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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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妖精との後日譚 4



 ジンとマークスが末の妹姫と遊んでいる頃。


 

 ソフィアはルーカスに、馬車で家まで送って貰っていた。

 馬車は馬のいななきと共に、ゆっくりと家の門前に留められた。

 馭者に開けて貰った扉から降りたソフィアは、すぐに振り返って笑顔をみせる。


「ルーカス様。遠回りになってしまうのに、送ってくださって有り難うございました」


 そう言うと、ルーカスはふんわりと口角を上げる。


「構わない」


 言葉は短くてぶっきら棒だ。

 でも見慣れたぶすっとした表情とは、全然違う顔。


「っ……」


ソフィアは思わず、視線を反らしてしまう。


「……」

「……」


 暫し微妙な間が、二人の間に流れた。


(うーん。この空気がなぁ……)


 こうやって視線を反らしたって、まだ見られ続けていると分かる。


 口調は今まで通りのルーカスだし、しょっちゅう意地悪なことを言うのも変わらない。

 でも今までだったら勝手に帰れという感じだった。

 こうして丁寧に送り届けてくれる行動からして、明らかにソフィアは、彼に特別扱いを受けている。


 あの意地悪だったルーカスが親切なことに、ソフィアはどうしても慣れなくて違和感がある。

 さらにこの……別れ際にじっと見つめられる瞳に籠っている一層の熱が、どうにも落ち着かないのだ。



 そんな感じでぎごち無くなりながら。

 ソフィアはとにかく別れの言葉を交わして、馬車で去っていくルーカスを見送った。


 その後、すぐに家に入って玄関の扉を閉め、大きく息を吸うと、両手で頭を抱え込みつつ、口を開いた。


「――あぁぁぁぁぁ! あの視線! いたたまれない!! 気まずい!!!! いきぐるしい!!!!」


 綺麗に結っていた髪を掻き乱し、首をブンブン振って、ソフィアは力の限りに叫ぶ。

 思い切り叫んで発散させないと、色々と訳の分からない感情が溜まって仕方が無いのだ。


「何よあれ。誰! どこの誰!? 天使みたいな顔の子が、天使みたいな笑顔しちゃったら、もう天使でしかないじゃない!」

「お、お嬢様……。お帰りなさいませ……」

「あの嫌味ばっかの生意気な子が、何をどうしてあぁなるの!」

「え、えっと……だ、誰か、だれか……」


 あまりのソフィアの取り乱し様に、出迎えに来てくれた新人の若い侍女は、そっと後ずさりして去っていった。


「あぁぁぁもぉー」


 ……ルーカスといると、ソフィアは落ち着かない気分になる。


 しかも今日は、妖精たちはお菓子を食べて満足したあと、皆してどこかへ散っていった。

 珍しいことにリリーもだ。

 だから帰りの馬車は狭い空間に二人きりで、どうして良いか分からなくて、正直……疲れてもしまった。


「あの子、そもそも『友達』というものも良く分かってない気がする。……ほんと、人付き合いに慣れてないんだから。はー……このままじゃ持たない。せめて会う回数減らすとかするべき? でもなぁ……」


 色々息苦しいけれど、会いたいと、ソフィアはやっぱり思ってしまうのだ。


 ルーカスに親しみや友愛を持ってしまっている。

 そして、あの小柄な身体で伯爵家を支えるために今とても頑張っているのを知っている。

 顔を見ない日が続くと、無理をしていないか心配になってしまう。


「放っていたらずっと本読んで勉強してるものね、あの子。ホントに仕方が無いお坊ちゃんだわ」


 うんうん悩みながらも叫び終え、今度はぶつぶつ文句を垂れ流しつつ、乱れた髪から髪飾りとピンを抜いて手櫛を通し調えていると、姉のアンナが姿をみせた。


「お帰りなさい、ソフィア。どうしたの大きな声をだして」


 どうやら先ほど去って行った新人の侍女が、あまりのソフィアの乱れ様にアンナに助けを求めたらしい。

 姉の後ろに困惑した様子で立っていた。


「ただいまアンナ姉様。あっ! マシュウ起きてるのね!?」


 顔を上げたソフィアは、姉の腕に抱かれた赤ん坊の腕がもぞもぞ動いているのに気が付いて、パッと顔を輝かせる。

 生まれてふた月ほどの姪っ子は、寝ている時間が多い。

 起きている時間はとっても貴重なのだ。


「もしかして私の声で起こしちゃった? ぐずってる?」

「いいえ? お乳を飲んだばかりで、ご機嫌なところよ」

「良かったわ」


 ソフィアは姉の元にかけていくと、姪のマシュウの顔を覗き込んでデレッと相好を崩した。

 柔らかくてふわふわの頬をツンツンと突いてみる。

 ひくひくと口元が反応して「あー、うー」と言葉にもならない声が小さな唇から漏れた。

 ふんわりと甘いミルクの香りも届いてきた。


「あぁ、いいわぁ……そうよね。本当の天使ってマシュウみたいな子のことを言うのよね。あぁいうのじゃないわよ、うん」

「あぁいうのって、ルーカス様のこと?」

「え、そう……そうよ。どうして分かるの?」

「今日、ルーカス様と一緒に王城にお呼ばれだとは聞いていたしね。何かあったの?」

「何もないわよ。でも何となく、私がぐるぐるしてるの」

「ふふっ。まぁ、あんな告白を受けた後じゃねぇ」


 大きな薔薇の花束を抱えてソフィアに告白しにきたルーカスの姿は、姉のアンナもばっちりと見ている。

 結局『友達』ということに落ち着いたのも知っているはずだけれど、片想いされている状況にソフィアがずっと動揺しっぱなしのことも知っている。

 渋面を作るソフィアに、アンナは腕の中の子をゆらゆら揺らしてあやしながら言う。

 

