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指揮官の責とは

 いつも感想ありがとうございます。

 今回こっそりとアース・スターノベル大賞さんに応募しました。

 一緒に「位置が高いほど魔力の濃い世界で、空の彼方に生まれました~航空機チートによる物流革命~」を元々のタイトル「異世界空中活劇!」に戻しました。




「死んでいる、だと」


 ローズメイは自分の声が、酷く震えていることに気付いた。

 戦闘でろくに水も飲まず、返り血を啜って潤した喉は酷くざらついている。

 振り向けば、自分に従う悪相の六騎は今だ馬上にある――ああ、ああ、しかし……確かにしっかりとみれば、一目瞭然であった。


 胸元から赤い血が鎧の隙間より除く着衣を濡らし。ふとももを伝って滴る鮮血は鐙より地面にこぼれていた。

 悪相の男は兜を目深に被っていてよく見えなかったが……よく目を凝らして見れば、あきらかに、死相、である。


「お前たち」

「……ああ、やっぱ死んで、たか……」

「……途中で一度、二度、やばい、ってのを貰ってましたからねぇ……」

「まぁ……ここらが俺たちの器だって事か」


「貴殿らは、邪神の走狗ではないと?」


 敵指揮官の言葉に、ローズメイは頷く。

 ……シディアの住まうあの村で、邪神に仕える術師と切り結んだ。

 まるで頭から爪先まで屍臭で満たしたような、生理的嫌悪感を催す邪気。あれこそが酷使者アビウスに関わるものが持つ邪神の力だろう。

 だが、ローズメイ配下の彼らから発されるのは血と汗と……ここで死ぬものが発する、乾いた諦めの色だった。

 彼らは死ぬ。

 当たり前の摂理として。

 

「おれは確かに……おれのために死ね、と命じた。だが死んでまで従えと命じた覚えは無いぞ」


 ……戦場で覚悟を決めた決死の兵というのは普通では考えられない働きをする。

 肉体に致命傷を負いながらも、激烈な闘志が死傷をひとたびごまかし、死を遠ざける。

 敵指揮官が、悪相の家来衆たちが未だなお手綱を取って騎馬を駆り、戦う彼らの力の源泉を邪神の力に由来するものと勘違いするのも無理は無かろう。


 ローズメイは部下を見た。

 いたわりを瞳に浮かべ、諦めるような、寂しがるような寂寥の気持ちを唇に乗せる。


「……無理をするな。もう死んでいいぞ」


 彼女の言葉に……まるで魂の底まで疲弊した彼らは、くしゃりと表情を緩めて、そのまま糸の切れた人形のようにあらゆる力を失って地面へと堕ちて死んだ。

 ローズメイは戦場ゆえ騎乗のままだが、文字通り死ぬまで戦った配下に哀悼を捧げる。

 そうした後で、ふ、と笑いながら……未だ生き残っている部下三名に視線を向け、悪戯っぽく笑う。


「で、お前達はいつ死ぬのだ?」

「「「ひでぇ事いうなぁ?!」」」


 そして恐るべき事にローズメイに付き従って幾度も突撃を行った残り三名は、まだ生きている。

 戦傷は数知れず、全身は重く、手に携える武器にも重みを感じるほど。恐らく、今冥府へと旅立ったものたちとそう実力において差はなかったろう。

 だが、致命傷にはまだ遠い。仲間の死に気落ちもせず、自分達の命を冗談の種として扱えるほどに気持ちは明るかった。

 不謹慎にさえ思えるローズメイの発言だが、こればかりは同じ肩を並べて戦った戦友にしか許されない類の言葉であろう。


 

「で、どうする。敵将殿」


 生死のかかった只中だが、どこか晴れ晴れとした気風の女戦士に――どうも、これは邪神の走狗ではなさそうだぞ、と敵の指揮官は理解した。

 邪神というにはこう、纏う空気が違うな。

 ローズメイの問いかけにたいして指揮官は首を横に振って手を挙げる。

 事前に連絡はしていたのだろう……後方から後退の合図である鐘の音が戦場に鳴り響きだす。

 統制の取れたゆっくりとした動きで、ローズメイの周りの敵も、ケラー子爵家の軍勢と対していた敵もゆっくりと、整然と引き始めた。

 戦いにおいて、追撃戦がもっとも死者が出る状況であるが……今回の戦は違う。

 追撃の余裕はない。

 ケラー子爵家の軍勢は、先ほどの体力の限界を搾り出すような猛然とした突撃でもう一歩も動けず。

 撤退する貴族連合軍は、後方から聞こえてくる凄まじい悲鳴にひやひやした気持ちを抱いており……ようやく聞こえた撤退命令にほっとした気持ちで逃げ始めていた。


 ローズメイたちはもっと簡単。

 いくら一騎当千の勇者四名であろうとも、しょせん四名は四名。撤退する敵を追って攻めたところで挙げる首の数は百かそこらであろう。それでも十分凄いが。


「最後に、名を聞いておきたい」

「ローズメイだ」


 その言葉に頷き、敵の指揮官も名乗り返す。

 ローズメイは特に覚える必要を感じなかった。

 アンダルム男爵領へと不義の軍勢を発し。略奪と殺戮をほしいままにしながら侵入した軍勢の指揮官。指揮は的確だったし、単身で殺しまくったローズメイに話をしに来るのだから胆力も相当だろう。

