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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
続編

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 ふんわり足先まで広がるドレスのドレープは、動くたびに優雅に流れて。

 ふんだんに使われた繊細なレースが、華やかさを演出し。

 柔らかな質感の淡い桃色の生地が、彼女の愛らしさを引き立てる。


 さらに上品に纏めあげられたはちみつ色の髪には、カチュームタイプの細身のティアラが輝いていた。

 十五年間生きてきた中で一番に飾り立ててもらっているソフィアは、まじまじと鏡の中の自分を眺めて、感嘆の息を吐く。 


「おぉ……なんだか、すごく、すごい、キラキラしてる……すごい」


 ドレスが着慣れないわけではない。

 親の仕事関係で何度かパーティーにも出席していて、立ち居振る舞いもしつけられている。

 王城を訪れる機会が増えたことで、最近お出かけ用のものを買い足してももらった。

 それでも今着ているような華やかな舞踏会を想定した、豪華かつ煌びやかなドレスは新鮮だったのだ。


 そして可愛いものを身に付けると、自分の女の子な部分が疼いてそわそわどきどきする。


(ちょっと、楽しくなってきたかも)


 ソフィアはドレスの裾を軽く持ち、くるりくるりとまわってみた。

 そうすると、スカートが軽やかに浮き上がる。

 裾から少しだけ見えるのは真っ赤な靴。

 足首にストラップのあるタイプで、ヒール部分はハイヒールと呼ぶよりは少しだけ低く太くつくられていて歩きやすい。

 ドレスが華やかな分、靴はシンプルなものになったらしく装飾はないが、ダンスで裾が翻った時、わずかに覗く足元の赤は映えるだろう。


「こんなの、本当に私の為に作ってもらっちゃっていいんでしょうか。ものすごく高いですよね、ルーカス様」


 ソフィアは、すぐそばから腕組をしてこちらを眺めている少年を振り返った。

 実はこれ、今日フィリップ伯爵家へ遊びにきたソフィアに、ルーカスがプレゼントしてくれたものなのだ。


「値段は気にするな」

「うーん……私、来月のお披露目パーティーには、手持ちのドレスで行こうとしてたんですけど」


 来月、ルーカスの伯爵家当主としてのお披露目パーティーがあるのだ。

 彼の緊張緩和の意味でも、友人のソフィアは出席することになっている。

 あまり人前に出る機会が無かった彼が、伯爵として大勢の前に出ていく初めての場。

 心配なので出席して見守れるのはソフィアとしても良かった。

 しかしまさか当日のドレス一式を用意してくれるなんて。


(アクセサリーまで含めた総額を考えると、とても気軽にもらえるものではないわ)


 困惑をみせるソフィアへ、肩に上級妖精のリリーを乗せたルーカスが当然のように言う。


「僕が伯爵として公の場に出る最初の舞台だ。ソフィアは僕のとても親しい友人という立場なのだから、めいっぱい着飾ってくれないとな」

「むしろお貴族様ばかりのパーティーでは、目立たないようにしていた方がいいかと思うんですけど。平民の出席者ってほぼいないのでしょう?」

「それは嫌だ」


 首を振ったルーカスは、にっと唇を上げてソフィアを見上げた。


「僕は、僕の友人を自慢したい」

「っ……」


 心から嬉しそうな顔でそんなことを言われれば、もうそれ以上は強く言えなかった。

 高いからと返しなんてすれば、きっと落ち込んでしまうだろう。

 ソフィアは観念して、優雅に見えるようにドレスの裾を摘まんで腰を下げた。


「ルーカス様、素敵なドレスを有り難うございます。嬉しいです。今回は有り難くいただきますね」

「あぁ。まだ修正も間に合うから、気になるところはどんどん言え」

「いえ、好みにばっちり合ったドレスです」

「だろう?」


 本当に、悔しいくらいにソフィアの好きなタイプのドレスなのだ。

 生地の色も温かみのあるもので、レースも大ぶりな柄でなく、小さめで繊細な模様のものの方が好きだと見抜かれている。


「さすがリリーだな」

「どうしてそこでリリーなんです?」

「私がしっかりアドバイスしたからよ。ルーカスは女性のドレスに詳しくはないからね。好み通りかつ似合って何よりだわ」


 ふわりと銀色の髪が視界で翻り、上級妖精のリリーがルーカスの肩からこちらへと飛んできた。

 リリーは腰に手を当てて得意げに頷く。


「ソフィアの普段のファッションを分析して、好みにしっかり合って、しかも流行の最先端のラインを取り入れたのよ」

「なるほど。確かにルーカス様だけの意見で決めていたら、もっとシンプルになってそう」

「でしょう? しかもルーカスったら、当日にサプライズで渡すつもりだったのよ?」

「それは駄目。絶対に駄目ですルーカス様」

「リリーにさんざん言われた。女性は服装に対するこだわりが強いのだから、勝手に決めてはいけないと」

「そうよ、髪型もメイクも、合わせたものを何日も前から考えるものなの。そういう前準備が全くできていないデザインのドレスを突然に突き付けられて着せられるなんて、私なら絶対に嫌だわ!」

