盲目の逃亡者
午後19時43分
星川町 住宅地 路地裏
カルマは〝あるモノ〟を取りに、自宅へと歩みを進めていた。
だが歩こうとするたびに、右足首に激痛が走る。
トイレから脱出する時、右足首を捻挫したのだ。
しかしカルマはそれをムリヤリ堪え、自宅に向かって歩き続けた。
しかし途中で何度も、自分の追っ手と思わしき、星川町を占領したテロリストを目撃し、
そのたびに路地裏のポリバケツの陰などに隠れるため、なかなか前に進めなかった。
「……くそ……あと少しだっていうのに」
テロリストがその場から去るまでの時間は、
激痛が走る足を休ませるのにちょうどよかったが、同時に時間の無駄でもあった。
今も自分の他に監禁された町人の内、異星人が苦しそうな表情をしている。
そう思うたびカルマは、なんとかしたいのに、すぐにそうできない自分自身に腹が立った。
とそんな時だった。すぐ近くに居る、自分の追っ手であるテロリスト達の会話が聞こえてきた。
「なぁ、リーダーから聞いたか?」
カルマを追っているテロリスト2人組の内の1人が、もう1人に話しかけた。
「あぁ。逃げたヤツを除いて、捕まっていない町民がまだ2人居るって話だろ?」
「おう。そのうち1人は異能力者、そしてもう1人は、見えないハズの俺達の位置が分かっているのか、
すぐにこっちの裏をかいて姿をくらましちまうって話だぜ?」
「おいおい、ソイツももしかして異能力者か?」
「分からん。だが一応警戒しておくべきだろ?」
「あぁ。そうだな」
……まさか……まだ捕まっていない人が居たのか? いったい誰と誰だ?
興味深い内容だった。もしかすると、その人達と合流できれば、
今よりも早く、この最悪の事態を変える事ができるかもしれない。
ふと自分の中にそんな希望が湧いた。思わず、笑みがこぼれる。
だが、その時だった。
「!!!!!!?」
突然カルマの後方から何者かの両手が伸び、それらがカルマの口を封じた。
もしやテロリストに見つかった!?
頭の中に、最悪のシナリオが浮かぶ。しかし、このまま捕まるワケにはいかない。
緊張して体がうまく動かないが、それでもカルマは、自分を捕まえた者に抵抗しようと、
ムリヤリにでも体を動かし、ジタバタと暴れようとした。
だがその前に、相手がカルマの耳元で囁いた。
「私よ私。暴れないで」
その声は、聞き覚えがある声だった。
いや……と言うより、カルマは毎日この声を聞いている。
…………………………えっ? 〝母さん〟?
そう。自分と同じく(今はなんとか逃げおおせているが)今まで捕まったと思っていた母親の声だ。
驚きのあまり、カルマの体はさらに緊張する。
手を通してそれを感じたカルマの母・京子は、カルマの口から両手を離し、カルマの正面に回り込んだ。
傍らに居る、盲導犬であるゴールデンレトリバー・コロナと共に。
カルマの母は、小さい頃に交通事故に遭って目が見えなくなった。
それにより一時期生活に支障が出たが、点字を必死に覚えたり、
盲導犬コロナと出会うなどして、途中奇跡的にも〝とある業界〟に入ったり、
〝とある理由〟で離れたりしながらも、今ではキチンと母親をやっている。
「か……母さん? あとコロナ? なんでこんな所に?」
できるだけ声を殺しながら、カルマは京子に尋ねた。
すると京子は、同じく声を殺しながら、
「町に感じた事の無い気配が増えてきたから、ちょっと祭りを中断して隠れたりしてたのよ。
そしたら、なんか全方向から大きな音がするわ、その気配を発する人達が町を占拠するわで……
そんな時、コロナがあなたのニオイを嗅ぎつけて、今に至るワケよ」
それを聞いて、カルマはようやく気付いた。先程テロリスト達の台詞の中に出てきた、
見えないハズのテロリストの位置が分かっているのか、すぐにテロリストの裏をかいて姿をくらます者が、
自分の母親と、盲導犬のコロナであると。
五感の内の1つを失った者の中には、かなえが使える
異能力『感知』にも匹敵する鋭敏な第六感を手に入れる者が居る。
カルマの母・京子の場合もそうだった。
そしてこの第六感と、盲導犬であるコロナの野生的第六感が合わさり、
1人と1匹はより正確な敵の位置を感知する事ができ、今までなんとか逃げおおせる事ができた。
ちなみに言っておくが、それでも生活には少々支障が出るため、コロナの存在は必要不可欠である。
「母さん、実は――――」
カルマは、これまでに分かっている事、そして自分は、この事態を変える事ができるかもしれない
とある〝切り札〟を持っている事を京子に伝えた。
すると京子は、両腕を組みながら言う。
「なるほど。今この町ではテロが起こっている、というワケね」
「そうなんだ。だから母さん、力を貸してくれないか?
