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暗君ギスカー

別なところで面白かったと感想をいただいたのでリハビリがてらに書きました。


王子がしでかした後の、いわゆるざまぁ回です。

ただししでかしてしまった相手に肉体的苦痛、処刑、地位のはく奪等の内容ではありません。

そこはご容赦ください。

「馬鹿な真似をしたな、ギスカー……」

「……申し開きようもございません、父上……」


 ルフェンビア王国の王宮の一室。国王が横たわる寝室でギスカーは父王と面会していた。

 国家存亡の危機は、どうにか去っている。

 メディアス男爵率いる8000の兵はローズメイとその貴下10騎によって総大将であるメディアス男爵その人を討たれ、すでに敗走していた。


 だが、ローズメイはやはり生還できなかった。

 彼女の貴下にいたたった二人の生存者は、すでに騎士勲章を返上し、応援に駆けつけた騎士団を『役立たずのごく潰しの王子の手先』と罵倒してそのまま失踪したらしい。

 王家に対する明確な罵倒であったが、ギスカーは特に怒りもしなかった。


 あの時、自ら微笑んで死地に赴くローズメイの笑顔を見て……なんと清らかなのだと……あの醜女を前に心の底から思ったのだ。

 そしてあの清らかな女を死地に送ったのは紛れもなく、自分の愚行なのだ。


「ローズメイから頼まれておった……お前が望むなら、婚約を解消して欲しい、と」

「……はい」


 だが、少し前までのギスカーはそれが認められまい、と思ってもいた。

 ダークサント公爵家は、ルフェンビア王国の中でも尚武の名門。ローズメイの父も兄も常に戦場にあり……そして死んだ。

 彼女を王族として迎え入れる事は王家からの侘びであり、名誉として報いる手段の一つでもあり、強大な軍事力を持つ彼女を王家に引きこむ手段の一つでもあった。


 その全てが、無駄になったが。


 しかも不慮の事故ではなく、ギスカー王子の短慮によるものだ。

 父王は息子に対して責める言葉も発さず、ただ淡々と悲しみを込めて見つめるのみ。


 ギスカー王子の顔色ははっきりと悪い。

 いまさらながらにして自分のしでかしたことが王家にとって最悪の決断であったと理解していた。

 

「お前のした事は……愚の骨頂だ」

「……はい。国外追放でも、終身刑でも、鉱山の終身労働でも、処刑でも。

 どの重罰であろうとも謹んでお受けいたします」


 ただ、ギスカーは自分のした罪深さを自覚はしている。父王が例え乱刀分屍の残虐な処刑法を命じようとも粛々とそれを受け入れただろう。


「たわけ」


 だが、父王の冷厳なる返答は、ギスカー王子のどの予想とも違っていた。

 父王は病状の身を起こし、その瞳に――かつて我が娘と呼ぶはずだった勇者の死を悲しむ色と、彼女を死に追いやったわが子への激烈な憤怒と……わが子の辿る、過酷な生を思う、複雑な感情を浮かべていた。


