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攻勢の軍議

 夜、野営地に陣幕をもってあつらえられた、軍議の場で。


 床几に座るトリスタは、腕組み、眉根を寄せた。斥候からもたらされた情報が、おかしい。腑に落ちない。


 南へ抜ける隘路の入り口を蓋するように敷かれた陣……元は華国軍の後詰め二万が敷設したそれを、狼国軍が再利用している。それは、わかる。予想通りだ。


 しかし、陣の様子が奇妙だった。


 柵といい櫓といい堅牢で、手が込み過ぎている。今も昼夜問わずの作業が行われていて、しかも全方位に備えた作りなのだから、いっそ異様ですらある。まさか、その程度の陣構えで、都市攻略を成し遂げた軍勢を受け止めようというのか。


 少なくとも七千以上の兵力が駐屯しているようだが。


 赤貂市を避けて南へと回り込んだのならば、後詰めを襲撃した軍勢は総騎馬であるはずだ。そうでなければ届かない。時間と距離の計算が合わない。


 そして、その軍勢は狼国自慢の精鋭軽騎兵と予想されている。ならば、固守の陣など戦術に足枷をするものでしかない。攻めてこその機動力であろうに。


「どうやら、負傷兵を多く抱えておるようじゃ」


 白髪の老軍人が発言した。蘭家軍の副将だ。先々代より蘭家に仕えていて、かの『黄禍原』を生き残った猛者の一人でもある。


「我が軍がこうも近づいていては、それらを他所へ運び出すこともできん。必死の構えじゃな。時を稼いで本隊を待つつもりじゃろうが……」


 鋭い視線が、諸将のどの一人でもなくトリスタへと向けられた。


「躑躅家の軍師殿は、どう見る?」

「……まず、七千が全軍ということはありますまい」

「ほお? どうしてじゃ?」

「一万を下回る数では、たとえ精鋭軽騎兵といえども、布陣した二万兵力を素早く一掃することは叶いません。また、精鋭軽騎兵であれば、二万兵力を打ち払うのに二千三千と犠牲を出さないでしょう」

「ふむ……では、七千という数の意味は?」

「伏撃。数千騎がいずこかに伏せて、急襲の機会を窺っているものかと」

「儂もそう見た。それを探して、斥候を方々へ出しておいたわ」


 膝を叩き、笑う。顔の皺を畳むような笑い方だ。真意は見えない。


「しかして、地の利は敵にある。伏兵は容易く見つかるまい。我らは留まるべきか? それとも、前へ押し出すべきか? どうじゃろうかなあ」


 また問うてくるから、トリスタは頬を引き攣らせた。


 試されているのか。それとも、貶められようとしているのか。どちらにせよ厄介だった。トリスタがかつてパラアナに仕えていたことを、この老将は知っていて、かくも仕掛けてくるのだから。


「……早急に攻め寄せるべきかと」

「伏撃を喰ろうても、か?」

「万に近い数を伏せられているのなら、致命的な被害を受ける恐れがありますから、留まって膠着に陥る不利を甘受するよりなかったかもしれません。しかし、そうでないのなら、大軍の利を活かすべきです」

「犠牲を厭わず、一気呵成に攻め崩せということじゃな?」

「はい。見方を変えれば、敵精鋭部隊を孤立させております。撃破の好機です」

「ふむ……敵も、随分と中途半端な待ち構え方じゃしのう」


 老将の言い様に、トリスタは我が意を得た思いだった。正に中途半端なのだ。


 精鋭部隊を率いる者が凡将のはずもない。それでいて最適解には程遠い差配をする。あるいは、こちらの南進が予想を超えて早かったということもあるのかもしれないが。


 何か、あったのかもしれない。


 敵将の計算を狂わせ、次善策未満の策を採らざるを得ないようにした、何かが。


 トリスタの脳裏によぎったのは、一人の剣士の姿である。剣に憑かれ呪われて、凄惨さに塗れ生きている、人斬りのゼクの姿である。


「軍師殿、どうかしたかの?」

「いえ……いずれにせよ、我らの目的が退却である以上は、退路を蓋する敵勢を排除しなければなりません。散り散りになっているだろう後詰めの将兵らを思えば、それは早ければ早いほどにいい」

