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逆恨みの火種

 さすがにローズメイも三日は寝床から起き上がれなかった。

 神殿騎士の一人いわく、『神降ろしの秘術は、神の寄り代となった人間が降臨後に肉体と魂を崩壊させる覚悟で行うもの』ということらしく。

 全身が水を吸った綿のように重くてくたくたになったものの五体満足であるローズメイを見て彼は大いに感動していた。


 ローズメイは『そんな危険な法だったのかあれ』とベッドの上であきれ果てた顔をした。

 もちろん……その神殿騎士いわく、メリダ老はローズメイと強力神との間にある縁の糸を手繰りよせ、絶命覚悟で自分自身に神を降ろすつもりだったらしい。ローズメイの配下だった騎士たちを呼び寄せた時点で吐血していたが、あれも強大な術の反動によるものだったのだ。

 予想外だったのは召喚の触媒とした強力の神との縁故が想像よりもはるかに強固で、ローズメイのほうに神が降りたときは生きた心地がしなかったらしい。


「……それで。その……どういうことだ」

「ん? この婆の顔を見忘れましたかな?」


 ヤケに上機嫌な美少女がいる。

 艶やかな黒髪。しぐさの一つ一つに気品を帯びた女性は見慣れた神官服を纏ったまま、寝台のローズメイを見舞うため椅子に腰掛けていた。

 胸にあるのは神に仕える者の証である聖印。神官服は胸元にべっとり張り付いた鮮血を洗うため今は平素な服に着替えていた。

 十代か二十代の小柄な娘……ローズメイやシディアと同年代にまで若返ったメリダ老……もとい少女メリダはにこやかに微笑んでいた。

 

 まぁ、そりゃ上機嫌にもなろう。

 世界のため、邪神を退治するため、老いた我が身に鞭打ち、命を捨てる覚悟で秘術を行使して……その結果なぜか若返ったのだから。

 神を降臨させる際、絶命したと思ったにもかかわらず、強力の神はメリダ老の傷を癒し――結果として肉体がもっとも健康であった時期までうっかり治してしまったのだという。


「……それで、おれに何の用だ」

「一つ頼みごとを持ってまいりましたが……それとは別に、近況のご報告を」


 ふむ、と頷いてローズメイは話を聞くことにする。

 



 アンダルム男爵家の混乱は収束しつつある。

 ケラー子爵家の軍勢はそのまま男爵家の領都復興の工事をはじめ、また領都の異変を察して早急に逃げ出した領民たちも次第に戻ってきているそうだ。

 もちろん復興には膨大な費えが必要だろうが、その大部分は侵略しに来た貴族連合軍の行為を非難、喧伝する事で搾り取る算段らしい。

 事此処に至っては、アンダルム男爵領にあった金鉱山を隠す意味もない。大規模な鉱山事業があれば金銭的な面での不安は解消されるだろう。


 貴族連合軍は当然ながら領地へと叩き返した。

 なんといっても彼らは加害者。領民の生活を完全に破壊した加害者が被害者の生活復興に働くといっても、無理がある。金だけ出させておくにとどめておいた。


「ローズメイ様の兵は大半がケラー子爵家に帰還します。ですがいくらかは残ってあなたについていくと」

「物好きどもめ」


 ローズメイは天井を見上げながら嘆息した。

 シディア、ハリュ、家来衆、セルディオ、リーシャ。

 そしてケラー子爵家ではなくローズメイに仕えることを選んだ民兵。

 メリダに従う神殿騎士たち、それと貴族連合軍に属していた騎士崩れども。

 誰も彼もローズメイに仕え、神話の端役を任ぜられたような静かな熱狂を胸に宿していたという。


「……それと、セルディオ様から言付けを。……ドミウス=ケラー子爵はあなたとセルディオ卿との対談を拒絶なさいました」

「……そうか」


 床に臥せっているローズメイの一番の心の憂いが一人息子であるファリク=ケラーを失ったドミウス=ケラーと会話することだった。

 さすがのローズメイも息子を失った父親と会話する事は気が重く、対談を拒絶された、と聞いて相手の心情をおもんばかると同時に、少しだけ卑劣な安堵を覚えた。


 ……ファリクの死。

 その原因となるセルディオへの誤射。酷使者アビウスの影響によるセルディオの仮初の生還。ローズメイによる軍権の剥奪。リーシャに対する暴行未遂とそれを止める為のやむを得ぬ殺害。