「流石だわ、リリー。分かってるわね」


 強くうなずき合うソフィアとリリーに、ルーカスは良く分からないようで少し首をかしげている。

 女性が、というより彼自身がそこまでファッションに拘りが無いらしい。

 服に合わせて髪型や化粧まで変えるなんて考えに及ばないのだろう。


「ソフィア、直すところは本当にないか? リリーの見立ては信頼しているが、それでももっと他にこういうのがいいという希望があるのなら、最初から作り直しても構わないのだが」

「いえいえ! とんでもない! 本当に可愛くて十分素敵です! ―――あ、でも少しだけこのあたり……腰回りを、つめて貰いたいような。あと裾を二センチくらい短くしたいです」

「そうか。きちんとした計測はしていなかったからな。平均的な体型で作ってもらったがやはり少し誤差がでるか……針子に修正にだすから、侍女に針をうって貰ってくれ」

「分かりました」 

 

 すぐに別室で待機していた侍女が呼ばれ、ソフィアは彼女と続き部屋へ移動して、詰めて貰いたい分をつまんで針で印をつけてもらった。

 髪はせっかく結い上げてもらったので、飾りを外すだけにする。

 もとの着て来た服に着替えてから戻ると、ルーカスがお茶の用意をしているところだった。


「そういえばルーカス様、本を有り難うございました」


 ソフィアは部屋に置いていた自分のバッグから二冊の本を取り出した。

 ルーカスに借りていたもので、妖精に関するものだ。


「もう読んだのか」

「えぇ、意外に面白くて一気に読み進めちゃいました」


 最近のソフィアは妖精というものに興味を持ち始め、知識を得ようと努力している。

 しかし世の中に出ているほとんどの本は想像上の生き物であることを前提として作られたものなのだ。

 なのでルーカスに正しい知識を得られるものをと聞き、彼の家にある信憑性のある本を借りていた。


「これ、挿絵が多くてよけいに分かりやすかったです。文字ばかりだと目が滑ってしまって……それで、質問があるんですけど」


 めくりながら近付くと、ルーカスもポットに茶葉を入れつつも、本を覗き込んでくる。


「どこだ」

「ここです。妖精と似た存在で、でも違う……精霊って、本当にいるんですか?」


 ソフィアが指した部分には、綺麗な人の絵が描かれている。

 しかし纏った衣服はあまり見慣れないタイプの、民族衣装や神話の登場人物が着るような見慣れないタイプのもので、人間ではなく精霊だと説明書きがあった。

 水で森に雨を降らせたり、風で竜巻を起こしたりしているシーンのものだ。

 ここに描かれているのが、精霊らしい。

 妖精とはちがって羽は生えていなかった。

 

「この本に書かれていることは信頼できるってルーカス様、言ってましたよね」

「あぁ、間違いなく祝福の瞳を持っていた者が書いたものだからな」

「つまり精霊も、本当のことですか?」

「いる、……とは言われているが。もう百年は人間の前に現れていないから、見たことがある人間はいない」

「なるほど」

 

 妖精がいるのだから、精霊や、ほかにも空想上の生き物だとソフィアが今まで思っていたものが実在しているのかもしれない。

 でも、幼いころから妖精が見えるルーカスからしても、『本当にいるのか?』という疑問混じりのものになってしまう。


「こういう不思議な存在って、実際に見てみないと信じきれないですよね」

「だな」


 ソフィアとルーカスは顔を合わせて頷いたあと、本をぱたりと閉じた。

 百年も人前に表れていないのなら、自分たちが関わる機会なんて絶対にない。

 頭の端に「本当にいるらしい」とだけ、留めておくだけでいいだろう。

 



「……そうよね、ああいうのは見ないと信じられないわよね」


 テーブルに置いてあったソフィアの作ったクッキーを取りに飛んでいきつつ、リリーがそう小さくつぶやいたのだが、小さすぎて二人の耳には届かなかった。


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