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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
終話

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5年後の彼とのその先は①

 

 ソフィアのルーカスへの感情は本当に友人とか弟とか、そんな感じのものだった。

 断じて恋心じゃなかった。


 なにより間にあったのは年齢差と身分差。


 どうやっても越えられないその高い壁が、彼を『恋愛対象』でなくさせていたのだ。

 だからソフィアにとってはそんな対象じゃなかったのに。

 なのになぜかルーカスの方は高い壁にもまったくめげない。


 出会って一年経っても。


 二年経っても。


 五年経っても。


 まったく一切変わらずに、ひたすらにソフィアに伴侶になって欲しいと願い続けた。

 すぐに変わってしまう幼い恋心だと思っていたのに。

 いつしかあまりの真っ直ぐさに自分のこだわりが馬鹿みたいに感じられ、ゆっくりゆっくりと隔たりは溶かされていっていた。




 もうソフィアは二十歳になった。

 そろそろ結婚に焦りだす年頃だけれど、第一王女ターニャの専属侍女という職業が幸いして主君の為に生きようとしているのだと他人は想像してくれる。

 そしてマークス王子の右腕として頭角を現し始めているルーカスが、知っているところや知らぬところでこと如く阻止するせいで、ソフィアはいまだ異性とお付き合いさえしたことがない状態だ。




 そんな嫉妬深くて面倒くさい男の子の家で、今ソフィアは彼と背中合わせになっている。


「あら、ルーカスの方が少しだけ高いわね」


 頭上をとぶリリーの指摘に、背を離して振り返るなりソフィアはむっと唇をゆがませた。


「……ついにこの時が来ちゃいましたか」


 十五歳になったルーカスと背中合わせになっての背比べ。

 出会って五年目にして、ついに身長を抜かされてしまったのだ。

 

(身長だけは勝ってたのに)


 最近どんどん薄くなっている気がする年上の矜持をまたしても破られてしまった。

 

「もう! あの可愛いルーカス様はどこに行っちゃったんですか!」

「ここにいるだろう」

「違います! これじゃないです。あのふにふにほっぺがないじゃないですか! 見た目だけは癒やしの天使だったのに! いえ、そのうち大きくなるって分かってましたよ? でもこんなっ……こんなに早くなんてひどいです。もっともっと可愛いルーカス様を愛でたかった!」

「ソフィアは、今の僕は嫌なのか?」

「そうじゃないですけど……う、しょんぼりしないで下さいよ。冗談ですってば!」


「知ってる」


 さっきまで俯いていたのに、ぱっと顔を顔をあげたルーカスに落ち込んでいた余韻は欠片もない。

 どうやら悲しそうにしていたのは演技だったらしい。

 それから大きくなってしまった彼ははっとするほど綺麗な笑顔を浮かべる。どこか胸を張りながら。


「ソフィアが本気で人が傷つくような事、言うはずがないからな」

「かいかぶり過ぎです……」


 いつからか、ソフィアよりルーカスの方が余裕を持つようになった。

 どうしてもこうして彼のペースに持っていかれてしまうのだ。


 第一王女ターニャの専属侍女になって五年たち、ソフィアだって相応の経験を経て、たくさんの努力をして、一流の教養や知識も身に着けたと思うのに。

 なのに、どうしてかルーカスにかなわない。

 ついには身長までかなわなくなった。

 

「まだまだ高くなるからな。もっとスマートにエスコート出来るようになるし、もっと強くなって今以上に守れるようにもなる。覚悟しておけ?」


 そう言って、ルーカスは手を差し出してきた。


「まずは食堂までエスコートさせてくれるだろうか? お互い仕事で忙しくなってきたからな。やっと予定の噛み合ったこのアフタヌーンティーの約束を、とても楽しみにしていたんだ」

「っ……」


 口元を曲げながら、ソフィアは視線をそらしつつ手を差し出す。


(……困るわ)


 自分の手をつかんだ大きな手が優しく引いて、ゆっくりと食堂まで連れて行ってくれる。

 通い慣れたフィリップ伯爵邸だ。

 造りは覚えているし、案内される必要なんて本当はないのに。

 こんなふうに紳士な対応で導いてくれること……出会ったころのルーカスには絶対にできなかった。


(本当に、大きくなったわ)


 そっと伺った彼の鍛えている体は引き締まっていながらも筋肉質で、柔らかかった子供らしいふにふにな頬っぺももう見当たらない。

 握っている手は節ばっていてゴツゴツしている。

 髪はカールが幼いころより落ち着いてきたし、マークスの補佐として城に通うようになってから整髪剤でしっかり整えているのであまりふわふわしてもいない。

 頭の中には可愛い十歳の男の子だったルーカスがいるのに、目の前にいる彼はもうほとんど大人の、それも極上に格好良くて優しくて、ソフィアをべたべたに甘やかしてくれる男の人だ。

