おれのために死ね
いつも感想ありがとうございます。
実は作者は前回のお話を『そういや世紀末救世主にああいう名前のやついたなぁ(汗)』と指摘されてようやく気付きました、名前はただの偶然ですが、頭の片隅に残っていたのかもしれません。(え)
助け出した避難民たちに安全なルートを指示すると、ローズメイは即座に家来衆へと武装を命令した。
「目標は逃げ出した騎兵の追撃だ。心せよ」
「いまさらですぜ、姐さん」
「向かう先に敵の本隊がいるわけでしょ?」
ローズメイは、町はずれの破落戸崩れが今や歴戦の猛者さながらのふてぶてしい笑みを浮かべる姿を見て頼もしげに笑った。
「ま、その前に追いついて始末を付けられれば一番楽でいいが。シーラ。お前の鼻に頼ることになる。連中の失禁の臭いを追ってくれ」
「ぐるる……」
主人である黄金の女の命令に、狼龍シーラが何だか嫌そうな声を出したのは無理もないだろう。
さて。
ローズメイはこの時敵の本陣へと強襲をかける……なんてことは微塵も考えてはいなかった。
その剛勇ばかりが先行しているが、彼女は可能であれば敵に倍する兵力を準備し、万全の補給と陣容を整えて戦う事がもっとも理想的だと知っている。
だからこの時は嫌がらせついでに敵の騎兵戦力を少しでも減らしておこうという考えだったのだ。
元々ダークサント公爵家の頭領として金銭には明るい。馬に乗り、その上で武器を振り回すということは専門技能なのだ。ましてや馬だって水を飲むし食事もする。世話をするための馬丁だっている。金がかかる、という事を知り尽くしており――ここで手塩にかけた騎兵戦力を潰してやる事は相手にとって実に嫌な事なのだ。
「見えたぞ、始めろ」
「野郎共、姐さんの下知が出たぞぉー!!」
指揮官の資質には、声が良く通ることが挙げられる。
ローズメイの静かな声はまるで遠方で響く雷のように家来衆に伝わった。
全員が槍を、戟を、おもいおもいの武具を構えて騎馬を疾走させる。
「ひぃ……な、なんで追いつけるっ!!」
「狼龍だぞ、あんなものどうしてっ!!」
先ほど仲間を見捨てて逃げ出した騎兵集団は、ローズメイの武威からようやく逃げおおせたと安心していたのだろう。馬の歩みは無理をさせない程度の歩調であったが……追撃してきたローズメイ一党の姿に気付くと慌てて尻に鞭をくれて逃げ出し始める。
「どうしますかね、姐さん!」
「追って可能な限り殺す! あとはあとで考える!」
「ぐるるるっ!!」
地を蹴るシーラの疾走の速度は一段と速まる。ローズメイは愛用の大戦斧を引っさげ逃げようとするお貴族様の背中へと迫りながら叫んだ。
「騎士を名乗るに足らぬ鼠賊! 逃げおおせると思うなっ!」
逃げ出した騎士達は次第に山道を駆け上がる。
すでにローズメイの追撃を受けてその半数が抹殺され、馬蹄に踏み潰されて死していく。
どうしてだ、どうしてだ、と彼らはまるで被害者のように呻いた。ただ自分達は貴族として、勝利者として当然の権利である殺戮と略奪を遊び半分に行おうとしていただけなのに……あんな悪魔のような敵に追い回されて逃げねばならないのか……と、そう考える。
だが、あと少し。あと少しだと自分に言い聞かせながら、彼ら騎士たちは馬を走らせる。
木々の隙間は兵士達が通り易いように茂みや薮は切り開かれ、向こう側には何本もの軍旗がひるがえっていた。アンダルム男爵領へと侵攻を決めた貴族諸家の連合軍であると示すようにそれぞれ異なる紋章が描かれている。
「止まれ、ここは本陣だっ!」
「ええい、うるさいっ!」
その中で職責を全うしようと兵士の一人が誰何の声を発した。
だが騎士は切迫していた為に一時馬を止めて答える事ができなかった。もちろん彼とて、きちんと返答するのが正しいと分かっている。しかし後方から血塗れた戦斧を引っさげて追いかけてくる兵がいるのだ。ここで逃げねば戦斧が自分の首を断つのだ。
その恐れから騎士は誰何を無視して陣地に進み――その光景をみていたローズメイは、それを……好機と見たのだ。
遠方より見える、幾つもの旗印。
それは山の中に陣地を築いた敵が、一つの勢力ではなく。複数の連合軍によって出来たものだという意味であり。
「裏切りだぁー! 味方が寝返ったぞぉー!!」
ローズメイは大勢に良く届く透き通った雷声で持って高らかに叫んだ。時には一片の流言飛語が万に勝る力を発揮すると、彼女は知っている。この一言をきっかけに敵陣に壊乱をもたらせるならば儲けものであろう。
愛用の大戦斧を振り上げ、焦燥と混乱の只中に放り込まれた敵陣へと踊りかかった。
それが。
御覧。
地獄絵図である。
「えええええぇぇぇ……」
ローズメイ=ダークサントは、この女傑にしては非常に珍しく困惑の極みといった様子で呻き声を挙げた。
戦場において、高所を取ることは間違いではない。坂から駆け下り敵とぶつかれば自然と衝力は増す。弓矢の射程も延びる。いい事尽くめである。逆に高所の敵を相手にする際は、先ほど述べたことの逆の不利を背負い込むことになるのだ。
ただし……高所を取ることは間違いではないが、それらすべては退路を確保する事が前提となる。
