【1/12最新作】辺境の【杖職人】が、自分の作る杖は世界最高だと気付くまで
【短編版】辺境の【杖職人】が、自分の作る魔法杖は世界最高だと気付くまで ~「魔力ゼロ、愛想もない」と婚約破棄された私が、帝都でひっそり店を開いたら、いつの間にか国中の英雄が並ぶ行列店になっていました~
【お知らせ】
※こちらは短編になります。長編は下記リンクか作者ページ、シリーズから。
https://book1.adouzi.eu.org/n9623lp/
シュッ、シュッ、シュッ。
静かな工房に、鉋が木肌を滑る音だけが響いている。
薄く削り出された木くずが、宙を舞い、木の香ばしい匂いが立ち込める。
ソフィア・クラフト。年齢は十九。
艶やかな黒髪を無造作に束ね、その瞳もまた、深い夜のような黒色をしていた。
派手さはない。
だが、その佇まいは、長い年月をかけて磨かれた職人の道具のように、静かで芯の通った美しさを帯びている。
彼女は作業台に向かい、一心不乱に手を動かしていた。
その手にあるのは、樹齢三百年を超える「雷鳴樹」の枝だ。
普通の職人が扱えば、内包された雷の魔力によって触れた瞬間に黒焦げになる危険な素材。
だが、ソフィアの指先は、まるで赤子を撫でるように優しい。
雷鳴樹も、ソフィアに反抗することはなく、ただ黙って、されるがままになっている。
ソフィアには「魔力」がない。
生まれつき、体内の魔力保有量が完全なゼロなのだ。
この世界において、魔力を持たない人間は稀有であり、時に「欠陥品」とさえ呼ばれる。
だが、自身の魔力というノイズがない分、素材が発する微かな「声」や、魔力の「流れ」が、指先を通じて鮮明な映像として脳内に浮かび上がってくるのだ。
魔力を生まれつき持たぬ代わりに、魔力への異常なまでの鋭敏な「感受性」を持つ。
それが……ソフィア・クラフトのもつ天から与えられしギフト。
彼女にとって杖作りとは、製造ではなく、対話だった。
素材の癖を聞き、流れを整え、あるべき形へと導く。
そんな神聖な儀式にも似た時間を……邪魔する者が、部屋に入ってきた。
「おい、ソフィア! 聞いているのか! ソフィア!」
工房の扉が蹴破らんばかりの勢いで開かれ、怒鳴り声と共に、男が土足で踏み込んでくる。
ソフィアは、削りかけの杖が傷がつかないよう、素早く、しかし丁寧に白布をかけてから、ゆっくりと顔を上げた。
「……何でしょうか、デリックさん」
デリック・ザフール。年齢は二十。
この村一番の商会の跡取り息子であり、ソフィアの婚約者だ。
今は亡きソフィアの祖父ヴィルが、「魔力のない孫娘が、将来ひとりで生きていくのは困難だろう」と案じ、有力者であるザフール家に頭を下げて取り付けた縁談だった。
祖父の親心によって結ばれた絆。だが、当のデリックにとっては、そうではなかったらしい。
「俺が話しかけたら、すぐに手を止めて返事をしろ! ソフィア! このどんくさ女!」
「……デリックさん。今は、仕上げの最中です」
「仕上げだなんだと、いつまでやっているんだ! そんな杖一本に、もう5日もかけているじゃないか!」
「5日もなんてかけてません……。こないだ作っていた杖と、間違えてませんか?」
「だまれ! 口ごたえするな!」
デリックは、苛立ちを隠そうともせずに叫んだ。
彼の後ろには、見慣れない派手な服装の女性が、へらへらとした笑みを浮かべて張り付いている。
「商談の納期は明日なんだぞ。お前のようなグズに任せていたら、商機を逃してしまう」
「ですが、この雷鳴樹は非常に繊細です。性急に刃を入れれば、魔力回路が断裂し、使い手の魔力が逆流する恐れが――」
