17 王太子、『魔力なし』令嬢と出会う
オレは王太子キストハルト。
王太子妃選抜初日、夜会の席。
そんな中、宴の始まりが目前まで迫っているというのに、オレの頭からそれは綺麗さっぱりと消えていた。
階段を駆け下りるオレの脳内にあるのはただ一つ。
テラスから見たあの野バラのように美しい令嬢のこと。
女性の見た目に一瞬にして心惹かれたのは初めてだ。
王太子という立場上、色香に惑わされるなどあってはならないことだが、けして溺れているわけではない。
遠くからでは確認しづらかったあの美貌を、もっと間近で確認するだけだ。
明確に見ることができれば『なんだこんなものか』と思うかもしれない。
王城の道順など勝手知ったるもので、屋内に入る寸前の彼女の下へすぐ辿りつくことができた。
しかしそこには招かれざる先客が。
なんだあの令嬢たちは?
三人も並んで令嬢一人を取り囲むなど、どういうつもりでいる?
いや、考えるまでもないか。
いつでもどこでも女のいじめとは陰湿なものだな。
王城まで来て獲物探しか。……いや、今日の催しを考えると、ああしてライバルを一人でも減らそうという魂胆なのか。
オレ自身は王太子妃選びなど興味もないが、あのような見るのも不快な悪ふざけを見過ごすのも気分が悪い。
一人囲まれ孤立無援な令嬢を救おうと乗り出そうとした寸前……。
――『私たちは、この『魔力なし』が恐れ多くも王太子妃の座を狙っていると聞きつけ、義憤に立ち上がったのではなくて!』
という声が聞こえた。
あのアホ令嬢たちの声か?
『魔力なし』と言えばまさかあの、エルデンヴァルク公爵の娘……?
十年近く前に見かけた、あの魔法修練所で直向きに頑張り続けていた……?
そうか彼女も貴族令嬢であるからには王太子妃選びに召集されたのか。
何年ぶりに見るのか、こんなにも美しく成長していたとは。
魔法が使えないからこそ外国産の洗練されたドレスに身を包み、香り立つ気品は接近することで一層ハッキリ感じ取れる。
まるで一国の姫……いや女王であるかのようだ。
――『ここで潔く身を引けば私たちから嫁ぎ先を紹介してあげてもよろしくてよ? 六十過ぎの老紳士の、四人目の後妻なんていかがかしら?』
あの陰湿女ども、あまりにも汚らわしいことを言う!
オレがこの場でとっちめてやる!
しかしオレが手を下すまでもなかった。
なんと貴族令嬢であるエルトリーデがみずから、あの狼藉者どもを叩き伏せた。
彼女は『魔力なし』だから、実力行使といえば格闘しかない。
しかしエルトリーデ嬢は心得があるのか、実に鮮やかに陰湿女の一人を捻り上げた。
彼女の技さばきも驚嘆だが、同時に呆れるのが陰湿女たちの無防備さだ。
あんな至近距離で魔法を使おうなど。魔法には精神集中や、精霊に捧げる詠唱などで必ず一瞬以上の“溜め”がかかる。
あそこまで距離を詰めたら、単に殴り掛かる方が絶対に速いのだ。
そんなこともわからず、いついかなる時でも魔法に頼ろうとは。あの三人がバカなだけかもしれないが、我が国の貴族全体の意識改革は、やはり必要なのかもしれない。
そのあとでやっとオレの出る幕があって、王太子の意向に恐れおののき陰湿女たちは逃げ出していった。
後日ヤツらの父兄に厳重抗議して、少なくとも気楽に遊び回ることができないようにしよう。
久々に再会し、間近で見たエルトリーデ嬢は、息も忘れるほどに美しい。
むしろ魔力がないからなのか、それ以外の別の方法でみずからを飾り立てる手段を総動員していて、だからこそ極限まで洗練された美しさがそこにあった。
口紅で染められた、ぷっくりと肉の厚い唇がなお一層色っぽい。
これほどの女性が、オレの妃になるために来てくれた。
その事実が自分でも驚くほど嬉しかった。
ただ彼女は、その確認に思ったより歯切れが悪い。
『王命だから』とかなんとか言って……。
もしかして彼女は本当はここに来たくなかった?
考えてみればすぐに思い当たる。魔法至上主義の貴族たちが集う王都、そこが『魔力なし』である彼女にとって、どれだけ居心地が悪いか。
結局よそよそしいまま一旦別れ、夜会が本格的に始まった。
オレのために開かれたような夜会だからオレ自身出席しないわけにもいかず、そして姿を表せば途端に周囲に人だかりができる。
主な顔ぶれは、王太子妃選びに名乗りを上げる令嬢たち。オレからの印象をよくしようと非常にギラついていた。
こんな立身欲丸出しの令嬢でも、王家の求めに応じて来てくれたのだから無下にはできず作り笑顔で饗応する。
その間もずっと視線は彼女を探していた。
エルトリーデの美しさは絶世だから、目立ってすぐ見つかる。
しかし同様に周囲の視線も彼女に集中していた。
皆がエルトリーデの美しさに気づいている。
そう思うと何故か、体の内側がジリジリする。これが焦りという感情なのか?
