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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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14



 月が頂点をすぎた頃。


 パーティーの片付けも一通り終え、フィリップ伯爵邸は静まり返っていた。


 あとは遠方からきている客が数人、客室に泊まっているくらいだ。

 朝に見送りをするまで完全に終わりとは言えないため、後見人のマークスもフィリップ伯爵家に泊まることになっていた。




 ――――キンッ。


 マークスから差し出されたグラスと、ルーカスの持っているグラスの重なる音が小さく響く。


「やっと落ち着けたな」

「お疲れさまでした。今日は有り難うございました」


 今は小さなローテーブルを挟んで、ソファに座って遅い夕食を取っているところ。

 パーティーでは客の相手が忙しく、二人ともほとんど食べられなかった。

 メニューは夜中ということでミルク仕立ての野菜スープとサンドイッチに、カットフルーツ。

 マークスのワインのあてにスモークチーズとオイルサーディンが盛られている程度だ。

 ルーカスの手にあるグラスの中身は水で、そこに風味付けにレモンのスライスが浮べられている。

 口に含むとすっきりとした香りが鼻に抜けて、近頃のルーカスのお気に入りの飲み物になっていた。 

 


 机の上ではリリーとジン、そしてシロが、ソフィアが昼間に手土産に持ってきたジンジャークッキーを抱えている。

 人型に型抜きされたジンジャークッキーの顔には、チョコレートでいろんな表情が描かれていた。

 大きく作られることの多いジンジャークッキーだが、妖精のためか人の一口ほどの小さなものだった。


 妖精たちが夢中でお菓子を食べる愛を微笑ましく思いつつ、ルーカスはサンドイッチにかぶりつく。

 

「ひとまず、新たな伯爵の披露の場が無事に終わってなによりだ」

 

 マークスからのその言葉に、頷くことができなかった。

 

「無事……ではありません」

「……? どうした」

「ソフィアと喧嘩したのよ」


 リリーの横からの声に、マークスが目を丸くした。

 ルーカスは渋面で少し頬をふくらませる。


「喧嘩ってほどじゃない」

「そんな仏頂面で言っても説得力ないわよ」


 リリーとルーカスを交互にながめたマークスが訪ねてきた。


「なぜそんな事に? ――あぁ、そういえば一瞬ソフィアに対して厳しい空気になったか」

「まぁ、あれがきっかけですね」


 ルーカスはうなりながら、やけ食いとばかりに口いっぱいにサンドイッチを頬張った

 中身は大ぶりのチキンで、食べごたえがある。

 ブラックペッパーが効いていて、舌にピリリと刺激がはしった。

 

 少し前までは簡素な食事で足りていたが、最近は意識してきっちり食べるようにしている。

 いずれソフィアより大きくなるために。

 まずは同年代の中で平均的な身長になるために。

 うっかりすれば八歳くらいに見られてしまうルーカスにとって、身体の小柄さは気にしているところの一つだ。


「……今回招待したのは、元々フィリップ伯爵家と親交のあった家の者達ばかりだったしな」


 新しく家を次いだルーカスの披露目の場。

 当然、招待する客人はこれまでフィリップ伯爵家と関わってきた家ばかりで、当主が変わっても今後ともよろしくお願いしますという意味合いで招待者を選んでもいた。


「つまり、うちってかなり悪質な人間ばかりと付き合ってたって事ですよね。考えてみれば、エリオット兄さんが今まで仕切っていたので当然でしたね。あの人に賛同できるタイプの人間が集まってしまったというわけか」

「あぁ。ルーカスが実際に会ったことがある者はほとんどいなかったとはいえ、事前に客のことをきちんと調べ、読み取っておくべきだったな」


 指摘されたことに、肩を落としてしまう。


 客についてもっと調べておくべきだったし、パーティーの進行だけでなく招待客についてもマークスに相談するべきだった。

 今更後悔しているルーカスに、マークスは小さく笑うだけ。

 彼はルーカスが伯爵家当主として求めたことに、助言や手助けをしてくれる。

 けれど、こちらから言わなければそのまま流されてしまう。

 ルーカスが必要なことに気づくかどうか計っているようなふしがあり、後見人としてはスパルタな方のようだ。


「ああいうタイプは全体からすれば本当にごく少数なのだが、選りすぐりの貴族至上主義者が固まってしまった。ソフィアの貴族へ対する心証が思いっきり悪いものになったな。……しかし、ルーカスはきっちり前に出て庇っていただろう? なぜあそこからソフィアと喧嘩だなんて流れになってしまうんだ」

「それ、は……」


 食べかけのサンドイッチを手にしたまま、ルーカスはそわそわとしてしまう。 


(話してもいいんだろうか)


 誰かに『相談』なんて、あまりしたことがない。

 甘えること、頼ることに違和感があった。

 しかもこれはフィリップ伯爵家のことではなく、完全に個人的なことだ。


 しかし相談相手が欲しかったのは事実。


 ルーカスはぽつりぽつりと、彼女との間にあったことを話す。

 すると、目の前の王子は驚きに目を丸くしていった。


「は? お前、本当にソフィアにそれを言ったのか。伯爵になったのはソフィアの為だって」

「えぇ」

「……どんな反応だった?」

「困ってました」

「だろうな。そういうのは、心の内に秘めておくものだ。どう考えても重荷だろう」

「そう……なのですか?」


 自分がどれだけ頑張っているのか知って欲しくて。

 自分がどれだけ想っているのか分かって欲しくて。  

 ソフィアの為ならどんな事でもしてみせると証明したくて。

 だから言った事だが、ソフィアには重荷だったのか。


(だったら、僕はどうすればいいのだろう)

 

 ぱっと明るく顔を輝かせて笑う彼女の姿を思い出すと心が暖かくなる。

 だからまたあの顔をみたくて、言っただけのに。



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