「御託はいいんだよ! お前の仕事は遅い! 古臭い! 効率が悪い!」
デリックは、ソフィアの言葉を遮り、後ろの女性の肩を抱き寄せた。
「見ろ、彼女はリサだ。隣町から来てもらった、優秀な【簡易生産】スキルの持ち主だぞ」
「どーもー。あ、その杖まだ削ってるんですかぁ? ウケる」
リサと呼ばれた女性が、くちゃくちゃとガムを噛みながら、小馬鹿にした視線を向けてくる。
「リサなら、素材なんて適当でも、スキルを使えば一日で大量に杖が完成する! しかも、見た目はピカピカだ!」
「……見た目は、そうかもしれませんね」
ソフィアは静かに、リサの腰に差してある「杖」を一瞥した。
確かに、艶やかな塗装が施され、宝石らしき飾りもついている。だが、ソフィアの鋭敏すぎる感覚には見えていた。
内部の魔力回路はずたずたに千切れ、無理やり接着剤で固められたかのような、悲鳴を上げる素材の姿が。
あれでは、初級魔法を数回撃っただけで破裂するだろう。
「それで、本題だ」
デリックは、勝ち誇ったように鼻を鳴らし、残酷な宣告を口にした。
「ソフィア・クラフト。お前との婚約は破棄する。そして、この『八宝斎』の看板と工房も、我々商会が接収する」
「……そうですか」
ソフィアの声は、驚くほど平坦だった。
怒りや悲しみがないわけではない。だが、それ以上に「やはり」という諦念が胸を満たしていた。
効率と数値こそが正義の彼らにとって、魔力もスキルもなく、ただ手作業で品質を追求する自分は、異物でしかなかったのだ。
「いいのですか? この店は、祖父が遺した――」
「あの頑固ジジイの時代は終わったんだよ! これからは量産の時代だ。お前のような『魔力ゼロ』で『愛想もない』女は、俺の隣には相応しくない」
愛想がない。
その言葉に、ソフィアは少しだけ目を伏せた。
素材の声を聞くことに集中しすぎて、人の機微に疎くなっている自覚はあった。
だが、それが彼女の職人としての矜持でもあった。
「……分かりました。婚約破棄も、立ち退きも受け入れます」
ソフィアは、着ていた作業用のエプロンを丁寧に畳み、作業台に置いた。
そして、壁に掛かっていた革製のツールバッグだけを手に取る。
中には、伝説の職人と呼ばれた祖父ヴィル・クラフトが生涯愛用し、ソフィアへと受け継がれたノミや鉋、そしてヤスリといった手道具一式が入っている。
「ですが、この道具だけは持って行きます。これだけは、商会の資産ではありませんから」
「ふん、好きにしろ。そんなガラクタ、金にもなりゃしない」
デリックは興味なさそうに手を振った。
ソフィアはツールバッグを肩にかけ、最後に一度だけ、愛着のあった工房を見渡す。
木の香り。染み込んだオイルの匂い。
ここでの日々が終わる。だが、不思議と心は軽かった。
もう、誰にも急かされることなく、納得いくまで杖と向き合えるのだから。
「それでは、お元気で」
ソフィアは優雅に一礼すると、背筋を伸ばし、工房を後にした。
背後で、「やっと清々したぜ」「あーあ、可哀想な人」という嘲笑が聞こえたが、彼女は振り返らなかった。
◇
村を出て、乗り合い馬車の停留所へ向かう。ザフール商会の影響がない場所にいくなら村を出るほかないのだ。
その道すがら、ソフィアはふと足を止めた。
これからどうしようか。
当てがないわけではないが、住む場所も仕事場も失った事実は重い。
その時だった。
「あら、ソフィアちゃんじゃないか」
聞き覚えのある、快活な声がかかった。
振り返ると、大量の荷物を積んだ馬車の御者台から、日に焼けた中年の女性が手を振っていた。
行商人のマリアだ。亡き祖父の代から、希少な木材や道具を卸してくれていた、数少ない「本物」を知る理解者である。
