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第49話 一芝居

 次なる問題は、鎧女をどう交渉の場へ引っ張り出すかだ。あの女は本当に悪人ではないのか? それを確かめる必要もある。万が一交渉が決裂した場合、戦うことになるかもしれない。あの青い剣、バロールの魔剣は危険度ナンバーワンだ。刀身に触れただけで、致命傷を負うと思っておいた方がいいだろう。それに加えて、あの強烈なまでの剣術だ。今の俺では、すべての攻撃を対処しきれるかかなり怪しい。


 爺さん師匠直伝の”見切り”もまだ完全ではない。圧倒的に実戦経験が不足しているのだ。どう考えても今、あの鎧女と戦うのはリスクが高すぎる。絶対に避けたいところだな。ああ、誰か交渉術に長けた人の助言が欲しい。


「カミラ様、何かお悩みでしょうか?」


 レンさんが俺の心を見透かしたように話しかけてきた。


「先ほどからお部屋の中をウロウロしながら、爪を噛む仕草。相当な難問なのですね。私でよければお話しください」


 そうだ、俺には有能なメイドさんがいたじゃないか。レンさんならば、良いアイディアをくれるかもしれない。


 一通りレンさんに話をして、あの鎧女と何とか交渉できないかと知恵を絞った。


 彼女から出た作戦は、即興で考えたにしては実に面白いものだった。芝居がかり過ぎて、バレた時のリスクも大きいような気がするけどね。といって、今は他にアイディアもない。もしレンさんの作戦で上手くいかなかったら、腹を割って話合う覚悟だけはしておこう。


「……レンさん、その案、ぜひやってみましょう」

「かしこまりました。それでは早速準備に入ります。カミラ様も心構えをお願いいたします」


 しばらく経って部屋に現れたレンさんは、メイド姿ではなかった。頭から妖艶な紫色のベールを被り、まるでアラブ女性のような衣装を纏っていた。パッと見は誰だか完全にわからないよ。


「カミラ様はこちらにお着換えします」


 俺もレンさんに素早く衣装替えさせられた。けばけばしい羽根飾りが付いた大仰な服だ。細部まで謎の文字が刺繍されている。こんな衣装、どこから持って来たんだよ。


「ええ、この衣装はメルク様が仮面舞踏会ように試作されたものです。派手すぎて結局一度も使われなかったようですが……」


 うわ、じゃあ俺が袖を通すのが初なのか。確かに舞踏会でもこの衣装じゃ目立ち過ぎだろう。


 姿見を覗くと、かなりインチキ臭い魔導士もどきが映っていた。俺の長身も相まって、無駄に迫力が出てしまっている。これはちょっとやり過ぎでは? 子供が見たら泣いて逃げるぞ。


 極めつけは仮面だった。目と鼻を隠すだけのものだったが、これも衣装に負けず派手だ。紫と黄色と緑の配色が毒々しい。この仮面を装着して日本の街を練り歩いたら、ハッキリ言って警察に1分以内に通報される自信がある。ハロウィーンの仮装パーティかコスプレ撮影会でしか許されないだろ、これは……。


 怪しいレンさんと派手で毒々しさの極みとなった俺は、北地区のインチキ呪術師、キョウさんの寺院へと向かった。当然、街の人の視線が以前にも増して痛い。皆こっちを見てひそひそ話をしているじゃないか。恥ずかしいが仮面のおかげで、素顔はばれずに済んでいるけどね。


「おや、そこの方は何用ですかな?」


 寺院に入ると、キョウさんが直ぐに話しかけて来た。そりゃそうだろうな、自分よりも目立っている怪しげな連中が居るんだから。教祖であるキョウさんより、俺の方がずっと目立っている。参拝者もチラ見しまくりだ。俺への注目度が半端ではない。これではまるで、俺の方が教祖のようだ。ここを取り仕切るキョウさんとしては、威厳にかかわるだろう。


「私です。カミラです」

「なんと、今日はまた奇抜な服装ですな。どうされました?」

「実は折り入ってお願いがあります。奥のお部屋でお話しできませんか?」


 列を作る参拝者を尻目に、俺は別室へと通された。


 だが途中で参拝者のつぶやきを聞いてしまった。


「デカっ!」


 まぁそうだよな、ただでさえ長身女なのに、羽飾りでさらに上背が大きくなっている。この衣装の圧倒的な空間占有率……。満員の通勤電車に乗ろうものなら、それだけで事件が起きるぞ。


