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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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60/91

妖精との後日譚13

おかげさまで書籍化が決まりました。

10月15日、ビーズログ文庫様より発売予定です。

ありがとうございます。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。



 真面目な顔で見下ろしてくるルーカスの表情に、なんだかソフィアも釣られて緊張しはじめてきた。

 一体、彼は何を言おうとしているのだろう。

 しかしそれを聞く直前に、張り詰めかけていた空気は霧散してしまう。ーーシロが、大きな声をあげたのだ。


「そろそろだー!」

「何が?」


 訊ねたと同時に、なんと腰掛けていた地面が光りだした。


「え、え、え!?」


 突然光り出した大地に、ソフィアは大きく飛び上がって立ち上がる。

 驚いている間にその黄金色の光はぶわっと凄い勢いで地平線の向こう側まで広がっていく。


「ええ? これ、ここに立ってて大丈夫なの!?」


 意味不明に光っている大地なんて怖い。

 足を付けているのが落ち着かなくて、思わず足踏みしたりジャンプしたりしてしまいつつ、ソフィアは助けを求めて手を伸ばす。

 掴んだのは、ルーカスの二の腕あたりだ。ちょうどいい高さで掴めるところがそこだった。

 

「お、おいっ」

「だって!」


 腕を掴まれたルーカスが慌てたみたいな声をあげて腕を振り払おうとしたけれど、ソフィアは離せない。

 だって地面が光っているのだ。

 訳が分からなくて怖いから、せめて近くにいてほしいと手に力を込めてルーカスにしがみつく。

 

「どうしよう、何これ。どどどどどうして光ってるのー!」

「……」


 ソフィアを振りほどくのは諦めたらしいルーカスは、何故か周りを観察しているふうだった。

 一緒に慌ててくれたらまだ可愛げがあるのに、なんて冷静な顔なんだろう。こんなところが、やはり普通のお子様らしくないお子様だ。

 しかもしばしして彼はハッと何かに気づいた反応をし、「これは……まさか……」とか何やら呟きだした。


「ちょっとルーカス様、なにか分かったなら教えてくださいよっ、これなんですか! 危なくないんですか! ねぇ! キー! シロー!!」


 騒いでいるのは悔しいことにソフィアだけだが、でも別に大げさな反応ではないはず。

 だって普通に生きていて、光る地面に遭遇するなんてあり得ない。

 こんな状況、絶対におかしい。

 混乱のあまりにちょっと目の端に涙も浮かんできたところで、視線の高さを飛ぶシロが言う。

 

「これ、ソフィアたちにみせたかったんだ! とくべつなやつ! ほら、みろ! みろ!」

「見ろって、だから何を。先に私の質問に答えてよ、これ危なくないの!?」

「もうはじまるから!」


 こちらの話しを聞いてくれない小さな妖精の手が、興奮気味に地面を指した。

 そこをよく見ると―――。


「わ、わ、わぁ!? これ、光ってるのって地面じゃなくて、花だったの?」


 そう、光っているのは地面ではなく花だった。

 地平線までずっと続く花畑に咲く花の、一つ一つが淡い光を放っている。

 さらにシロの指したあたりの花の光はゆっくりと動きだし、花の真上で小さな光の玉になって浮かびだした。

 そのあたりだけからでなく、次第にあちらこちらで花から光の玉が浮かびあがる。

 やがて花から生まれた無数の光の玉たちは、ゆっくり、ふわふわと、夜空へとのぼっていく。


「なに、これ」


 光、光、光――――花畑の上、淡く光る玉が星空へと舞いのぼる。

 それだけでも美しいのに、大きな満月の明かりに照らされて反射がおき、目に映る全部がキラキラに瞬いていた。


「綺麗……」

「でしょ!」

「だろ!」


 ソフィアはエメラルドグリーンの瞳を大きく見開いて、口もぽかんと開けたまま、その美しい光景に魅入った。


 だって、あまりに壮大で美しい。

 ただただ凄くて、圧倒されるばかりだ。

 その隣で、ルーカスが口を開いた。


「やはりこれは、妖精の生まれる夜――『祝福の宴』か」

「なんですかそれ。祝福の宴?」

「ほら、よく見てみろ。ただの光の玉じゃない。あれは生まれたばかりの妖精だ。この花の全て、ひとつひとつから妖精が生まれている最中なんだ」

「え……」


 ルーカスの説明に、ソフィアは一つの光の玉を集中して見てみた。

 すると確かに、それは淡く光る妖精だった。

 小さくて丸っこい、ソフィアの良く知る一番身近な妖精の姿である下級妖精が花から生まれている。


「そんな……今、こんな、とんでもない数の妖精が一気に生まれてるっていうんですか」

「そうらしい。妖精に関する書物て読んだことがあるが、まさか実際に見られるとはな」

「ソフィアさんたちにみてほしかったのです。だからよびました」

「すごいだろ? だろ?」

「うん。凄い……凄すぎるわ……」


 見える景色全てを埋める花の一つ一つから、淡く光る妖精が生まれ空へ放たれていく。

 あまりに膨大な数の命が生まれる場に、自分が立っている。


 美しい光景に魅入っていると、生まれたばかりの下級妖精達が何匹かこちらによってきた。


「はらへった」

「うまいもんだせや」

「くっださいなー」

「も、持ってないわ……何も」


 この場に中級妖精と一緒にいる時点で、祝福の瞳を持つ者だと判断されたらしい。

 なんの戸惑いもなく話しかけてきた彼らに急かされて、思わずポッケを叩いてお菓子を探してみたりしたけれど、当然ながら何も出てこない。謝ると、下級妖精達から残念そうな声があがる。

