『ひとでなし』
本日はお待たせしたお詫びに二話更新です。
敵の戦力は未だ底が見えず。不滅、不死の軍勢を相手にいったいどうすれば勝利を得られるのか……そういう類の疑問はある。
しかし被害を抑えている状況を順調と言えるなら、未だ新たに一兵たりとて損なっていない現状は順調と言っても良かった。
「…………」
ローズメイは焦れている。
現在は火尖槍を束ねてアンデットをなぎ払い、防壁を突破されそうになる部分へと救援に向かって敵を叩き潰して回っている。
彼女と家来衆は突入することすでに十に至り、全身は血泥に塗れた姿だった。
「面白くない」
だがすでに死して疲れを知らぬ超常の兵団と、生身の人間では徐々に疲労がたまりすり潰されるのみ。
「いかにおれとて、こうも長丁場では不覚も取ろう」
「……」「……」「……」
「なんだその目は」
ローズメイの気弱な独白を受けて、三名の家来衆は『……そうかなぁ』と言いたげな視線を向けたが、主君の薮にらみを受けてすぐさま目を逸らした。
そっちは無視し、傍に控えている老婆へと視線を戻す。
「メリダ老。どう思う」
「……長期戦は敵の好むところでがありませぬなぁ。如何に強大な邪神とて、夜が終われば陽が昇るというこの世の理を覆すほどの力は持ちませぬ。
しかしこの地に邪神が降臨し、瘴気が満ち満ちれば朝日を翳る闇黒の黒雲は永遠に晴れませぬでしょう」
「膠着状態を嫌ってそのうち敵が切り札を出してくるわけか」
「それが如何様なものかは分かりませぬが、はい」
メリダ老の言葉にローズメイは頷いた。
とはいえ、焦れるものは焦れる。守勢ではなく攻勢を好む絶世の美女は、忌々しげに眉を寄せた。
が、常に全力を出し続けて戦っては持たないのも事実。ローズメイは陣中に持ってこさせた椅子に腰掛け、水を軽く含んで喉を潤した。食事は軽めにパンを数切れ。腹が膨れて動きが鈍って討ち死にというのは死因としてはなかなか情けない。
そうして敵の群れを見つめていたローズメイだったが……不意に、敵の動きが緩慢になるのを感じる。
躯の軍勢の中央が割れ、道となる。中心を歩いてくる人影が一つ。
他の騎士や平民とは違う。
貴族のアンデットなのだろうか。あるいは敵の使者か何かか。
誰だ、と思いつつも帯剣し前に進み出ようとする。
何者だ、と誰何の声を発するより先に……ケラー子爵家に仕える家臣たちが驚きの声をあげた。
「……ッ……ビルギー=アンダルム男爵」
「ほぉ」
ローズメイは声を漏らした。
それが確かなら敵の首魁だ……少なくとも、アンダルム家の領都が屍都と化すまでは。だが今や戦の理は人の手を離れ、生と死の境目が曖昧な神代の如き戦と成り果てている。
この状況でただの人間が首魁などと楽観はしなかった。
ビルギー=アンダルム男爵は口を開いた。
「無益な抵抗を終わらせ、降伏せよ」
ローズメイは降伏勧告を鼻で笑った。
これが人と人との戦であったならまだ降伏する意味はあろう。
しかし敵は命に永遠の終わらぬ労苦を課す酷使者の走狗だ。この邪神相手に降伏したところで、ただ殺されて生を終えるよりもはるかにむごく残酷な永遠をながらえることになる。それはただ死ぬよりもはるかに苦痛に満ちている。
「アンダルム男爵」
「なんだ」
ローズメイは声を発した。
……これまで何度か、ローズメイはアンダルム男爵家に仕える兵と戦った経験がある。
規模こそ小さいが、指揮官の眼が行き届いた精兵だった。敵と同数の戦いならば生半な軍に破れはすまい。これはアンダルム男爵が戦を知り、練兵に熱心な表れである。
敵の錬度からローズメイはビルギー=アンダルム男爵の野心を嗅ぎ取った。
「そこな死体の山が貴殿の野心を叶える力か」
だからこそ……人の理を外れた軍勢を率いる姿にローズメイは苛立つ。
兵をああも手練に育てられる手腕の持ち主が人外の兵団を率いている事実が……まるで人間の可能性を貶められているような気持ちになったのだ。そんな彼女の言葉に男爵は薄ら笑いを浮かべて答えた。
「左様。命令に逆らわず。食事を取る必要もない。我が意によって動く不滅の存在」
「自立的な意志もなくなり冗談や笑いあうこともなくなり、食事の楽しみも失い、子孫を作る意味もなくなる。そんなものに成り下がって何が楽しい」
「永遠が手に入るぞ」
ローズメイは……この万夫不当の勇者にしては実に珍しい事に、ぞくりと怖気を感じた。