 そして戦いの直後では、ファリクの遺体が消失するという不審な出来事。


(……嫌な感じだ)


 自分とドミウス=ケラーの間に亀裂を入れる離間の計ではないか、という疑念もある。

 だが、ドミウスは、ファリクの失態などをケラー子爵家の人間からも受けているはずだ。

 ローズメイとセルディオ、そして事の次第を知っているケラー子爵家の家臣にも協力を要請し、事細かな報告書を送っている。

 その後でセルディオとローズメイは後日顔を合わせて話をする予定ではあった。


 メリダの差し出すドミウス子爵からの手紙に目を通す。

 事細かな説明と、困難極まる状況にあるにも関わらず、兵士を生還させたことへの謝辞。

 息子が行ったセルディオへの射撃誤射に対しての侘び。

 そして……震える筆跡と涙の痕跡を見れば、ローズメイは何も言えなかった。


『……直接顔を合わせてしまえば、冷静さを保つ自信がない。言うべきではない呪詛の言葉を吐きかねない。

 ローズメイどの、セルディオ。どうか私とは会わずに去って欲しい。おそらく、それがお互いにとって最良の判断だと思う』

「…………」



 ローズメイはさすがに心労から鉛のように重い溜息を吐いた。

 醜女将軍として部下の騎士達の葬儀に参列した事は一度や二度ではない。悲しみを懸命に堪え、こちらに気遣いさえ見せる人。ただただ呆然とし、遺体を前にしてようやく現実を理解して泣き喚く人。子が死んだのはお前のせいだと食って掛かる人もいた。

 子供に先立たれた親ほど不幸な人はそうはいないだろう。 

 ローズメイがそんな彼らに対してできる事は、ただただ押し黙るのみである。



「ローズメイさま……」


 ドミウス子爵の心情に思いをめぐらせていたが……そこに悄然とした様子のシディアが入ってくる。

 その顔色は蒼白で、良くない知らせを持ってきたのだと伺い知れた。


「どうした。シディア」

「……村が……あたしのふるさとが……燃えて、滅んだって」


 



 ドミウス=ケラー子爵は大領を有する大貴族というわけではなかったが、小領の割りには治安が行き届き、民衆に憂い顔の少ない優れた治世を行う貴族であった。

 そんな彼らも、次期領主であるファリク=ケラーが戦死し……よい君主である老子爵のドミウスが息子の死による衝撃と心労で床に臥せってると聞き、心配そうな顔を見合わせている姿があちこちで見受けられた。


「……だんな様はファリク様の訃報を聞いてもう一週間近く伏せておられるとか」

「やむをえんだろう。今はだんな様が動けない今、我々で領土を傾けぬようにするだけだ」


 ……部屋の外や、窓から漏れ聞こえる使用人の声を聞きながら、ドミウス=ケラーは浅い眠りより目覚めた。

 貴族として、わが子が死去しようとも責務を果たさねばならない――そう思っても、自然と悲嘆が溢れて何もかも嫌になる。

 それでも領地が問題なく回っているのは、ドミウスが長年をかけて育てた優秀な家臣団あってのことだ。今は主君である己の身を案じて政務に励んでくれている。


「ファリク、お前……どうして死んだのだ」


 だが……ドミウスが優秀な家臣団を育てていたのは、自分の死後に少しでも息子ファリクのためを思ってできる事をしたからだ。

 彼は、息子が戦乱の世を生き抜き、領土を増やせるほどの才幹はないと見抜いていた。

 それでも血を分けたわが子。可愛くないわけがない。

 優秀な家臣団を長年をかけて育てた。領土を隣接するビルギー=アンダルム男爵と縁故を結び、味方を増やした。

 アンダルム男爵の優秀な息子であったセルディオに何かを援助をしたのは恩を着せるためだ。

 全て己が死後、父である自分の遺徳が息子であるファリクを助けてくれるかもしれぬと思い、生きている間に可能な限りの手を打っておいたためだ。




 そのすべてが、無駄に終わった。




 生きていくための理由全てを失い、ドミウスの肉体から生きるための活力や生命力が抜け落ちていくようだった。






「だんな様……」


 おずおずと室内に入ってくる執事に、ドミウスは横になったまま目を向ける。

 