「マリアさん……」
「なんだい、そんな大荷物を抱えて。……あー、なるほどね。あのバカ息子に追い出されたかい?」
マリアは全てを察したように溜息をついた。
ソフィアが小さく頷くと、彼女は豪快に笑い飛ばした。
「ハッ! 見る目のない男だねぇ! あんたの腕があれば、宮廷職人だって狙えるってのに」
「宮廷職人だなんて……私は、ただの時代遅れな職人ですから」
「謙遜するんじゃないよ。……そうだ、ちょうどいい話があるんだ」
マリアは荷台をポンと叩き、ソフィアを手招きした。
「帝都に行きな。あそこには、あたしの古い馴染みで『銀のフクロウ亭』って杖屋をやってる婆さんがいるんだがね。そろそろ引退したいから、店を譲れる骨のある職人はいないかって、相談されてたんだよ」
「店を……譲る?」
「ああ。ただ、あの婆さんも相当な偏屈でね。『半端な奴には譲らん』って、来る奴来る奴みんな追い返してるらしい。でも、あんたなら……『ヴィル・クラフトの孫』なら、話は別さ」
帝都。マデューカス帝国、最大の都市。
そこには、宮廷魔導師や騎士団長など、本物の強者たちが集うという。
ここよりも厳しい世界かもしれない。だが、そこになら、自分の杖を必要としてくれる人がいるかもしれない。
「乗んな。帝都まで送ってってやるよ」
「……ありがとうございます」
ソフィアは馬車に乗り込んだ。
車輪が回り始め、慣れ親しんだ景色が遠ざかっていく。
魔力ゼロの職人は、まだ見ぬ帝都へ向けて、静かに歩み出した。
◇
帝都への旅路は順調だった。
マリアの馬車に揺られること三日。石造りの巨大な城壁が見えてくると、ソフィアの胸は期待と不安で少しだけ高鳴った。
紹介された場所は、帝都のメインストリートから一本外れた、職人街のさらに奥まった路地裏だった。
古びたレンガ造りの建物。
看板には、塗装の剥げかけたフクロウの絵と『銀のフクロウ亭』の文字。
一見すると寂れた骨董屋のようだが、ソフィアの目には違って見えた。
扉の隙間から漏れ出す、濃密で静謐な魔力の気配。ここは、間違いなく「本物」の店だ。
「……ごめんください」
カラン、コロン。
ドアベルが乾いた音を立てる。
薄暗い店内には、所狭しと杖や素材が並べられていた。
埃をかぶっているものもあるが、管理状態は完璧だ。湿度も温度も、木材が最も呼吸しやすい環境に保たれている。
「客なら他を当たりな。うちはもう店じまいだ」
カウンターの奥から、しゃがれた声が響いた。
現れたのは、杖をついた小柄な老婆だった。腰は曲がり、身長はソフィアの胸ほどしかない。だが、その瞳だけは猛禽類のように鋭く、射抜くような光を宿している。
彼女こそが、この店の主、マダム・グランだ。
「お客様ではありません。私はソフィア・クラフト。マリアさんの紹介で参りました」
「クラフト……待て。ひょっとして、『ヴィル・クラフトの孫』かい?」
「え? はい。ヴィルは私の祖父ですが……ご存じなのですか?」
マダム・グランは、値踏みするようにソフィアを頭から爪先までジロジロと見た。
そして、ふんと鼻を鳴らす。
「手を見せな」
挨拶もそこそこに飛んできた命令。ソフィアは黙って両手を差し出した。
マダムは、その手をじっと見つめる。
白く細い指。だが、指先には無数の細かな傷があり、親指と人差指の付け根には、ノミを握り続けた者特有の硬いタコができている。
そして何より、爪の間には、安物の香油ではなく、高級な木材保護オイルの匂いが染み付いていた。
「……ふん。口先だけの小娘じゃなさそうだね。いい『職人の手』だ」
「恐縮です」
