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姉のアンナが里帰りしてきた翌日。
午前中をゆっくりと過ごしたあと、昼食後にソフィアはアンナと二人で町へ出ていた。
王都で一番ににぎわう大通りは、家から一本だけ道の向こう。
そこにある商会に顔を出して、姉が顔なじみの従業員に挨拶をするのに付き合ってから、二人で買い物をするために大通りを歩くことにした。
身重のアンナに合わせてゆっくりと歩きながら、ソフィアはアンナの顔を覗き込む。
「アンナ姉様は、何を買うの?」
「本と、あとは刺繍糸ね。家事が無い分、時間が空いちゃいそうだし、久しぶりにのんびり読書と手芸をしたいわ」
嫁ぎ先では夫と二人暮らしらしいから、家の家事は姉が一手にになっていたのだろう。
子どもが生まれるとまた忙しなくなるだろうし、それまでの時間をゆったりと過ごすのは良い事だ。
ソフィアは頭の中で大通り沿いの本屋と刺繍屋をいくつかラインナップした。
「そうね、だったら……姉様が嫁いでから出来た大きな本屋さんを案内するのはどうかしら。三階建てで全部が本で埋まってるのよ」
「まぁ三階全部が? それは興味あるわね」
「良かった。それから刺繍糸は、やっぱりハリア手芸店がいいかしら」
「そうね。あそこの刺繍糸は色数がとても多くて、見ているだけでも楽しいわ」
約二年ぶりの故郷の景色を懐かしむかのように、姉のアンナは歩きつつもエメラルドグリーン色の目を細めて周囲を見渡していた。
ソフィアは隣で、あそこの菓子店の新作ケーキが美味しい。
あそこの店は代替わりして今は息子さんが店主をしている。
時計屋さんの表にある鳩時計の鳩が二匹に増えた――などの情報を話していく。
毎日過ごしているからあまり実感がなかったけれど、二年でどう変わったかを良く考えながら歩いていると、意外に変化はあるものだった。
「そういえば――ソフィアは? 私にばかり付き合わないで、何か買うものはないの?」
「あぁ、大丈夫よ。私はさっき商会で必要なものは頼んだから」
明後日ルーカスに持って行く用のお菓子はもう決まっているし、材料も確保済みだ。
それに、今日は姉のアンナに久し振りの故郷を楽しんでほしいから、彼女の行きたいところに合わせるつもりだった。
何より隣にアンナが居るだけでソフィアの気持ちはウキウキしている。
ソフィアはそっと、彼女の腕に手を回す。
体重をかけないようにすり寄ると、アンナはくすくすと笑いを漏らし、髪を撫でてくれた。
この髪も、今朝アンナが編み込んでくれたものだ。
「まぁ、甘えたさんね」
「だってアンナ姉様が居てくれるの、嬉しいのだもの」
「私も大事な妹とのこんな時間がまた持てて、とても嬉しいわ」
ソフィアとアンナは、目を合わせて笑いを漏らした。
(姉様、久しぶりの王都を楽しんでくれてるみたいで良かった。でも…きっと……今の家族である旦那さんと離れるのは寂しいよね)
王都に到着したばかりの昨日、さっそく夫への手紙をしたためていたのをソフィアは知っている。
だからこそ、彼女がここで穏やかに出産まで過ごせるように、心を砕きたい。
ソフィアは姉にすり寄りながら、口を開いた。
「姉様、あと文具屋さんにもよりましょうね」
「文具屋さん?」
「いろんな便箋をたくさん買うの! 義兄様の返事なんて待たないで、毎日書いて送っちゃおうよ」
「まぁ……ソフィアったら。でも流石に毎日は迷惑じゃないかしら……彼が忙しくて家に居る時間が少ないから、私はここで出産することになったのだし」
「姉様からの手紙が迷惑なわけないじゃない! きっと今も、首を長くして待ってるわ!」
アンナに絡ませていない方の手で握りこぶしを作って力説したソフィアに、アンナは「まぁ……」と目を瞬いたあとに、大きく吹きだした。
「そうね。毎日、いいえ、朝晩二回は手紙を書いて送っちゃおうかしら」
(姉様の旦那さん、姉様にぞっこんだからなぁ)
アンナは遠慮しているようだけど、どれだけ姉のことを大切にしているかを知っているソフィアは、喜ばないはずがないの確信していた。
むしろ連絡が少ないとこっそりシクシク泣いてるのではと心配になってしまいそうだ。
「あ、新しい本屋さんはここだよ」
「あら、ほんとに大きいのね。迷っちゃいそう」
「姉様好みの本が有るコーナーは分かるから、案内するね」
―――その日、ソフィアは大好きな姉のアンナとのお出掛けを存分に楽しんだのだった。
* * * *
一方の、フィリップ伯爵邸では。
「ルーカス、ルーカス。死なないで、お願い……」
ベッドに青白い顔でぐったりと横たわり、浅い息を吐きだし続けるルーカスに、半分泣きそうな顔で呼び続ける、リリーの姿があったのだった。
次回更新は10月8日になります。