敵にバレずに〝切り札〟を取りに行くには、母さんとコロナの力が必要なんだ」
「……なるほど、話は大体分かった」
京子が、うんうんと頷きながら言った。
「まぁ、あなたがいったいなにを考えているのかとか、そういうのは知らないけど……
でもいいわ。協力する。個人的にもこの町を救いたいし、なにせ私はあんたの母親だからね」
「母さん!」
「さぁ膳は急げよ。さっさと行きましょう」
そしてカルマは、京子とコロナを先頭に、敵に見つからないであろうルートを進んだ。
同時刻
星川町公民館 体育館
な……なにこれ? なんで私まで吐き気が?
地球人には無害であるハズのウィルスのがもたらす、激しい吐き気をなぜか覚えたかなえは、
体中から力が抜け、ランスとエイミーのそばに倒れ込んでいた。
なんで? 私は地球人……地球人なのに……なんで!?
頭の中でそんな疑問が反芻する。しかし、考えても考えても、その答えは出てこない。
とそんなかなえの様子を、この事件の首謀者であるギンは黙って見続けていた。
まるで人形のように、なんの感情もこもっていない眼差しで。
「ア……ンタ……ハァ……私に……なに……しt……?」
吐き気の激しさのあまり、呼吸が難しい。
大きく息を吐けば、勢い余って胃の中のモノまでも出てしまいそうな、そんな予感がする程に。
それでもかなえは、疑問を口にした。
地球人である自分が、この町の異星人達と同じように吐き気を覚えるハズがない。
もしかするとギンが、いつの間にか自分になにかをしたのかもしれない。そう思えて、ならなかった。
なぜなら自分は、異能力『感知』を使えるのだから、警戒するに越した事は無いのだ。
だがギンは、顔色1つ変えず、かなえに向かって呟いた。
「やっぱりかなえちゃん……君は――――」
とその時だった。
「リーダー!! この体育館の周辺の警備が、何者かにより突破されたとの連絡が!!」
ギンの仲間の1人が、出入り口のそばで無線機を片手に持ちながら、ギンに大声で連絡をした。
するとギンは途中で言葉を切ると、眉をひそめ、体育館の出入り口の方を向いた。
「……はぁ。まったく、これからがオモロいっちゅーのに」
ギンがかなえのそばを横切り、体育館の出入り口へと向かって行く。
途中でギンは、仲間から自分の武器である長槍型アトラスツール『八千夜』を受け取り、
そのまま出入り口の正面まで歩くと、勢いよくその扉を開け放った。
そしてギンが外に出ると、出入り口の扉は体育館の中に居るテロリストにより、とっさに閉められた。
「おっかしぃのぉ。スプーン1杯で半日は目が覚めへん睡眠薬をあんたに盛ったハズなんやけど?」
ギンは無表情を保ちながら、相手に向かってそう言った。
「残念だったねギン君。俺はそう簡単には、眠ってやれないよ。
なにせ君がこの事態を引き起こしたんだそうだし~~?
寝るのならば1発殴ってからじゃないと、気が済まないんだよねぇ~~?」
「……できればあんたにはもうちょい眠っててもらいたかったんやけど……遠慮はしないで、〝町長〟?」
ギンが長槍を構えた。同時に、目の前に居る町長は、中国拳法の構えをとった。




