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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
閑話

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妖精との後日譚 3



 夕方になり、マークスは馬車に乗り込むルーカスとソフィアを見送っていた。


「それではマークス様、ごきげんよう。ジンも、今日はありがとうございました」


 馬車の扉から顔を出して挨拶をするソフィアに、マークスは頷いた。


「あぁ。また何か作って来て貰えるとジンが喜ぶだろう」

「はい。何かリクエストのお菓子があれば知らせてくださいね」


 へらりと笑って手を振る彼女のこの屈託の無い気安さには、ついつい釣られてしまうものがある。

 マークスも気を抜いて、口元を緩めた。


「二人で考えておこう。それからソフィア……ルーカスも、今後も何か困ったことが有れば相談してくれ。立場上のことも有るから出来ることは限られてしまうがな。私個人としては君たちを好ましく思っているし、協力したいと思ってることを覚えておいてくれ」

「有り難うございます」


 ソフィアと彼女の向こう側に座るルーカスは、頭を下げてから去って行った。

 小さくなっていく彼らの乗る馬車を眺めつつ、急に訪れた静けさの中で、ぼんやりとマークスは佇む。

 ――ふいに吹いた風で、降ろしたままにしていた長い赤い髪が翻った。

 手ぐしで掻き上げて直してから、部屋に戻るために城の中へと踵を返して、通路を歩いて行くことにした。


 そうして城の中をゆっくり進んでいると……いつの間にか、大きくなったジンが隣を歩いていた。


「ジン?」

「……」

「どうした?」


 お喋りなタイプではないジンだけれど、彼が何かを言いたがっているのがマークスには分かった。

 褐色の肌の眉間にしわが寄っている。口は上手くなくても、顔には結構出やすい妖精なのだ。

 マークスが首を傾げてみせて言葉を促すと、ジンはぽつりと低い声をこぼした。


「ソフィアは、ずいぶん妖精たちと仲がいい。あれで大丈夫だろうか」

「うん?」


 彼の言いたいことが分からなくて、マークスは青い瞳を瞬いた。

 思わず足を止め、まじまじとジンの顔を覗き込んでしまう。


「ジン、どういう意味だ?」

「……たぶんあの娘は、妖精について何も知らない」

「――――あぁ。なるほどな」


 やっとジンの言いたいことを理解して、納得した。


「下級妖精の寿命が心配なのか」

「……」


 マークスは、しょげ返っているジンの背をとんと叩く。

 自分の身分でこの場所で立ち止まり話し込むのは、どうしても目立ってしまう。

 歩きながら世間話をするふうに話す方が良いだろうと、ジンを促して、自室へと戻りながら話を続けることにした。


「下級妖精の寿命は、一年前後だ。あまり心を傾けすぎても、すぐにやって来る別れで辛くなるだけではと、ジンは心配しているんだな」


 ジンの顔色がますます暗くなっていくのを見て、マークスは肩をすくめた。


(まったく、優しい妖精だ。そんなに心配するほど、ソフィアのことが気に入ったのか?)


 ソフィアの作る菓子だけじゃなく、人間性に惹かれたということだろうか。

 

(会って話したのはまだ数える程度なはずなのだがな)


 ジンがソフィアをどう思っているのか、深い内心まではさすがに分からない。

 とにかくソフィアは数えきれないほどにどんどん湧いて出て来るような存在の下級の妖精に名前まで付けていて、ずいぶん可愛がっているように見えた。


(……あれだと、確かに別れは辛くなるかもしれない)


 マークスは少し視線を遠くに投げて、吐息を落とす。


「妖精との付き合い方は、人それぞれだ。お前の心配する通り、きっと近い内に――ソフィアは親しい妖精との別れを経験するだろう。あれだけの数の下級妖精だ。何度も何度も、死んでいく姿を見ることになる。その時にソフィアがどうするかは…分からないな……」

「……妖精と、距離を取るようになってしまうだろうか」

「どうだろうな」

 

