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第22話 ハイバンパイア戦

 城の正門前に着いたのは、まだ陽の高い時間だった。日没まではあと3時間ほどある。これをタイムリミットと考えておこう。


 バンパイアロードは、この城を大層気に入り、長年拠点としているらしい。今さら逃げる気もないだろうから、こちらも慌てる必要はない。もし今日斃せなければ、明日の朝一番で再度突入すればいい。


 それにしても良い雰囲気の古城じゃないか。俺がファンタジーでイメージしている城は、メンデル城よりもこの城の方だ。ちょっとおどろおどろしい佇まいでありながらも、荘厳で神秘的な感じ。壁に這う蔦も、これまた中世ヨーロッパな感じを演出している。


 この城に入れるのか。それだけでもちょっと燃えるな。


「さてと……」


 レイさんが徐に正面門の鍵穴に針金を突っ込むと、僅か数秒で鍵を開けた。そういえばレンさんもブラッドール屋敷の扉の構造を一瞬で把握してたな。姉妹揃ってメイドというか、もう完全に忍者だよ。


「では入りましょうか」


 正門を抜けると、そこは庭になっていた。テニスコートより少し広いくらいだろうか。城の前庭ということだろう。


 宮殿タイプのメンデル城とは違い、このミッドミスト城は、海際の崖に建てられた戦争用の城だ。居住性はあまり考えられていない。地理的に広さが稼げないというものあるだろうが、庭という生活に密着した物は、あまり必要がないのだろう。


 庭に踏み入れた瞬間から、何か異様な気配を感じた。


「レイさん、これは……」

「はい、何かがおかしいです。罠があるかもしれません。お気を付けください」

「雰囲気が明らかに変わりましたね……。これがバンパイアロードの力でしょうか」


 城内に入ると、ますます異様な空気が濃くなっていった。気配だけで人に影響を与えるとは。さすが伝説になるだけはある。


 暫く進むと大きなホールに出た。いや、ホールだと思っていたが、そこは食事をするための部屋だった。貴族が使う長いテーブルがあり、中央には大きな銀のカップが乗っている。色とりどりの果実が盛られている。そしてテーブルの先端には顔色の悪い、騎士風の男が座っていた。


 全員が臨戦態勢に入った。男は椅子から立ち上がると、ニタニタと笑ながら話しかけて来た。


「おや、珍しくお客様ですか。いけませんねぇ。誰も招待した覚えはないのですがね、ハハハ」

「私はカミラ=ブラッドールといいます。あなたはここの使用人ですか?」

「そうですとも。私こそがカーミラ様の配下、ハイ・バンパイアのアーサーだ」


 ハイ・バンパイア? 何だそれは。そんなの聞いてないよ。モンスター資料集にも載ってなかったし。まぁいいや。話の出来そうなヤツだし聞いてみるか。


「ハイ・バンパイア、とは何者ですか?」

「今時の人間はそんなことも知らないのですか。ハイ・バンパイアとは、バンパイアの中でも特に力の強い有能なエリートのことを言うのですよ」

「なるほど……。バンパイアロードの下っ端という訳ですか」

「片腕の小娘。たかが人間の癖に俺を恐れないのか?」

「恐れる? どうして?」

「ならば我が力を見て、恐怖するがいい!」


 ハイバンパイアが視界から一瞬で消えた。速い。気配すら感じさせずに移動した。何処だ?


 いきなりレイさんが吹き飛ばされていた。そして金属の破壊音と共にローリエッタさんも、同じく長いテーブルの反対側まで吹き飛んでいた。剣を振るう間もない。


 次の瞬間、ディラックさんへ猛烈な勢いで襲い掛かるハイ・バンパイアの姿が見えた。必死で剣で応戦するが、完全に力負けしている。直ぐに押し負け、レイさんと同じく吹き飛ばされた。壁に当たってから地面に叩き落とされ、苦悶の表情を浮かべている。騎士団長、副騎士団長があっという間に戦闘不能に陥ってしまった。


 もはや動きそのものの次元が違う。ハイ・バンパイアでこれだけの強さなのか。バンパイアロードは、さらにこの上を行くのだろう。もはや、普通の人間が正面からまともにやり合うことは、できないだろう。


「小娘、どうだ。これで私の力がわかっただろう?」


 確かに凄まじい力だ。しかし、デスベアに比べればまだまだである。


 集中し、闘争心にスイッチを入れる。途端に全身に力が漲り、視界が変わる。今までまがまがしい空気に満ちていたこの部屋を、穏やかで平和だと感じられるまでに気分を落ち着けることができた。俺は実戦の中で、初めて自分の意思で、デスベアの力をコントロールできたようだ。