できる限り早く彼女に声を掛けなければ。そう思ってギラつき令嬢たちを何とかさばき、何とか自由に動ける余裕を作れる。
早速エルトリーデに声を掛けようと思ったが、彼女の姿がない?
どこへ行った?
慌てて周囲を見回すが、幸いすぐに彼女の黒髪を見つけることができた。
背中を向けて……どこへ行こうとしている?
自然と追いかけてしまった。
エルトリーデは迷いなくまっすぐ進んで……明確にどこかに向かおうとしているのがわかった。
夜会の会場からも出てしまって、まさかもう帰るつもりかとか?
しかし彼女の進行は、案外すぐ止まった。
目的地は、城の屋外に出た中庭?
こんな場所に何があるのかというと、すぐにわかった。
無人のはずの中庭に、見知らぬ男女が抱き合っていかにも恋人らしい雰囲気を作っている。
エルトリーデはそれを密かに覗き見、それをオレがさらに外から覗き見ているような状況だった。
どうやらエルトリーデは、あの恋人たちを気にしているらしい。
睦言を盗み聞きしたところによると、どうやら親の意向で無理矢理皇太子妃選びに参加させられた令嬢のところに、恋人の男が慕って現れたということのようだ。
そんなの余所でやってくれと思うが、どうやらエルトリーデはあの二人を助けるらしい。
みずから姿を現して相談に乗り始めた。
オレはそれを、引き続き身を隠しながら窺う。
彼女の考えは、二人の恋を成就させるためには王太子への直談判以外にないとのこと。
つまりこのオレへと。
基本的に同意見だった。
公に王太子妃候補と認められた女性をさらっていくのだ。当事者であるオレの許しなくば、どう足掻いても明確な罪になる。
もしオレの許しを得られなくば令嬢の顔を傷つけて、それを理由に候補から外れる……というのも納得だ。
王太子に直談判するのだ。むしろそれくらいの覚悟がなければ困る。
こちらだって判断に王家の面子を懸けるんだから。
しかしエルトリーデが次に放った言葉でオレは混乱に落とされた。
問題の令嬢……アデリーナ・フワンゼの顔を切り裂くのは、エルトリーデが行うという。
何故?
王家主催の席で刃傷沙汰など起こしたら大問題。よくて社交界を永久追放となるだろう。
あの二人のことエルトリーデとは何の関係もないのに何故そこまでのリスクを彼女が負わなければいけない。
正直オレはその瞬間まで、彼らの直訴を受け入れてやるべきか考えていた。
恋人たちを応援したい気持ちはあるが、それと引き換えに王家の権威を低めることまですべきか? という疑問があった。
しかしエルトリーデの宣言ですぐさま『直訴を受け入れる』方針で決まった。
その上で何とか王家の権威を貶めない上手い方法を考えて……どんなこじつけでもいいから、と頭をギュンギュン回転させた。
ここ一年で一番頭を動かした。
お陰でギリギリ思いついた妙案で決闘を申し込み、相手に華を持たせつつ最後には自分が勝ち、勝者の立場から王太子妃候補を下げ渡す……という形で何とか八方丸く収めた。
決闘相手のベレト侯爵子息は、あれで本当に将来有望の魔法騎士で、さすがのオレでもヘタに手を抜いたら押し切られかねない。
しかも愛する女性との婚姻が懸かっていて、いつもの実力以上を発揮してきやがった。
最終的には勝ったが、よく勝てたなと自分を褒めてやりたくなった。
それで何とか八方丸く収め、エルトリーデも無傷で済んでオレとしては上々の成果。
ここまで来てオレはもう自覚せずを得なかった。
オレはエルトリーデ公爵令嬢を特別視している。
彼女が『魔力なし』令嬢として、この国でどういう扱いを受けているかはわかる。
王太子妃にと望んでも、同意を得ることは難しいだろう。
しかしこれまで漠然と抱えていた『この国はこのままでいいのか?』という不安に向き合うことにも。
彼女が隣にいてくれて頼もしい存在になってくれるのかもしれない。
しかし……。
――『まさか世の令嬢は誰でも無条件で、アナタのことを慕うとでもお思いでしょうか?』
――『たしかに王太子の肩書きに心惹かれる女性は多いわ。今日の夜会にやってきた貴族令嬢も何割かはそうでしょう。でも、そうじゃない女性だって多くいるのです』
――『王太子の肩書きにもアナタ自身にもまったく興味がありません』
なんと言うことだ。
エルトリーデは真実、オレの妃になることなどまったく望んでいなかった。
そうハッキリと告げられることで、胸に刃物を差し込まれるような痛みを感じた。
しかし同時に闘志も湧いた。
どうやらオレは選ぶことよりも選ばれることを望む人間のようだ。
こうなったら是が非でもエルトリーデをオレへ振り向かせてみせる。





