生死の曖昧
色々あったけど更新です。
五月のゴールデンウィークは草刈り、草燃やし、田植えに畝作り……。
農家か……
貴族連合軍とケラー子爵軍の戦闘は予想外なことに、膠着状態に陥りつつあった。
一つは、まず最初ケラー子爵家の軍が敵指揮官の予想通りに失速し始めたこと。
セルディオの死を起爆剤として、当初は怒涛の勢いを見せたケラー子爵家は次第に勢いを減じていく。怒りのエネルギーは爆発力は凄まじくとも長続きするものではなく、次第に兵士達もへたり込みはじめる。
ここまでは敵指揮官の読みどおり。あとは勢いを減じたケラー子爵軍を草でも刈るかのごとく血祭りにあげる――それが出来るはずだった。
あの黄金の女が戦場に現れるまでは。
現在、貴族連合軍は部隊を半分に割って後列をローズメイとその配下に当て、残り正面をケラー子爵軍に割り振っている。、
「……お、おい、後ろは――どうなっている?」
「前だけに集中すればいいんじゃなかったのか?」
「こ、こっちには来ないよな」
来ないはずだ。
だが、兵士達は背筋に走る薄ら寒い予感を拭えなかった。
前方のケラー子爵軍を踏み潰せばいい、そう命令されても……後方から聞こえてくる悲鳴と恐怖の声が、自分達に近づいてあの死と恐慌の坩堝に巻き込まれるのではないか、と気が気ではなかったのだ。
反撃に転じるはずだった貴族連合軍は後方に強敵を背負ったため、兵の意気は上がらず。
ケラー子爵軍は敵の目の前で肩で息をするような疲労困憊の状況にありながらも、全滅に直結する敵の攻撃を受けずに済んだのだった。
「指揮官より下知です! 至急後方に戻り、陣を食い荒らす敵先鋒の女を始末せよとのご命令です!」
前線に早馬を駆って伝令が来る。
彼らが渡りをつけたのは仕える君主を持たない騎士達。実質的に傭兵と大差なく、こたびの戦で目立った武勲を上げてどこかの貴族家に仕えることを期待した連中だ。
先ほどまで敵の前線で奮闘していたセルディオを、なるべく自分の武勲が目立つタイミングで倒そうと好機をうかがい……無惨にも味方に殺された彼の死を悼んでいたところであった。
「…………」
「…………」
「指揮官殿はあの女を殺したものには金貨十枚と仕官を確約するとのことですっ!」
それでも剣を捧げる主君を持たない騎士崩れたちは気乗りしなさそうな顔をした。
セルディオを相手にしていた時に伝令の言葉を受けていれば、彼らは狂喜し、我先にと彼に襲い掛かっただろう。騎士崩れたちにとっては金貨十枚と仕官はそれほどに重い。
伝令は破格の報酬を約束する指揮官の言葉を伝えたにも関わらず、即座に急行しない彼らに訝しげな目を向けた。
「……何をなさっている! 駆けられよ!」
「と、言っても、なぁ」
「ああ」
彼らは気の毒そうに視線を合わせた。
……騎士崩れとしてこの戦争に参列した彼らはただ武のみを拠り所とする連中だ。そして生死の境目を何度も潜りぬけてくれば、死地の空気というものも察せられる。
あれは、とびきりの死地だ。
金貨十枚と仕官の口が転がっていて、勝率が六割五割であるならばここが人生を変える勝負どころと賭けをする気にもなろう。
だがあの黄金の女の間合いに飛び込んでみて生き残り、栄光を掴む自分の姿というものを……彼らはこれっぽっちも想像できなかったのである。
しばし仲間と目線を合わせていた騎士崩れの一人が馬を進める。
「伝令殿、指揮官殿にご連絡を」
「なにをっ?!」
せっかく指揮官からの命令を伝えたにも関わらずやる気のない騎士崩れに苛立ちを隠せない伝令は怒声をあげる。しょせん主家を持たない傭兵同然の連中か、と怒りとさげずみの眼差しをひょうひょうと受け流し、騎士崩れは笑った。
