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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 夜は更け、ゆっくりと朝が近づいてく――――。


 ソフィアはルーカスのベッドサイドで椅子に座り込み、彼が起きるのをずっと待っていた。

 何度か医師が様子を見に来て、その度に部屋に戻るようにと叱られたけれど。

 でも、頑なに動かなかった。


 もちろん身体はとても疲れてる。

 少し身じろぎするだけで、お腹や腕ににぶい痛みも走る。

 けれど部屋に戻っても、どうせ落ち着かないし眠れないだろうから。


 リリーはもうずいぶん前に戻ってきていて、今はルーカスの枕元で一緒に眠っている。


 手紙を運んでくれた花のコサージュを付けた方の妖精は、この腕ではしばらくお菓子は作れないと伝えた所、とてもとても悲しそうにしてどこかに飛んでいった。

 よほどショックなのか、号泣してた。わんわん泣いてた。


(あれはさすがに可哀相だし。頑張ってくれたし。治ったらお礼も兼ねて、たくさん作ってあげないと。好きなもの作ってあげる権も3つくらいリクエスト聞いてあげちゃおうかしら)


 そんなことを考えていた時。


「あ」


 ――――ふと何かが動いた気がして見下ろすと、うっすらとルーカスの青い瞳が開いていた。 

 突然すぎて、ソフィアの心臓が跳ねた。


「ルーカス、さ、ま?」


 ソフィアは焦りを覚えながらも、小さな声で呼びかけてみる。


「……」


 するとルーカスの瞳は、声の主を探すように部屋をゆっくりと彷徨う。

 暫しして、彼の視線がソフィアにまでたどり着いた。


「……」

「ルーカス様? 大丈夫ですか?」


 ……青い瞳が、ソフィアを見ている。

 それだけでソフィアは素直に嬉しい、と思った。

 目を開いている。

 起きている。

 ちゃんと――――生きている。

 やっと実感が出来て、胸の奥が一杯になるような感覚がした。

 

 寝起きだからか、ルーカスの方はやけに幼い表情だ。

 ぼんやりとした様子の彼にソフィアはもう一度、改めて小さな声でゆっくりと話しかけてみた。


「ルーカス様。目を覚ましてくれて、良かったです」

「…………あぁ。……あぁ――――そう、か……」


 しばらくの間は、頭の中で状況を整理していたのだろう。


「そうか……終わったのか……」


 やがてルーカスはふうと息を吐き、改めて目をはっきりと開いて周囲を見回した。


「……ここは? 家では無いな」

「お城です。第三王子のマークス様が、助けてくれたんですよ。覚えてます?」

「……誰かに助けてもらって、兄さんが捕まって。あと……自分がベッドに運ばれたことは、なんとなく分かる。でも、まさかマークス様だとは……何故、来てくださったんだろう。従兄弟といったって、別に親しくは無いのに」

「あぁ。ええと、それは……私が助けてくれるように、手紙を出したからだと……」

「は?」


 とたんにルーカスの目が細められ、睨むようにソフィアに向けられた。

 今の暴露で、ルーカスは一気に頭がさえたようだった。

 家の事情については誰にも言うな、放っておけと何度も言われていたのに。

 ソフィアは勝手に他者を巻き込むことをしたのだ。

 たぶん、怒ってる。きっと怒ると思っていたから、ソフィアは言っていなかった。


(でも、ルーカス様の従兄弟が来てくれたのはさすがに偶然だもの!)


 ソフィアは慌てて説明をする。


「妖精に、て、手紙を頼んだんです。妖精が見えて、協力して貰えるような人にあてて。それがなんだかマークス様のもとまで行ってしまったようで……その、勝手にしてすみません」

「…………いや」


 ルーカスは溜め息なのか何か分からない、長い息を吐いたあと。

 不安に眉をさげるソフィアの視線の先で、横になった体制のまま首を横に振った。


「ソフィアがそうしてくれたから、助かったんだ。礼を、言うべきだろう…………その……ありが、と、う」

「へ?」


 怒らなかっただけでも、信じがたいのに。


(まさかルーカス様に、素直に『有り難う』と言われる日がくるなんて……!)


