和夫とジョン
18年前
黒井和夫は、いわゆる『転勤族』だった。
両親の仕事の都合で、何度も何度も、国内のみならず、国外にも何度も引っ越した。
そして、そんな『転勤族』な和夫は当時、虚弱体質であった。
国によっては、体調を大いに崩してしまう事があるくらい、だ。
それなら日本に残っていればいいじゃないか、と思う人も居るだろうが、
当時の和夫はまだ小学生で、それゆえ家事のスキルは皆無に近かった。
さらには和夫を預かってくれそうな気がする両親の友達も、
和夫の両親同様仕事で忙しい為、和夫を預かってもらう事ができなかった。
ちなみに和夫の祖父母は、すでに亡くなっていたり、老人ホームに入っていたりでムリであった。
なので和夫は、例え嫌であろうとも、両親と共に国外へと行くしかなかった。
まぁだからと言って、和夫自身は、けっして『転勤族』としての運命を恨んでなどいなかった。
いや、むしろ『誇り』にさえ思っていた。
なぜなら両親の仕事が、世界中の『砂漠化』を食い止める『研究』なのだから。
今や『砂漠化』は、見過ごせない環境問題となっている。
アフリカの砂漠は、気候の変化などが原因で、毎年150万haもの勢いで広がり続け、
中国にいたっては、人口増加による土地の拡大などが原因で、北京にまで砂漠化が及び始めている。
このままいけば、砂漠化する可能性のある地域を含めれば、地球上の4分の1が『砂漠化』してしまう。
和夫の両親は、それを食い止める『研究』のために、世界中を飛び回っているのだ。
だけどそれ以上……いや、環境問題と比べれば少々低い問題かもしれないが、
和夫の虚弱体質も同様に……和夫にとっては大問題であった。
アフリカでは熱中症、熱射病の対策をいろいろしていたのに、暑さが原因で行き倒れた事があった。
アマゾンでは虚弱体質が災いして、『マラリア』にかかって倒れ、
現地の薬草使いにわざわざ助けていただく事になった。
そして今回の中国も、『光化学スモッグ』が原因で目がチカチカするだけでなく、
意識がトんだり、吐き気がしたり、呼吸困難に陥ったりで倒れてしまった。
『わざわざ、付いて来なくてもいいんだぞ?』『私達の昔の友人の家で、待ってていいのよ?』
などと、引っ越しのたびに両親に言われはした。
だけど和夫としては、両親が働いているところを見るのが
好きだったので、どうしても日本に戻る気が起きなかった。
だけど同時に和夫の中には、もう2度と、両親に心配をかけたくない、という思いもあった。
だから和夫は、中国に来てから数日経ったある日、決意したのだ。
虚弱体質を克服する、と。
そして和夫は、中国での家の近くにあった道場にて、そこで教えられる『形意拳』を習う事になった。
最初は、虚弱体質がまたしても災いし、途中でヘバッてしまったりしたが、
数日後には形意拳の呼吸法を身に付け、さらに数日後には、
数分程度ならば、他の生徒と組み手をする事ができる程に、逞しくなった。
本来ならば、そこまで早く技を習得できないとは思うが、和夫は研究者である両親の間に生まれたのだ。
ゆえに物事の飲み込みが早く、しかも和夫自身、どんな些細な事も気にする性格であったため、
自分の『型』に少しでも違和感を覚えれば、わざわざ師匠に確認してもらってでも修正した。
そうやって和夫は、形意拳の技を徐々に吸収していった。
そしてある日の事。
和夫はおつかいの帰りで家に帰る途中、うつ伏せで行き倒れている少年を発見した。
自分より少し背が高い、金髪の少年であった。
余計な事に関わりたくないのか、周囲の人が、金髪の少年を避けるように進む。
だけど和夫は、その行き倒れている様子が、昔の自分と重なる部分がある、
という理由もあって、金髪の少年を助ける事にした。
だけど和夫には、どんな些細な事でも気になってしまう性格である反面、
1つの事にのめり込むと、他の事を忘れがちになってしまうクセがあった。
形意拳の場合も然り。のめりこみすぎて、現地の学校の勉強の成績を落とした事があったりもした。
そして語学にしても、引っ越し先の言語を勉強しすぎてしまったが故に、
生まれ故郷である日本語以外の、今まで回った国の言語は、ほとんど喋れなくなっていた。
なので和夫は、行き倒れている少年が日本人であってほしいと、心から願ったのだったが――――