「それで、お願いとは?」

「実は、私は呪術師なのです。ですがキョウさんとは違い、治癒が専門の呪術師です」

「は、はぁ。な、なるほど、カミラさんは私とご同業者でしたか」


 いやいや、俺は本物の呪術が使えるのだよ。制限付きだけどね。お前のはただのカウンセリングじゃないか。ちょっとイラっときたが、ここは抑えておこう。


「ある人物を呪術で治療して差し上げたいのですが、私はキョウさんのように、手広くやっている訳でもありませんし、人望もありません」

「そ、そうでしょうなぁ。私も寺院をここまでにするのは大変でしたよ」

「その人物は、呪術を信じていません。私の治療も拒絶されるかもしれません」

「……ふむ、わかりましたよ。それで私の名声を借りたい、そういう事ですな?」


 この男、なかなか鋭いじゃないか。人を分析して毎日アドバイスをしているだけあって、頭の回転は早いようだ。少し見直したぜ。


「はい。ぜひキョウさんにご同行頂いて、説得に協力して頂ければと……」

「私も人助けが商売です。協力して差し上げたいのはやまやまなのですが、何分忙しい身でして……」


 この上目遣いとしたたかな表情。要するに”見返り”がないと動かないという事だな。レイさんの予想どおりだ。


「わかりました。またマイヤー様のお相手をいたします」

「おおっ! それはありがたい。いやー、実はあの後、マイヤー様が酷く興奮されて私にお話をされるものですから。もう二度と会わないなんて言えなかったんですよ。これで私の面目も立ちます!」


 ハッブル屋敷で雑談程度なら仕方がないな。茶飲み友達として付き合ってやるか。だけど、どうもあのマイヤー坊ちゃん、裏で何かを考えていそうで、誠実さってものを感じない。単に俺の先入観が災いしているのかもしれないけどね。だけど、こういう勘って意外と当たったりするのだよ。尾行を付けたのも気に入らないしな。まぁ肉体派ではないので、いきなり戦いを挑まれたりすることはないと思うが。……とはいえ、会う場合はレンレイ姉妹とヴァルキュリアを連れ立って行く事にしよう。


「キョウ様、では早速これからご同行頂いても構いませんか?」

「もちろんです。マイヤー様へのお目通りも早い方がよいですしね」


 この男、完全にハッブル家に首根っこを抑えられているな。ここまで信者を増やすことができたのも、ハッブル家の力という訳か。やっぱりパトロンには頭が上がらないのか。どこの世界でも、人間は同じような事をやってるんだな。


 呪術治療の説明と、鎧女に関する事前打ち合わせを始めると、キョウさんはこういう事について、経験豊からしいというのがわかった。終始”大丈夫です、問題ありませんよ”とニコニコ顔だった。相当な自信家か、あるいは口で丸め込むことに慣れているに違いない。カウンセリングは弁が仕事のタネだもんな。まぁ万が一キョウさんのトークがダメでも、いざとなったら俺の妙絶営業トークでなんとかできる……ように考えておこう。


 キョウさんを連れ立って、目立つ格好の俺とレンさんは西地区のスラム街へやって来た。当然この派手な格好だ。チンピラどもの格好の的になってしまうだろうと思っていた。だが、驚いたことに絡んでくる者は1人もいなかった。なぜだろうか?


「さすがにこの派手な面子に手出しする酔狂な人達は、いらっしゃらないようですねぇ。直ぐに警備隊に通報されてしまいますからねぇ、ハハハハ」


 キョウさんはそう言っていた。なるほど、さもありなんだ。派手すぎて逆に手出しできないってこともあるのだね。人間の心理はなかなかに奥深いな。


 相変わらずスラム街は饐えた匂いがした。正体不明の肉の塊と骨が通路にたくさん落ちている。こんな中で生活するのは、精神的にも、相当タフでないとやっていけないだろうな。


 鎧女の家の前に着いた。古びたドアをノックする。ドアが少しだけ開き、壁と扉の隙間から鎧女が顔を見せた。


「何だいあんたたちは?」


 明らかに警戒心満載の声だな。まぁ、こんな派手な連中が家の前に立っていたら、誰だって身構えるよな、普通は。”宗教の勧誘お断り”って貼り紙をしているお宅の気持ちが、少し分かってしまった。


