斬夢の仕舞
両軍とも被害甚大にして得るもの少なく、勝敗定かならず。
先の出征について、トリスタの結論はそれである。互いに十万超の兵力を出し合っておきながらの痛み分けとは、武運云々で片付けていい話ではなく、大評定は荒れに荒れた。戦功を大々的に賞される者がいる一方で死を賜る者も出た。
トリスタは恩賞組だ。退却路の確保を特に評価されての沙汰であった。内々に打診ではあるが、正式に躑躅家の人間になることも求められている。縁組話である。
「で、受けるんですか? ウィド様とのこと」
「受けるわけねえっての」
鼻を鳴らしてミトゥに答えた。川沿いの茶屋である。あるかなしかの風に、イタチ草の黄色い花が揺れている。
「あんなに美人なのに、何が嫌なんです?」
「美人ってとこ以外が全部嫌なんだよ」
ウィドと夫婦になる。それは躑躅家当主の義父になることであり、有力豪族の一門衆として蘭家に従うことをも意味する。畢竟、軍閥の一翼して政争と戦争とを忙しく戦うこととなるだろう。
いや、あの女傑様のことだから、どうあれ面倒事に巻き込んでくるのかもしれない……そうも予感されて、トリスタは串団子を皿へうっちゃった。茶をすする。
パラアナは大評定において戦功抜群と評され、対狼国戦における権限が増した。
次の戦いにおいては、きっと壮絶な働きを見せるだろう。
「それに、俺にゃ、面倒を見なくちゃならん女がいるんだよ」
「ああ、セイさんでしたっけ」
ゼクは、行方が知れない。
敵も味方も大いに崩れた最終局面において、暗闇の中へと消えてしまった。退却戦とあっては生死の確認もできなかった。
「美人なんです?」
「髪が綺麗だな。顔は、あんま見たことねえ」
「あはは、ひどいなあ」
足をパタパタとさせるミトゥは、旅装だ。脇腹の傷も癒えたと見えて、雪も解けたこの時分、ついに華国を去る。
行く先は北方、狼国……まずは赤貂市を目指すとのことだが。
「ミトゥ、ひとつ引き受けちゃくれねえか?」
「伝言ですか?」
「まあ、な……その……お気に入りのやつで一献やろうやってよ」
「僕を相手に照れられても困るんですけど」
睨みつけてもどこ吹く風だから、トリスタは笑った。頼もしいことだった。懐から巾着袋を取り出し、くれてやる。
「わ、結構重い。ジャラジャラするし」
「棒銀だ。脚絆の裏に隠すとか、服の襟袖に縫い付けるとか、やっとけ」
「依頼料ってわけですね」
「必要経費だ。杯を乾せたら、倍の量の金塊を支払ってやるよ」
「わあ、大盤振る舞いだ」
仄かにだが、爽やかな香りを嗅いだ気がして、トリスタは空を仰いだ。じきに暖かな季節となる。闘争の冬を越えて、人をほぐしほだす明るさが満ちてくる。
飛ぶきりで安らがない剣士を、せめて憩わせたまえと、願う。
どこにいるとも知れないが、どこであれ、同じ天下には違いないのだから。
「……またな」
「はい。また」
顔を見合わせて、共に苦笑を漏らした。どちらも、ここにいない者へと告げた言葉だった。そうとわかりきっていた。
ミトゥが行く。
彼は……彼女は、きっと見つけるだろう。そして届けるだろう。あるいは添うのかもしれない。それでいい。そうがいい。そうでなければ。
団子には手も伸ばさず、トリスタは待った。
もはや見守れないのだから、待ち続けることで、ゼクの行く果てを想った。