 やったぜ。とりあえず第一段階はクリアできた。第二段階はこの状態を維持することだが、交戦の間は闘争心はまず落ちない。あまり心配する必要はないだろう。


「むっ、小娘。お前人間ではないのか?」

「さて、どうなんでしょうね」


 そう言いながら俺は、さっきのハイ・バンパイアの真似をしてみた。高速移動である。もちろん相手も負けじと俺の動きについて来た。だが凄く遅い。亀の速度だ。


 彼が繰り出す剣もスローモーションである。ゴブリンロードよりはさすがに速いが、今の俺からすると滑稽に感じるほど遅い。ほとんど止まっているようにしか見えない。


 ハイバンパイアの両手を切り落としてみた。鮮血が飛び散った。テーブルの上も床も真っ赤に染まった。


「何ぃ? 人間ごときが俺のスピードについて来れるとは……。あり得ん」


 だがハイ・バンパイアは両腕を失っても、なお余裕の表情を浮かべていた。再生能力のせいだろうな。


 男の体が次第に黒ずんでいくのがわかった。よく見ると、体毛のような物が生え始めた。次の瞬間、男は無数の小さなコウモリとなり、拡散した。コウモリの群れは部屋の中を一回りすると、天井へと集まった。切り落とした腕の方もコウモリに変化し、天井のコウモリの群れと合流した。


 そして男が最初に座っていた席に集まると、次第に人間の形に戻って行った。これが吸血鬼の再生能力と変化能力か。昔見た通りだ。……もちろん映画でだけどね。


「少しはやるようだが、お前の剣では俺を斃す事はできんぞ。フハハハハ」


 もしもコイツが純粋な吸血鬼属性なら、やっぱり白木の杭を心臓にブスリと刺さないとダメなのかな。面倒くさいな。


 味方もまだダメージから回復していないようだ。ローリエッタさんは動いていない。意識を失っているようだが呼吸は感じる。レイさんは苦しそうだが回復中だ。数分もすれば立てるようになるだろう。ディラックさんも同様だ。よし、皆生きている。でもお願いだ、今の位置から動かないで欲しい。


 俺は自らの太ももを剣で斬り付け、血を刃へと塗り付けた。自ら斬った腿の傷は、さながら吸血鬼の再生能力の如く、見る間に塞がり流血も一瞬で止まった。


「その再生能力……。貴様、やはり人ではないな? どこのバンパイアだ!?」

「失礼ですね。私は人間ですよ」

「人間がそんな再生能力を持つというのか? 認めんぞ、私は!」


 俺は男の台詞など気にする事もなく、間合いを詰めて、躊躇なく胸部に剣を突き立てた。剣にはデスベアの力を持つ、血が付いている。さてハイ・バンパイアには効くのだろうか。


「馬鹿め。何度やっても同じだ。人間の剣など我には通じぬ」


 そういってまた全身をコウモリに変化させ始めた。そして、男の体のほとんどが、コウモリと化し始めた時だった。顔色が変わった。


「ガフッ」


 吐血した。どうやら半身がコウモリとなった体内で、再生能力とデスベアの猛毒が戦っているようだ。ハイ・バンパイアは苦悶の表情を浮かべ、激痛のあまり大きな叫び声を上げた。


「ゴアァァァァァーーーーーー!」


 直ぐに男の体は溶け始めた。溶けた傍から液化し、床に流れ落ちていく。叫んでいる間に、胸部から下は完全に溶けていた。サラサラとした透明な液体になっている。見た目はほとんど水である。


 なるほど。バンパイアにも俺の血は有効なようだな。


「その強さ……。お前は一体何者だ?」

「だから最初に名乗りましたよ。カミラ=ブラッドールとね」


 数秒後、ハイ・バンパイアの体は完全に水と化し、跡形もなく蒸発していた。残されたのは、彼が使っていた剣だけである。普通のロングソードだが、柄にある装飾が綺麗だ。大きなルビーが嵌まっている。これだけでも価値がありそうだな。いちおう貰っておくか。


「カミラ様、やったの、ですか?」

「レイ、もう大丈夫です。ゆっくり回復時間を取りなさい」

「ありがとう、ございます。やっぱりさすがです」

「カミラ殿、ヤツを斃したのです、か?」

「ディラック様、ええ。もう安心です。少し時間を取って回復してから行きましょう」


 俺は意識不明になっているローリエッタさんの頬っぺたを叩いてみた。いやー美人の頬を叩くとか、こんな機会じゃないとできないよな。


「ゴッホゴホ……はぁ、はぁ、はぁ」


 何度か咳込んでローリエッタさんは目を覚ました。強固なフルアーマー型の鎧が大きくへこんでいる。相当なダメージを受けているに違いない。


「ローリエッタさんはちょっと厳しそうですね」

「ごめんなさい、私は足を引っ張ってしまったみたいね」

「いえ、お気になさらずに」


 正直に言おう。ハイ・バンパイア程度でこの状況だと、バンパイアロード戦では、足手纏いになってしまうだけだ。何とかしてここに置いて行くか、あるいは一度城の外へ退避して貰うのがいいだろう。