「おい兄ちゃん、大丈夫か?」
行き倒れている少年に、そう尋ねる。
すると少年は、ギギギ……と、ムリヤリ顔を和夫の方に向け、
「えっ!? 外国の人!? マジかよ髪を染めた日本人だと思ったのに!?」
同時に和夫の目に、その少年の〝碧い瞳〟が飛び込んできた。
自分が今居る場所も、日本からすれば外国である事などすっかり忘れて、
行き倒れている少年が、中国以外の外国の出身者だと知って、和夫は少年に声をかけた事を後悔した。
ど……どうしよう? 日本語と中国語以外、覚えてないよ……。
和夫は慌てた。次は少年に対し、どう行動を取ればいいのかを。
置き去りにする、という選択肢もあるだろうが、それだけはするワケにはいかない。
話しかけておいて置き去りなど、無責任にも程があるからだ。
ならばどうするか。和夫はじっくりと考え……ふと思った。
よくよく考えてみると、少年が1人で中国に居るという事は、
中国語をある程度マスターしているのではないか、と。
確証は無いが、試してみる価値はあった。
そして、和夫が中国語で、行き倒れの少年に話しかけようとした……その時だった。
「……………な……んでやねん……」
「……いやこっちがなんでやねんだよ!!? なんで関西弁!!? っていうか日本語喋れるのかよ!!」
思わず、まくし立てるように、和夫は少年にツッコミを入れていた。
すると少年は、和夫が自分の言葉に反応してくれた事が嬉しいのかニコリと微笑み――――そのまま気絶した。
「え……ええっ!!? ちょ……兄ちゃんどうしt――――」
――――そんな、おかしな出会いから、2年が経った。
和夫は少し前に、またしても両親の仕事の都合で、今度は日本へと引っ越した。
そしてジョンは、和夫の勧めで『形意拳』の道場を開いている、
和夫の形意拳の師匠の家にて、2年前に紹介されて以来、ご厄介になっていた。
師匠が、外国人に対して偏見などを持たない、グローバルな人物であったため、
世界を旅するためだけに家を売ったがために家が無いジョンは、
未だに形意拳の師匠のご厚意に甘えているのである。
だけど、そろそろ独り立ちしないと、『ニート』などといつか呼ばれるのでは、
とジョンは徐々に危機感を抱き始め、とりあえず1人で家事が
できるようにはなろうと、師匠に形意拳だけでなく、家事も教わり始めた。
師匠はジョンに『まだ居てもいいのに』『というか君、まだ13だろ?』などと言われたが、
今の内に習っておかないと、いつまで経っても独り立ちできないから、と言って説き伏せた。
2ヶ月後
道場前
ジョンはついに家事をマスターし、師匠の家から旅立つ事になった。
最初は、自分に備わっている異能力である『迷彩』を、
異能力リミッター無しでコントロールするためだけに、『人の生命エネルギー』を操る術である、
中国拳法の『気功』を習得するべく、師匠から『形意拳』を習い始めた。
だけど、今まであまり、異能力の事もあって人と接する事が無かったジョンにとって、
師匠との別れは、両親や、和夫との別れと同じくらい悲しかった。
それだけ師匠を、両親や和夫と同じくらい、大切だと思っていたのだ。
「老师……迄今谢谢(師匠……今までありがとう)」
ジョンは和夫から習った中国語で、少々声を震わせながら、礼を言った。
「……………时常、露面? (……………時々、顔を見せろよ?)」
「是! (はい!)」
師匠は、寂しさと嬉しさ、両方の感情を感じさせる顔で、ジョンを見送った。
そしてジョンは、元気にそう返事をすると、道場に背を向け、どこかへと旅立って行った。
数日後
「……………で、君達は誰?」
中国からインドへと向かう途中、ジョンはとある2人の人物と出会った。
それは、1人の少女と、1人の老人であった。
「まずは、初めまして……だね。私の名前はズフラ・アジュカ・シャフラル。
こちらは私の部下である、ロゼ・アルダート・ガルディ」
「初めまして」
「あっ……ど、どうも。俺は――――」
「君は〝サラス〟殿の息子……という事で合っているかね? ジョン君?」
「!!!!!!!!!!?」
まるで心臓が握られるような、嫌な感触が、全身を駆け巡った。
な……なんであの子が……俺のおふくろの名前を知って!!?
