12 死に戻り令嬢、ヒトの恋路を応援する
物陰に隠れながら恋人たちを見守る私、エルトリーデ。
ヤツらは完全に自分らの世界へイッちゃっているのか、隠密でもない私の気配に気づきもしない。
できればこのまま人知れない存在でいたかったけれど、そうもいかないわ。
このまま放置していたら、あの二人に待っている結末は間違いなく破滅。
彼女らが破滅しようとしまいと私には何の影響もないんだけれど、前世では私の野望に巻き込まれたせいで二人は不幸になった。
今世で再び不幸になったとしても、私が関与していなければ私的にはOKなの?
そんなわけないわよね?
ここで知ってしまった以上、何もしないで見殺しにすれば絶対明日のごはんは美味しくなくなるわ。
何もしないことも悪。
まったく偶然にしろこの場面にカチあったのは幸運なのか不運なのか……!?
「待ちなさい!!」
「「ええッ!?」」
物陰から飛び出てきた私に、浮かれ恋人たちはやっと気づいたようだ。
そしてこの逢瀬は誰にも見られてはいけないというもので当然、遅まきながらも身構える。
でも本当に遅いのよ。
「アナタは一体!? ここで何をしているのです!?」
「私のことはどうでもいいわ。それよりもアナタたちのバカげた計画が、本当に上手くいくと思っているの?」
その指摘に、ギクリと身を固くする男女。
かなり前から盗み聞きされていたことに今さら危機感を持つ模様。
「ぬ、盗み聞きとは無礼な! 貴族のすることか!?」
「駆け落ちだって貴族にあるまじき暴挙ね」
今さら言うことがそれか、と私も呆れを禁じ得ない。
同時に私は確信を覚えた。この浮かれ切った二人が手に手を取って逃避行に駆けだしたとしても、成功は万に一つもないわ。
「そこの殿方わかっているの? アデリーナ嬢は王太子妃選びの第一段階である夜会に参加中、つまりは現状れっきとした王太子妃候補なのよ。それを連れ出せば、王太子から女を寝取る行為に他ならないのよ」
「そ、それは違います! 私はずっと以前からべレム様をお慕いしていました!」
「だったらなんで今日の夜会に出席したの? 何を言おうと出席した時点で、王太子妃になる意志があると表明したようなものよ」
「それは、お父様が無理矢理……!」
アナタの事情は私だって重々承知よ。
何しろ前世で履修済みなんだから。だからこそアナタたちの今の暴挙を見過ごせない。
「とにかく行動を起こすならもっと早くにするべきだったわね。今ここで彼女を連れ去れば、どんな事情を並べ立てようと王太子をコケにしたことになる。王家は行動をとらざるを得ないわ」
王家の面子に泥を塗ったアナタたち二人を、絶対に捕まえるでしょうね。
お坊ちゃまお嬢様育ちの二人が、逃れきれるとは思えない猛追跡よ。
「オレがいけないんだ……!」
アデリーナ嬢のお相手の男性が震える声で言う。
「アデリーナのことを想いながら、お互いの立場にクヨクヨして行動を起こせなかった……! そのくせ、いざ王太子妃選びが始まると、彼女が手の届かないところへ行ってしまう実感が湧いてきて……絶対に嫌だと、いても立ってもいられなくなって……!」
「いいのよべレム! 私はとても嬉しいわ!!」
隙あらば二人の世界を作り出すのやめてもらえます?