恐らくローズメイが襲い掛かることになった敵は、そういう事を無視していた。敵に倍する数を用意して慢心していたか。あるいは数で上回っている本陣にたった7騎で殴りこんでくる敵などいないと慢心していたか。
相手が多数の家紋の入った旗を掲げていることから、指揮系統は一枚岩ではない。
ならば、仲間が裏切ったと流言飛語を飛ばせば混乱を招けるかもしれない――そう思ったのは確かだ。しかし……挑みかかってきた兵士を10名ほど返り討ちにしたところで敵が逃走をはじめ……その人間の津波がどんどんと仲間を崖下へと突き落とす結果となったのだ。
後世の歴史書には、ローズメイのこの悪魔的な奇襲作戦が全て計画通りであったと示すものが多々ある。
ローズメイはこの大戦果を――当然、まったく、これっぽっちも想像していなかった。
まさか崖の上に陣地を敷き。そこから戦場を観戦しようなどとなまちょろい事を考えているものがいるなど考えもしなかった。この狂奔と混乱を生み出したのは彼女だが……まさか、まさか。
崖から全軍が、墜落死するなどとは予想だにしていなかった。
「ぐるるるっ」
狼龍シーラは敵を追撃する勢いのまま崖から踏み出し――咄嗟に四本の爪と足で姿勢を制御する。
「おっ、っとっとっと」
ローズメイに従い敵を血祭りにあげながら突いてきた家来衆も巧みに馬を操り墜落死を免れて、屍の上に着地する。
この時配下の六騎全員が一人も欠けることなく着地できたのは行幸であった。
なぜなら……ここで傲然と胸を張り、相手を値踏みするような目で睥睨すれば――この状況がただのめぐり合わせ、偶然などではなく、さも、最初から計画通りだったのだと相手を誤魔化すことができるからだ。
ローズメイは実のところ、見かけほど冷静だったわけではない。
まさか敵陣が崖の上にあるとは思わず、その場の勢いで敵を墜落死させただけであり。追撃に熱中して崖を駆け下りただけなど周りに言えるはずがない。
ただし、彼女はそこで狼狽や恐怖を顔には出さなかった。
考えあってのことではない。ただ醜女将軍の時代から、彼女を育てた側近より指揮官の恐怖や混乱は容易く周りに伝染すると教えられていた。だからこそ周囲を――圧倒的大多数に包囲されているに等しい状況であろうとも。
にっこりと微笑むことができた。
敵陣が、退く。
「……なるほど」
ローズメイは狼龍シーラを散歩でもさせるようにゆるやかに進ませ、周囲を確認する。
向こう側には合流するつもりであったアンダルム男爵家の旗印。周りは様々な貴族家の旗が何本も並ぶ敵。
戦場の只中で、突如として敵の腹を奇襲した形になる。
それも――崖の上から観戦していた敵兵を突き落とし、屍血惨河を築きながらの登場である。
それに加えて、襲い掛かってきた敵将が絶世の美貌の持ち主だというのが、まるで人ならざる悪魔なのかという疑念に説得力を与えていたが、生憎と長年醜い女として生きてきたローズメイは、自分の美貌にどうも無頓着であった。
なるほど。
これは恐ろしいだろう。仲間の兵士達を崖から突き落とし、その屍を踏んで進む敵。
想定とは違っていたが、好機であった。
ローズメイは戦には勢いや流れがあると知り尽くしている。
彼女は四方八方を敵に取り囲まれた状況を、包囲され、逃げ場を失った絶体絶命の危機ではなく。
懐にもぐりこみ、敵陣を内側からかき回し、八つ裂きにする絶好の攻撃機会なのだと捉えた。
これを窮地ではなく好機と見る。
それこそが凡将と猛将の差であり。
ファリクとローズメイの決定的な差であった。
「お前たち……」
「へいっ」「お下知を、姐さんっ」
危険な戦いであることは間違いない。士気は自分達が勝っているものの、相手は数百倍。
家来衆たちの全員は到底生き残れまいという残酷な予想があった。
今の彼らの武力ならば敵陣を突破して、アンダルム男爵家の陣地まで逃げ延びることもできるだろう。しかしこれからローズメイがやろうとしているのは敵陣への突入と離脱の繰り返しである。さすがに彼らは何人か死ぬだろう。
だが、ローズメイは彼らの顔に浮かぶ誇らしげな表情に言葉を呑んだ。
醜女将軍最後の戦い、メディアス男爵家の反乱軍相手に突入する際、配下の騎士達が浮かべていた顔と同じ表情をしている。
思い起こすのはあの生贄の輿からシディアを救い出し、仲間を殺した自分に従うことを決めた悪相の男達の誇らしげな感情だった。
ローズメイは自分が英雄だという自覚はない。
しかし彼らは『黄金の女ローズメイ』こそが夜空に輝く英傑の星であると信じ、己らはローズメイの輝きを受けて夜空に瞬く伴星になれると信じていた。
黄金の女に従い、その覇業の礎になれることこそ彼らの喜び。
で、あれば、彼らの命を気遣って逃げるように命令するのは、その覚悟を軽んじる侮辱に等しい行為だ。
ローズメイは言おうとした言葉を取りやめた。
戦斧を掲げ、己に従う六騎に命じる。
「お前たち」
「はっ!」
ああ、まただ。
またこんな事を配下にいうのだな、おれは。心にさびしさを覚えながら言葉を発した。
「おれのために死ね」
悪相の家来衆は、我が意を得たりと歯を剥いて笑い。
主君の後を追い、死地もまた楽しかろうと、誇らしさと共に襲い掛かった。




