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妖精専属菓子職人  作者: おきょう
本編

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 ソフィアがルーカスの看病の為、毎日フィリップ伯爵家に通うようになって十日間。

ルーカスの体調は、順調に戻っていた。

 熱は完全に下がり、押し付けた食事を憎まれ口を吐きながらも食べてくれる量も増えてきた。

そろそろ三日に一度の間隔に戻そうかという頃。


 ソフィアはルーカスの兄であるエリオットと待ち合わせた、ティーサロンにやって来ていた。

 ここは落ち着いた雰囲気のある、貴族も使用するようなサロンだ。

 店内には柔らかなピアノの音色が、客の閑談を邪魔しない程度に響いている。

 調度品も磨き抜かれた艶のある木製のもので統一され、様々な場所に配置されたランプが乳白色の覆いの内部からオレンジの光で淡く周囲を照らす。

 

 ソフィアくらいの年代だと、両親とのお出掛けの時に利用したことはある。

 ただ友達との砕けたお茶では来ない店といった感じの場所。


 そこでソフィアがウエイターに案内されて向かった席に、もうエリオットは到着していた。


「やあ。ソフィアさん」

「こんにちは、エリオット様」


 ダークグレーのベストに同素材の細身のパンツ姿のエリオットは、首元に巻いた細いワインレッドのスカーフに星がいくつか連なったデザインの小さな銀のピンを刺している。

 シンプルだけどさりげないお洒落が利いた、若い紳士らしい佇まいだ。

 彼はソフィアが席に近づくと立ち上がって、眼鏡の奥の瞳をおっとりと細め、椅子を引いてくれる。


 お礼を言って腰かけると、にっこりと笑顔を返してくれた。

 格好も行動も表情も、どこからどう見ても優しく温厚な好青年で、先日の不審な発言を忘れそうになってしまう。

 ソフィアは気合いを入れ直す為に背筋をしったりと正して、微笑を作った。


「エリオット様。今日はお招き有り難うございます」

「こちらこそ、呼び出してすまないね。君に日頃のお礼と、あとは話をしてみたくて」

「話……ですか?」

「まぁ、まずは注文を済ませてしまおうか」

「あ、はい」


 早速、メニューを手にやって来たウエイターの人に勧められたアフタヌーンティーセットを二つ頼んだ。

 好きなケーキと茶葉が選べて、さらにスコーンやサンドイッチなども付いたものだ。


「ここのケーキは美味しいと評判なんだけど、知っているかい?」

「はい。私も家族も大好きで、時々連れてきてもらいます。特にチョコレート系が美味しいですよね」

「そうだね。私もここのガトーショコラには目が無くてね。濃厚なのにしつこくなくて、いくらでも食べられてしまう」

「分かります。ついつい二つ目を頼んじゃうんですよ」

 

 何気ない会話を交わしていると、三段のハイティースタンドに盛られた食べ物と、紅茶のカップ、ティーポットが運ばれてきた。

 丁寧な物腰のウエイターがカップに紅茶を注いでくれて離れたあと。


「いただきます」


 早速ソフィアはカップを手に取り、口元で傾けるふりをする。

 あくまで、ふりだけだ。


 有名なサロンなのだから問題は無いとは思う。

 けれどエリオットが関わる以上は、お茶もケーキも手を付けない方が良いだろうと思った。


(美味しそうなケーキと良い紅茶の匂いに囲まれた空間での我慢は、ものっすごく苦しいけど……!)


 それでも自衛のためにケーキから頑張って目を逸らし、ソフィアはガトーショコラを味わっているエリオットに口を開く。


「それで、エリオット様。今日はどのような用件なのでしょうか」

「……日頃のお礼だよ?」

「えっと……さきほどお伺いした、話がしたいと言うのは? それに屋敷ではなくここに呼び出したのだから、ルーカス様に知られたくない要件がなにかしらあると言うことですよね?」

「あぁ、君は結構聡いんだね。そこまで察してくれていたのか」


 エリオットは眉を下げながら苦笑して、スプーンを皿へと置いた。


「話と言うのは……ソフィアさんに聞いてみたくて。君は、妖精が見えるんだよね?」

「え……」


 突然の予想していなかった話題に、ソフィアはエメラルドグリーンの瞳を瞬いた。


(え? エリオットさま、妖精について知ってるの!? どこまで!?)


 動揺は、口に出さなくても丸わかりだったらしい。

 エリオットは喉の奥から低い笑いを漏らしている。


「やっぱりねぇ」


 その笑い交じりの声に、今日初めて……ソフィアは少しの違和感を覚えた。


「ええと、よ、妖精って……エリオット様は……その、最初お話ししたときには妖精について興味がない様子でしたが……」

「あぁ、それはだって、一般人からすれば妖精なんて夢物語みたいなものだし。普段は知らないふりをしているよ。そんなの当たり前だろう?」


 そうやって肩をすくめるエリオットの口端は、やはり笑っている。


(「当たり前だろう?」って言い方……なんか、こう……下に見られてるような? あと目がなんか怖いんだけど)


 なんだか、彼の中にあざけるような色が見え始めてきたような気がする。

 言葉の端々にソフィアを見下すようなものがある上、笑顔も、ただほほ笑んでいるのとは違う。

 物知らずな子どもを馬鹿にするみたいな感じが見えてきてしまっていた。


 そしてたぶんこれは、ソフィアにそういう部分を隠そうともしていない感じだ。

 わざとそう言う所を見せてきている。


(これ、私どう反応すればよいのかしら? 結構な性格してますねぇって、指摘するべきなの?)


 彼の意図が分からなくて、ソフィアは言葉を濁すしかしようがなくなった。


「そ……そうなんですね」

「でもね――――ルーカスとソフィアさんが妖精繋がりで仲良くなったと聞いて、あぁこの子も見える子なんだなって思ったよ。あと、この間廊下で何も無いところに話しかけているのも見たんだ」

「ろ、廊下で話してました? あれ?」

「ふふっ。ね、君は見えるんだよね。じゃないと精神科送りになっちゃうよ?」


 椅子の背もたれに持たれていたエリーオットが、少し前かがみになって身を乗りだしてきた。

 テーブルがあるのでそこまで距離が近づくわけじゃない。

 それでもソフィアは近づかれることに拒絶感を覚えた。


 でもここで嘘を付いても無駄だということは分かった。

 彼はソフィアが妖精を見えると確信しているのだ。

 しかもソフィアが認めなければ病院送りっぽいことまで言われてる。

 そもそもソフィアが周囲に妖精が見えることをはなしていないのは、おかしな人としてみられたくないからだ。

 妖精をしっている人に知られたところで、特に問題もないように思えた。

 相手がエリオットだというのはもちろん不安だったけれど――ここまで決めつけられては、もう誤魔化しようもない。 


「えっと、まぁ」


 強い瞳にじいっと見つめられ気圧されたソフィアは、ついに頷いて認めてしまったのだった。







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