「私、北地区で呪術師を営んでいるキョウと申します。今日は弟さんの噂を聞いてやって参りました」

「……弟の噂だって? どこで聞いた? 誰に聞いた?」

「まぁまぁ、そういきり立たないでくださいよ。私達は弟さんの病を治療したくてお伺いしているのですから」

「インチキ呪術で病が治る? ふん、笑わせないでおくれ。さっさと帰りな」


 ドアが閉められそうになるが、キョウさんは素早くつま先を隙間に差し込んで、鎧女の動きを阻んだ。凄い速さだった。昔、押売業者がよくやってた技じゃないか。まさかファンタジーの世界で、実際にやっているところを目撃するとは思わなかったぞ。


「チッ、一体何だっていうの? うちには呪術師に払う金なんてないんだよ!」

「お金は要りません。ただ私達は治癒呪術の力を知って頂き、普及したいだけなのです」

「治療は無料だっていうの? 後でお布施しろって言われても1銅貨も払う気はないよ」

「もちろん結構です。ただ、後々困ったことがありましたら、私の寺院まで足をお運びくださればと思いまして」


 キョウさん、素晴らしいセールストークだ。警戒している人のハードルを下げるには、一方的に好条件を提示するだけでは駄目だ。ちゃんとこちらのメリットも説明することで、相手の警戒ハードルも下がるのだよ。手慣れた営業さんだな、彼は。


「……わかったわ。でも変な物を飲ませたりしないでおくれよ」


 警戒心を残しながらも、鎧女は俺達を家に入れてくれた。よし、これで潜入成功だ。ここまでくればあとはこっちのもんだぜ。


 俺とレンさんの正体には、まったく気が付いていない。まぁ特に俺は変装しなくても、あの時とはかなり姿形が違うからね。まずバレることはないだろう。


 この家には部屋が2つしかない。狭い上に古い。家具も簡素なものばかりだ。家賃もそれなりのものだろう。元中央王都の騎士団長様が、悪事に手を染めてまで稼いでいるのだ。それでこの低い生活水準……他に大きな投資先があるのは間違いない。


「ちなみに、弟さんはどちらのお医者様へかかっているのですか?」

「北地区のノーブル病院よ」

「ほぅ、あの病院ですか。私もよく存じてます……。さぞやたくさんの治療費をお払いになったことでしょうねぇ。何しろあそこは、貴族街からお呼びがかかるほど有名ですから」

「ああ。もう大きな屋敷が何軒も建つほど払ってるよ」


 そんなに法外な治療費を要求されるのか。この世界には皆保険制度なんてないだろうし、難病への給付金なんてのも論外だろう。患者は、医者の言値に従うしかないのか。他人事ながら同情してしまう。医者も呪術師も詐欺をやろうと思ったら、やりたい放題だな。


 鎧女の弟はベッドで寝ていた。寝息を立てている。今は熟睡しているようだ。


「さっさと、呪術の祈祷とかいうのをやって見せてよ」

「もちろんです。ではカミ、……ゴホン。失礼、リョウさん、お願いします」


 危ないな。もう少しで本名を言われるところだった。打ち合わせの設定を忘れないでくれよな。


「では、準備をいたします。30分ほどかかりますので、どうかお静かに」

「ん? 呪術ってそんなに準備が必要なのかい? 私が知っているのは、変な棒やら楽器やらを振り回して、怪しげな呪文を唱えて終わりってだけなんだが。違うのかい?」

「ええ。確実に病を治すためには、特別な呪術が必要なのです」

「ふーん、何でもいいから早くしておくれ」


 鎧女の顔が苛立ちをはらんでいる。まぁ胡散臭い呪術師にも過去、相談したことがあるんだろうな。この世界、何の監視も規制もない医者が有象無象なら、呪術師も似たようなものだろうからな。


 暗記している例の文様をチョークで床に描く。塩と豚の血を慎重に配置し、間違えないように呪いの文句を唱える。唱えると言っても、魔法の呪文詠唱とは全然違っている。10分以上もかかる長いものだ。お経みたいな雰囲気だよな。おっと、お経というだけで、正座して足が痺れて立てなくなってしまったお盆の法事を思い出してしまうぜ。