「そのような、楽な終わりが出来るなどと思うな」

「父上ッ、今だ立つには……」

「出立する……馬車の用意を命じよ」


 父王はこの数日前に昏倒状態から回復したばかり。

 病に冒され体力を失った王の玉体は骨と皮が目立っている。


 だが、さすがは国家安泰の重責を担う国主。

 活力を失った痩身を支えるのは、王としての激烈な使命感であった。


「ダークサント公爵家、代々の墓地にて謝しに参る」

「ですが父上。お体が……」

「それでも行かねばならぬ」


 父王の容態は悪い。

 それを圧してなおじかに詫びに行く必要がある、そう判断したのだ。ギスカーは何も言えずに俯く。尻拭いさせることになり、罪悪感がありありと浮かんだ。


「ギスカーよ……」

「はい」

「父にできるのは――ここまでだ」


 それはどういう意味なのだ。

 物言いたげな息子の視線に、父王は何も言わず万感の思いを込めて彼を見つめ。

 ただ、黙って息子を抱擁し。


 近習のもの達に支えられながら、馬車へともぐりこむ。



 それが親子の最後の別れとなった。




 ダークサント公爵家代々の霊廟は、王都より一日をかけた一族の領地にある。

 すでに公爵家のものには、公爵家直系がとうとう死に絶えたという悲報が届いているだろう。 


「もう、ダークサント公爵家では葬式を済ませたのだったな」


 ローズメイの遺体は……とうとう見つからなかった。

 あの剛勇を鑑みれば、積み立てた屍の山の上で胡坐をかいて絶命していそうだ……そんな使用人の囁きも聞こえる。

 王家も亡骸の存在しないまま葬式を挙げるダークサント公爵家に対して弔問の使者を送ってはいた。


 しかし……実際のところ、塩をぶつけられ追い払われるような対応であったという。今回ばかりは臣民の激怒も至極当然のため、王家としては手紙を残し、蹴り飛ばされる勢いで逃げ出したそうだ。

 ローズメイの領地の統治法がどれほど臣民に慕われる適切なものであったか、今にして良く分かった。

 父王がダークサント公爵家に弔問としてじきじきに足を運んだのも、公爵家との関係の悪化が、国家存亡の危機に直結していると知るからだろう。


 

 その全ての元凶が、ギスカー王子だ。



 王子は、ダークサント公爵家に行っていない。

 ローズメイとその貴下の騎士たちを無意味な戦場で死に追いやった張本人が、当人の葬式に顔を出す……これほど彼らの神経を逆撫でする事もあるまい。

 それが分かっているからこそ、ギスカー王子は王都で活動を自粛していた。


「……せめて父上の不在の今、国内のことぐらいは万全にせねば」


 ローズメイを亡くし。

 自らの至らなさを自覚したギスカーは身を改め、現在は喪装に身を包みながらも政治を精力的に取っている。

 その働き振りは確かなもので、王子を見直す声も多いが――たいていその後にこう付け加えられるのだ。



『せめて、あと一年前にああなってくれれば……』




 さて。

 今回も地味ではあるが、国家運営には欠かせない執務を受けようと会議に出席しようとし――ギスカーはそこで、宰相から予想だにしない場所への着席を進められた。


「……宰相殿。これは謀反の誘いか」


 父王のみが使用を認められる特別な席への着席だ。

 本来のギスカーの席はその隣。王太子のための席であり、父がダークサント公爵家へと弔問に赴いているから、空いているから座る――などと気軽に扱える席ではない。

 国家反逆罪と判断されても仕方ない暴挙であった。


「いいえ。反逆ではありません」

「反逆者は皆そう言う」


 ギスカーは椅子を勧める宰相の言葉を拒絶する。

 今回のことで大いに評判を下げたギスカーだが、それでも明確な反逆に対して目つきも鋭くなろうものだ。


「衛兵! 彼らを拘束せよ、父王が帰還するまで……」

「陛下は帰還なさいません」


 宰相の言葉を受け、ギスカーの背中につめたいものがもぐりこむ。

 それは父王の死を意味しており、すでに彼らはメディアス男爵と同じく叛逆の手はずを整えているのだと――そう思った。

 だが宰相は大きなため息をついてから、ギスカー王子の両肩を掴んで目を合わせ、言った。




「陛下は、ダークサント公爵家の霊廟で、自刃して謝罪するおつもりです」





「……なに?」


 まるで脊椎の代わりに氷の柱でも埋め込まれたような寒々とした恐怖感がギスカーの背中を貫いた。

 宰相は胸の中に湧き上がる激情と憤怒を努めて表に出すまいと苦心する。

 彼の胸の内には――国家安泰の為に尽力していたローズメイを死ぬ必要もない戦で戦死させ……彼の尻拭いのために国王に自害する決断をさせた王子に対する強烈な怒りと悲しみがのたくっており、意識せずとも唇が震えた。


「お分かりになりませぬか、ダークサント公爵家の臣民や郎党たちにとって、ローズメイ様の戦死により、王家に対する激烈な不信感は増す一方となっております」

「それは……そうだが」

「領地を引き継ぐはずだったローズメイ様を謀殺し、その領地を奪う腹積もりだったと邪推するものもいます」

「それはっ……!」


 違う、と叫びかけたギスカーであったが――なるほど、そういうものの見かたもあり。自分が否定したところでなんら説得力などないとも分かる。


「だが……それならなぜ……なぜ父上が死ぬなどという事になるっ!」

「ダークサント公爵家の方々は王家の為に皆死にました。王の命を詫びに出すぐらいでなければ、民衆は納得しますまい」

「だからっ!!」


 ギスカーは叫んだ。


「どうして……どうして父上が死ぬという事になる!!

