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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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 盛り過ぎた料理にやってしまったと思いはする。

 しかしもちろん、美味しくいただくつもりに変わりはない。

 ソフィアは張り切ってフォークを構え、一番誘惑してくるローストビーフを突き刺した。


「いただきまーす。……あら?」


 下級妖精が二匹、テーブルに置いたグラスの影からこちらをみあげている。ばっちりと目と目が合ってしまった。


「そわそわ」

「ちらっ、ちらっ」


 チラチラと、たいへん期待にみちた上目遣いが送られてくる。

 ソフィアは柔らかくて旨味の濃いローストビーフを美味しく頬張る。

 一口、二口と食べすすめても、なおチラチラと分かりやすい視線が送られてくる。

 仕方がないので、口に入っている分を飲み込んでから、期待に応えて話しかけることにした。


 周りは人の話し声だらけで、よほど大きな声を上げない限り気にされないだろう。


「期待しているようだけど、残念ながら今日はお菓子作ってきてないのよね」

「なんと!」

「しょっく」

「えーと……はい、これで我慢なさい」


 渡したのは、テーブルに置いてあるシュガーポットに入っていたに角砂糖だ。紅茶用だろう。


「あまい」

「うまい」

「しかしちがう」

「ぜったいてきな、これじゃないかん」


 悲しそうに嘆きながらも、テーブルに座りこんで角砂糖をポリポリ食べている。

 ソフィアの作ったお菓子ほどに食いつきは良いとは言えないが、甘いものは好きなので差し出されて断るという選択肢はない。

 そんな彼らを眺めつつ自分の食事を勧めていると、後ろから声を掛けられた。

 

「……ねぇ貴方。少し宜しいかしら」

「はい? なんでしょうか」


 ソフィアはフォークを置きながら振り向いた。

 立っていたのは扇を手にした黒髪の女性だ。


(誰かしら?)


 優雅な所作で扇を開いた彼女は、少し首を傾げながらそれで口元を隠し気味にしつつ言う。


「先ほどフィリップ伯爵と王族の皆様と揃ってご一緒してらっしゃいましたよね」

「しておりましたが」

「ですわよね……突然ごめんなさい。あの面々と共通のお知り合いな方って思いつかなくて、どちらのお家の方かしらと気になってしまって。お名前を伺ってもよろしくて?」


 おっとりにっこり微笑みながら訊ねてくる女性は、とても友好的にみえた。

 同い年くらいの同性と言うことで、親近感も感じた。


 でも。


「ソフィア・ジェイビスと申します。家はジェイビス商会を経営していて」

「商会? 」


 ソフィアがドレスのスカートを摘まみ腰を落としつつ答えたとたん。

 女性の片眉が、ひくりと動いた。

 

「まぁまぁ、商家ですの? 爵位は……ありますの?」

「え、いえ。ありませんけど……」

「どなたかの侍女として付き添いでいらしてるとかかしら」

「いえ、私がルーカス様に招待されて」

「そう……」


 眦を嫌そうに細められた。

 ついでパチン! と、彼女が口元で開いていた扇を締める高い音が響く。

 そしてすぐ、挨拶も無しにすたすたと向こうの方へ歩いて行ってしまった。ソフィアはあっけに取られて目を瞬いたが、ややあって理解する。


「あー……なるほど」


 家柄で態度を変える人なのだろう。

 とても分かりやすい人だと苦笑しそうになった時、耳に密やかな声が届く。

 

「商家だって? どうして王族の方々と仲良くしてらっしゃるの?」

「なぜ招待されているんだ。今日はそういう家柄の者には関係のない場だろう」

「伯爵様の披露パーティーよ? どれだけ重要な場か理解できないのかしら」


 さっきの令嬢との会話は、周囲の数人に聞かれていたらしい。

 ソフィアの家柄は、波紋のように一瞬にして会場内へ広がっていく。

 そして生まれるのは、嘲笑と、侮蔑と、どうしてここに居るのだと言う冷ややかな反応。

 一応小さな声で話してはいるが、聞かれても構わないという程度の小声だ。


「王族の親族である方のめでたい席に必要な娘か?」


(あ……)


 その台詞で、この場にいるほぼすべての人が、自分をここに居るにふさわしい人間でないと判断していると察してしまった。

 責められている空気に、ソフィアはぎゅっとドレスのスカートを握り込んで、唇を横に引き結ぶ。

 

 ……相手が一人や二人の悪意なら、跳ね返せた。

 自分はちゃんと招待を受けているのだと胸を張ることが出来た。

 自分の生まれた家が大好きで、家族が大好きで、あの家に生まれて心から良かったとも思ってる。


 でも今、この広間にいる百人以上の人間のほとんど全員が、自分のことを『場違いな人間』として見ている。

 それはソフィアを居心地が悪くて、居た堪れない、恥ずかしいような気持ちにさせてしまう。 

 身の置き所がないような。心がざわざわと不安定になるような、感覚。


 眉を顰めて、あからさまに同じ空間に居るのが嫌だと言う態度を出している人もたくさんいた。

 聴こえる声と嫌な空気に苛まれて、だんだんソフィアの顔はうつむいていく。


(平民の娘がいることを不快に思う人が居るだろうと、予想はしてきたけれど……)


 でもここまで強く、あからさまに、大勢の人に拒絶されるものだとは、思っていなかった。

 ただの貴族を中心とした社交パーティーならここまでの拒絶反応はなかったのだろう。

 しかし今日は『新しい伯爵』を、これから付き合っていくだろう国の貴族たちに披露する場。招待客はソフィア以外はほぼ貴族だ。それも高位の。


 間違ったところに来ていると、思われている。





 ルーカスやマークスが気にしていないふうだから忘れてた。



 平民のただの娘と貴族の間には、それだけ絶対的な壁があるのだと。




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