銀一の過去
10年前 夏 午後12時5分
大阪府 某平屋
「なぁオカン、オトン今日のいつ帰ってくるん?」
3畳のタタミが敷かれているタタミ部屋。
その中央に置かれた、脚の短い木製の丸テーブルの上に、食器と冷蔵庫の中のおかずを並べながら、
当時4歳だった白鳥銀一は、昼食のメインであるヤキソバを台所で作っている母親・明海に声をかけた。
短かい縮毛を生やした、28歳の女性とは思えない程若々しい顔の女性だ。
明海は、ヘソが出るよう脇の部分を縛った袖無しのシャツと、
両脚の、根元から下の部分が無い、とてもきわどいジーパンという、
とてもラフな格好の上にエプロンを着て、料理をしていた。
母親として、子供が居る前でそういう格好をするのはどうか、と思うだろうが、
彼女は暑がりなため、夏になると(家の中限定だが)毎日こんな格好をしている。
「んん~~……っちゅーても聖二さんは〝宇宙でのお仕事〟をしとるんやし、オカンには分からへんなぁ。
まぁでも、夕方には帰ってくるやろ? 道草食ってへんかったらな!」
明海はニッと笑いながら、銀一にそう返答した。
明海の夫であり、銀一の父親である白鳥聖二は、国際連合によって作られた、
『テラフォーミング』などの宇宙開発を目的とした組織『方舟』に所属している。
『テラフォーミング』
火星や金星、月などの、移住が可能であると判断された惑星を地球そっくりに改造する壮大な計画。
人口増加とそれに伴なう食糧不足、資源不足を解消するために発案された計画で、
表社会では未だに資金不足などで研究段階と発表されているが、
私達が認知できない裏社会では、異星人達の技術を借り、徐々に実現しつつある計画である。
主に地球外での仕事であるため、勤務者である聖二の帰還可能日はたびたび変わる。
だけど今日は、確実に聖二が帰還してくる日だ。
時差ボケでもしているのか、聖二が今日の午前3時頃に、
宇宙開発組織『方舟』が数年前に火星へと打ち上げた衛星を通じて、
携帯電話のメールで連絡してきたのだから確かだ。
ちなみに音声電話を使わなかったのは、なんでも〝今回の開拓地〟の砂嵐が酷く、
雑音が入って聞こえづらくなる恐れがあったためだという。
「せやな!」
母である明海の返答を聞いて、銀一もニッと笑った。
数ヶ月ぶりに、仕事でなかなか会えない父親に会える。
そう思うと、胸が高鳴る。心が弾む。
会って最初になにを話そか?
アッチでどんな事があったんやろ?
コッチでなにがあったのかも教えなあかんな!
最初になにを聞こうか。なにを話そうか。
考えるたびに、先程よりも胸が高鳴っていく。
当時5歳だった銀一は、それだけ父親に会えるのが嬉しかった。
だけど同時に銀一は、顔には出さないが、こうも思っていた。
――――できるなら、もっと長い時間オトンとオカンと一緒に居たい……………と。
とても大切な仕事だという事は理解できていた。
数年先の未来で悪化するかもしれない地球の問題を解決するための、大事な仕事だと。
だけど、それでも、銀一は父親の聖二に、もっと家族との時間を大切にして欲しいと思っていた。
生まれ持った才能故に、自分と全く同じ想いを、母親も抱いていると悟りながら。
同日 午後15時30分
自宅のインターホンが鳴る。
銀一と一緒に洗濯物をたたんでいた明海は、すぐに立ち上がり、玄関へと体の向きを変えた。
もしかすると夫かもしれないと、期待しながら。
だがその瞬間、銀一が目を輝かせながら言う。
「俺が出る!」
待ちに待った瞬間だ、という想いがこもった、元気な声だった。
聞いた瞬間、明海はビックリして一瞬呆けた。
だけどすぐに、息子の想いは尊重しなければと思い、銀一に『玄関のドアを開ける』役目を譲る。
せめて自分は、愛する夫に『おかえりなさい』と言ってやろう。
明海はそう思いながら、玄関へと向かう息子を見守った。
「オトンおかえり!」
玄関のドアを開けると同時、玄関前に居るのは父親なのかを確かめる前に、銀一は元気な声で叫んだ。
玄関前に居たのが父親じゃなかったらどうするつもりなのか、
と明海は慌てて心配したが、その心配は無用だった。
ドアを開け放ったその先に居たのは、黒い短髪をツンツン尖らせた、俗にいうツンツン頭の男性。
彼こそ、銀一の父親で明海の夫である白鳥聖二だ。
「……おう。ただいま」
「……? オトン?」
聖二は銀一に微笑みかけながら、挨拶をした。
しかしギンはその瞬間〝妙な違和感〟を覚えた。
――――聖二の返事がぎこちない。
――――聖二の微笑みに心が感じられない。
10年後の銀一ならば、間違いなくその事に気付いただろう。
しかし当時の銀一には、違和感を感じる事はできても、
その違和感の正体に気付く程の力量は無かった。
「2人共なにしとるん?」
明海が、その場から動かない2人が気になり、話しかける。