 それでも彼らはソフィアとルーカスを囲み続けて、触ったり髪を引っ張ったりしてきた。

 いつもは叱ってやめさせるけれど、今回だけはそんな気になれなかった。


 頬に触れる柔らかい肌の感触。

 髪をひっぱる小さな手の力。

 物珍しそうに観察してくるキラキラ輝く目。

 そして、たどたどしくて幼い話し声が耳に、心に響く。


「っ……」


 泣かないように目に力を込めたけれど、ダメだった。

 思わずぽろり、と涙を落としたソフィアに、ルーカスがぎょっとした顔をしている。


「ソフィア!?」


 ソフィアは慌ててルーカスの腕を掴んでいない方の手で目元を拭う。そして、震える声を紡ぎだす。


「…………し、死んじゃうことが、悲しかったのに」

「え?」

「だ、だから私、距離を開けてしまってたのに……」


 妖精の命の生まれる光景が、とてつもなく綺麗で。

 生まれたばかりの妖精達は、とてつもなく可愛くて暖かくて。


 別れが悲しいからと突き放すのが、バカバカしいとさえ思ってしまった。


(可愛い。好き、好き、すき、すき、だいすき)


 嗚咽が漏れないように、ソフィアはぎゅっと唇を横に引き結ぶ。

 ―――きっと、こういう感情を愛おしいと呼ぶのだろう。


(……いつから、妖精が私にとってこんなに大きなものになったのかしら)


 お菓子を強請ってくるばかりの図々しい変な生き物だとしか思っていなかった。

 それだけのはずだったのに、別れがすごく悲しくて、出会いがすごく嬉しくて、今たくさんの妖精が生まれている事に喜んでいる。


「私、妖精たちが好きです。もう離れられないです」


 自分は、彼ら妖精達が大切なのだ。距離をはかりかねていたけれど、やっぱり近くにいたいと強く思った。


 別れは確かにくる。キーとシロが運が良かっただけで、他の沢山の妖精達は消えて世界からいなくなってしまう。

 それでも彼らと関わっていたい。傍にいたい。だってこんなに愛おしい。

 泣きながらなのに、ソフィアの口元は笑みをかたどっていた。

 そんな様子のソフィアに、最初は動揺していたルーカスも心配のない涙だと察してくれたのか、肩の力を抜いたようだった。

 その後、ほんのしばらく間を開けたあと、ルーカスが口を開く。


「……ソフィア、聞いて欲しい」


 ルーカスの腕に触れていた手に手を重ねられて、見下ろした彼は真剣な顔をしていた。

 たしか地面が光りはじめる直前にも、同じような顔をしていた。

 言いたいことがあったのだろうが、妖精達の誕生で途切れていたのだろう話を再びしようとしているのだろう。


「何でしょう」

「僕は、ソフィアと喧嘩したままなのは嫌なんだ」

「え? あぁ、そういえば喧嘩してましたっけ?」

「っ! 忘れていたのか!?」

「い、いえ、花が光りだすくらいまではちゃんと覚えてましたけど。なんかもう、どうでもいいかなって」

「ど、どうでも……僕はどう謝ろうって、今も必死に考えて……」

「あ、ルーカス様、謝ろうとしてくれてたんですね。それでずいぶん緊張した顔だったんだ」

「う……」


 ふふ、と口元で小さく笑ったソフィアは、重なっていた手のひらを返してルーカスの手を握り混んだ。

 そして少し身をかがめて、小さな額に自分の額をくっ付ける。

 手と、額が触れ合っている。人と触れ合うことに不慣れな彼は、予想通り戸惑った顔をして視線を彷徨わせる。


「私も、意地悪なことをたくさん言いました。ごめんなさい」

「……ぼ、ぼくも悪かった」

「はい! これで仲直り! いいですよね?」


 顔と手を離すと同時にきっぱりと宣言すると、ルーカスはこくりと頷いた。

 



 仲直りも終えたところで、気を取り直したソフィアはキーとシロに目を向ける。


「ねぇ? ところで私達、いつ家に帰してもらえるのかしら」


 妖精の生まれる光景はとっても素敵だけれど、あまりに数が多すぎて、とても時間がかかりそうだった。一晩で終わるのかも怪しいところだ。


 家から突然いなくなったら心配をかけてしまうから、出来ればオーリーや姉に気づかれないうちに家に帰りたいところだ。




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