倒れる戦士達
……………身体が……動かへん……。
ギンの仲間と思わしき少女に、自身の右腕にナイフを刺され、地面にうつ伏せに倒れるまでの間、
リュンの意識は徐々に、確実に刈り取られ、深い闇の奥底へと堕ちていった。
あのナイフ……刀身に毒でも塗ってあったんやろうか?
って事はウチ……このまま……死んでまうのかなぁ?
視界がぼやけ、まぶたが重くなる。
さらには全身の神経が麻痺し始めたのか、ナイフを刺された右腕から痛みが消えた。
……………アカン……もうダメや……。
しまいには自分の身体に鞭打ってまで動こうとする気力さえも、
〝ナイフに塗られていたモノ〟は、徐々にだが奪い取り、
ついにリュンは、雨のせいでぬかるんだ地面に、うつ伏せに倒れこんだ。
でも……悔いは……無い……な。ギンに……想いを……伝えられた……。
しかしリュンは、わざと抵抗すらしなかった。
その言葉通り、本当に悔いは無いのだから。
いやでも……正直……ハヤト君にも……気持ちを伝え……られたら……よかったな……。
だがこの願いは、最初から諦めていた。
ハヤト君には……ウチ以上に……ハヤト君を想って……くれとるモンが……2人おる……。
ふと頭の中に、ハヤトと、そのハヤトを想う2人の少女の、とあるシーンが浮かぶ。
1人がハヤトと笑い合いながら、なにかを喋っている。
そして、偶然その場に現れたもう1人の少女が、膨れっ面をしながら2人の間に強引に入る、そんなシーン。
……………もしこの町に2人がおったら……こんなシーンが……
展開されとったかも……な……そんでウチは……そんな3人の中に……入れん……。
そこでリュンは、思わず心の中で苦笑した。もう、顔の表情筋も動かなくなっている。
自分が……クソ女って……自覚はある……いろんな意味で……な……
でも……それでも……ウチはギンを選んだ……ウチはハヤト君には……つり合わん……
あの2人の方が……ピッタリや……だからウチは……ギンを選ぶ事が……できた……。
リュンのまぶたが、完全に閉じる。
同時にその両目からそれぞれ、一筋の涙がこぼれ出た。
……………その先へ……進めへんかったけど……それでも……よかった……。
少し後悔はある。だけど、それでもリュンは……微笑んだ。
『多分アイツは、君の笑顔も見たいんだと思うよ?』
町立星川中学校の生徒として、星川町に潜入したての頃に、ハヤトにそう言われたのを、思い出したから。
いつもの〝作り笑顔〟ではない、真の、〝心からの笑顔〟を……ギンに届けたいから。
まだちゃんと笑う事はできへんけど……それでもウチは……アンタや……
みんなのおかげで……ここまで……笑えるように……なったん……よ?
そしてリュンは、微笑みを見せたまま、その場で意識を失った。
ギンはその一連の流れを、家の屋根の上から、ただ呆然と眺めていた。
だがすぐに顔を歪め、八千夜を手放し、両手で頭を抱え、そして、
「……………あ……あぁ……あ……あ……あ……………ああああぁぁあああぁぁぁあああああっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!」
大切な者をなくした、という現実を前に、引き裂かれんばかりの衝撃がギンの中を駆け巡る。
同時に人が発せられるとは思えない、喉が潰れかねない程の声量で、ギンは絶叫した。
しかしリュンを刺したケイティ・ハワードは、ギンの絶叫を気にも留めず、
ギンの居る屋根の上にいつの間にか上り、ギンのそばに近寄った。
「安心して、ギンイチ」
優しく、そう語りかけながら。
だがギンは、ケイティの言葉を無視し、背筋が冷たくなる程まで冷たい、
鋭い眼差しをリュンに向け、その胸ぐらを両手で掴んだ。
「なんで……殺した……?」
凄まじい殺気を放ち、声を荒げながら、ギンはケイティに尋ねた。
普通の人であれば、恐怖のあまり声すら出せない殺気だ。
だがケイティは、顔から冷や汗を一筋流すだけで、ほとんどギンの形相と声と雰囲気に動揺せずに、返答した。
「落ち着いて。彼女はまだ死んでいない」
「……なに?」
「彼女には虚脱を引き起こし、さらには眠気を発生させる毒を塗ったナイフを刺したの」
「……なんでナイフなんや? 注射とかでもええやろ?」
納得がいかず、再度ケイティに尋ねるギン。
するとケイティは、溜め息を吐きつつ肩を竦め、
「私に注射を扱えるワケが無いでしょ? ちなみに毒を染み込ませたハンカチを、
この子の顔に押し付ける方法もあったけど、毒はクロロホルムのように
遅効性だから、彼女に逃げられる可能性があったの」
ケイティのマシンガントーク並みに速い言い訳を前に、
ギンの殺気はほとんど消え失せ、ギンはなにも言えなくなった。
とりあえずだが、リュンは生きている。それを実感したのもあるが。
しかし、安心してはいられない。効能はどうであれ、リュンが注入されたのは〝毒〟。