「だが、手先が器用なだけじゃ、この店は継げないよ。ここは帝都だ。客の要望を見抜き、最適な一本をあてがう『眼』がなくちゃあ生き残れない」
マダムは壁一面に飾られた杖の棚を指した。
そこには、優に五十本を超える杖が並んでいる。どれも最高級の素材を使い、意匠を凝らした逸品ばかりだ。
「あたしはこの店を畳んで、隠居するつもりだ。最後の余生、相棒にする杖をこの中から一本だけ持って行きたい。……あんたが選びな」
「私が、マダムの杖を……ですか?」
「ああ。あたしに一番ふさわしい杖をここから選べ。もし納得いくものを選べたら、この店も在庫も、全部くれてやる」
それは、職人としての究極の「目利き」の試験だった。
普通なら、老婆の体格に合わせて、扱いやすい短めの杖や、軽量化された杖を選ぶだろう。あるいは、魔力増幅率の高い高価な杖か。
だが、ソフィアは動かなかった。
ただ静かに目を閉じ、マダム・グランという人間に流れる「魔力」を感じ取る。
(……すごい)
ソフィアの脳裏に、映像が浮かぶ。
小柄な老婆の体の内側には、まるで深海のような、静かで、しかし底知れない質量の魔力が渦巻いていた。
激流ではない。重く、ゆったりとした、巨大な潮流。
この魔力を、細く繊細な杖に流せばどうなるか。
杖内部の魔力回路が狭すぎて、魔力が詰まり、杖自体が悲鳴を上げて弾け飛んでしまうだろう。
ソフィアは目を開けると、煌びやかな棚には目もくれず、店の隅へと歩き出した。
そこには、売り物ですらない、傘立て代わりの壺に無造作に突っ込まれた、一本の太くたくましい杖があった。
長さは二メートル近く、太さも大人の腕ほどある。ゴツゴツとした樹皮が残ったままで、およそ杖とは思えない無骨な代物だ。
「……これです」
ソフィアは、その巨大な杖を両手で抱えるようにして持ち上げ、カウンターに置いた。
マダムの眉がピクリと動く。
「あんた、バカにしてるのかい? あたしのような年寄りに、そんな丸太を振り回せって?」
「いいえ。振り回す必要はありません。この杖は、ただそこに在るだけでいいのです」
ソフィアは愛おしそうに、杖の表面を撫でた。
「この木材は『エイネン樹』ですね。この木の年輪……つまり『天然の魔力回路』は、非常に太く、緩やかに蛇行しています」
「……ほう?」
「今のマダムの魔力は、激しい川ではなく、満ち引きする海そのものです。しかし魔力量は多い。細かく整えられた人工的な回路では、あなたの魔力を受け止めきれず、熱を持ってしまう。
ですが、この太く長い年輪……魔力回路なら……あなたの魔力をあるがままに受け入れ、スムーズに魔法を使えるでしょう」
ソフィアには見えていた。
「この無骨な杖の中で、木材の回路と、核となる触媒――おそらく『地竜の心筋』――ですね、無理につなぎ合わされることなく、自然に溶け合っております。地属性の魔力を持つ、マダムにぴったりの、見事な一品です」
一通りの説明を聞き終えたマダム・グランは、しばらく沈黙した。
やがて、その口元がニヤリと歪む。
「杖を割ってもないのに、芯材を言い当てるとはね」
マダムはソフィアの手から、その巨大な杖を受け取った。
小柄な彼女が持つと、まるで大樹に寄り添っているように見える。
彼女が軽く魔力を込めると、杖は低く唸るような音を立て、先端から柔らかな光が溢れ出した。それは、老婆を優しく守るような光だった。
「杖が喜んでます。貴女を選んで良かったって」
「よく分かってるじゃないか。そう、人が杖を選ぶんじゃない。杖が人を選ぶのさ」
「マダム……」
「合格だ。ソフィア・クラフト。この店は、今日からあんたのものだよ」
マダムは鍵束を放り投げた。
ソフィアが慌てて受け取ると、マダムは満足げに笑った。
