18.庭園
夜会の会場となるラスフォード男爵のタウンハウスは、夜の街にひときわ目立つ堂々たる佇まいを見せていた。
「素敵」
「素晴らしい庭園ですが、ファロンヴェイルのお屋敷の方が素晴らしいと思います」
アルヴィスが正直な感想を漏らせば、リタが口を尖らせた。
窓ガラスの向こうに広がる景色をアルヴィスは食い入るように見つめた。
正面門を抜けると、そこには左右対称に整えられた庭園が広がっていた。王都のタウンハウスで庭を持つのはステータスの一つで、より大きく、より美しい庭園を所持管理できる貴族は限られている。
庭園と邸宅は財力の証であることを考えると、ラスフォード男爵というのは「男爵」にしてはかなりの私財を持っているのだということがわかる。
滑らかに均された芝生に、よく手入れされ刈り込まれた低木。人工的に配置された花壇には色とりどりの花々が風に揺られて輝いている。
一見したところ薬草類はないようだが、薬効成分を含むいくつかの樹木の特徴的な枝葉の様子を目にしながらアルヴィスはうっとりとほほ笑む。
植込みの根元に配置されているランタンの仄かな光が、庭園全体を柔らかく包み込んでいてとても幻想的だった。
庭園の中央にはひと際目立つ大きな噴水があった。金色の女神が掲げる瓶から流れ落ちる水は、さざ波のような音を立てて庭園全体に広がっている。
馬車道は表面を平坦に磨いた敷石で整えられており、通りの土道よりは比較的に揺れが少なく感じられた。来客を乗せた馬車が反時計回りにゆっくりと進みながら正面玄関へと向かっている。
アルヴィスたちを乗せた馬車も、その列の一つとして進んでいた。馬車の窓越しに噴水を眺めたアルヴィスは、あまりの壮麗さに思わず息を呑む。リタもまた、視線をさまよわせながらため息をついた。
相当なものだなとエヴァンスが軽く呟いた声が、車内に静かに響いた。
やがて眼前に迫る石造りのファサードが威厳を放っている。
二階部分には美しく張り出したバルコニーがあり、そこで談笑する貴族たちの影が見える。周囲の明るいガス灯に照らされた白い壁面とアーチ状の窓枠のデザインは、ラスフォード家の趣味の良さを存分に誇示していた。
馬車はようやく正面玄関の前に停車した。
従者が駆け寄って扉を開き、最初に降りたエヴァンスが手を差し出し、リタを馬車から引き出す。その後、セリウスが滑らかな動作でアルヴィスに手を差し出し、柔らかな笑みを浮かべた。
「クロフト嬢。お手を」
白い手袋が嵌められたセリウスの手をアルヴィスは躊躇いがちに取ると、ドレスの裾を踏まないよう細心の注意を払いながら馬車を降りる。
アルヴィスが小さな礼を述べながら地面に足をつけると、セリウスはさりげなく彼女を隣に引き寄せ、そのまま当然のように進み出した。その堂々とした動きは、一見するとまるで最初からパートナーとして当然のような振る舞いだった。
あまりにも自然すぎる態度に、リタが驚いた表情で隣のエヴァンスを見上ると、エヴァンスは肩をすくめて「まるで婚約者みたいだ」と口笛を吹いた。
「冗談じゃありません」
むっとした表情で言い捨てたリタの表情に、どうやら彼女も同じ感想を抱いたのかもしれないと当たりを付けてエヴァンスは意地悪くニヤリと微笑んだ。