 しかも少し照れて、頬を染めてまでいる。

 いつもと違いすぎる可愛い様子に驚きすぎて、目をまん丸にするソフィアに気付いたのか、ルーカスはすぐに唇を横へ引き結んでしまった。


 ただ、彼はそこで自分の枕元で眠るリリーの存在に気付いたらしい。

 リリーを目に入れるなり、目元が柔らかく緩んだ。

 ソフィアも嬉しくなって、ルーカスと一緒にリリーの寝顔をのぞき込んだ。


「妖精って、眠るんですね」

「そうらしいな。僕も初めて見た」

「よっぽど疲れたのかしら」


 枕元ですやすやと眠るリリーを見守っていると、時間が経つにつれて、なんとなくルーカスの空気が穏やかになっていく。

 それだけ、リリーは彼が傍にいて安心できる存在なのだろう。


「……そういえば、今は何時だ? 僕はどれくらい眠っていた。外は暗いようだから、夜なのだろうが」

「半日以上は経ってます。もう、明け方に近いと思いますよ」

「そんな時間か。……ん? なぜお前は明け方にここに居る。怪我、してるんだろう」


 ルーカスの厳しい視線が、ソフィアの右腕に巻かれた包帯に寄せられた。

 不眠で看病して良い身体の状態では無いことを、指摘されてしまった。

 慌てて腕を後ろに回して隠してみたけれど、もう今更すぎる。


「さ、さすがにもう休みますよ。ルーカス様も、また寝てください。しっかり休んで怪我を治してくださいね」

「あぁ」

「それでは、お休みなさい」

「おやすみ……」


 ルーカスの声を聞いて。開いた青い瞳と視線を合わせて。「おやすみ」と、言い合って。

 やっとソフィアは、心から安堵をした。


(あぁ、なんだかとたんに眠くなってきたわ)


 あくびをしつつ明け方近い廊下を移動して部屋に戻るなり、すぐに夢の中へと落ちるのだった。



* * * *

 



 ――――翌日。


 眠ったのが遅かったので当たり前だが、ソフィアが起きたのは、もうお昼頃だった。


 城の人たちは、きっと気を遣って寝たままにさせてくれたのだろう。

 でもお世話になって泊まらせて貰っているような場所で、ここまでの寝坊をしてしまったのはちょっと恥ずかしい。

 寝坊したことを謝りつつ、城の侍女の用意してくれた綺麗な、でもゆったりとして締め付けないドレスを着て身支度を調えたソフィアは、第三王子マークスと昼食を一緒にすることになった。


「こちらでお待ちくださいませ、ソフィア様。すぐにマークス王子が参りますわ」

「はい。有り難うございます」


 侍女に案内された部屋は、庭が一望できる大きな窓がある、開放感のある素敵なところだった。

 

「あ」


 部屋に入るなりソフィアは、テーブルの上に手のひらサイズのジンが居ることに気がつく。

 背中に羽の生やしたジンは、テーブルの上で果物を抱えて食べていた。

 その可愛さに、思わず笑みがこぼれてしまう。


「こんにちは、ジン」

「……多少は、体調も戻ったようだな」

「そんなに悪くみえました?」

「あぁ」

「まぁ、昨日よりはずいぶん身体が軽いですから。」

「それは何よりだ」


 ジンと話していると、そこへマークスが入室してきた。

 高い位置で結った赤い髪が揺れ、青い瞳が柔らかく弧を描く。


「ごきげんよう、マークス様。昨日はたいへんお世話になりました」


 あまり使う機会は無いけれど、ソフィアはきっちりとマナー教育を受けている。

 自然な動作でドレスの裾をつまみ腰を落として挨拶をしたソフィアに、マークスも「ごきげんよう」と朝の挨拶を返してくれた。

 そのまま彼は椅子を引いて、ソフィアに席を勧めてくれる。


「どうぞ」


 とても偉い立場なのに、紳士な振る舞いに思わず感心してしまう。


「有り難うございます。失礼します」

「あぁ」


 正面の席にマークスが座ると同時に、給仕達が静かに、しかし素早く動き出す。

 グラスに水が注がれ、料理ののせられたカートが運ばれてきた。

 マークスはグラスを手に、乾杯をするような仕草で目線の高さまで掲げて見せ、王子様らしい爽やかな笑顔をソフィアに向ける。 


「では、とりあえず肩肘張らずに、食事を楽しみながら、色々話そうか。ソフィア・ジェイビス嬢」


 運ばれてきたスープの香りに誘われて食欲が出てきたソフィアは、自分のグラスを手に取りつつ、頷くのだった。




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