 だが、負けた。

 名目上の敵将を死なせ、十にも満たぬ騎兵に大損害を出した。勝てるはずの戦に負けた。


「ここで叶わぬまでもせめて一太刀……そう考えるには老い過ぎた。

 負けは負け。故国に戻り、敗将の責を取って死ぬ事としよう」


 だが、その言葉にローズメイは眉間に皺を寄せた。


「待て」

「逝かせてくれ。指揮官として責任を……」

「やかましい、何を格好をつけている阿呆」

「へぶぅ?!」

   

 ローズメイは、これが最後の戦と哀愁と共に去ろうとした敵将の襟首を掴んで頬を張った。その剛力ゆえに軽く折檻するつもりの力加減でも、歯が二、三本へし折れて飛んだが彼女は気にせず、悪相の家来衆は、ひええぇ……と怯えて震えている。


「貴様ら、何をしに来た」

「な、なにをだと。もちろんアンダルム男爵領にある金鉱山を……」

「違う! 貴様らはアンダルム男爵領に発生した邪神の力を滅ぼし、近隣諸国の安全を保障する為にきたのだろう!

 腹のそこの本心はどうあれども、そのお題目だけはないがしろに出来ぬはずだ!」


 指揮官は目を白黒させながらも頷いた。歯の折れた激痛も、目の前の絶世の美女の美しさと自分を一撃で殺せる腕力を前にしては忘れるしかない。


「ならば我らは不幸な誤解と行き違いから相打つはめになったが、真に討つべき敵を思い出したならば共闘できるはずだ!」

「だ、だが、貴様は我が兵を殺し、私も貴様らの兵を殺した! いまさら共に戦線など張れるか!」


 人ならば当然持つであろう、憎悪の声を発する指揮官。

 だが、ローズメイの獅子吼がためらいを消し飛ばした。


「邪神の悪しき力が充満すれば、おれの兵もきさまの兵も亡者になって蘇り、新しく死者を増やすぞ!」

「ッ?!」

「きさまだって騎士だったろう! その剣はか弱い民衆から搾取する為のものか?! まだ本分を取り戻すには間に合うぞ!」


 そうだ。

 政治と権力争いですっかり磨耗しきった指揮官の男の眼に、心の奥底で燻っていた清冽な理想が少しずつ燃えていく。

 悪しき邪神の力が強まれば、悪疫の如く動く死者は増えて手の付けられない大災害になる。だが、それを食い止めるための最前線にまだ自分はいる。敗北したと逃げ帰るより、ここで踏み止めるべきではないのか。


 ……しばしの躊躇いの後……総指揮官の男は頷いた。

 ただ負けて逃げるより、最後に誰にも胸を張って誇れる戦の中で死ぬほうが、まだましというものだろう。

 腹を括った彼は言う。


「……決定を部下に伝える。なるべく意に沿うようにしよう。

 ケラー子爵家のほうは頼めるか」

「任せておけ」


 ローズメイと敵指揮官の男はお互い目を会わせ頷きあうと。

 共に、なすべきをなすため、双方の陣地へと帰っていった。




「そ……そんな提案など呑めるかぁ!」


 ファリク=ケラーは最初、本陣に参ったローズメイ相手に諸手を挙げて大喜びの大歓迎っぷりであった。

 それはそうだろう。敗北必至の戦いから、倍する敵を退かせるほどの働きを見せた彼女に報いて見せると上機嫌に笑い……だが彼女が勝手に共同戦線の提案をしてきたことに大いに腹を立てていた。

