テロのその先
「……よかった……本当に……よかった」
ランスとエイミーが、亜貴と再会の喜びを分かち合っているのを、
3人のすぐ近くから見つめ、かなえは涙を流しながら呟いた。
もう2人は、2人で生きていかなくてもいいんだ。
2人には、2人を家族として受け止めてくれる人が居る。
そう思うたび、涙が止まらなかった。
そして、そんな3人の再会に水を差しちゃいけないと、少し離れようとした……その時だった。
「!? な……なにこの……気配……?」
遠くから、なにやら懐かしい気配と、知らない気配が1つずつ、
自分達が居る星川町公民館の体育館へと近付いてくるのを、異能力『感知』で感じ取った。
いったい……誰? こんな時に星川町に……しかも異星人2人が!!?
そう考えている間に、その2つの気配はすでに体育館の近くまでやってきていた。
もしかして……敵!?
状況からして、かなえはその可能性しか思い浮かばなかった。
異星人だけに害があるウィルスが蔓延している星川町に、わざわざ侵入しようとする異星人は、
町の状況を把握できていない訪問者か、星川町を助けようとする味方か、今回の敵と精通している敵。
最初の例に当てはまるのは、今の時点ではハヤトを一方的にライバル視しているジェイドのみ。
しかし、事件発生からたった数時間で地球に来れるハズが無いからありえない。
次の例には、星川町以外の『異星人共存エリア』からの救援が当てはまる。
しかし同じ距離的な理由から、これもありえない。
最後の例……町のどこかに潜伏でもしていればいい。
故に、近付いてくる2つの気配は敵だと、かなえは判断した。
星川町公民館の体育館まで、
あと10m
あと8m
かなえは身構えた。
あと5m
あと3m
ランスとエイミーと亜貴の3人と、体育館の出入り口の間に立ち、微力ながら3人を護ろうとする……が、
……………あれ? 入ってこない……の? いや、違う。ただ体育館を……通り過ぎたんだ。
いったい2つの気配は何者なのか、気になったかなえは、
おそるおそる体育館の出入り口に近付き、ゆっくりと、少しだけドアを開け、
その隙間から、2つの気配の内の1つの気配であろう者の後ろ姿を覗き見て……驚愕の表情を浮かべた。
「な……んで? なんで……この町に居るの?」
そしてかなえは、その者の名を呟いた。
「リュンちゃん」
同時刻
星川町 住宅街
それは、ハタから見れば常人の域を超えた戦いだった。
電柱、建物の外壁、屋根、塀、大木の枝、門など様々な物を踏み台にして、跳び上がり、着地して、
高速で移動し、空中地上問わず、ハヤトとギンはお互いの得物の刃をぶつけ合っていた。
さらに言えば2人の得物の太刀筋は、常人にはほとんど視認できないレヴェルの速さ。
ハヤトが所属し、ギンが潜りこんでいた〝団体〟が、
団内で主に『武装組』と称される戦闘員に課すトレーニングの賜物だった。
刃を交わす、もしくはかろうじてかわすたび、2人の顔や服の所々に刀傷や裂け目が入る。
2人共、ほぼ同じ数だ。それは2人が互角の実力である事に他ならない。しかし2人は戦う事をやめない。
このままでは良くて互いにスタミナ切れ。悪くて相討ちになるにもかかわらず。
ハヤトは星川町……いや、地球のこれからを背負っているため。
そしてギンは、異星人が地球に来るようになったのが原因で、様々な被害をこうむった同胞達の想いと――――
「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」
「はぁ……はぁ……はぁ……」
とある2階建ての住宅の屋根。
ハヤトとギンは呼吸を整えるために、屋根の上で互いを睨みつけ、荒い息を吐きながら対峙していた。
そしてほとんど呼吸が整うと、ハヤトは霧峰3兄弟とレイア博士から預かった代刀2本を構え、
ギンは、自分の得物である長槍型アトラスツール『八千夜』の切っ先をハヤトに向けて、構えた。
互いが、微動だにせずに、互いの突撃のタイミングを図る。
同時に、もし先に突撃した場合どう斬りこむか。
相手が先に突っ込んできたら、どう対処するか。
自分と相手の様々な攻撃、防御のパターンを、そしてその様々なパターンの、
相手の手の先の先の、さらにその先をできる限り予測……。
緊張のあまり冷や汗が、お互いの顔からにじみ出る。
そして2人の冷や汗がアゴへとつたい、重力に引かれ、屋根に落ちたその瞬間。
いい加減決着をつけようと言わんばかりに、2人は同時に、相手に突っ込んで行った。
ハヤトは右手に持った日本刀をギンの脳天をめがけて振り下ろす。ギンは八千夜の柄の部分で受け止める。
と同時にハヤトは左手に持った日本刀を左下から右上へと振り上げる。
しかしギンは、両手で掴んでいる八千夜を縦向きに、まるでヘリコプターのプロペラのように
超高速で回転させ、下方から迫り来る2本目の刃を弾く。
ハヤトとギンは、いったん距離をとった。
だがハヤトは一瞬でギンの正面、つまり元の位置まで戻り、
ギンの右肩めがけて左手に持った日本刀の突きを繰り出……したかに思われた。
しかしギンはそれを紙一重でかわし、逆にハヤトの右肩をめがけて、八千夜の刃を振り下ろす。
「ちぃっ!」
ハヤトはとっさに右足で屋根を思いっきり蹴り、移動するには不安定な体勢のまま、
ムリヤリ体を左側へと移動させ、少し掠ったものの、なんとか刃をかわす。
……………さすがは、元『隠蔽組』所属の白鳥銀一。
相手の顔の表情筋、目の動き、さらには相手の動きから、
相手が次になにをしようとしているのか、ある程度把握する術である『読心術』の使い手なだけはある。
刃をかわしながら、ハヤトはギンを見つめ、思った。
俺の動きを完全に見切ってやがる。ヘタに隙を見せたら……コッチがやられる!
