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妻子との再会

数分前


「エイミー、ちょっとだけ……ちょっとだけ……また出かけてもいいか?」

携帯電話を片手に、自分の服の袖を掴んでいるエイミーに、亜貴はそっと尋ねた。

亜貴の両手が、カタカタと小刻みに震えている。

それだけの事を、亜貴は電話の向こうに居た、自分の元・奥さんである多貴子から聞いた。

やっぱり……そう簡単には縁は切れないとは思っていたけど……まさかこんな形で、また会う事になるなんて……。

そう思わずにはいられない。そして亜貴は――――



――――エイミーの返事を聞かず、その小さい手を振り払い、ある場所へと向かった。



後ろから、エイミーが亜貴を大声で呼ぶ。

しかし亜貴の耳に、その呼び声は届かない。

それどころか、この呼び声は他の町人の話し声などにかき消されてしまう。

そんな中、亜貴の胸中には、

一刻も早く、アイツに……アイツらに会わなくては!!

その、強い思いしかなかった。



亜貴が向かったのは、星川町町長補佐である黒井和夫の家だった。

星川町の中心部にあり、ハヤトの家でもある【星川町揉め事相談所】と

あまり変わらない大きさの一戸建てで、和夫が1人で住んでいる家だ。

家に着くなり、亜貴はインターホンを連打した。

もうマナーだとか、そういうモノを気にしている余裕は無い。


すると、すぐに玄関のドアは開き、中から苦々しげな顔をした和夫が出て来た。

「なんですかあなたは? もっとマナーというモノに気を配るという事を……って亜貴さん?」

亜貴の顔を見るなり、和夫は驚いた。

まさかこの人がマナー違反をする人だったとは……。

思わず、心の中で思ってしまう。

と、そんな和夫を、亜貴は真剣かつ慌てた顔で見つめ、

「和夫さん!! 俺と一緒に来てくれ!!」



午後18時16分


亜貴と和夫は星川町唯一の出入り抜け道を出て、隣町にある駅に停まっている電車に、〝駆け込み乗車〟をした。

同時に電車は、亜貴達の目的地へと向け発車する。

本当は2人共、駆け込み乗車をしたくはなかった。

しかし、時間は一刻を争うのだ。

星川町のルールやマナー、自分のおかれた状況を気にしてはいられない。

「なるほど。あなたの元・奥様とお子様が〝危機的状況〟……という事ですね」

「ああ。そうだ」

電車の中で、和夫は亜貴から大体の事情を聞いた。

だが1つだけ、和夫には気になる事があった。


「ですが、なぜ僕なんですか? ハヤト君や銀一君に同行を頼んでもよかったのでは?」

言い忘れていたが、和夫の普段の一人称は『僕』である。

前に『私』と言っていたが、あれは客人などを相手にする場合に使う一人称だ。

「……ハヤト君達を連れて行ってしまったら、『隠し子じゃないか?』と疑われるかもしれないからな」

「……………は?」

思ってもみなかった返答だった。和夫は思わず唖然としてしまう。


「いや、あなた三十路でしょ? でもってハヤト君達は14歳ですよ? 計算合わないでしょう?」

「〝元々〟そういうヤツなんだ。アイツは……」

亜貴はフッと微笑みながら、和夫にそう返答した。

すると和夫は、またまた苦々しい顔をしながら、

「今回の件であなたの、星川町の外へと出られない期間はまた増えますよ? 分かってるんですか?」

一応、尋ねてみた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


いや。分かっているこそ、和夫は今一度尋ねたのだ。

そして亜貴は、答える。

「ああ。覚悟の上だ。アイツだけは……アイツらだけは……

例え俺との過去になにがあっても、俺がどうなろうとも、救いたいんだ」

最初に家に尋ねた時以上に真剣な眼差しを、亜貴は和夫に向けながら言った。



数時間後


電車は2人の目的地である、とある駅に停車した。

2人は猛ダッシュで電車から出て、ただちに駅の出入り口に向かった。

時間的に会社帰りのサラリーマンやOLが多い為、思うように前に進めなかったが、

それでも2人は、周りの人に小さい声で『すみません』などと言いながら前へと進む。