「好きに使いな。ただし……いいかい、ここは帝都だ。あんたのその『眼』を必要とする、とんでもない化け物が迷い込んでくるかもしれないよ」
「化け物、ですか?」
「ああ。自分の力を持て余し、道具を壊し続けて泣いているような、寂しい化け物がね」
それが誰のことを指していたのか。
ソフィアがその意味を知るのは、店を開いてすぐのことだった。
◇
開店から一週間が経っても、客足は鈍かった。
無理もない。路地裏の古びた店構えに、店主は若き女性一人。一見さんには敷居が高すぎるのだ。
それでもソフィアは焦らなかった。マダムが残してくれた最高級の素材の手入れをしながら、静かにその時を待っていた。
そして、その日はやってきた。
帝都に冷たい雨が降る午後だった。
カラン、コロン……。
ドアベルの音が、どこか重苦しく響く。
濡れた軍靴の音がして、一人の長身の男が入ってきた。
漆黒の軍服に、金の刺繍。肩には大佐を示す階級章。
濡れた銀髪をかき上げたその美貌は、彫刻のように整っているが、凍てつくような無表情が他人を拒絶している。
帝国軍魔導師団長、ギルバート・フォン・ヴォルグ。
その過剰な魔力で敵味方問わず恐怖させることから、『破壊神』と渾名される男だ。
「……店主はいるか」
地を這うような低い声。
ソフィアはカウンターの奥から静かに現れ、一礼した。
「いらっしゃいませ。私が店主のソフィアです」
ギルバートの眉がわずかに動く。彼は店内を見回し、落胆の色を隠そうともせずに溜息をついた。
「いや……すまない。古い店構えを見て、ベテランの職人がいるかと思ったのだが。冷やかしだと思って忘れてくれ」
「杖をお探しですか?」
帰ろうとする背中に、ソフィアは静かに声をかけた。
ギルバートは立ち止まり、懐から「何か」を取り出してカウンターに置いた。
それは、黒く炭化した木片だった。かろうじて杖の形を留めているが、見るも無惨に内側から破裂している。
「……今月に入り三本目だ。軍の支給品も、貴族御用達の高級品も、俺が握ればこの有様だ」
自嘲気味に吐き捨てるギルバート。
だが、ソフィアは表情一つ変えず、その残骸を手に取った。
魔力ゼロの指先が、死んだ木片に残る「魔力の痕跡」を読み取る。
(……酷い。熱で焼けたんじゃない。魔力の奔流に耐えきれず、回路がズタズタに引き裂かれている)
彼の魔力は「炎」だ。それも、極めて純度が高く、密度の高い青白い炎。
一般的な杖は、木材にドリルで穴を開け、そこに触媒(魔石など)を埋め込むだけで作られる。
だが、それでは木材が本来持っている「年輪(魔導回路)」が切断されてしまう。
普通の魔術師ならそれでも通じるが、ギルバートのような規格外の魔力が流れ込めば、切断された回路で魔力が乱反射し、熱を持って暴発するのは必然だった。
「直すことはできませんが、作ることはできます。あなたが、負担なく魔法を使える、杖を」
ソフィアの断言に、ギルバートが怪訝な顔をする。
彼女はマダムの在庫棚へと歩み寄り、一本の木材を選び出した。
『炎龍樹』の枝。耐火性に優れるが、硬すぎて加工が難しく、敬遠される素材だ。
「少し、お時間をいただけますか」
「どれくらいかかる?」
「それは、杖次第ですので、なんとも」
ソフィアは作業台に木材を固定すると、愛用のノミを構えた。
空気が変わる。
ギルバートは何も言わず、ただその「気配」の変化に息を呑んだ。
トントントン、シュッ。
心地よいリズムと共に、硬い炎龍樹がバターのように削られていく。
だが、ソフィアが見ているのは表面ではない。
木材の内部に走る、無数の年輪――天然の魔導回路だ。