 彼の思惑では、このあとローズメイを先陣に立てて貴族諸氏の連合軍と再度の決戦。そして勝利を飾る腹積もりだったのである。

 もちろんファリクも、今やアンダルム男爵家の領都では邪神の力が増しているという報告をいの一番に受けた。

 だが、それよりも自分が立てるはずだった勲功を台無しにされた怒りのほうが上回る。

 ローズメイは内心の不機嫌などおくびにも出さぬまま、冷静に答える。


「あと一歩、貴殿を先鋒に任じて突っ込めば勝利は確実なのだぞ!」

「だが邪神の勢力を相手取るならば、味方の数は多いほうがいい。……それに貴殿……何か忘れてるようだが」


 は? と不機嫌そうに答えるファリクに対して、ローズメイは白けた気分で答えた。


「おれを先陣に立てて敵を倒し大功を立てると申したが、拒否する」

「な……ふざけるな!」


 たった6騎を率いてあれだけの戦果を挙げたローズメイだ。

 彼女を最前線に配して突撃すれば勝利は確実。そう目論んでいたファリクに対してローズメイは馬鹿馬鹿しそうに答える。


「忘れたか。おれを将と任じたのはケラー子爵だ。確かに率いる兵の数も少ないが……指揮系統の上ではおれと貴殿は同格なのだぞ」

「あ……」


 その指摘にファリクはようやく思い至る。

 ケラー子爵家において彼は父以外の全ての人間にかしずかれる立場の人間。だからこそ、今まで彼は自分と同格の人間がいるという発想がなかなか出てこなかったのだ。

 彼女には同格の将帥として、同僚にあたるファリクの提案を拒絶する権限がある。

 だがその事を受け入れられずに怒鳴り散らす。


「や……やかましいっ! 俺はケラー子爵家の次期領主だぞ!」

「そうか、おれは公爵家当主だ」

「は……?」


 ローズメイはまったく平然とした様子で堂々と答える。

 公爵家当主?! 嘘にしても酷い嘘だ。貴族の偽証は重罪――普通ならば一笑されて終わるところであるが……絶世の美女であるローズメイが発すれば、『あの美貌なら公爵家貴族といっても……むしろ当然ではないか?』という気にもなる。

 今でこそ流浪の女だが、美しさゆえ彼女の発言には強烈な説得力がある。


「若様……ここはローズメイ様のお言葉を入れるべきかと……」

「左様。ローズメイ様の助力があれば勝てるかもしれませんが、我がほうも被害は大きくなるでしょう」


 ここで二人の会話を静観していた諸将も口を挟んだ。  

 ローズメイがもし貴族であればあまり不敬な発言は控えるべきだし、兵も傷つき疲れている。元々兵らのほとんどは、大して抵抗力も持たないアンダルム男爵領を平定するだけの楽な戦だと思っていた。そこに倍する敵との死闘が起こり、不平不満もある。ここで和議が成ったと伝えれば兵の不満も落ち着くだろう。

 だがファリクは苛立ちを隠せない。

 この戦の序盤でセルディオを射殺し、自分の人望が落ち切ったことを肌で感じ取っている彼はローズメイの武力を借りてどうにか盛り返したいと思っていた。

 にも関わらず、自分の配下(と思い込んでいた)ローズメイは命令不服従。

 頭でわかっても感情が受け入れられない。


 そんな彼にローズメイは静かに近づき……そっと顔を寄せる。


「う、あっ」

「ファリク殿」


 耳に囁くような至近距離。絶世の美貌が目の前、触れるほどの距離に近づき思わず息を呑む。

 ほんの少し前までは憎悪の対象でさえあったのに、近寄られただけで容易く許してしまいそうになるのは悲しき男のさが、か。

 まるでくちづけをするような相手にファリクはときめき……。


 どすん、と激烈な衝撃がみぞおちをぶち抜いた。


 殴られた、と分かったときには強烈な激痛と――混乱が彼を襲っている。


「共同戦線には賛成ですね?」


 ちがう、そんなわけあるか、と怒鳴ろうとして――ファリクは喋れないことに気付いた。

 原因は先ほど、諸将の死角から放たれた、みぞおちへの一撃。

 人間は横隔膜の収縮によって呼吸を行う。ローズメイの拳骨はみぞおちへと打ち込まれ、凄まじい衝撃によって一時的に横隔膜を機能不全に陥らせた。

 こうなれば肺の機能は働かず、ファリクはまともに言葉を発することも出来ずに悶絶し――そのまま崩れ落ちそうになる彼の肩をローズメイが掴んで膝を突くことを抑える。


 その動きの影響でファリクは、頭を縦に振った。


「おおっ、ファリク様、懸命なご判断ですっ!」

「憎むべき侵略者である敵に対しても、大事を見据えてひとまずの味方とする熟慮、さすがです!」


 これが好機と諸将も賛同する。

 ……もちろん彼らだって馬鹿ではない。ローズメイが何かしたと感づいてはいる。だが彼女の提案に乗ることこそもっとも生き残る目は高い。

 

「だがファリク殿は緒戦にて兵を死なせたことへの自責から、具合が悪そうだ。彼を寝所へ!」


 ファリクは怒鳴りたい。しかし『地獄の苦しみ』と言われるボディブローを受け、呼吸困難の状態ではまともに反論できずに配下に連れて行かれるまま。

 彼を退席させ、ローズメイは諸将を見た。

 ケラー子爵より兵権を与えられたのはファリクとローズメイの二人。

 で、あれば今最上位の指揮権を持つのはローズメイである。諸将は膝を付いた。

 ほんの少し前ならば、ただの美しいだけの女という評価だろうが……今は違う。神がかり的な武勇で絶体絶命の窮地から自分達を救った戦神そのものだ。


「以降、おれが指揮を執る。異論は?」


 むろん、あるはずがなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおっ更新きた!ありがとうございます❗
[気になる点] 46話でも敵将かどうかうんぬんのくだりありましたよ。
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