……………速い。さすがは〝団体〟一の移動速度と太刀筋を誇る光ハヤト……ってところかいな?
ワイの『読心術』も、相手の太刀筋が速すぎたりなどで、動きが見えへんとうまく生かせへんけど……
アメリカで動体視力を鍛える特訓をしてきたおかげで、なんとかお前と互角に戦えるわ。
そしてギンも、ハヤトを見つめながら思う。
そういや星川町ができた時、どっちが所長になるかで団内でモメて、結局こうして勝負する事になったな。
結果は……ハヤトの俊足に翻弄されて、ワイの負けやった。けど、今度は負けへんで!
刃が再びぶつかり合う。
お互いの刃から火花と、耳をつんざくような金属音が上がる。
と同時にハヤトは、チャンスだとばかりに、無謀にも目をつぶった。
ハタから見れば自殺行為かもしれない。
しかしハヤトは俗に言う『心眼』も会得していたため、目をつぶっていても相手の動きが分かった。
なぜ目をつぶるのか、一瞬ギンはその理由を理解できなかった。
不快な金属音が耳に響き、思わず一瞬思考を停止させてしまったためだ。
だがそれが命取り。
金属音のせいで耳から入る情報はシャットアウト。
しかも目から入る情報の1部、この場合は目の動きを分からないようにすれば。
「!!?」
ハヤトは姿勢を低くし、右足を前に伸ばし、ギンに足払いを仕掛けようとした。
「うわっと!!」
しかしギンは、とっさにその動きに反応。上にジャンプし、そのまま後ろに下がる。
そして2人は、また見つめ合った。
互いに、相手を絶対に倒さなければいけない敵だと認識して。
だけど、それでもハヤトは、こんな状況にもかかわらず、ギンにいろいろ聞きたいと、
できる事ならば和解し、ギンにそれ相応の裁きを受けてほしいと思っていた。
なぜならギンは、両親を喪い、カルマとも会えなくなってからの、初めての親友だから。
「1つ……聞いてもいいか?」
ギンの両の目をまっすぐ見つめ、正直に答えてくれるかどうか不安ではあったが、ハヤトはギンに尋ねた。
数秒間、沈黙が流れた。そしてその沈黙の後、ギンは真剣な眼差しで『ええで』とだけ答えた。
「……なんで……裏切った?」
「裏切ってなんかないで? ワイは最初から『セーブ・ド・アース』の側のモンや」
ギンは淡々と、表情を変えずに答えた。
するとハヤトは、急にキッと、1段と鋭い眼差しでギンを睨み、
「そういう事を言ってるんじゃねぇっ!!」
ギンでも唖然としてしまう程の大声で、
「〝団体〟を裏切ったとか……そんなんじゃねぇ!! 俺や……町の皆の想いを裏切った事だ!!」
ハヤトは、胸の内に今の今まで溜めていたモノ全てを吐き出すように、叫んだ。
しかしギンは、相変わらず表情を変えず、押し黙ったまま。
「この町の皆は!! 俺達にとってはまだまだ未知の存在である異星人と!!
共に生きていく先に!! きっと輝ける未来が待っていると確信し!!
地球人と異星人、それぞれ文化や思想が違うけど!! それらを乗り越えて絆を育んできたんだぞ!!?