(彼の魔力は、直線的で鋭い。だから、回路も真っ直ぐに。でも、出口付近では拡散するように……)
彼女が行っているのは、単なる加工ではない。
「外科手術」だ。
木の繊維を一本たりとも傷つけず、薄皮一枚を剥ぐように回路を露出させる。
そして、芯材となる『火蜥蜴の髭』を、露出した回路に添わせるように埋め込んでいく。
接着剤は使わない。木材自身の樹液と、微細な凹凸を噛み合わせることで、木と触媒を「一体化」させるのだ。
それは、途切れていた血管を繋ぎ合わせるような、神業だった。
切断された回路をつなぎ、滞っていた流れをスムーズにする。
魔力を持たない彼女だからこそ、他者の魔力の流れを誰よりもはっきり視認できる。
それゆえに、完全なる魔力回路の構築が可能となるのだ。
「…………」
ギルバートは、黙ってその作業に見入っていた。一言も言葉を発さず、ただ……じっと、【魔法杖職人の美技】に見蕩れていた。
「――できました」
顔を上げると、ギルバートは、なぜだか眠そうにしていた。
「すみません、どれくらい時間経ってますでしょうか?」
「ん、ああ、大して経ってないな」
ソフィアは気になって、壁掛け時計を見やる。
たしかに、数時間くらいしか、針は進んでいなかった。
そう、針は、であるが。
(良かった、思ったより早く作り上げられたみたい。没頭すると、気づいたら一日経ってたこともあるし……)
ソフィアが差し出したのは、飾り気のない、しかし滑らかな曲線を描く一本の杖だった。
表面は丁寧に磨き上げられ、温かな艶を放っている。
「どうぞ。……恐れずに、魔力を流してみてください」
ギルバートは恐る恐る杖を握った。
その瞬間。
カッ!
彼の手の中で、杖が赤く脈打った。
「っ!?」
ギルバートは反射的に手を離そうとした。いつものように、熱暴走して爆発すると思ったのだ。
だが、熱くない。
杖は彼の膨大な魔力を、まるで乾いた砂が水を吸うように、ごく自然に飲み込んでいく。
抵抗がない。詰まりがない。
魔力が、指先から杖の先端まで、一本の清流となって駆け抜けていく感覚。
「……なんだ、これは」
彼は店の裏口を開け、雨の降る路地裏に向けて、軽く杖を振った。
本気ではない。ほんの挨拶程度の魔力だ。
ゴオオオオオオッ!!
刹那、青白い炎の柱が、雨雲を切り裂いて天へと昇った。
周囲の雨が一瞬で蒸発し、白い霧が立ち込める。
とてつもない威力。だが、杖は微動だにせず、ただ嬉しそうに微かな余熱を帯びているだけだ。
「嘘だろ……。俺は今、魔力を抑えなかった。なのに、杖がきしむ音さえしなかった……」
「あなたの魔力は素晴らしいものです。ただ、通り道が狭すぎただけ。この杖なら、あなたの『全開』にも耐えられます」
ソフィアが淡々と言うと、ギルバートはゆっくりと振り返った。
その氷のような瞳に、初めて熱い感情の灯がともる。
彼は大股でソフィアに歩み寄ると、その手を取った。不器用な、しかし万感の想いを込めて。
「……ソフィア・クラフト。礼を言う。貴女は、俺の救世主だ」
その日、帝国の「破壊神」が、自分の相棒を手に入れた。
そしてそれは、無名の杖職人ソフィアの名が、帝国の歴史に刻まれる始まりでもあった。
【お知らせ】
※1/12(月)
好評につき、連載版、投稿しました!
『【連載版】辺境の【魔法杖職人】が、自分の作る杖は世界最高だと気付くまで ~「魔力ゼロ、愛想もない」と婚約破棄された私が、帝都でひっそり店を開いたら、いつの間にか国中の英雄が並ぶ行列店になっていました~』
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