「まあ、道理じゃが」

「最も避けるべきは、敵軽騎兵部隊を南に残したままで、敵本隊に追い付かれることです。この挟撃は厳しい。極めて難しい戦となります」

「敵の狙っておる戦は、それじゃろうな」

「故に、攻勢を進言します。伏撃を警戒しつつ、急作りの敵陣を落とすべきです。しかる後に雷公閣下の騎馬隊と合流、北の敵本隊へ対するという形が最も望ましいかと」


 老将からの返答は、ない。しかし大きく頷いた。蘭家軍の上級将校たちもまた、当然であるとばかりに頷いている。


 それを華国軍の諸将が不安げに見渡し、六将軍の内の誰かが「伏兵の発見を待ってからでも」「まずは先鋒部隊による攻撃を」などと呟いたようだが。


「その言やよし! さすがは、躑躅千本槍を任された男じゃの! ここで慎重策など口にしようものならば、そっ首落としてやるつもりじゃったわい」


 膝を叩いた老将の、わざとらしい大声にかき消されて見向きもされない。


「無論、攻めの一手じゃ。多数をもって少数に当たることのできるこの状況が、いかにして生じておるのか……それを思えば、積極策をとるのは当然のこと。余程に戦意薄弱な輩でもない限りは、の」


 六将軍を睨み回してそんなことを言うから、トリスタは膝を強く掴んだ。


 上手く使われたということだ。


 この軍議の内容は記録されている。パラアナ不在の場においては、六将軍と表立っての対立をしたくないというのが、老将の本音なのだろうと思われた。


「なあに、野戦陣地を崩すなど造作もないことじゃ。この程度のもの、我が軍であれば食事の準備よりも早くに落とせるわい。都市攻略を成し遂げたお歴々であれば、なお早く済むじゃろうて」


 そら、笑い声の裏に恫喝がある。弱腰などあり得ないという空気を作っていく。


「速攻じゃ。伏撃なぞは物ともせずに、敵を叩く」


 決定された攻め方は、分進合撃策であった。


 すぐにも全軍を三つに分ける。蘭家軍、華国軍第一から第三師団、第四から第六師団というそれぞれ一万数千にだ。そしてそれぞれに別路へと進発し、大よそ翌朝、三方向から敵陣を襲う計画である。


 なるほど、大軍を最も速く動かす策である。敵を逃さず叩くこともできるが。


「……蘭家軍の皆々様は、心底ご立腹ってことか」


 トリスタは独りごちた。陣幕を離れ、大きく息を吐いた後にである。


 獰猛にして非情の策だった。


 なぜなら、蘭家軍は華国軍をまるで信用していない。そればかりか、助けるつもりもないに違いない。


 不信は、まず、進路の割り振りで察せられる。


 最短の中央路は第一から第三師団が進み、最長の東路は蘭家軍が進むが、これは華国軍の到着遅延を罪とするための選択である。先鋒として消耗させられることを嫌い、無理矢理にも華国軍を前面へ出させようというのだ。各軍の軍監もそれを監視するだろう。


 東路と中央路との地形的隔たりもまた不信の表れだ。蘭家軍は伏撃を受けたとしても単独で対処する腹積もりであり、それは同時に、他軍がかき乱されても援兵しないことを意味する。


 そもそも、伏撃を予想しているのならば大軍は大軍のままに押し出せばいい。それが最も軍勢の力を活かせる。小細工を跳ね返せる。


 それを敢えて分けるのは、華国軍を足手まといと見なしているからだ。


 壊乱したそれらに駆け込まれでもすれば、それこそ、緒戦における狼国軍の二の舞になってしまう……そう考えているからだ。蘭家軍の戦の邪魔をするなと言わんばかりである。


 そして、躑躅家軍は西路へと配された。


 第四、第五、第六師団からなる軍勢の最後尾だ。蘭家軍からは最も遠い。


「信じられてか、それとも疎まれてか……」


 口にすれば、それはいかにも後者の方であった。そしてその理由はトリスタにあると思われた。老将は蘭家に忠誠を捧げていて、トリスタは蘭家を出奔した身である。パラアナへの想いもまた異なっていよう。


「……ゼクよ」


 篝火の連なる様を、それらを護る歩哨を、うんざりと眺めまわして。


「生きてろよな。お前さんの墓は、参るにゃどうにも遠すぎるぜ」


 トリスタは笑った。


 強がりでも、笑うことのできる自分で在り続けたかった。

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