「うちは跡取りには困っていないから、ソフィアの相手をお父様が無理矢理決めることは無いわ。将来どうするのかは、ソフィアが決めれば良いの。でもルーカス様と一緒になる選択肢は、やっぱりとても大変なものだし……良く考えなさいな」

「はい……」


 裕福な家であるソフィアの家であっても、身分は平民だ。

 男爵や子爵くらいならともかく、伯爵というと本当に雲の上の身分だった。

 嫁ぐという選択肢をとるには、色々と覚悟を決めなければならない。


(……いやいやいや、無い無い。何で嫁ぐ可能性を考えてるのよ私! ルーカス様みたいな子供が旦那様だなんて、有り得ないわ!)


 自分の胸ほどの身長しかないような幼い十歳児を夫として考えるには、ソフィアの想像力がとても追いつかない。


 人として大切だけど。好きだけど。

『夫』や『恋人』というには、相手が『子供』で有る以上、やっぱり違和感があるのだ。

 だからソフィアは、ルーカスをそんな風に……異性として将来を考える相手には出来ない。


(大事な弟みたいな感じかな)


 どうしてもそう思ってしまうことを、好意を寄せ続けてくれているルーカスへ申し訳なく感じるから、ソフィアはずっと気まずいままでいるのだ。


「…………」


 ――――難しい顔で黙り込んでしまったソフィアに、アンナは小さく笑いをこぼした。


「ソフィア。そろそろ玄関ホールから動いたら?」

「あ、そうね……」


 ソフィアは羽織っていたストールを侍女に渡した。

 そこでやっと仕事を進められそうになった侍女はホッとした顔をして、口を開く。

 

「ソフィアお嬢様、お食事はどうなさいますか」

「軽くいただこうかしら。スープとパンくらいでいいわ」

「畏まりました。料理長にお伝えしてまいりますね」

「お願いね。私はいったん部屋に戻るわ」


 アンナと侍女と別れて、ソフィアは夕食の時間まで部屋で落ち着くことにした。

 その前に、マシュウの柔らかな頬にキスをしていくのは忘れない。  


(……姉様が帰る前に、マシュウをたっぷり堪能しておかないとなぁ)


 アンナは里帰り出産というものをして、今はここにいる。

 無事に生まれてふた月が経ち、来月の頭には義兄が迎えに来て一緒に帰る予定だ。

 とても寂しけれど家族は一緒にいた方が良いと思うので、それまでにたくさん思い出を作って笑顔で別れようとソフィアは思っていた。


 そんなことを考えながら階段を上り、部屋に戻った。

 すると早速、待ち構えていたらしい妖精たちがわらわらと集まってきた。


「ソフィア! かえったか!」

「おかしはー?」

「かしくれ!」

「嫌よ。出かける前に山盛りおいて行ったでしょう! 今日はもう作らないわよ!」

「いやん!」

「駄目よ。というか、城に持って行くお菓子の為に一週間ずっと頑張ったから、二・三日はお菓子作りは遠慮したいわね」


 ソフィアが腰に手を当てて、眉を吊り上げて宣言すると、妖精たちは目に見えてがっくりと肩を落とす。


「なんと」

「かなしい」

「しくしく。しくしく」

「泣いても駄目。楽しくないお菓子作りなんてしたくないもの」

「おおぅ……きびしいよのなか……」


 彼らは、悲しそうに嘆きながら散って行った。

 暫しして静かになってやっと息を吐き、ソファにでも落ち着こうとした時。


「……あら?」


 ソフィアは部屋の中央に落ちている小さなものに気が付いて、瞳を瞬いた。


「これって、コサージュよね?」


 摘まんで拾ったものは、ソフィアが以前にカギ編みで作った、指先に乗るくらい小さな白い花のコサージュだ。

 裏に細いリボンを縫い付けて、妖精の頭にカチューシャみたいに付けられる様にしたもの。

 そのうちの、中央に青いビーズを縫い付けたものと、赤いビーズを縫い付けたもの、二つが部屋の中央にポツンと落ちていた。 


「えー? 今さら外しちゃったの? 飽きちゃった?」


 きょろきょろと周りを見渡すけれど、菓子のないソフィアに用はないらしい妖精たちは、もう一匹もいない。


「カチューシャがないと、名前を付けた妖精と、他にたくさんいる下級妖精との見分けがつかないんだけど。あーあ」


 もうアオとアカの名前を呼べないことが寂しくて、ソフィアは肩を落として溜息を吐くのだった。



 ……でも、少し残念だなと思う程度だった。


 だって見分けがつかないだけで、いつも通り明日にはまたお菓子を強請りにくるだろうから。


 もう彼らがこの世から消えてしまったなんて、想像もしなかったから――――。


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