大勢でも大丈夫?」

「通常は1名が限界ですな」

「なーんだ、それならいらないや」

「ところが、今回は大勢の人間を遠くまで移動できる魔法石を仕入れて参りました」

「……凄いじゃない。で、何人までいけるの?」

「100人程度はいけるものかと……」

「……それ欲しいな。買うよ、いくら?」

「金貨1000枚ほどになります。ありがとうございます」


 こうして、ソルトはいくつか魔法石を手に入れた。レア物の魔法石を1人の人間が、複数持つことはまずありえない。希少な上に高価だからだ。しかし、ソルトは豊富な資金と人脈、闇組織との繋がりを利用して、数多くの魔法石を所有している。おそらく、これらを組み合わせれば、ナイトストーカーの手を借りるまでもなく、自分1人で計画を成し遂げられる能力を持っているといえる。


「よし、”歪曲の悪魔”でナイトストーカーを消しちゃおうかなー。あいつら役に立たないからなぁ……確か総会は7日後だったっけ。ちょうどいい機会かな」


 ソルトはニィっと口角を思い切り持ち上げ、残虐な笑みを浮かべていた。その様相は、まさに悪魔そのものだった。


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