15
穏やかな昼下がりのある日。
三日に一度のお菓子の宅配を明日に控えたソフィアは、キッチンに立ちお気に入りのフリルたっぷりのエプロンを着て、作業していた。
ソフィアがお菓子を作っていると現れるのは、当然騒々しいあの子達だ。
「ソフィアさんソフィアさん」
「それなんですかー! なにできるですかー!」
「シュークリーム」
「ひゃっほぅい!」
作業台のうえで跳ねまくる妖精たちを余所に、ソフィアはカシャカシャ、カシャカシャ、無心で泡だて器でボールの中身をかき混ぜる。
シュークリームに生クリームは必須だ。
ソフィアの好みは生クリーム七割、カスタードクリーム三割の割合で作ったクリームをぎっしりみちみちに生地に詰めたもの。
カスタードクリームの方は、もう小鍋に出来ていて冷めるのを待てば良い。
シュー生地も、もう絞ってオーブンで焼き始めている。
この生クリームが出来たら、あとは生地とクリームを合わせるだけだ。
そして形はもちろんスワン型の予定。
だって可愛い方が良いに決まってる。
普通のまん丸のものかスワン型しか世間ではみないけれど、どうせなら今度違う形のものも研究しようと思っていた。
(長い耳をつけて兎? 全体に切り目を入れてハリネズミとかも可愛いかも)
想像しながら、とにかく混ぜる。
美味しく可愛いシュークリームを目指して、混ぜる。
「…………ふう」
暫しして疲れを感じたソフィアは、ボールを置いて必死に混ぜすぎて軽くしびれる右手から泡だて器を手放した。
「気候があったかくなったから、ちょっと泡立ちにくくなったかも」
生クリームは温度が高すぎると泡だちがにぶいのだ。
ソフィアは少しけだるく感じる手を見下ろして、ぐーぱーと開いたり閉じたりしてみた。
そうやって改めて自分の手を眺めるけれど、特にきれいでも無ければ汚くもない、普通の手に見えるのだ。
「……どうちがうんだろ?」
この手で作ったお菓子は、妖精にとってとびきり魅力のあるものになるという。
頭上に掲げて眺めて、ひっくり返して凝視してみた。
けれどやっぱり、何度見ても普通の手だと思う。
曾祖父が生きていた頃と今の手、どう違うのかがソフィアには分からない。
「んー」
唸るソフィアに話しかけてきたのは、妖精たちだ。
「とくべつな、てー」
「だいじにしろよ」
「うまいもん、なくなるとかなしくてなく」
「あら、貴方たちの目には、この手が変わってみえるの?」
「きらきらしてる!」
「へぇ? きらきら、ねぇ。――――ん? 手?」
ソフィアはあらためて自分の手を眺めた。
そして思いついた。
この手が生み出すものになら、もしかするとお菓子でなくても力が発揮されるのではないかと。
だってお菓子限定だなんて、ピンポイントすぎはしないか。
「ちょっと試してみようかな。お菓子以外に、私が作れるものは……」
生地の焼けた香ばしい香りを嗅ぎながら、考える。
料理は料理人の仕事なのでほとんど作らない。
だとすると、ソフィアが出来るのはあとは手芸系くらいだ。
(これが出来上がって、部屋に帰ってから試してみることにしよっと)
そんなことを考えながらソフィアの手はまた、理想とするクリームを作るための泡立てを再開するのだった。
* * *
出来上がったシュークリームを一つ通りの向こうにある商会へと差し入れした後。
傍らに自信作のスワン型シュークリームとホットミルクを置いたソフィアは、自分の部屋で机に向かっていた。
そして最大限まで引き出した机の引き出しの奥を、ごそごそと探る。
机の引き出しの奥深くにしまっていた記憶のある、ある物を探しているのだ。
「あ。あった。よかった、しばらく触ってなかったから場所があやふやだったんだよね」
机の引き出しから出した箱に入っていたのは、レース用かぎ針だ。
それと別の場所から出してきた、生成りのレース糸も机の上に乗っている。
あとは先ほど本棚から引っ張り出してきた、編み図の本。
洋服を作れるほどに上手くはないけれど、小物くらいならソフィアも作れるから、これにしようと思った。
「えーと、妖精サイズのものがいいわよね。それなら小さいモチーフをとりあえず作って……」
生成りの糸玉の中心から糸端を引っ張り出し、指にくるくるっと巻き付ける。
モチーフの図面を見つつ、針を動かす。
妖精に合わすとすると本当に小さくつくらないといけないから、図面よりも段数を減らすことにした。
そしてとても小さい分、時間もほとんどかからない。
結果、ニ十分くらいで指先の上にちょこんと乗る大きさの花のモチーフが一つ出来あがった。
「これで、どうしよう。あ、そうだリボンがあったはずだから、合わせてみれば良いのか」