食事を取ること、友人と語らうこと、そして子を成すこと。人間の持つ当たり前の幸せに対して、アンダルム男爵はまったく興味がないと断じた。言葉の端々から、心の底からそう思っていることがうかがえた。
人間の持つ当たり前の欲求に対する究極的不理解。
理屈ではなく直感で、ローズメイはこれが人間ではないと感じた。
「貴様は何者だ」
「……ビルギー=アンダルム男爵。それ以外に何がある」
「違う。貴様、人間ではないな」
……アンダルム男爵は……否、男爵の血肉を纏った何者かは一瞬虚を突かれたように軽く目を見開き……ついでくつくつと笑い声を漏らした。
その身より滲み出る威圧と瘴気が一段と色濃くなる。後ろに控えているメリダ老が……神官ゆえの不可思議な者に対する理解力で正体を察し、叫ぶ。
「それは……身は人なれども神意が入り込んでおりますぞ!」
「然り、すでにこの五体は……」
だが。
この状況でメリダ老の言葉を受けたローズメイはすでに即断して踏み込み、切っ先を振りぬいている。
「う、ぬ」
目の前の相手がアンデットどもの首魁であると判断し、始末しようと放った切っ先は、しかし……驚くべきことに首に半ば食い込みながらも、勢いを完全に削がれている。
鋼の甲冑を両断する彼女の剛力を以ってなおこれなのだ。
やはりすでに邪神の力を色濃く引き継いでいるのだろう――そう思った周囲の前でローズメイはさらに動いた。
歯をきつく噛み締め、そのまま勢いで斬るのではなく腕力で押し切ってみせた。
しとめた。
相手の頭部が落ちる――が、まるで落し物を拾うように男爵の首なし死体は自分の落下した頭を受け止める。
「困るな。首がないと喋れぬではないか」
「人外め、大人しくくたばれ」
さすがにローズメイも首を切られて平気で蠢く相手に、嫌悪と警戒ゆえに飛びのいて様子を見た。
前を睨んだまま、後方のメリダ老に叫ぶ。
「婆殿、払えるか!」
「無理!」
まぁそうだろうな、とローズメイは思う。
「は は は は はは」
アンダルム男爵が哄笑をあげる。
それは遠雷の如く響くようであり、耳元で囁く呪詛のように近い。耳朶より入り込んで脳を穢すような奇怪な笑い声を前に……後ろから走りこんできた人影に気付いた。
「父上……父上!?」
周りの兵や騎士がぎょっとするのも無理はない。
松明の光を浴びてなお青々としている顔色は明らかに死者のもの。周りの兵達がお互いに顔を見合わせ倒したほうがいいのではないかと考えるのも無理はない。
駆け寄ってきたその姿……あえなく非業の死を遂げた騎士、セルディオの姿に父であるはずのそれは面白そうに答える。
「黄泉路をさまよって惑うたか、息子よ」
「……父上、なぜこのような事を……!」
「なぜ、と言われてもな。そこな黄金の女によって我がアンダルム男爵の兵は全滅寸前。座して破滅を待つより勝負に打ってでるべきだろう?」
「邪神の力など借りれば苦しむのは民と分からぬわけでないでしょう!」
父であるビルギー=アンダルム男爵はそれを聞き、なんら心痛まぬような薄ら笑いを浮かべ……セルディオの横から進み出たリーシャが叫んだ。
「違う……! 違う! セルディオ様、あれはお父上ではありません!」
リーシャはセルディオの仇を討つ為にファリクの天幕に忍び込む直前、アンダルム男爵らしき人と短い間だが会話する機会があった。
あれがセルディオ様の父であるなら、目の前にいるのは確かな実体を備えていたとしても、人間的な優しさや温かみが欠如した『人でなし』のように思える。
リーシャの言葉を受け、男爵は笑みを深くする。
まるで取るに足らぬ虫が突如人語を発したかのような意外さと面白がるような表情。
「それは人の言う愛や情けがもたらす直感か?」
「違います……セルディオ様、私はあなたの仇をとる前にお父上に会いました……」
「そう……か」
肉体を奪われ拠り所を失い、彷徨い出でた魂とすれ違ったのだろうか。
セルディオに分かるのは、今や父の肉体は訳の分からぬ『人でなし』に奪われているのみが分かる。
そして、父を殺された子のやることは常に一つだった。
剣を構えるセルディオと、未だ油断なくこちらを睨むローズメイ。
「気に入らぬ。まるで勝てると思っているような目だ」
死者の軍勢を前に一致団結し、未だ恐怖せぬ人間を前にアンダルム男爵の中に潜む、邪神の意志は不快げな声を漏らした。
「では……そろそろ本命戦力の開陳と行こうかね」