「……ああ。そうやな」
すると聖二は明海の方へと、ゆっくりと視線を向けてから、家の中へと入って行った。
銀一は、聖二の異常を感じつつも、そんな聖二の後に続いた。
数日後
「……………な……なんで……や?」
銀一は目の前の光景に、絶句した。
先程まで自分は、幼稚園から帰って、幼稚園バスが停まった場所に
母親が居なかったから、自力で家に帰ろうと歩いていた。
その時、突然爆発音が家の方から聞こえてきて……。
家が在ったであろう場所には――――
――――燃え盛る紅蓮の炎。
家が――――燃えていた。
「お……オカン? オトン?」
自分の周囲にわらわらとヤジウマが近付く中、
消防車が到着し、放水が始まる中、
銀一は消え入りそうな声で両親を呼んだ。
しかし両親は現れない。
いくら待っても。いくら願っても。
生きていれば、火事に気付き、自分を捜しに来るハズなのに。
それなのに……………来ない。
「……………そん……な……」
そんなハズはない、と思いたかった。
たった今自分が思い浮かんだ事を。
両親ガ――――――――死ンダ。
次の瞬間、銀一の膝が崩れ落ち、銀一はそのままうつ伏せに倒れた。
数時間後
病院 病室
自分がこの世に生を受けて以来初めて、銀一は入院患者用の病室で目が覚めた。
しかし、銀一の心は空虚だった。生きているのか、死んでいるのかすら、分からない程に。
今日の朝まで、少しは違和感はあったものの、いつも通りの平和な家族の団欒があったハズ。
ソレが数時間前、なんらかの原因で起こった爆発により、崩れ去った。
そのショックで、人格が崩壊寸前までイってしまったのだ。
数分後
今回の火事についての説明を兼ね、警官が見舞いに訪れた。
人格が崩壊寸前までイってはいたものの、その警官の声はかろうじて聞こえていた。
しかし意識がほとんど消えていたため、途切れ途切れにしか聞こえない。
だがそんな途切れ途切れに聞こえた説明の中で、2つ分かった事がある。
あの火事はガス爆発が原因である事。
自分の両親は、自分の予想通り家に居た事。
なんでこんな事になったんや?
なんで俺の両親がこんな事に?
疑問だけが、頭をよぎる。
警官が、病室から出て行く。
銀一の事が気になり、出口を潜る前に何回か、
銀一の方をチラチラと振り返りながr――――
――――警官と入れ替わりで、ある少女が銀一の居る病室を訪れた。
年は銀一と同じくらい。碧眼で、金髪のショートヘアを生やした少女だ。
しかしその身から発せられるモノは、妖しささえも感じられる魅力と、存在感。
正直、これが5歳くらいの子供が発する存在感とはとても思えない。
そんな妖しげな少女は、警官が出ていった事を確認すると、病室のドアを閉め、鍵をかけた。
次に周囲を見回し、目を閉じ、聴覚のみに感覚を集中させた。
…………………………………………………………………静寂。
どうやら隣の病室には、誰も居ないらしい。
彼女はそれを確認すると、銀一の視界に自分が映るまで、銀一に近寄った。
そして身を屈め、少女は銀一の耳元で、そっと囁いた。
「アナタの両親はね……異星人のせいで死んだんだよ? 私の両親と同じように」
現在
星川町公民館 体育館前
開放された体育館前には、たくさんのテロリスト達が集まっていた。
体育館が奪い返された。その報告を聞き、体育館をまた奪おうとしているのだ……が。
「くそっ! 中でバリケード張ってやがる!」
「これじゃあ中に入れねぇじゃねぇか!」
そう。館内にこもっている町民達が、体育館の出入り口、そして窓に、
体育館の中にある様々な物でバリケードを張っていたのだ。
「リーダー! いったいどうすれば!?」
テロリストの1人が、報告を聞いて急いで駆けつけたギンに尋ねた。
「どうって事はないで。このまま体育館の周りを包囲していれば、
どっちにしろ軟禁してる事に変わりはないやん? せやから別にまた手間をかけて奪う必要はn――――」
と、ギンが返答している最中の事だった。
ギン達の後方に、突然ソレは降ってきた。
着地の際、その下にあった水溜りの水が、飛沫を上げる。
飛沫の音に驚き、その場に居る全員が後方を振り返る。
そこに居たのは、2本の、鞘が無い日本刀を両手に持った少年――――ハヤトであった。
「銀一」
ハヤトはゆっくりと戦闘の構えをとり、その名を呼んだ。
テロリスト達はリーダーのギンを守ろうと前に出たが、ギンはそれを制し、代わりに自分が前に出た。
そして自分も、部下達が固唾を呑んで見守る中、『八千夜』を手に、戦闘の構えをとる。
雨音以外の音が、一切聞こえなくなった。
そして――――
「俺は……もう迷わない」
「ふぅん。で、どないするんや?」
「お前の上司として、そして親友として……お前に引導を渡す」
――――両者は再び激突した。




