38 王太子、両親と面会する
オレは王太子キストハルト。
数日前から大変なことになっている。
きっかけはオレ自身が行ったプロポーズ。
相手は当然我が愛しきエルトリーデだ。
さらに数日前、彼女が負傷したと報せを受けてオレの心胆は震え上がった。
王太子妃選び第二審査の最中だったという。
当日オレは見届けに行けず、城で政務をこなしていた。
不満がないではなかったが、オレのエルトリーデであればいかなる手段を用いてでも切り抜けられると信じていた。
前日に起こった『フェアリー・パニック』騒動、その犯人を我が手で挙げねば、事前に被害を食い止めたエルトリーデに対して立つ瀬がないと思ったから。
彼女が試験を通過して帰って来た時、無事逮捕できたことを報告して『自分もやるだろう』ということを伝えたかった。
そんなオレは本当に甘かった。
まさか犯人が令嬢たちと共に現場へ入っていたとは。
他でもない第二審査を差配したベスリン侯爵が犯人だったとは。
しかもあの不埒者、最後の悪あがきでエルトリーデに攻撃魔法を浴びせて重傷を負わせた。
魔法第一主義のこの国は、当然貴族の後継基準にも魔力の強弱を加える。
魔法能力如何によっては次男三男が当主に選ばれることもざらだ。
つまり侯爵家当主ともなれれば、それ相応の魔法威力を発揮することができ、その直撃を受けたら人間一人の生死に関わるということ。
そんなものをオレのエルトリーデに浴びせかけたのか!?
考えただけで頭が真っ白になった。
現場に駆け付け、応急処置の施されたエルトリーデを急ぎ王城へと運び、治癒術師による本格的な治療を経て一息つくまでの記憶は曖昧だった。
あとで聞いたが、犯人のベスリン侯をオレが殺そうとしたとかしてないとか。
記憶にないが。
しかしどっちにしてもベスリン侯は殺すべきだろう、もしエルトリーデに万が一のことがあれば必ず殺してやる。
……と当時は思ったものだ。
幸いエルトリーデの状態は思ったほど酷くなく、命に別状はないとのことなので即刻処刑は勘弁してやった。
その前に大いに歌ってもらわねばならんからな。
侯爵から一犯罪者へと転落した元ベスリン侯には厳しい取り調べを課し、オレはいまだ意識不明のエルトリーデに付き添った。
正直生きた心地がしなかった。
エルトリーデが意識を失っていたのは丸々一日ほどだったが、オレにとっては数日間に思えた。
そしてエルトリーデが意識を取り戻し、ホッと一安心するとともに別なる決意が浮かんだ。
これ以上は時間と労力の無駄だ、と。
第二審査もそれなりに成果を出し、王太子妃となるべき令嬢は絞れたらしいが既にもうオレの心は決まった。
能力、知性、そしてオレの心が求める先すべてがエルトリーデにある。
オレがもうエルトリーデしか選べないのであれば、これ以上の王太子妃選定など無意味だ。
周囲が誰を選ぼうともエルトリーデ以外いらない。
そう思ったオレは、エルトリーデが意識回復するとすぐさまプロポーズした。
彼女は戸惑っていたが今はいい。
これからゆっくりと惚れさせていけばいいだけだ。
問題はもっと別の方。
エルトリーデに思いを告げてから、オレは戸惑うことなくそれに付随する行動を起こした。
まずは王太子妃選びの即時中止を関係者に通達。
理由は素直に説明した。
『もう決まったから』と。
通達を受けた関係者たちは戸惑いながらも指示に従った。仮にも王太子の言葉だ。
王太子妃選びは、これから第三、第四の選考へと進んでいくはずだったのだろうがバカな話だ。
こんな牛馬でも品評するようなやり方で王太子の妃を……のちの国母を決めるなど、自国そのものをバカにするかのようではないか。
このような因習が繰り返されるのはオレの代限りだ。
そう思って今は、もっとも手ごわい相手を説得するのに意識を向けた。
我が両親……。
現スピリナル国王レモダニエスとその妃エレーニア。
魔法王国の象徴として君臨する二人だった。
オレは二人への謁見が叶うと、すぐさま用件を切り出した。
妃候補の中からこれぞという女性を見つけ出したと。
最初は二人、速やかに進んだことに満足なのかにこやかな表情をしていたが、具体的にエルトリーデの名を出すと、途端に表情が曇り出し……。
「それは巷で有名な『魔力なし』令嬢のことではないか?」
父王が言った。
……面倒なことだ。彼女を嘲笑う声は国王の耳に届くほど響き渡っているのか。
「困ったものだの。お前はできのいい息子だと周りから持てはやされているが、やはりどこか抜けたところがあるようじゃ」
小さい子どもを咎めるように父は言う。
血を分けた親子ではあるものの、やはりそこは王族。市井の父子関係にはない独特の緊張感はある。
特に父は、何かとオレのことを子ども扱いしたがった。