周りの人達の視線が痛い。しかし時間が無い。

なので2人は、遠慮無く駅構内を突き進む。



数分後


小さい駅だった上、出入り口が1つしか無かった為、2人はすぐに駅の出入り口に辿り着いた。

「ところで、どこで奥様とお子様にお会いになるんです?」

周りをキョロキョロ見回しながら、和夫が亜貴に尋ねる。

見たところ、駅周辺には駅の駐車場、駐輪場、3階建てのタクシー会社、コンビニくらいしかない。

「ああ。少し離れた所にある……夜はライブ会場にもなる喫茶店だ」

そう言うなり亜貴は、駅の駐車場に停まっていたタクシーへと駆けて行く。

和夫も、亜貴の後を追ってタクシーへと駆けた。



数分後


タクシーは『喫茶 恋悶心』という名前の、小さい喫茶店の駐車場に駐車した。

ちなみに『恋悶心』は当て字で『レモンハート』と読むらしい。

『喫茶 恋悶心(レモンハート)』は、煙突があるレンガ造りの喫茶店で、

まるで『お菓子の家』のような印象を受ける外装だ。


中から、昭和時代のヒットソングが聞こえる。

『お菓子の家』に昔の音楽は、ちょっと合わないんじゃないか?

ふと和夫は思ったが、亜貴は喫茶店を見てフッと微笑みながら、

「なつかしいな」

ただそれだけ言って、スタスタと喫茶店のドアを開け、中に入る。

和夫も遅れてはならないと、慌てて亜貴の後を追った。


喫茶店の中は厨房スペース、ライブスペース、来客用スペースの3つのスペースに分かれていた。

その内の、来客用スペースには5つ程丸テーブルが置いてあり、

丸テーブル1台につき椅子が3脚備え付けられている。ちなみにその全てが満席だった。

ライブスペースでは、1人の女性シンガーがキーボードを叩きながら演奏している。

長い黒髪を生やした、まるで日本人形のように美しい女性だ。


「……多貴子達はどこだ?」

喫茶店の中に入るなり、亜貴は女性シンガーには目もくれず、自分の元・奥さんと子供達を捜し始め……

顔まですっぽり覆い隠す程深くローブを被った、謎の3人組を目に留めた。

まるで、ランス達を誘拐し、1度留置場送りにされた男を脱獄させた謎の男のような容姿をした3人組だ。

亜貴が、おそるおそるその3人組へと近寄る。

和夫はそれを見て、1人じゃ危ないだろと言わんばかりに、亜貴のすぐ後ろを付いて行く。


3人組までの距離は、およそ2m。亜貴と和夫は、ゴクリとツバを飲んだ。

いったいローブを被ったこの3人組は何者なのだろう?

もしかして、この3人組が多貴子や子供達をどこかにやったのでは?

いろんな考えが、亜貴の心の中で入り乱れる。

しかし、前に進まなければなにも分からない。

亜貴は思い切って、ローブを深く被った3人組の顔がよく見える距離まで近付き――――



「た……〝多貴子〟……なのか?」



――――時間が、一瞬止まったような気がした。

体をワナワナと震わせ、冷や汗を流し、目を見開きながら、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ウソだと言ってくれ夢だと言ってくれドッキリだと言ってくれ!!!!

心の奥底から、強く強く強く――――強く強く強く思う。いや、思わずにはいられない。



だけど、目の前に居るのは、明らかに――――



「……あ……亜貴……見ないで……」

悲しみと、痛みと、罪悪感に満ちた表情をしながら、多貴子は言う。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

ウソだ……ウソだウソだウソだウソだウソだ!!!!

信じたくない!!!! 目の前に居るのが、かつて……いや今でも愛している人だとは……。

いや、多貴子だけではない。よく見ると他の2人は――――

「「……………パパ……」」

「……なんで……なんで多貴子だけじゃなく……奈央と奈美まで……?」

――――亜貴と多貴子の、双子の〝娘達〟だった。




もしもこの世に神が居るならば



俺は心の底から神を呪う



こんな  悲劇的な再会を仕組んだ神を




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