神威の影
いつもご覧くださりありがとうございます。
今回はちょっと生存報告がわりも兼ねてのため、いつもに比べると分量少ないです。
自分はお外で小説を書くことが多いタイプで昨今の外出自粛の為にあんまり筆が乗らない状態です。楽しみにしてくださっているかた、遅れて申し訳ありません。
ローズメイ=ダークサントは槍術、剣術、弓術、馬術、何でも水準をはるかに超える熟達を見せた。
用いる武器もその気になれば槍から戟、ハルバードはおろか、鎖つきの流星錘まで自由自在に使いこなす。
ただ、ローズメイは戦場に赴く際、あまり用いるものの少ない大戦斧を好んで用いた。
騎士達にあまり好まれないのは、一般的な騎兵の用いる武器の中でもっとも重く、戦場でこんな代物を奮い続ければ握力は萎え、戦い続けることも困難になるからだ。
ではなぜローズメイはこの好まれない大戦斧を愛用し続けているのか?
答えは明瞭。
一撃で四名は死ぬからだ。
「構えー!」
騎兵の恐ろしさはその突進力にある――が、実のところ槍襖を組み立て、歩兵で陣を組んで守りを固めれば馬は速度を落とす。
どれだけ軍馬として訓練を積んだ馬でも、前面に並べられた尖ったものに頭から突っ込んでいくことはできない。馬用の防具などもあるが、生まれ持った野生の本能には逆らえないものだ。
最前線で槍兵部隊を統括する隊長は猛然と突っ込んでくる黄金の女を前に、訓練どおり、槍襖を組ませる。
そこでふと不安が頭によぎる。騎兵突撃を食い止める為に陣形を組むのは正しい。
だが先陣を切る相手の騎馬は……龍だ。
果たして突進してくる狼龍相手に槍襖の陣形とは戦術的に正しいのか?
指揮官は首を横に振った。いまさら書物をあさって狼龍の突撃に有効な対抗手段を探す暇などない。彼は自分たちが練り上げた陣形の強固さを信じた。頭の中にいくつもの不安と後悔が川のように流れては消え、最後には迷う暇もなくなる。
幾筋も繰り出される槍。
狙いは狼龍。槍身の銀光が煌き突き出された槍は――狼龍のなめらかで強靭な鱗を滑って横に逸れ。
指揮官は、次の瞬間爆砕の勢いではじけ飛ぶ兵士達の姿を見た。
鮮血の噴水が四つ、戦場に咲く。
ひとなぎにて頸部四つまとめて斬り飛ばし、空中で独楽のようにくるくると回転して落ちる。
狼龍シーラがその爪を奮って手近な相手を吹き飛ばす。
狼龍のその衝力は想像を絶した。騎兵突撃に対抗する定石を頭から無視し、正面から力で圧倒する。彼女がこじ開けた陣形の穴を、後続の家来衆6騎が更に広げていく。
もし、醜女将軍の時代を知る敵将がいれば『あいも代わらぬ馬鹿正直の正面突撃』と……警戒と恐怖を込めて罵倒しただろう。
なぜならば彼女と敵対したサンダミオン帝国の将兵は、その馬鹿正直の正面突撃が来るとわかっていながら常に総崩れの憂き目にあっていたからだ。
ローズメイは猪武者。細やかな用兵は常に副将に任せ、己は一撃にて四名を殺戮する武勇を持って、恐怖を撒くことを己に任じていた。言うなれば敵陣を紙でも切るように容易く崩せる鋭利な刃。
彼女の突撃の矛先を生かせる副将を得れば、比喩抜きで天下が狙えるだろう。
「生きているかぁ?!」
「へい!」「手傷は受けましたが、まぁ元気でさ」
全員意気軒昂。戦闘続行に問題はない。
ローズメイはまるでたまねぎの皮でも剥くように敵陣外周部を突撃にてかき回し、相手陣地の後方まで駆け抜けてみせた。
気力は十分。先頭を行く彼女はそのまま馬首をめぐらせて勢いをつけ、もう一度敵陣へと突入する軌道を描く。その際に……相手側の更に後方で布陣する少数の兵力に思わず首を傾げた。
馬車が何台かいることから輸送かと思ったが、1000近くの兵を養う輜重隊だとしてはあまりに数が少ない。
ちらりと目をやれば、高々と掲げられた神殿の旗。
「ああ」
世俗の権力争いから一歩引いた彼らは今回の戦いには不干渉という立場なのだろう。
捨て置いて良し。ローズメイはそう判断して意識から追い出した。
「それにしても姐さん、真っ向先陣きるとか怖くはねぇんですか?!」
「いや。怖いとも」
戦斧の握りを確かめなおし、もう一度突撃を掛ける。
初陣の時、初めて人を殺した時は恐ろしさで眠ることもできなかった。そういう時代は彼女にもあった。
だが。
先陣を切る限り。
仲間が死ぬ姿を直接自分の眼で見る事はなく。ただ事後で、だれそれが死んだのだと教えられるだけですむ。
悲しむことは変わらないが、どこか遠い場所で誰かの訃報を聞くように心を切り離して考えることができるのだから。
貴族連合軍より少し離れた戦場を俯瞰できる位置より、突入する七騎を見て神殿騎士団の騎士達はあんぐりと口を開けた。
「……メリダ老。どう見ますか」
「……」
戦争を決するものが指揮官の事細かな事前準備を退けば、あとは数と気迫にて決する。
メリダ老はそう考えている。
あの少数の騎兵たちは普通ならば敵陣にひと呑みにされるような少数だが……その全身より発される気迫と武威はどのような大国であっても見たことのないような精強さである。
だが、メリダ老はむしろ……あの先頭の一騎の姿にこそ心惹かれた。
なるほど英傑であろう。しかし神に仕えるものとして、彼女はまず……あの先陣の黄金の女に不思議なものを感じ取った。
「……あの女から神の気配を感じるねぇ……」
「……まことで、ございますか」
神の祝福を得るものはこの世にはいる。ただし、その大半は自ら神のしもべとなることを選んだ神殿などの関係者であるのが普通だ。
しかしあそこまで激しく武働きをできる女が神官であったなど聞いた事もない。配下に当たる騎士の驚きの言葉も、それが理由だ。
「で、あれば……もう一つかねぇ」
そして神の歓心を引き、その加護を与えられるということは……少ないが、ある。
決して前例の無い話ではない。
神が。そのものの生き様に同情。或いは心躍らせて自ら力を与える時だ。