 社交界ではたいへんな人気らしい彼に、ソフィアは毎日毎日いつだって大切にしてもらっている。

 今日のフィリップ邸でのアフタヌーンティーだけでなく、職場が同じ城の中なのもあり仕事中の昼食だって互いの都合がつく限り一緒にとる習慣が出来てしまっていた。城ではターニャもマークスも同席しているが。

 

(まさか、こんなに饒舌になるなんて思わなかったし)


 育った環境からコミュニケーションが苦手だったはず。

 しかし今ではどうやっても口ではかなわない。

 しかもツンと突っぱねるのではなく、笑顔で柔らかくかわしてしまうのだ。

 この綺麗な顔と柔和な対応で城では曲者な大臣達相手に渡り歩いているらしい。


 視線に気づかれたらしく、ふとこちらを振り返った彼に目を優しく細めて見つめ返された。

 優しくて、温かい笑顔。城で政務を行う相手にするのとは質が違う、自分にだけ向けられる特別な熱のこもったそれ。


「っ……」


 見つめられると心臓がはねて、息がつまる。

 頭がカッと熱くなって、落ち着かない気分になってしまう。


 最近、彼と目があうといつもこうだ。

 

(恥ずかしい)


 たまらず繋いでない方の手のひらで覆った顔は、とても熱くなっていた。



 目が合うと恥ずかしくて落ち着かない気分になって仕方がなくて、でも嬉しくて幸せにもなる。




 ――この感情の正体を、ソフィアはもう自覚している。

 だってもう子供じゃないのだから。




 * * * *




「でもでも、だからって今更どうしろっていうの!」


 王女ターニャの部屋。

 可愛らしくも格調高い、彼女らしい室の中央でソフィアは一緒にテーブルを囲む二人の女性に嘆き訴えた。


「そんなの『私も好きよ』と返せばよいだけであろう?」


 緑がかった長い銀髪を流した少女――四大精霊シルフがクッキーを頬張りながら言い。


「同感だわ。好きって言ってくれてるのだから同じように返せばいいのよ」

 

 九歳になったターニャ王女が大人顔負けのようすで同意する。

 

「そう言われても」


 何年もずっと「貴方と恋人なんてあり得ない」と言い続けてきた。

 それを覆す言葉はあっさりと出てこない。

 

「なんだかこう……ルーカス様も、もう断られるのを予想しつつ毎回告白してくるわけですよ。そこに返してもなんか…こう……ねえ?」

「ソフィアの言うことは難しいのう」

「私は分かるわよ。ようは長年の想いをようやく返すのだから、軽々しい感じは嫌だってことでしょう? きちんと腰をすえてしっかりと気持ちを伝えたいのね」

「そう! それです! いつものやり取りの中でな感じじゃ駄目だなって」


 でも、いつもと違った感じってどんなのだろう。

 二十年生きてきたけれど、告白なんてしたことない。

 まず何から初めて、どんなふうにすればいいのかわからない。


「何より恥ずかしい」


 ルーカスに恋している自分をさらしだすのは、今までの友人関係を壊すこと。

 どんな顔をして、どんな話をすればいいのやら。

 うんうん悩むばかりのソフィアに、ターニャが焦れたらしい。


「まったく贅沢な悩みね! ソフィアは両想いなのに! 私なんていつまでたっても『マークスの妹』枠から抜け出せないのに!」

「う……ターニャ様はまだまだこれからですよ」

「そうね。絶対にいい女になって、あの堅物をメロメロにしてやるわ」

「燃えてますね。頑張ってください」

「ええ! やってやるわ」


 五年たっても相変わらず、ターニャの夢はジンのお嫁さんだ。

 ジンがターニャにそういう感情をもっているそぶりはまるでないし、そもそも妖精と人間という時点で難しい。

 まだ九歳の女の子の恋心、今後どう変わっていくかもわからない。

 それでももうソフィアが知っているだけで五年、彼女はジンを思い続けている。

 毎日一緒にいる大切な主人の恋をソフィアは応援したいと思うようになっていた。

 応援といってもできることはとても少ないけれど、二人きりでいられる時間をさりげなく作れるようにくらいはしている。

 

「でも、ソフィアの気持ちを伝える特別なものといえば一つしかないと思うわ」

「え?」

「そうだのう。ソフィアにはあれしかない」


 首をかしげたソフィアの前、したり顔で二人が手に取ったのはテーブルに盛られていたクッキー。

 

「あ、そっか。そうですね」


 すとんと納得してしまった。


 ルーカスと自分をつなぐきっかけになったもの。

 自分が唯一誇れるもの。



 今の気持ちと一緒に、彼に特別なお菓子を作ろう。




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