 ローズメイに無用な死を与え、我がルフェンビア王国に害を成したのは――私だ!! ならば私が死んで詫びるのが筋ではないかっ!!」

「確かに……陛下にほかにお子がおり、親戚に養子として招けるものがいるならその手段もありました。ギスカー王子が今日の事態を招いたのならば命を持って償わせるのが筋。

 ですが……陛下にはもうお時間がありません。……医者からも持って数ヶ月の命数と告げられております」


 覚悟はしていたはずだった。

 父王の病状は悪化の一途を辿っており、来年を越せるか否かは危ういものだと言われていた。

 しかし……宰相のはっきりした断言の言葉と……父王の苦痛を思い、ギスカーは悲鳴をあげたくなる。


 寝台の上で緩やかな死を迎えることと……息子の罪を一身に背負って自分自身に刃を突きたて、激痛と出血の苦しみの中で死亡するのはまるで違う。

 その苦痛と恐怖はいかばかりのものか。



 しかも自分の体に刃を突き立てる苦しみを、父王に肩代わりさせたのは――他ならぬ、ギスカー王子自身なのだ。



 ギスカーは胸を掻きむしった。

 自分自身の死にならば、恐怖しながらも耐える事ができよう。だが……敬愛する父に自分の罪に対する罰を被らせ、のうのうと生きていかねばならない自分の罪深さ……おのれが言葉に出すのも汚らわしい、軽蔑に値する男であることには耐えられなかった。

 

「ああ……ああ、ああ!! 父上、ローズメイ!」


 そして何より――ローズメイはすでに自分の愚かさの尻拭いの為に戦場で死んだ。

 亡骸さえ故郷に帰ることもできなかった。

 父と婚約者の死を招いたのは自分であり……そして次期国王である自分は、国家の為に二人を犠牲にしながらも安泰に生き長らえねばならない。だがそんな自己嫌悪の地獄で震えるギスカーに、宰相はまるで鞭打つかのように更なる言葉を発する。


「……ギスカー王子、あなたにはサンダミオン帝国の姫と婚姻していただくことになります」

「……やめろ……何を馬鹿な事を言ってる! お前は何を言ってるんだ!!」


 ギスカーの罵倒の理由も、宰相には分からないでもない。

 彼らの統治に組み込む手段として王族との婚姻はよくある手だ。

 だがサンダミオン帝国は今回のローズメイの死に対し裏で糸を引いていた黒幕とも言うべき相手。今回の国難に際し、ギスカーの次に責を問うべき憎き敵の姫と婚姻など……まるで親の仇を妻とするようなものではないか。道義的にも心情的も受け入れられるものではない。

 だが宰相は首を横に振った。


「ローズメイ様を失った事により、すでに彼女貴下の二万の兵士達には強い厭戦気分が広がり始めております。

 強大な戦闘指揮官の彼女を失った以上――次は。サンダミオン帝国の侵攻を止める事は不可能でしょう。ゆえに……一番国力を残した今こそ有利に降伏できる……それが国王陛下のご判断なのです」


 だが……仮にも婚約者だった人を戦死させた敵国の姫君との婚約など……究極の不誠実とも言うべき行為ではないか。

 これも見ようによっては――サンダミオン帝国の姫君に恋慕したギスカー王子は邪魔なローズメイ将軍を謀殺し、国家を売ったと邪推する事もできるだろう。

 ギスカーは宰相の言葉に引きつった泣き笑いの表情で言った。


「お前は……シーラとの偽りの愛に惑わされ、血迷って婚約者のローズメイを戦死必須の戦いに送り込んだ外道畜生の私に!

 ローズメイを殺した敵国の姫を妻にせよと……そう言うのか!! 私に、更に恥知らずを重ねよというのか!!」


 頭を掻き毟り、頭皮から血さえ滲ませながら叫ぶ。


「女に血迷って婚約者であり将軍だった人を死に追いやり!

 敵国の姫を娶ってのうのうと生き長らえろと?!

 女の色香で母国を滅ぼし、忠臣を死に追いやり、稀代の暗君として歴史に千年の名を残せと?!