 中級以上の妖精とは違い、下級妖精は本当に儚くて弱い存在だ。

 心を通わせた相手が、この世からどんどん消えていなくなってしまうこと。

 それをあっさりと受け入れて流せるような娘ではないように、マークスの目には見えた。

 別れが悲しくて、それ以上関わらないようにと妖精と関わることをやめてしまう可能性ももちろんあるだろう。


「……さっき、ソフィアに何かあれば手を貸すとは言ったが、本当に相談に来るかどうかはソフィア次第だ。あちらから何も言ってこないのに、勝手に動くのは過干渉だろう」

「あぁ」


 隣を歩くジンから、溜息が落とされた。

 本当に、ソフィアのことを相当気に入ってしまったらしい。

 マークスは王子という立場柄自由は少ないが、ジンはそんなことは無い。心配ならば定期的に会いに行ったり遊びに行ったりすれば良いのだ。

 しかし寡黙なタイプで人好き合いの上手くない彼は、自分から踏み込むのを遠慮しているのだろう。

 少し背中を押してやろうかとマークスは口を開きかけた―――が。


「にいしゃまぁぁぁぁ!!!」

「ひめさまぁ! 落ち着いてくださいませえぇぇっ!」

「お!?」


 声を放つ前に、小さな塊が全力でマークスの膝裏めがけて激突してきた。


 マークスがふらついた足を踏みしめて体勢を整えてから振り返って見下ろすと、そこにいたのは三歳になったばかりの末の妹姫のターニャだ。

 くるくるの赤い髪を二つに結った彼女は、愛らしい大きな瞳をキラキラ輝かせて頬を摺り寄せて来る。細く小さな腕で、力いっぱいマークスの足に抱き付いてもいた。

 その後ろで、息を切らせた乳母と侍女がようやく追いつき、乱れた髪も直さないままペコペコと頭を下げる。


「申し訳ありません! 今日はマークス様は来客のご予定があるからお顔を見せられませんと言い聞かせていたのですが……!」

「もう帰ったから大丈夫だ。ご苦労だったな」

「にいしゃま、おきゃくしゃまおわり? ターニャとあしょんでくえう!?」

「仕方ないな。夕食まで、麗しいお姫様の相手をさせていただこうか」

「あ! よーしぇしゃん! よーしぇしゃんも、あしょいましょー?」

「……あぁ」


 ターニャの勢いに、ジンは若干気圧されている。

それでも子供は嫌いではないので、断ることは無かった。


「ぃやったぁぁぁ!」


 マークスは、嬉しそうに歓声をあげる彼女を腕に抱き上げ、背中をトントン優しく叩いて興奮を落ち着けてやる。

 今日は会えないかもしれないと言っていたから、遊んでもらえる時間が出来たことがよほどうれしいのだろう。


「うん?」


 そこで、マークスはふと思った。

 この明るくて元気な妹は、もしかするとソフィアと気が合うのではなかろうかと。

 ターニャは小さくなった妖精は見えないが、人型になったジンが幼い頃から近くにいるから妖精の存在は知っている。そしてお菓子も好きなら、はつらつとした元気さも少し似ているように思えた。

 

「なぁ……ターニャ。今度、妖精が好きなお姉さんと茶会でもしてみるか。美味しい菓子を持ってきてくれるぞ」

「おかし!? するー! よーせしゃんとっ、にぃしゃまもいっしょね?」

「あぁ。それまでに挨拶が出来るようにならないとな。頑張れるか?」

「ターニャ、できるよー? あのね、すかーとをこれくらいつまんでねっ?」


 これくらい、と抱っこされた状態のままで得意げに見せてくれるターニャに、周囲から笑いがこぼれた。

 マークスはそんなターニャを誉めながらも、同時にジンと自分の間だけで使える『言葉を交わさなくても、距離が離れていても会話が出来る力』を駆使して伝える。


『ジン、そういう訳だから、ソフィアに子供が好きそうなお菓子を作って貰えるよう、近いうちに遣いに出てくれるか』

『っ! あぁ!』

 

 ソフィアのもとへ行く正当な理由が出来たことにぱっと顔を輝かせたジンの様子に、マークスは思わず吹き出してしまうのだった。





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