自分の真実
「ふ……ふざけんなガキが!!」
1人の閣僚が、円卓を思いっきり右拳で殴った。
たった14歳の少年によって、町規模のテロを易々と実行され、
さらには自分達には絶対に呑めない要求を突きつけられたのだ。
屈辱だ。今まで自分達は、いかなる世論をも耐え抜いてきた。
そしてこれからも、あらゆる世論を耐え抜き、今の地位を存続し続け、
最終的には、俗世間でいう『天下り』ができると、そう信じていた。
だけど……まさかこんなガキに、今の地位が揺るぎかねない未曾有の危機を起こされるなど……。
『あぁそうそう。1つ言い忘れてた』
閣僚達の視線が再び、同時にモニター画面に集中した。
『ちなみに期限は24時間後まで。もし期限を守れなかったら――――』
そう言いながらギンは、カメラを操作してるであろう者に、目でなんらかの合図をした。
するとカメラの向きが急に変わり、その先に映ったモノは――――
「!!? な……に……!!?」
「う……うぇ……」
「ま……まさかあの男……」
「信じられない」
「おいおいおい、ウソだろう!?」
「おいこれなんの冗談だ!!?」
――――星川町町長・ジョン=バベリック=シルフィールの遺体だった。
遺体は真っ白な棺に入れられていた。
両目はちゃんと人の手によって閉じられてはいるが、服や体は血だらけのまま、という状態の遺体だ。
『確か町長は、〝地球人とイル=イーヌ星人のハーフ〟やったな。
ホンマやったらこの時点で『星間大戦』が起きてまうかも……な感じやけど、
町長の母親であり、イル=イーヌ星人でもあるサラス=バベリック=シルフィールの先祖は大罪人。
でもって宇宙連邦は……言っちゃあ悪いとは思うてるけど言うで。
大罪人の血を引く町長の死くらいじゃ、絶対動かへん。
でももし、ワイらの要求を呑まなかったら、星間大戦勃発覚悟で、他の異星人も殺す』
同時刻
星川町上空 宇宙船内
ハヤト、和夫、亜貴、麻耶、秀平の5人は、先程総理官邸へと発信された映像を見ていた。
カルマが『塔』を通じ、町の携帯電話用のアンテナとその他諸々を操り、公民館から発信された映像を
自分達(混乱を防ぐため、自分とハヤトの携帯電話限定)でも見られるようにしたのだ。
「……おい……ウソだろ、ギン?」
画面を凝視し、ワナワナと体を震わせながら、この場に居ないギンに対し、ハヤトは言った。
「町長を殺してまで……お前は目的を果たしたいのか?」
静かな声で――――それでいて、圧倒されるような声色で。
「ふざけんじゃねぇぞ。なに考えてやがんだあの野郎……」
ハヤトが手に持っている携帯電話が、ミシミシと音を立てる。
ハヤト君の怒りはもっともだ。なにせ今回の事件の首謀者は、今まで仲間だと思っていた親友。
しかもその親友が、自分や、俺が親しかった町長を殺したのだから。
ハヤトと同じく怒りを感じながらも、怒りで周りの状況が分からなくなった事で
つい先程痛い目を見たため、亜貴はできるだけ冷静を保ちながら、思った。
おそらく今ハヤト君は、頭の中が怒りと悲しみでいっぱいで、周りが見えていない。
でもだからこそハヤト君には、できる事なら冷静でいてもらわなければ。
銀一君を倒す事ができるかもしれないのは、今の時点では、おそらくハヤト君だけだから……。
とりあえず亜貴はハヤトの正面へと周り、ハヤトに一喝しようとした。
だがその時、亜貴は見た。
……………ハヤト……君?