アンタらがこのタイミングで激発した経緯は理解したわ。
だからと言って見過ごすことはできないけれど。
「……せめて、もう少し待つことはできないの? 今のアデリーナ嬢はたしかに王太子妃候補だけれど未来永劫そうではないわ」
むしろ状況は速やかに変化する。
王太子妃選びはこれからズンズン進んでいくし、そのたび多くの令嬢がふるい落とされていくことになるわ。
「アデリーナ嬢も選考からはじき出されれば、晴れて王太子妃候補の立場から解放される。それから求婚なり思うさますればいいことじゃない?」
「そんなことはない! アデリーナは最高の女性だ! 王太子殿下もきっと気に入って王太子妃に選出するに違いない!! だからチャンスは今しかないんだ!」
正気を失わないでほしい。
この人たちが恋と追いつめられて正常な判断ができないことはわかったわ。
「あの……アナタがどこのどなたかは存じませんが……」
そう言えば名乗ってすらいなかったわね。
でも私のことは通りすがりのお節介焼きぐらいに思っていればよいわ。
「彼の言うこともあながち間違いじゃないんです。私たちが結ばれるにはもう今夜が最後のチャンスだって」
「どういうこと?」
「私の父は、私が必ず王太子妃になると大きく期待をかけています。それ以外の結果などないと。だから私が手を抜くことを絶対に許さないはずです」
仮にも娘に期待をかける親なら、ずっと見てきたから手を抜いているかどうかはすぐわかる。
アデリーナ嬢も有力候補に挙がるほどの魔法令嬢。本気で努めれば真実王太子妃に選ばれることもありうるし、そうならなかったとしても確実にいい線にまで行けるだろう。
「そうなれば注目が集まり、きっといいところからの縁談が舞い込むと思います。王家の他の殿方や公爵家の跡取りとか。お父様は『せめて』と言ってその中から一番位の高い人へ嫁がせるに決まっています」
「そうなればオレごとき侯爵家の三男坊が選ばれるわけがない。やはりオレとアデリーナは結ばれる運命にはなかったんだ!」
いちいち煩いわねこの男。
大体わかったわ。
より状況を精密に分析するなら、アデリーナ嬢が皇太子妃選びから脱落した瞬間に駆け落ちしてしまうという手もあると思う。
他の高位貴族から縁談が舞い込むにしても数日の間はあるだろうし、その隙間を狙えば対外的な軋轢は極力ゼロに持ち込めるわ。
でもそれで駆け落ちが成功するかといえば『まず無理』としか思えない。
魔法しか取り柄のないこの二人が、地位を捨てて暮らしていけるはずがないのよね。
結局は連れ戻されて、二人の恋は成就しない。
そもそもアデリーナ嬢が王太子妃に選ばれて付け入る隙もなく引き裂かれるというリスクだってある。
手を抜いて意図的に脱落することはできないと彼女も言ったばかりだし。
……。
考えてみたら八方塞がりね。
「……わかったわ」
「では、私たちを見逃してくれるんですね!?」
バカね。
それだけは絶対にないわ。
ここでアナタたちを逃がせば王家が動く。あらゆる悲恋エンドの中でも最悪の結末をアナタたちにもたらすわけにはいかないの。
かつては私の手でアナタたちをそのどん底に突き落としたんだから、今度はアナタたちに最高の結末に導くために私が手を出さないといけないんでしょうね。
「アナタたち……ここで家も立場も捨てて逃げ出す覚悟があるんなら、私に命を預けてみない?」
「えッ?」
「私がアナタたちを添い遂げさせるって言っているのよ。私の言うことに従えるのなら、エルデンヴァルク公爵令嬢の名に懸けてアナタたちをお似合いの夫婦にしてみせるわ!!」
◆
そして私たちは煌びやかな王城内に戻ってきた。
夜会はまだ進行中で、多くの貴族たちが上品に戯れている。
その中に標的を発見。
王太子キストハルト殿下は、いずれ自分の妃になるかもしれない令嬢たちに囲まれて無難な笑みを浮かべていた。
外面がいいのは、さすが王太子ね。
それは今はそうでもいい雑感だけど……。
「二人とも覚悟はいいわね?」
「はい」「承知」
私が振り返ると、そこにはガッシリ腕を組みあったアデリーナ嬢とその恋人。
その光景は既に異様で、周囲からの注目を集めている。
「なんだあの二人は……!?」
「彼女も王太子妃候補でしょう? なのになんで他の男性と仲睦まじいの?」
「ここがどこかわかっているのか……!?」
当然というべき非難がましい声が上がった。
その的になってアデリーナ嬢は顔を青くしているわね。
元々親の指示に逆らえない気の弱い子だから仕方ないんだけど……。
「ここで怯んでいるようじゃ望みは叶わないわよ。他人の顔色を窺って手に入るものかしら、アナタたちの欲しいものは?」
「わかっています。私たちの望みを叶えるのは私たちだけですよね……!」
アデリーナ嬢とそのお相手は、固く組み合ったまま一緒に歩きだす。
まるでバージンロードを歩むように。
向かう先は、王太子キストハルト様の下。
三人……というより一人と一組は対決するように向かい合った。
「キストハルト王太子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」
「シレビトン侯爵家のベレトくんだったな。ようこそ我が主催の夜会へ。招いた覚えはないんだがね」
そりゃそうね忍び込んできたんだから……。
そんな相手に、皮肉も交じえながら冷静に対応できるのはさすがの王太子ね。
「くッ……」
その動じぬ態度は相手を怯ませるには充分だけど、怯んでる場合じゃないのよ。
愛を掴みたかったら、試練ぐらいは乗り越えないと。
「今宵は我が命に代えてもお聞き入れいただきたいことがあり参上いたしました。このアデリーナ伯爵令嬢との結婚をお許しいただきたい」