「……今はその気になれぬ」


 用件は分かっている。

 ドミウス=ケラーは老齢。息子の死の痛手から立ち直れぬ老人は、もはや命数を保っているのが不思議なほどに痩せ細っている。

 となれば子爵『家』に仕える執事や使用人たちが、次代の主人となる跡継ぎの指名を求めるのも無理はない。

 無理はないが……しかし、どうにも腹が立つ。

 わが子を失った父親に悲しみにくれる暇も与えず、子の代わりを定めよと圧力を加える『貴族』という機構そのものに激烈な憎悪を抱くときがある。

 息子のために半生をかけて、丁寧に築いたケラー子爵家をどこかの誰か、顔も名前もおぼろげな他人に譲り渡さねばならないのが、どうしても我慢ならなかった。


「いいえ。それも急務ですが、こたびの事は違います。……その。ファリク様をケラー子爵家より除籍するべきでは、と申す声が日々高まっているのです」

「なんだと?」


 ドミウスは数日ぶりに床から身を起こした。

 食を拒み、水のみで永らえてきた肉体だが、腹の奥からふつふつと湧き上がる怒りが老身を支える。


「だんな様も聞いておいででしょう。アンダルム男爵領に邪神が降臨し。悪しき力が世界を覆う前にローズメイ殿に強力の神が降臨したと。

 そして――」

「……黙れ」


 ドミウスは自分自身でさえ驚くほどの激烈な憎悪に満ちた唸り声を溢した。

 その噂は知っている。報告書にも事細かに記されていた。

 あの黄金の女をかりそめの肉体として善神が降臨したのだと。



 そして一度死んだセルディオは、「生死の公平性が保てない」ことを理由に消滅を神に願ったが、生き続けることを許されたという。

 



 息子を殺したセルディオが神によって生き続けることを許された事への怒り。

 この世でもっとも尊く偉大な存在によってセルディオは許された。

 それはすなわちファリクの殺害は神によって無罪とされたに等しいのではないか?


 ……ドミウス=ケラーは、息子であるファリクの行動のまずさを書簡によって知った。

 斥候を放たず安全確保を怠ったこと、孤軍奮闘したセルディオを巻き添えで射殺したこと。なるほど、甦ったセルディオが息子を殺すわけだ。

 セルディオの人となりも知っている。よほどのことがなければ恩人の息子を殺そうとはしない誠実で善良な性根の男だ。

 だから……息子を殺された怒りと絶望を押し殺し、必死に理性的に貴族的にふるまおうと努力し……それでも直接会えば罵倒せずにいられる自信がなかったから、ドミウスは『会わぬほうがいい』と手紙を送ったのだ。


 ああ、だが。

 息子は小胆で指揮官としての能力は乏しかったかもしれない。他者を不快にさせる言動もあったろう。至らぬところもあっただろう。

 だがあれは己にとって息子で生きる希望で、老い先短いドミウス=ケラーにとっては全てだったのだ。


 なのに、息子を殺した男は神によって救われ、許された。


 冗談ではない。


 ファリクを殺されその罪を許すか許さないかの権利を持つのは、この世で唯一。

 彼の父親であるドミウス=ケラーのみだ。

 例え神であろうとも、その権利などはない。


「だんな様がファリク様を失い、傷心の極みであると知っております。

 ですが、今やあの黄金の女の声望は高まる一方。神の奇跡の体現であるお二人に非礼のあったファリク様は当家の傷ではないでしょうか。

 だんな様もファリク様の事で逆恨みなどせず……」

「いい加減黙れと言っているのだ!」


 ドミウスは痩身から想像もできない怒声をあげる。

 執事の言葉はまさに彼にとっての逆鱗であった。

 ローズメイの英雄的武勲が喧伝され、歌になるたび、息子であるファリクは『有能な戦士であるセルディオに無用な死を与えた卑劣漢』と名誉を汚され続けている。

 