ハヤトのその両の瞳が、おそらくギンが居るであろう場所を、まっすぐ、見ていたのを。
力強かった。思わずこちらが圧倒されてしまう程。
どうやら亜貴の心配には及ばなかったようだ。
ハヤトはギンと戦う覚悟を、とっくにしていた。
だけど
同時にハヤト君は……なにかを迷っているような……そんな目をしている。
まさかと思い、亜貴は再び、ハヤトに一喝しようとした。
しかしハヤトはその前に、和夫に言う。
「和夫さん。あなたは『塔』の方へと向かってくれませんか?」
和夫の方へと視線を移さず、静かな声で和夫にお願いするハヤト。
和夫は、そんなハヤトの声に反応し、一瞬ピクッと動いた。
「いくらあの『塔』のドアや壁が頑丈でも、いくらでも吹っ飛ばす方法はあります。
だから『塔』に立てこもってるカルマも長くはもたない。だから和夫さん、カルマを護ってください」
「……ハヤト君……悪いけどそのお願いは――――」
――――引き受けられない。和夫はそう言おうとした。
時々ムカっ腹を立てたりするけど、それでも大切な親友であるジョンを
殺したであろうギンに、自らの手で制裁を与えたいのだ。
だがそんな和夫の気持ちを知っている上で、ハヤトは強く言い放った。
「――――〝白鳥銀一〟は俺が裁く」
「ハヤト君!!」
「もしあなたが銀一と戦えば、あなたは確実にやられる」
「!!?」
和夫は、ハヤトの主張に圧倒された。
まるで医者に死の宣告を受けたかのような、そんな錯覚を覚える程に。
「あなたはこの町にとって、大切な存在だ。絶対に倒れるワケにはいかない」
「心配しないでください。必ず、銀一を倒しますから」
午後20時34分
星川町公民館 体育館
「かなえちゃん、なんで異星人ではない自分も吐き気を覚えてるか、知りたいか?」
ギンは総理官邸へ犯行声明を述べ、かなえ達を軟禁している体育館へと戻ると、
なぜかすぐさまかなえが疑問に思っている事について、かなえに近寄りながら尋ねてきた。
かなえはそんなギンを、体を横にして、なにもせずただ見つめていた。
もう睨みつけたり、怒鳴りつけたりするだけの体力や、気力さえ無かった。
エイミーやランスなどの異星人達ほどではないが、かなえは確実に、
ギン達が星川町に散布したウィルスの影響を受けているのだ。
だがかろうじて、思考だけは正常に働いた。
だからかなえは、残り少ない体力を使い、
「ア……ンタが……なにか……した……んじゃ……ないの?」
なんとか、疑問を口にした。
するとギンは、なぜかニコリと笑いながら返事をした。
「ちょっと……外で話そか」
午後20時38分
星川町公民館と体育館を繋ぐ外通路
ギンは嫌がるかなえを、ムリヤリお姫様抱っこで外通路へと連れ出した。
そしてかなえを通路の地面へと座らせると、右手でかなえに〝錠剤〟のようなモノを1錠差し出した。
吐き気のせいで少し意識が朦朧としていたのもあり、かなえは一瞬ソレがなんなのかは分からなかった。
だが、直後のギンの台詞で――――
「今回散布されたウィルスを、一時的に無力化する錠剤や」
――――すぐに頭が正常に戻った。
と同時に、かなえは差し出された錠剤とギンを交互に、おそるおそる見つめた。
怪しい。すぐさまかなえは思う。
しかしギンがいったいなにを企んでいるのか、全く分からない。理解できない。
いや、最初に会った時から、ギンがなにを考えているのか、かなえは分からなかった。
だから、答えてくれるかどうか分からなかったが、かなえは一応ギンに尋ねようとした……が、
「アンタ、いったいど……むぐぅっ!?」
その瞬間、ギンはかなえの口にムリヤリ錠剤を入れ、そのままかなえの口を塞いだ。
いきなり、正体不明の錠剤を口に入れられ、激しく動揺するかなえ。
しかし、どうあがいても相手は男性。体力で女性がかなうワケが無い。
いや。それ以前に、町に散布されたウィルスのせいで力がほとんど入らない。
抵抗する間もほとんど無く、かなえは錠剤を飲み込んでしまった。
慌ててその場でゲホゲホとむせるかなえ。しかしいくらむせても、錠剤は出ない。
「あ……アンタ……いきなり……な……にを……?」
口から少したれたヨダレを浴衣の袖で拭いながら、かなえはギンに尋ねた。
するとギンはニコニコと笑いながら、
「大丈夫やでかなえちゃん。その錠剤は水無しでも大丈夫なヤツや」
「そういう問題じゃないでしょ!? アンタいったい私になに飲ませたの!?」
「だから言ったやろ? ウィルスを一時的に無力化する錠剤やって。
その証拠にかなえちゃん、もうほとんど元気やないか?」
言われて。かなえはやっと気付いた。即効タイプの薬なのだろうか?