「ふん。何だか仰々しいね。で、インチキ呪術はこれで終わりかい?」

「まだです」


 俺はベッド上の鎧女の弟に手をかざした。もちろん、獣王の力を発揮しておくのを忘れてはいない。ここで失敗したらシャレにならないからな。


「この者のすべての病よ、我が身へ来たれ」


 ベッド全体が赤黒い光に包まれた。暫くしてその光が消えた後、今度は俺の体が光始めた。よし、成功だな。弟さんの病が移り、そして俺の中で獣王の力が働いた。今度は紫色の光が見えた。自分の目が紫色に発光し、それが仮面に反射したのが見えている。俺に移した病の治癒も完了したようだ。体は何ともない。容量オーバーにもならずに済んだみたいだ。内心はヒヤヒヤしていたが、ひとまず安心といったところだろうか。


「……ん、なっ、何だい今のは? こんな呪術見たことがないよ……」


 鎧女が茫然としている。その時だった。横になっていた弟くんがベッドから上半身を起こした。


「お姉ちゃん、お客さんが来てるの?」

「デュポン、お前……。体はどうだい?」

「それがね、なんだかすごく軽いんだよ。病気がまるでどっかに行っちゃったみたい」

「ちょっとお腹を見せてごらん」


 弟くん、ことデュポンくんが上半身の服を捲り上げた。鎧女が念入りに彼の腹を触る。どうやら腫瘍、つまり触ってわかるしこりを探っているようだな。


「そんな……。あの頑固で大きなしこりが消えてる。あんたら、一体どういう魔法を使ったんだい?」

「魔法ではありません。呪術です」

「どっちだって似たようなもんだよ! ……でもありがとう。あたしはこれでもう……」


 鎧女が泣いている。さめざめと涙を零していた。


「安心するのはまだ早いです」


 そう。ここからがこの作戦の真骨頂である。俺もインチキ呪術師をひたすらに突き進むのだ!


「これは魔法ではありません。ましてや医療でもありません、呪術です」

「ああ、わかったよ、呪術なんだね……」

「確かに呪術で弟さんの病を治癒しました。ですが、呪術には制約があります」

「金なら後払いで勘弁してくれよ。今はノーブル病院に借金してるから文無しなんだ」

「この呪術で一時的に治癒しておりますが、再発防止が必要です。姉の貴女にある事を守って頂きたい」

「何だい? 弟のためなら、あたしは人殺しでも何でもやるよ」

「その覚悟を聞いて安心しました。ですがその制約というのは、貴女がやろうとしている反対の事です。人殺しをしてはいけません。もし、人を殺せば弟さんはたちまち同じ病にかかってしまうでしょう。そういう呪術なのです」

「わかったよ。……決して人は殺さない」

「それから最近、貴女が危害を加えようとしていた相手はいませんか?」

「…… まぁ、居ないこともない。だけど仕事だったからね」

「ではその者に忠誠を誓い、一生仕えてください。それが再発防止の条件です」

「わ、わかった。何とかしよう」


 一瞬の躊躇いはあったが、鎧女はゆっくりと頷いた。


 よし、これで終わりだ。やれることはやった、と思う。鎧女の最大の憂いは断てたはずだ。呪術も目の前で難病を治療されてしまっては、信じるしかないだろうからな。下手な動きはもうしないはずだ。それにさっきの涙を見ればわかる。本当は、暗殺に手を染めることはしたくなかったはずだ。レイさんの作戦、なかなかに上手くいったような気がする。


 家を出ようとすると声を掛けられた。


「おい、本当に金は要らないんだよな?」

「ええ、もちろんですとも。ですが今後困った事がありましたら、どうぞ北地区のキョウをお尋ねください。いつでもお待ちしておりますよ」


 疑り深いな。とはいえ、大きな屋敷が何軒も建つほどの金を稼ぐために、人生を棒に振ってきた人だ。突然治療されて”金は要らない”と言われても、素直に信じることが出来ないんだろうな。


 とりあえずこれでミッション完了だ。……早くこのけばけばしい衣装を脱ぎたい。ごめん、メルクさん、さすがにこの衣装は舞踏会用だとしても、着ていけないよ。どこぞの演歌歌手と張り合えるほど大きいし、重さもあるので疲れるし、今日を限りにクローゼットの奥に封印したいところだよ。


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