 いや、それも正しいようで正確ではないかもしれない。


 結局のところ……息子を殺した奴が生きている事が、どうしても我慢できないのだ。




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 ……情けない。

 誰もいない私室で、ドミウスは寝台の上で天井を見上げながら嘆息を溢した。

 もう十年若ければあの執事を無礼討ちにしていただろう。なのに老いさばらえた肉体は、慣れ親しんだ抜刀の動作さえ満足にできず。あの無礼な執事を切り殺すことさえ満足にできなかったのだ。

 残された寿命は少ない。もう生きていく気力さえない。


「……ローズメイ、セルディオめ……だがもうわしには」


 死んだ息子のことを想い、泣きながら死ぬのか。

 そんな惨めな最後はいやだ。だがケラー子爵家の全軍を投じたところで二人を殺すことなどできまい。


『いや、そうでもありませんぞ』


 施錠された室内に男の声がする。

 ドミウスは胡乱げに声の方を見た。暗灰色の衣に身を包んだ男の姿を目の当たりにしても驚きもせずに身を起こす。

 命の危険はある。しかし全ての望みを失った老人にとっては、むしろ死神など目の当たりにしたところで驚くことでもない。

 

「貴様は」

『毒猿王子の使いにございます』


 北方、サンダミオン帝国の悪名高い男の名に、老人の眼差しに憎悪が宿った。

 

「貴様のせいか」

『はい』


 ドミウスの言葉は独断と偏見にまみれたものだったが、この場合その偏った物の見方は正しかった。


「その衣の色には見覚えがある。……邪神の信奉者がなんの用で参った……!

 貴様は我が息子の仇でもあろうが!」

『……本当に、そうお思いですかな? あなたが本当に憎いのは――神によって息子を殺した罪を許されたセルディオでは?』


 それはドミウスの心の核心を突く一言である。


「……そうだとして、それがなんだ。わしはじきに死ぬ。無念と憎悪を抱え、何もできぬままな」

『いいえ。できますとも』


 やはり、そういう用件か――と、ドミウスは相手を睨んだ。

 

「なにかは知らぬがわしをよみがえらせる法があり。わしを生きながらえさせ、あの黄金の女の敵を作っておきたいのだな。邪神を使い、今度はわしを走狗に使う気か」

『あの御仁にとっては、神も策謀の一つ。

 あなたが受けようが受けまいが、別の駒を探すだけでございます。子の仇でもある我らの手を拒むのも無理はありません。ですが……あなたが一番殺したいのは、我々ではなく強力の神と彼に許されたセルディオでは?

 あの黄金の女とその一党を滅ぼしたいという一点では、我らは共闘しあえるのです』


 ドミウスは毒猿王子の、自分の心に秘めた怒りと憎しみを正確に理解し、煽り立てるような言葉の羅列に舌を巻く思いだった。

 確かに、そうだ。

 世の人々が、この怒りを逆恨みだと罵ろうが知ったことか。子供を殺した相手が生きている、それが許せないと思って何が悪いのか。


「いいだろう……貴様の主人に使われてやる。だからわしにセルディオめを殺す時間をよこせ」


 暗灰色の衣をまとう妖人は頷き、答えた。


『あなたの魂をこれより若く壮健な肉体へと移し替えます。

 ……ああ、心配はいりませぬ。赤の他人を使うより遥かに成功する確率が高い。



 なんといっても移し替える肉体はあなたの子息、ファリク=ケラーのものですからね』


 






 




八月中完結無理でしたすみません!!!!

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― 新着の感想 ―
うーん、まぁ父親としてね?その気持ちはわからんことは無い。 他人の息子?知るか!うちの息子が1番やぞ!っていうね。 でも、物凄くやらかしたんやぞ?それはちょっとなぁ・・・
最初から引き込まれて楽しく読みました。 でもこの終わり方は…スッキリしないなぁ。 続き読みたいです。
おおぅ。名君とて我が子には曇っちゃうのがヒトのバグ (´・n・)
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