昔から才能においては評価の高いオレは、時に父以上だと誉めそやされることがあった。
無論不敬で、大っぴらに語られることではないがそれでも時折父の耳には入るのだろう。
有望な後継者を持つことはいいことだが父にだって自尊心はある。王であるからこそ余人よりなお大きな。
それらの折り合いをつけるために、オレのことをいつまでも子どもだと思いたいのだろう。
どんなに能力で優れようと、父親にとって子は格下なのだ。
「お前とて我がスピリナル王国の特別なることはわかっていよう。我が国は精霊に選ばれし国、この世界に二つとない神聖国家じゃ。その理由たるは精霊より許された力、魔法。それを大切にし、確実に次代へと受け継がせることが、我ら王族に課せられた使命なのじゃ」
「それが何か?」
「ここまで言ってもわからんか? 魔法を受け継ぐ我々は、より純度の高い血脈を残さねばならん。王家の高貴なる血に『魔力なし』などを交ぜてどうする? もし王族の中に『魔力なし』が生まれては、精霊たちに申し訳が立たぬだろう」
まるで犬の交配のようだ。
オレは心の中で鼻を鳴らした。ご自分のことをさぞかし高等な種だと思い込んでいるようだが、その振舞い行いは畜生のそれと何ら変わりない。
一国の王たる者、重要視すべきことはもっと他にあるだろうに。
「当然ながら、その女は認められん。もっと魔力の高い高貴な女性を王太子妃として選ぶがよい」
「お言葉ながら魔力など、王者の妻に何ら関係のない能力と存じます」
「な、なんと!?」
オレの反論に、あからさまに狼狽える父王。
「さらに言えば国王自身にも、魔力なんぞよりもっと求められる資質能力はいくらでもあります。オレは父上より遥かに高い魔法の才能に恵まれていますが、そんなもの何の自慢にもならないと思っています」
「ごの……ッ!?」
オレの発言に、なんとも言えない複雑そうな表情をする父。
「国を守り、富ませるために、求めるべきものは他にある。それらを我が身に備えるため、オレは日々の努力を絶やさなかったつもりです。エルトリーデならば、そんなオレを見事に補佐し、それどころかいまだ足りぬ部分を補って完璧にしてくれるでしょう。エルトリーデは、三国を渡り歩いてでも手に入れるべき最高の妻です」
「最高の妻とは、最高の魔力を持った女のことですよ」
やや斜め前方から声が飛ぶ。
正面から相対していた父王の、その隣に座る荘厳たる婦人。
我が母でもある王妃エレーニア。
彼女もまた自身の世代に、苛烈な選考を勝ち抜いて妃の座に収まった。
きっと同じ目標を持った何十人もの令嬢をしのぎを削ったことだろう。その果てに国一番の女魔法使いであることを証明し、当時王太子であった我が父王に迎え入れられた。
母にとっては堪ったものではないだろうな。
かつて自分が乗り越えた試練を経験することもなく、自分と同じ地位に就く女がいるなど。
「キストハルト、アナタはまだ若く様々なことに目移りしてしまうのでしょう。しかし気を散らしてはなりません。我が栄光あるスピリナル王国は、精霊に選ばれた聖なる国。その高貴さを守るため、汚らわしい『魔力なし』などを王太子妃に迎えるなどけっしてあってはならぬことなのですよ」
「オレの想い人を侮辱しないでいただきたい」
鋭い眼光を、自分を生んでくれた女性へと向ける。
いくら母親であろうとも、度を過ぎた発言は許さない。
「母上、あまりにも軽率な発言ですな。我が国の外では誰もが『魔力なし』、他国の王妃王女の前でそのようなことをほざけば、すぐさま外交問題に発展し、スピリナルの王妃は礼儀知らずのうつけ女と周辺各国から嘲笑を受けましょう」
「なッ?」
「オレの愛するエルトリーデは、そのようなしくじりは絶対にしない。彼女は明晰で注意深く、言葉の端々までその意味を考え抜く女性だ。だからこそ王太子妃に……いずれの王妃に相応しいと申し上げている」
実際に、頭の痛い問題だった。
スピリナル王家は代々、魔法が使えることによる優越感が強く、他国の王家に対する見下しもまた強い。
それゆえ我が国の外交は当たり前のように芳しくない。周辺各国から我が国への認識は、『魔法という一芸をやたらと誇りたがる珍獣国家』といったところ。
オレ以前の代々の国王はそんな相手側からの視線に気づかずにいた。
気づこうとしなかったというべきか。
それをオレの代で終わらせる。
そのためにもエルトリーデは欠くことのできぬ得難い人材だ。
彼女と一緒なら、オレは必ずやこの国を、立派な近代国家に仕立て上げることができる。
「だからオレは諦めません、絶対にエルトリーデを我が妻に迎える。父上、母上、アナタ方に求めるのはその承認だけ。意見など求めません。ただ黙って頷いていただきたい」