放っておくと、リュンの身になにが起こるのか分からない。
かくいうクロロホルムも、麻酔剤として使用されていたりするが、大量に吸入すると、
吸入した者の呼吸や血圧を低下させ、重篤の場合は死に至らしめる薬物であったりする。
しかも今の星川町には、異星人に効果があるウィルスが充満している。
その中で、リュンは化学防護服を着ずに、ギンと向き合っていた。
もしかするとだが、ウィルスによって免疫力が激減した身体に毒を注入された事により、
リュンの体内でなんらかの合併症状が起きている可能性もある。
どちらにせよ、早く処置しなければリュンの命が危ない。
「部下にこの子を、この町の〝占拠した病院〟に向かわせるから、手を離して」
自身の胸ぐらを掴んでいるギンの両手を見つめながら、ケイティはギンに言った。
ギンは、未だにケイティを睨み付けながらも……手を離した。
今はケイティをどうこうしている時やない。最小限の犠牲で計画を進める時や。
そう、自分の心にムリヤリ言い聞かせながら。
午後21時51分
星川総合病院付近 某家屋内
亜貴と麻耶は、先程まで星川総合病院を目指していた。
公民館の体育館を開放した後、星川町にばら撒かれたウィルスによって衰弱した、
多くの町民達を改めて目の当たりにし、これから開放しなければならない、
星川町内の『多くの町民を収容できる施設』は、病院であると考えたからである。
いくら町民を解放しようが、ウィルスに対抗するためのワクチンを、敵が渡すとは限らない。
なので、ウィルスのワクチンを精製できうる施設である病院の開放は、早めにした方がいい。
だがそんな矢先、亜貴は突如謎の吐き気を覚えた。
最初こそ、車酔いと同じくらいの苦しみだったのでなんとか歩けたが、
時間が経つに連れて徐々に吐き気が増し、立つ事も困難になった。
なので2人は急遽予定を変更し、近くの家の中にて休む事にしたのだ。
ちなみにどうやって家の中に入ったかについてだが……
モザイク処理が必要不可欠な事をした、とだけ言っておこう。
……………私のせいだ。
木製の椅子に座りながら、そのそばにあるベッドの上で仰向けに寝ている亜貴の顔から浮かび上がる汗を、
近くの机に置いた洗面器の中に入れた水で濡らし、絞ったタオルでそっと拭いながら、麻耶は思った。
亜貴先輩の体調が、星川町に入る前から変だったのに……
それなのに……私が亜貴先輩を止めなかったから……だから……。
目の前に居る大切な人が、原因不明の病にかかっている。
その事実は、それを黙認した自分が全部悪いのだと、徐々に麻耶の思考を自虐的な方向へと導いていく。
本当はその過失は麻耶だけでなく、秀平や和夫、亜貴本人にもあるのだが、麻耶はそれに気付かない。
そして、その自虐的な思考の渦の果てに……麻耶は決意する。
もっと……強くならなきゃ……亜貴先輩を……亜貴先輩の新しい家族である、
エイミーちゃんとランス君を……どんな災厄からも護れるくらいに。
同時刻
星川町内 某道路
星川町に降る雨は、まだまだ止みそうになかった。
この町の……いや、世界中の『異星人共存エリア』の行く末を、天が暗示しているのだろうか?
もしもこの雨模様を見たら、カルマと同様に、『町の秘密を知る者達』はきっとそう思うだろう。
そんな雨の中を、合羽を着た秀平は走っていた。
謎の吐き気を覚える前の亜貴からの指示で、〝とある3人の少女〟を捜すために。
1人は、自分を、カルマこと【Searcher】だと騙っていた謎の少女。
1人は、レイア博士と共に星川町に入り、自分とハヤトを逃がしてくれたリュン=リリック=シェパード。
1人は――――
「!!!?」
とその時、秀平は信じられないモノを目撃した。
「な……なんだ!?」
言っておくが、秀平は敵に見つかりにくくするため、敢えて懐中電灯などを持っていない。
でも電気が点いている家が、幸運にも何件かあったため、なんとか町の様子を確認できる。
そんな状況下で、秀平が見たモノは――――
「い……痛ぇよぉ……」
「ば……バケ……モノ……」
――――悲痛な声を発しながら、雨で濡れた道路に寝転がる、〝テロリストの男性2人〟の姿だった。
ちなみに1人は仰向け、もう1人は右半身を下にして、横向きに寝転がっている。
体中が痛くて、動けないのだろうか? 秀平は首を傾げた。
さらによく観察してみた。2人の顔にひどい青痣ができている。
誰かに殴られたのだろうか? それともそういうメイクをして、秀平を油断させようとしているのか?
いや。後者はありえないな。
2人の表情を観察しながら、すぐに秀平は確信した。
銀一君は規格外なレヴェルだから論外として、亜貴先輩や麻耶と同じように、
俺も多少『読心術』を使えるから分かる。この2人、本当に痛がってる。
でも……いったい誰がこんな事を……いや、そんな事は後で聞けばいい。とりあえず、2人を拘束しよう。