細い光沢のあるリボンを程よい長さに切って、縫い針と縫い糸で花のモチーフを縫い付けてみた。
レース糸もリボンも白いので、花の中心部分にアクセントとして青いビーズも縫い付けてみる。
「よし、出来た!」
さっそくソフィアは、きょろきょろと周りを見渡した。
「あぁ、君でいいや。なんとなーく女の子っぽい見た目だし」
丁度良いタイミングで視界を飛んでいた一体の妖精を、ひょいっとつかんで机の上に攫う。
ソフィアの中に、この呆け呆けの妖精たちへ対する遠慮や配慮はもうすでに一切ない。
「あ~れぇ~」
「大人しくしてて」
「ら、らんぼうは……およよよよ」
「いいからじっとして‼ はいっ、気を付け!」
「っ!」
ソフィアの強い声にシャキッ! と固まった妖精の髪に、ソフィアは花飾りのついたリボンをあてがう。
髪のサイドに花が固定されるように、リボンをぐるりとまわして首の後ろで結び留めた。
これで花飾りのついたカチューシャのようになった。
「はい、完成。――うん、なかなか可愛いんじゃない? 良い感じじゃない?」
簡素な服装だった妖精に、たった一つ花の飾りが加わっただけでとても華やかになった。
「どうかしら? 気に入った?」
ソフィアは手鏡を出して、本人にも見えるようにしてみた。
「まぁ! まぁまぁまぁ!」
鏡の中の自分を見た妖精はぽっと頬を赤らめて、くねくね身をよじらせている。
「おぉ、女の子らしい反応! いいねー」
「えへえへ」
「可愛い可愛い」
「うふふふふふ」
ソフィアが褒めていると、他の妖精達もわらわらと寄ってきた。
花のカチューシャを付けた妖精を取り囲み、とたんに騒ぎ出す。
「いいないいなー」
「ぼ、ぼくのも~!」
「つくって! ソフィアさんつくって!」
「ほしいほしいほしいー!」
「すてき!」
「ソフィア、おれのもつくれや!」
「あぁ……これ、お菓子と同じ反応?」
きゃあきゃあ強請る妖精の声に押されて、ソフィアは結果として、いくつも花のモチーフを編むことになるのだった。
そうして必死に編みつつも、妖精に訊ねてみる。
「ね、これもお菓子と同じくらいキラキラしてるの?」
消え物のお菓子じゃないから、これさえ渡せば追加の催促はないんじゃないか。
そう考えつつ聞いてみたのだけど。
妖精はこてんっと首をかしげながら残念な答えをくれる。
「してないよ?」
「え? そ、それにしては喜んでくれてるみたいだけど」
「めずらしいからねぇ」
「にんげんが、ようせーのふくつくるなんて、ぜんだいみもん」
「だから、おもしろい」
「あー、…………そうなんだ。やっぱりお菓子じゃないと、駄目なのね……」
「いえす!」
「ソフィアさんのおかしはすばらしい」
「有り難う」
「しゅーくりーむだせや」
「あれ? 出来たてあげなかったっけ?」
「それはちがうやつ」
「そうなの……見分け付かないなー。えっと、こっちのお皿に入ってるのは食べて良いよ。あっちのは駄目、明日お届けする分だからね」
「らじゃ!」
妖精たちはワラワラとシュークリームに集い、クリームに突っ込み顔中クリームまみれになっている。
ソフィアは思わず吹き出してしまいながら、ぼんやりと考えた。
(編み物は、物珍しいだけだったか。お菓子以外は駄目なのかぁ)
どうやらソフィアの力は、本当にお菓子限定らしい。
なんと振り幅の狭い力なのだろう。
それでも力について一つ知ることが増えて良かったと思いつつ、机の上に転がるいくつかの糸玉を眺めた。
そこで一つの白く細い糸が目に入り、手に取る。
「これ、お気に入りなんだよね。でも上品な質感すぎて私には似合いそうになくって……」
周りに居る妖精達に作ったのは生成りの糸が材料で、どちらかと言えば素朴な雰囲気がでるものだ。
今ソフィアが持っているのは、絹の白いレース糸。
光沢があって柔らかで、とても上品な質感だ。
「ずっととって有るのも勿体ないなぁ」
手の中で糸玉を転がしていると、ふと、ソフィアの頭の中にすらりとした手足をもつ、銀髪の妖精がよぎった。
彼女ならきっと、この上品な糸で作ったものが似合う。
でもお菓子以外を、あの子が喜んでくれるだろうか。
ソフィアが作っても編み物にはなんの効果も込もらないらしいし、うちにいる珍しければ寄って来るような単純おバカな妖精たちとも違う。
ファッションセンスにも、なかなか拘っていそうだ。
(……まぁ、道具出しちゃってるし、作るだけ作っちゃおうかな)
白い絹のレース糸を手にとったソフィアは、銀髪の妖精を思い出しながら、大体の大きさを決めて編み針を動かし始めるのだった。