「割りに合いませぬ」
「なに? ……臆したかっ!」
「いやはや、今回ばかりはそう取られても致し方ない。ですが……金貨百枚でも、あれは――正直御免なのです」
それは騎士崩れたちの偽らざる感想だ。
彼らと共に前線で手柄を立てようとしていた、主家を持つ正規の騎士達は実のところ、すぐさま踵を返して急行している。
だがそれは……彼らが貴族家に仕える騎士であり、死が恐ろしいからといって命令不服従が許されない立場だからである。戦場で名誉の戦死を遂げたなら、相応の遺族年金も下りるゆえに命を惜しまずに戦いに行き……そして恐らくは死んだ。
普段なら、主家を持つ騎士に対して羨むはずが……今回ばかりは主家持ちでないことに彼らは感謝した。
「もういい……しょせん騎士崩れか!」
そう言いながら伝令は馬を走らせて去っていく。
「……なんで始末しなかったんだ?」
「たぶん、それどころじゃなくなるからなぁ」
同じ騎士崩れ仲間の言葉に、返答する男。
こういう場合、後で『伝令? 来ていませんね。どこかで流れ矢に当たったのでしょう』と誤魔化すため、平気で死人に口なしをやる。
今回それをやらなかったのは……やはり仲間殺しというのは彼らもできるなら、やりたくはないからだ。
「しかし」
視線を遠方に向ければ、味方の陣地を真っ二つに裂く騎馬の一団がいる。
まるで噴水のように血柱が吹き上がる様と、その中で輝くような麗しさと怖気立つような武威を見せ付ける黄金の女に騎士崩れは呻いた。
目を背けたくなるような屍山血河なのに、人を強烈に引き付けるものがあった。
「なんと爽やかに人を殺す女だ」
騎士崩れたちはあきれ果てたように笑った。
「は、ははっ……ははは。ど、どうだ、作戦通りだ!」
ファリク=ケラーの位置からでも敵陣を真っ二つに引き裂いたローズメイの姿は見えている。
「俺の率いる隊が敵主力を引きつけ、その間に彼女が強襲する! 完璧な作戦だっ!」
ファリクはそう声をあげる。
もちろん……彼の配下である騎士たちはそんな訳ないと知っていた。
だが味方に弓を射掛けたことに対して失望の眼差しを受ける事に耐えられず、ファリクはローズメイの悪魔的武威を自分の手柄のように喧伝する。そうしなければ自分のプライドを保てないからだ。
配下の騎士は苦々しい思いで顔を顰める。
仮に……ファリクが事前にローズメイと打ち合わせをしていたと仮定したとしても。
ファリクはローズメイにたった6騎で、どんなに少なく見積もっても500はいる敵陣に奇襲を命じたということになる。
「……それのどこが完璧な作戦だ」
ふつう、500の敵陣にたった7人で攻撃を命じるなど正気の沙汰ではない。
ローズメイの武威だからこそ圧倒しているだけ。もし本当にファリクが7人での奇襲を命じていたなら、彼の指揮官としての資質には大いに疑問を抱かざるを得ない。
「どうした……どうしたっ! どうして押さない!」
ローズメイの奇襲により、敵正面は気もそぞろな様子なことが本陣からでも見て取れる。
今ならば勝てる! と意気込むファリク。戦う前は怖気づいていたが、勝ち目が見えてくると欲も湧いてくる。彼の脳裏に浮かぶのは、二倍以上の敵を打ち破った天才指揮官である自分、という名誉であり、なのに敵陣を崩壊させることもできない味方の不甲斐なさに憤る。
「ファリクさま、味方は疲労困憊。一時陣を引くべきかと」
「……お前、ふざけるなっ! それだとあの女が手柄を独り占めではないか!」
そうはいうものの、今曲がりなりにも戦局が膠着しているのは敵地にて獅子奮迅の働きをする彼女一人のもの。