ジョンは思わず、『形意拳』の構えをとった。
もしかすると、自分にとっての敵かもしれないと思ったのだ。
するとそれを見て、ロゼという名の老人は慌ててジョンに言った。
「いや、待て待て! ワシらはお前さんの敵ではない!」
「!!?」
どういう事なのか、ジョンは『形意拳』の構えのまま首を傾げた。
それを見て、ズフラという名の少女は落ち着いた様子で、
「すまない。説明の順番を間違えた」
そう、ジョンに謝罪をした。
そしてすかさず、改めて自分達についての説明をした。
「私達は、世界規模で活動している……異星人の地球での生活をサポートする、とある〝団体〟の者だ」
「……………団……体……?」
「そう、〝団体〟だ。そしてその団員である私達は、地球を、
地球人と異星人が共存できる星にするために発案された『リンクス計画』という、
地球のこれからを左右する計画を実施するため、君をスカウトしに来たのだ」
「す……スカウト?」
「ウム。スカウトだよ、ジョン=バベリック=シルフィール君」
そしてズフラは、まるで学校の先生の質問であるかのように、ジョンに優しく、
かつ大人の女性の凛とした雰囲気をも兼ね備えた口調で問うた。
「単刀直入に聞こう。君、私達がこれから作る『異星人共存エリア』の……〝町長〟にならないかね?」
同時刻
日本 黒井宅
黒井家のリビングに置いてある、畳の上に置くタイプの
小さいテーブルを挟んだ両側に、2人の男性が居た。
1人は、この家……正確には一家が日本に居る時の仮住まいであるが、
その家のご主人のご子息である、黒井和夫である。
そしてもう1人は……和夫の両親が勤めている研究機関に技術提供をしている
〝団体〟に所属しているらしい、神父服を着た、20代前後の成年であった。
「……………ほっ……私の祖国であるイギリスのハーブティーもおいしいですが、
この日本のリョクチャというものも……渋いですがななかなおいしいですね」
「は……はぁ……どうも……」
買い物で両親が現在家に居ないという状況下で出た、緑茶に対する成年の感想に、
どう答えるべきなのか分からず一瞬迷ったが、和夫はとりあえず、そう答える事にした。
最初に言っておくが、成年はドア越しの玄関前で、和夫の両親が勤めている研究機関に
技術提供をしている〝団体〟の者だと、和夫に疑われてはいけないと、
ちゃんと身分証明書を提示しつつ、和夫に自己紹介をしてはいた。
……………証明書は本物だったけど……若すぎないかなこの人? ホントに〝団体〟の人?
そして和夫も一応、両親の仕事柄、様々な人と会ったりしていて、
いつの日だったかはさすがに覚えてはいないが、〝団体〟の人にも、数回だが会った事はある。
だけど和夫は当時、その〝団体〟の活動内容を知らなかったので、
なぜ成年が、成年くらいの年で〝団体〟に所属しているのか、理解できかねたので少々混乱した。
「……両親は、もうすぐ帰ってきますので、それまで待っててm――――」
「ああ、今日は君の両親に用があって来たワケではありません」
「……………え?」
てっきり、成年は両親に用があると思っていたため、
和夫は成年にこのまま待っていてくれと伝えた……のだが、
まさかまさかの返事に、和夫はさらに混乱した。
一方で成年は、時間が無いのか、そんな和夫の心境など無視して、すぐに本題に入る事にした。
「コホン。まず最初に自己紹介をします。私の名前はエドワード・フリューレンス。
イギリスのとある教会で神父をしています。以後お見知りおきを」
そして、エドワードという名前の成年は、神父らしく、柔らかく、優しい口調で、丁寧に和夫に尋ねた。
「和夫君、私が所属している〝団体〟が推し進めてている、とある〝計画〟に、参加してくださいませんか?」
こうして、ジョンと和夫は、異星人関連の事件へと、巻き込まれていくのであった。
その先に待ち受けている、残酷な運命を知らずに――――。