その結果、この地球の技術は一気に躍進した!! 世界中から戦争を終わらせるための!!
破綻しかけた政治経済を立て直すための!! 惑星の環境を安定させるための知恵を借りる事ができた!!
それなのに……お前は!! 皆の努力を無に……皆の想いを裏切るようなマネを――――」
「――――違う思想などを持った連中が地球を行き来するようになれば、さらに混沌とした世界になる」
ハヤトの言葉を、ギンは冷たく、重く、鋭い声色で遮った。
「異星人が地球に来ているせいで……地球上には何人、心無い異星人の被害に遭ってる人がおると思う?
答えはな……地球上で勃発する犯罪や戦争、自然災害などの事件の被害者の3倍以上や。
被害者の関係者に記憶操作を施し、そもそも事件の通報をさせないクソッタレな異星人が関わる事件も、
なんとか被害者とその関係者の記憶を甦らせ、合計したから間違い無い。
自分達の星の事件の解決だけでも精一杯やってのに、
さらに異星人絡みの事件の被害者を増やせば、いずれこの星はいろんな意味で終わる」
「フザけた事言ってんじゃねぇ!! その被害をくい止めるのが俺達だろうが!!」
「本気で全ての事件をくい止められると思ってるんか!!?」
ギンは目を見開き、ハヤトと同じように、己の胸の内をさらけ出すように叫んだ。
「ハルカちゃんを護れず、正体不明の相手にハルカちゃんを奪われたお前が!!
他の……俺達の後継者になるかもしれへん者達に、全ての被害をくい止められるって言えるんか!!?」
その言葉と同時、今度はハヤトが押し黙ってしまった。
それは、覆しようのない事実。
ハヤトの心に、一生突き刺さり続ける、真実なのだから。
押し黙ってしまったハヤトを見据え、ギンは1度、フゥ……と息を吐いた。
もうなにも話す事は無いな。そう言いたげに。
すると突然。ポツポツと、暗闇に染まった天から、しずくが降ってきた。
『セーブ・ド・アース』の情報の通り、雨が降ってきたのである。
それはまるで、ハヤトの今の精神状態を表しているかの如く、冷たい……心身の芯が冷たくなる雨だ。
しかも無慈悲な事にその雨は、5秒も経たずに、豪雨とまではいかないが、強さを増した。
そしてそんな状況など気にもせず、ギンは――――
「……長槍型宇宙武具『八千夜』……仕掛け発動」
――――雨と同じように無慈悲にも、自身の得物のギミックを、発動した。
ギンの長槍の鍔の部分が、まるでロケットの噴射口のような形へと……否、ロケットの噴射口へと変形した。
それがギンのアトラスツール『八千夜』の特性。長槍の威力を上げるためだけに備えられた特性。
「ああ、そうそう。1つ言い忘れとったわ」
これで〝最期〟かもしれない。そう思ってなにか言い忘れた事はないかと考え、
一応、ハヤトが理解しているのか分からないから言っておこうと思った事を見つけたため、ギンは告げた。
「ワイらの計画がもし穏便な形で完遂すれば、宇宙中で異星人を元の星へと……
全てを元の鞘に戻そうとする運動が起こる。それは分かるよな?」
しかしハヤトは、呆然としていてなにも答えない。
でもギンはハヤトの表情から、かろうじて声は届いていると悟り、さらに話を続けた。
「その果てに、どんな結果が待っていると思う?」
ハヤトは、相変わらずなにも答えないが、ピクッと、まるでその先の言葉を悟ったかのように、反応した。
それを見てギンは、微笑ましくフッと笑い、八千夜を構え、告げた。
「当然、行方不明のハルカちゃんをこの地球に帰す動きも出てくる……っちゅうこっちゃ」
「!!!!!!!!!!!!!!!!!?」
心の奥底で、予想はしていた。
しかし現実に、確信を持って突きつけられ、ハヤトは驚愕の表情を浮かべた。
そしてその事によってハヤトに生まれた隙を狙い、ギンが八千夜を、ハヤトに向かって――――
「『破砕流槍』」
――――投げつけた。
その柄が、ギンの手から離れると同時、噴射口から炎が噴き上がる。
瞬く間に、その速度は……〝音速〟まで――――
「はっ!?」
八千夜の速度が音速まで上がるその刹那、ハヤトはやっと目の前で起きている事に気付き、
慌てて、せめて直撃だけは避けようと、左側へと移動しようとした。
しかし、その瞬間。
ズルッ
「!!!!?」
雨で濡れた屋根に足を滑らせ、体勢を崩す。
眼前に、空気をも切り裂く必殺の刃が迫る。
そしてハヤトは――――――――