手柄を独り占めというが、実際に手柄を立てているのは彼女一人なのだから、致し方ないではないか。
そう思いこそすれども宮仕えの悲しさか、主君に提言する事もできず。
ファリクの命令を実行に移すなど不可能と分かっている彼らは――結局この戦、最初から最後まで、あの黄金の女頼みだと我が身の不甲斐なさを嘆くのであった。
幾度前に立ちはだかる敵を切り払い、重厚な敵陣の厚みを突破しただろうか。
「おいっ!」
「へいっ!」
悪相の家来衆たちもローズメイの背後を守りながら血戦を幾度も潜り抜け、流石に疲労困憊だ。
だが……いつ死んでもおかしくはない周囲を囲まれた状況にありながらも、彼らの顔に浮かぶのは、のちの神話の登場が確約されたような選ばれしものの恍惚感だ。
ローズメイの声にもはっきりと力のこもった返事をしている。
「姐さんっ! 右前方から回り込みにきている!」
再度の敵陣突入をおこなおうとしたところで――とうとう敵が痺れを切らしたのだろう。
たかが数名、たかが数名……そう思い込みたくても、すでに目を覆いたくなるほどの損害を彼女たちによって受けている。被害は甚大。もはやローズメイを己の手で引き裂かない限りは腹の虫が収まらない。そう言った憎悪が向けられている。
「この殺意、次は敵の精鋭がくるぞっ!」
敵の精鋭を屠れば士気もへし折れよう。勝機が自ら突っ込んでくれたか、絶好の機会だとほくそえむ。
ローズメイはぺろりと頬を舐め、矛先を相手に向け――ようとして、訝しんだ。
敵より激烈な憎悪を感じる。
しかし蹄の音は静かで、むしろ和平交渉にでも来たかのようだ。
敵陣より一騎、来る。身なりといい、周囲の兵からの畏怖と敬意を一身に浴びるさまといい、ひとかどの人物であると分かる。
わからないのは、堅牢な陣地の最奥で最後まで生存し続けなければならない敵将と思しき男が、なぜわざわざ敵の前に出てくるか、だ。
憎悪はそのままに、しかし騎士として礼儀正しく進み出てくる。
ローズメイは訪ねてみることにした。
「敵将とお見受けする」
「……いや、違う」
あれ? とローズメイは思った。おれの眼力も鈍ったか? と首を傾げる。
「我が軍の将はあなたに追われて空を飛んで儚くなった」
「……ああ」
名目上の指揮官は、崖から落ちて儚くなった貴族で、実質的な指揮官が目の前の騎士なのだろう。ローズメイはそう判断した。
「では、貴殿。一騎打ちが望みか?」
「馬鹿を言え……俺が百人いても勝ち目はあるまい」
そのようだ。指揮官としての能力はともかく剣を以て戦う類の男ではあるまい。だが、で、あれば何をしにここにきたのか。
ローズメイがその気になれば一撃で絶命すると分かっていながら、どうして?
敵の指揮官はローズメイ……ではなく、彼女の後ろで下知を待つ悪相の家来衆に目を向け、尋ねた。
「貴殿は酷使者の走狗か?」
……その問いかけを発した瞬間、指揮官の男はまるで心臓を鷲掴みにされたかのような恐怖を覚えた。
ローズメイの潔癖な部分に触る、考えうる限り最悪の侮辱に対して彼女は冷静さを装いながら、その実激昂している。
冷ややかな激怒が男の身を貫いた。ローズメイは肩に戦斧を担ぎながら訪ねる。
「……悪魔のそしりも、憎悪の言葉も受け入れよう。だが、おれが、このおれが……なんだと?」
「ぐるるるっ」
主の激怒が乗り移ったように狼龍シーラが唸り声をあげた。
「言うに事欠いて……邪神の走狗だと?!」
その剣幕に指揮官の男の馬が怯えていななくが、それをなだめすかしながら、彼は答えた。
視線が、後ろの悪相の男達に向けられる。
「よく見るがいい、黄金の女っ!」
青ざめ、怯えながらも答える。
「貴殿の配下、既に死んでおろう!!」




