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初めてルーカス・フィリップと顔を合わせた二日後。
今日もルーカスの家を訪ねたソフィアと彼の間では、熱い討論が繰り広げられていた。
内容は、お菓子についてだ。
「だーかーら! お菓子を持ってくるのは週に一回までですって!」
「いいや、毎日だ」
ルーカスの傍にいる妖精のリリーの為に、お菓子を作って来ることは決まった。
ソフィアも自分の作ったお菓子を喜んで食べてくれるのは嬉しいし、色々と不満はあるけれどもう仕方がないと納得した。
でも、その頻度についてがどうも噛み合わないのだ。
名目上は友達として、応接室ではなくルーカスの私室に通されたソフィアは、テーブルをはさんだ先に居る彼に向かって「ふんっ」と鼻から荒い息を吐いた。ちょっと興奮気味だ。
「私にも色々予定があるんですよ。毎日毎日、ここに通うことは出来ません!」
「だが、僕は毎日リリーを喜ばせたい」
「この妖精馬鹿が……!」
「リリーの尊さをお前は理解できないのか」
「綺麗だけど尊いとまでは」
「は? 美しさだけじゃないだろう! もう存在自体が尊く素晴らしい。お前は馬鹿だからか。馬鹿だから分からないのか」
「このっ……生意気な坊ちゃんが……あー………そうだ。だったら三日に一度! 三日に一度にしましょう。それで、一回に三日分持って来ます。リリーのお菓子が切れることはないようにします。これでどうですか!」
ソフィアの強い主張に、ルーカスはちらりと窓辺にとまっているリリーに目を向けた。
これ以上はソフィアも譲歩しないと察したのかもしれない。
「リリー、どうだ」
「私は構わなくってよ? でも切らさないようにしなさいね」
「分かった。おい、リリーの優しさを有り難く思え、三日に一度で許してやろう」
「あー、それはどーもーありがとうございますぅ」
ちょっと膨れながらも、話が付いたことにソフィアはほっと息を吐いた。
これ以上駄々をこねられたらゲンコツを落としてしまう所だった。
ソフィアは落ち着く為に、椅子に深く座り直し、少し冷めてしまった紅茶に手を伸ばす。
「いい香り。外国の茶葉ですかね?」
「さぁな」
冷めても鼻にふんわりと届く、上品だけれどしっかりと主張する茶葉の香りが心地よい。
一口飲むと、すっきりとした味わいで、変なクセもなかった。
ソフィアは美味しい紅茶に少し機嫌を取り直した。
ついで、いそいそと紅茶と一緒にメイドさんがおいて行ってくれたケーキにも手を付ける。
ふんわりしっとりとした生地にたっぷりの生クリームが使われているフルーツケーキ。
一口食べると、幸せ気分になれるおいしさだった。
「ふわぁ。このケーキ、やばいくらい美味しい」
「良かったな」
「はい。なにより贅沢ですよね。クリームたっぷり、果物たっぷり。この季節にこれだけの種類の果物を揃えられるケーキ屋って、なかなかないですよ」
「そうか。まぁ庶民には珍しいかもな」
ソフィアのケーキに対する絶賛に、ルーカスは興味はなさそうだった。
彼は紅茶にも、ケーキにも手を伸ばす様子はない。
(食べないのかなぁ。もったいないなぁ。――あ)
こんなにとっても美味しいケーキには手を付けないのに。
どうしてかルーカスは、ソフィアの持ってきた紙袋の中からピンク色のマカロンを一つ摘まみだす。
「あの、もしかしてそっち食べるんですか? ケーキじゃなくて?」
「悪いか」
「いや別に、良いんですけどね。たくさん作って来てますし」
話し合いと、そしてこのマカロンを渡すために今日はここに来たのだ。
食べてくれて、もちろん問題はない。
でも、こんなに出来のよいケーキを前にして、素人のお菓子の方を選ぶなんて。
彼の行動の意味が分からなくて首を傾げるソフィアの視線の先で、ルーカスはマカロンを口に放り入れた。
小さめに作ったから、小さなルーカスの口にも一口で入った。
「どうですか?」
ソフィアはもぐもぐとクリームたっぷりのケーキを食べながら聞いてみる。
「今日のマカロンは、チョコ味とイチゴ味です。外はサクサク、でもマカロンのしっとりねっとり感もちゃんと出て、結構いい出来だと思うんです」
「……」
「なんですか、その顔。美味しくなかったですか?」
「いや、あきらかな素人の手作りなのになぁと思って」
あからさまに、ルーカスは目の前のプロのケーキと比べてくれている。
ソフィアのお菓子も不味くはないはず。
いや、どちらかと言えば美味しい方にはいるはず。
でもこんなに美味しいケーキと比べれば、どうしても劣るに決まってる。
「だったらプロのケーキの方を食べればいいじゃないですか!」
「いや、こっちでいい」
頑なにケーキにも紅茶にも口をつけないルーカスに、ソフィアは少し違和感を持った。
(紅茶も飲まないの? すごく甘かったと思うんだけど)
でもその違和感の正体を探る前に、彼はまたソフィアを苛立たせることを言う。
もう一つ、袋からマカロンを取り出しながら。
「どうしてこれに妖精は魅せられるのだろうな。僕の方がよっぽどうまく作れる気がするぞ」
「え、ルーカス様。お菓子作りの経験が?」
「あるわけないだろう」
「そーですか」
経験もないのにソフィアより上手く作れるなんてのたまうお子様に、ソフィアは額に青筋を浮かばせる。
本当に腹が立つお子様だ。
でもお子様だから許してあげる。
ソフィアは大人だから、仕方ないから我慢してあげるのだ。
あとはあんまり顰蹙を買うと商会に何かされてしまうかもしれないから。
それにそれに、今日はこんなにおいしいケーキをごちそうになってるから。我慢してあげよう。
(あー、美味しいなぁ。あとでメイドさんにお店の場所聞いとこっと)
暫しして、マカロンを摘まみつつ、ソフィアがケーキを食べる様子を見ていたルーカスがふと口を開く。
「そういえば、金はいくら払えばいい」
「え? いいですよ、お菓子の材料くらい貰わなくって」
「そういう訳にはいかない。商家の娘として、対価は受け取っておけ」
「別に、私の作ったお菓子は商品じゃないんですけど」
それに材料費も、本当に大したものではない。
商会の売れ残り品なども良く貰うし、お菓子の材料くらいいつでも家に揃ってる。
材料くらいで困る経済状況の家じゃない。
というか、実は結構お金持ちの部類にはいっちゃうのだ。
なによりソフィアは親には『お友達』と会うという理由でお菓子を作ってここに来ると言っている。
友達の家を訪ねる時の手土産に持って来たという設定のお菓子に、代価をもらって帰るのはどうなのだろう。
そう説明するけれど、変なところで律儀なのかルーカスは納得してくれなかった。
かかる費用のなにもかもと、作る手間賃まで払ってくれると主張する。
「うーん……まぁ、そんなに言うならいただきます」
毎回の材料費を計算し、さらに手間賃を上乗せで幾らという金額の設定も決まった。
「じゃあ今日のマカロン代を渡しておく。――ん」
「有り難うございます。いただきます」
「リリーの口に入るんだ。今後はもっと高級品を使え」
「分かりました」
そうして、ソフィアは三日に一度フィリップ伯爵家にお菓子を届けること。
ルーカスは少し多すぎるくらいの代金を払うということで、二人の話し合いは落ち着いたのだった。