 このあとの人生死ぬまで女がらみで国を売った売国奴として、全ての臣民から軽蔑されながら……生きていけというのか?!」


 喉が枯れるような切々とした声を絞り上げて叫んだ。


「これでは……これでは……死んだほうがましではないか!!」


 だが、彼の悲鳴を宰相の怒号が叩き潰した。


「お前に自分で死に場所を選ぶなどというぜいたくが許されると思うか!!」


 その獅子吼にギスカーはびくり、と震える。


「……陛下も、ローズメイ様も……まだ未来はあった。

 それを無理やり終わらせねばならなかったのは、殿下。あなたのせいです!


 あなたのせいだっ! あなたのせいでお二人は死ぬ以外なかったのだ!!」


 そう言って――親の仇でも射殺すような激しい憎悪の視線を向けていた宰相は……力なく項垂れた。

 

「……ですが……あなたには国の王として、自己嫌悪の地獄で苦しみもがきながらも……生き続けてもらわねばならぬのです。

 それこそが……先王陛下があなたに下された、わが子には生きて欲しいという親の愛、あるいは残酷なエゴであり。

 そしてこの先、生きている限り一生ついてまわる軽蔑と、千年残る暗君の汚名こそがあなたに与えられた罰なのですから……」


 宰相は鉛のようなため息を吐き出すと、そのまま近くの椅子に腰掛ける。

 相次ぐ訃報に肉体よりも精神が疲弊しきっているのだろう。

 ギスカーは、不意に心に閃いた直感を口にした。


「……宰相はローズメイとは……?」

「姪の娘だったのですよ」


 宰相も貴族としては名門に当たる。歴史の古いこの国ならば家系図を紐解けばだいたいの有力な諸侯との縁戚関係が浮かび上がってくる。

 だが宰相の嘆き方は……きっと昔、温かなふれあいをした家族の悲しみが溢れていた。

 ギスカーは、自分がこれまで座っていた王子のための座席から王の椅子を見上げる。

 これから先、自分は大勢の人々に軽蔑されながらも生きていかねばならないだろう。ここで死を賜るほうがよほど楽だと思わなくもない。


 ……しかし、ローズメイと父王は自分とこの国を存続させる為に命をささげた。

 のであれば……容易く自害という選択を採ることもできない。

 

 生きるも、また地獄。しかし死がただの安易な逃げになるのも間違いはない。



 ギスカーは王宮の窓から外を見た。



 血相を変えた伝令が馬を走らせてやってくる。


 父の訃報を携えてきたのだろう――そう思いながら、瞳から溢れ出る涙を堪えながら、ギスカーは嗚咽した。




 どれほど辛くても、生きねばならない。

 




 



 ギスカー王子は10代末の頃、婚約者を群集の面前で罵倒し、尊厳に傷を付けた。

 父王に命で尻拭いをさせ、婚約者を殺した敵国の王女を娶り、安穏と生き続けた恥知らずの唾棄すべき暗君として歴史に名を残した。



 ただ、彼の妻となった帝国の王女が、故郷の母に送った手紙には『婚約者の名誉を傷つけた恥知らずと噂の人だけど……思ったよりずっと優しい人だった』と、不安がる家族を安心させる文面が残されている。

 ギスカー王子の人となりを残す近親者の資料は少ない。

 暗君としての評判に、妻となった人が、ほんの少しだけ反証を残したのみであった。


 歴史は彼を暗君と語る。

 異論の余地はない。

自分としてはこういう形の罰こそが最もキツイのではないかと思っています。

生ぬるい、という評価に対しては。


『永遠に許される機会は訪れない』というのは贖罪を求める人にとって一番つらいのではないかと思っています。

こういう形のざまぁ展開もあると思っていただければ幸いです。

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妻の反証は蛇足だと思ってしまいます ことここに至るまで、人から指摘され始めて自分の犯した過ちに気づいた彼に必要なのかなっと 文章的にはきれいにまとめるんでしょうが
人間の書き方が最高だな…… と思いつつ読み進めて参りましたが、 こと此処に至って膝を打つ妙手を見ました。 忠臣の命をもって正気に返り、父の命で贖われて、 汚名を残すと分かっても正気でなければならない、…
。°(°´non°)°。父上、ローズメイ。謝ることもできない。ああああああ。己が愚かだったばかりにぃぃぃ
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