飲んですぐに吐き気や脱力が無くなり、気分がよくなっていた事を。
「な……なんでアンタ、私にそんなモノくれたの!? アンタ、今回の事件の首謀者でしょ!?
っていうか、もう錠剤無いの!? あるならさっさと渡して! このままじゃみんな衰弱死しちゃうわよ!」
「自分の事よりも町の皆の事を心配か。やっぱかなえちゃんは優しいなぁ。気ぃ抜くと惚れてまうわ」
「話を逸らさないで!! さっきの錠剤があるなら――――」
町が大変な事になっているのに、まるで他人事であるかのように笑っているギンに対し、
かなえは怒りを爆発させ、すぐに胸ぐらを掴もうとした。
だがその前に、ギンは告げた。
「残念やけど、アレはかなえちゃんの身体に合わせた特別製。かなえちゃん以外が飲めば〝死ぬ〟で」
「……………は?」
私の身体に合わせた特別製? いったい、なにを言って?
一瞬、かなえはワケが分からなくなった。
だがギンはそんな、頭が混乱している状態のかなえに対し、おそるおそる尋ねた。
「……かなえちゃん、〝自分の真実〟を知る気はあるかいな?」
「じ……自分の真実? いったいなんの事よ!?」
本気で、ギンがなにを言っているのか、分からなくなった。
もしかすると、自分をからかっているだけかもしれない。
だけどこんな、異能力者である事を除けば普通の女子中学生である自分がテロリストのリーダーと、
公民館の外通路で話し合っているという異常な状況からして、いい加減な会話はありえない。
「覚えてへんか、かなえちゃん? 6年前の夏。自分の身に起こった事を」
「6……年前?」
6年前……私が8歳だった時。
「まぁ、覚えてへんわな。いや、覚えてる方が異常やな」
「?? アンタいったいなに言ってんの??」
「6年前、君は異星絡みの事件に遭遇したんや。でもその時の記憶はハヤトが所属している組織の、
ワイの古巣でもある『隠蔽組』によって消去された。両親共々な」
………………………………………………………………………………え?
「この前アメリカに出張した時、偶然見つけたんや。君の〝ホントウの記憶〟に関する記録を」
「ホントウの……記憶?」
もう、状況がどうとか、関係なかった。
そんな事よりも、かなえはただ、ギンが見つけたという
〝自分のホントウの記憶〟に対し、強い興味を持った。
なぜ、こんなにも興味がそそられるのだろう?
自分でも分からない。分からないけど……もう今の状況なんて、どうでもいい。
「……教えて」
かなえは、意を決して尋ねた。
「6年前、私になにがあったの?」
「……6年前……かなえちゃんはな――――」
全ては、ギンの思惑通りだった。
テロの最中、テロリストのリーダーが異能力者である一般人に話しかけているという〝異常な状況〟。
そしてその状況下で話す、場合によってはどうでもいい〝事実〟。
人というモノは異常な状況下では、現実逃避のためにそういう話に飛びつく確率が高い。
そして真実を話し、それにより頭が真っ白になる程衝撃を受けたその時こそ――――
「――――なんや。もう〝来た〟んかいな」
突然ギンは言葉を遮り、自分の右側に視線を移した。
かなえも気になり、その方向を見つめる。
しかしその方向には、暗闇しか広がっていない……と思った次の瞬間、
その方向の十数m先に、音も無く1隻の宇宙船が着陸した。
「な……なに!?」
「はぁ。『電磁バリア』が消滅したのが痛手やったな。まさかこんなにも早く帰って来たなんてな」
台詞からして、この事態はギンにとって、予想外の出来事だったのだろう。
しかしギンの表情からは、焦りなどの感情は見られない。
それどころかこの瞬間を待ちわびていたかのように笑みを浮かべている。
そしてその表情のまま、今度は体育館の入り口の方を向き、叫んだ。
「おいっ! 『八千夜』を持って来ぃや!!」
するとすぐに体育館の出入り口のドアが開き、そのドアを開けた小柄な女性テロリストが、
命令通り、すぐにギンへとアトラスツール『八千夜』を投げてよこした。
同時に宇宙船のハッチが開き、そこから1つの影が現れ、
まるでギンへと特攻を仕掛けるかのように、一瞬にして近付き――――
――――かなえの目の前で、長槍と、2本の日本刀が、激しくぶつかり合った。