「カミラ殿、私たちはどうやらお役に立てそうもありません。戦いのレベルが違い過ぎました。申し訳ありません」


 ディラックさんはさすがだった。一瞬で力の差を感じ取ったようだ。実戦経験の豊富な達人でないと、こういう判断はできない。


 その時、部屋の奥からオオカミの遠吠えらしきものが聞こえて来た。1匹ではない。かなりの数だ。


「これは、吸血鬼配下の人狼か?」

「ディラック団長、まずいですよ。人狼は一匹でもかなり手強いです。それが複数匹いるとなると、手に負えません」


 会話している間に、部屋の奥から何十匹もの大型のオオカミが現れた。獣の匂いが押し寄せて来る。


「団長、私を置いて逃げてください。この数は尋常ではありません。勝てっこありません」

「何を言う。部下を置いて逃げられるほど、私は人間ができていないぞ!」


 ディラックさん、カッコいいな。さすが性格イケメンだよ。いつもより男らしく見えるね。変態騎士団長の汚名はしばらくの間、封印してあげよう。


 だが、無情にもオオカミは次から次へと襲い掛かって来た。実際には逃げる暇すらもなかった。


「くっ、レイ! カミラ殿をお守りするのだ! 私はローリエッタを守る」

「承知いたしました!」


 レイさんも素手でオオカミに立ち向かっている。やはりこの人はすごいな。だが、さすがに数が数だけあって、対処しきれなくなりつつある。


 今は時間が惜しい。一気にかたをつけてしまおう。俺は全力でオオカミの群れへ突っ込んだ。獣の優れた反射神経も、今の俺には役に立たない。犬の置物にしか見えない。


 片っ端からオオカミたちの首を斬り落としていく。しかしこの剣、本当によく斬れるな。魔剣化しているとは言え、やはり剣その物の出来が違うのだろう。稀代の名剣になるかもしれない。ビスマイト鋼、凄いぜ。


 やがてオオカミ全頭の首を落とし終わると、彼らはデスベアの血の力で、すべて水に返っていった。確か、吸血鬼の飼う人狼にも少なからず再生能力があったはずだ。それを封じる意味でも、ほんの少し血を使ったのだが、吸血鬼の部下であるオオカミにも十分有効なようだ。


「カミラ様、お怪我はありませんか?」

「問題ありません。レイさんこそお怪我は大丈夫ですか?」

「は、はい! 軽い打ち身程度です。大丈夫です」


 あのハイ・バンパイアと人狼相手に打ち身程度で済むとは……。やっぱりこの人、城の騎士よりも強いんじゃないかな。


「ディラック様、ローリエッタさん、体は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だが、ローリエッタはさすがに厳しい。おそらく骨が何本か折れています。意識も途切れ途切れです……」

「そうですか。今日はもう引きましょう」

「申し訳ありません、力になると言っておきながらこのザマです。かえってカミラ殿の足手纏いになってしまいましたね」


◇ ◇ ◇


 俺たちはローリエッタさんの治療を第一に考え、急いで城外に出た。城の外は気持ちの良い日差しがまだ燦々と降りそそいでいた。優しい陽射しのおかげで気が緩んだ。すると集中力が途切れ、例の力も解けてしまった。


 城の敷地からローリエッタさんを抱えて脱出し、西地区に宿を取って医者を呼んだ。医者の見立てによるとローリエッタさんは、肋骨を3本折られているという。幸い内臓には影響がないとのことだが、吸血鬼から特殊な打撃を受けたことで、精神面に大きなダメージがあるそうだ。


 今のローリエッタさんの精神状態は、高位の吸血鬼に遠隔から操られる可能性があるらしい。そして操られているうちに、本物の吸血鬼となってしまう。今、ローリエッタさんから目を離す訳にはいかない。


「先生、ローリエッタはどうすれば治るのですか?」

「治療法はわかっています。ですが、現実には難しい……」

「どういうことでしょうか?」

「彼女にダメージを与えた吸血鬼を殺すことで、精神も回復するでしょう」

「彼女を攻撃した吸血鬼は既に消滅していますが……」

「いや、その上位血族がいるはずです。血族をすべて消し去らなければ、回復の見込みは薄い。ですから現実には難しいと申し上げたのです」


 さすが自らを吸血鬼のエリート、ハイ・バンパイアと名乗っていただけはある。こんな性質(たち)の悪い攻撃はなかなか見られたものじゃない。


「カミラ殿、なんとしてもバンパイアロードを斃さないといけないようですね」

「そのようですね。ディラック様、レイさん、私は再度城内に入ります。ローリエッタさんを頼みます」

「今から城内へ?! もう直ぐ日が暮れます。明日の朝一番にしてはいかがですか?」

「それでは彼女が手遅れになる危険性があります」

「……しかし、いくらカミラ殿が強いと言っても、日没後に吸血鬼の王と戦うのは、あまりにも危険です」

「私はもう、自分の周りで人が傷つくのを見たくありません。大丈夫です。斃して無事に戻ります」

「……わかりました。もうカミラ殿に頼るほかはありません。でもどうか無理だけはしないでください」

「レイさん、あなたもついて来てはダメです。ここにいてローリエッタさんを支えてあげてください。もしかしたら、夜になればこの宿にも吸血鬼が現れるかもしれない。そうなれば撃退できるのは、レイさんしかいません」

「ご命令のままに……。ですが、本当に無茶だけはしないでください!」


 レイさんが涙ながらに訴えてきた。いやいや、俺もまだ死ぬつもりはないし、バンパイアロードとの戦いも、勝算がない訳ではない。血が大きな武器になってくれるからね。


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