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覚える価値もない

感想ありがとうございます。

まだ新しい職場環境に慣れておらず更新遅めですがよろしくお願いします。

「わわ、私を誰だと思っている!!」

「知らん。どうせ殺す相手の名前を知ってどうする」


 さて。

 ローズメイが手取りにした賊将であったが、相手にとっては相応に重要な人物であったのだろう。敵は数十メートルほど距離を空け、遠巻きにこちらの様子を窺う姿勢だ。

 かといって、敵軍の実戦指揮官と見るには肝が据わっていない。相手の貴族家当主が箔付けでお飾りの指揮官を任ぜられた貴族の子弟と言ったところか。

 ローズメイの素っ気無いが、本気の言葉にその貴族は顔を青褪めさせていたが、最近常識枠やストッパーの位置が板についてきたハリュが間に入った。


「南方の子爵家、ランベールの家紋ですね」


 異邦人であり近隣の貴族などさっぱり知らないローズメイに代わり、賊将の鎧に刻まれた紋章に目を通して応える。

 ローズメイは片眉を吊り上げた。だが、そのランベール家の若様らしき男は、自分が貴族であり敬われる存在であるという――そんな常識で育ったためかほっと安心したような顔をする。


「身代金を請求できます」

「そ、そうだっ! 私の安全を保障せよ、身代金の支払いには応じよう!」

「ふむ。まぁ……そうするのが筋ではあろう」


 ローズメイも醜女将軍として戦った身。大身の貴族を戦場で捕らえれば身代金で釈放もするし、有能な配下や味方の貴族の解放のために交渉した経験はある。

 だが、彼女の中の潔癖な部分が障った。

 これが戦場での堂々とした戦闘の結果として相手を捕らえたならローズメイは事務的に身代金の要求交渉に移っただろう。


「ところでシディア。……アンダルム男爵家領では野盗の類は常にどういう対応を以って対処する?」

「え? 縛り首が普通じゃないですか?」

 

 シディアは唐突なローズメイの質問に対して、不思議そうにしながらも答えた。

 近隣でも山賊は出る。先日も家来衆として仕える悪相の男達にかどわかされそうにもなった。


「それで……この野盗の首領はまず何をしようとした?」

「……火付け強盗です」


 シディアは、主君であるローズメイが、この貴族の若様を本心では処刑するつもりである事を……なんとなく悟った。

 利口なやり方ではない。

 家来衆やシディア、ハリュの力戦と、ローズメイ自身が敵の総大将を生捕りにするという大功を成し遂げたゆえに敵は様子見を決め込んでいる。だが根源的な戦力差では未だ敵が優勢であった。腰を据え、落ち着いて対処されれば面倒なことになるだろう。


 もっとも、自分たちの数倍はいる敵に対して敗北と死を覚悟するのではなく、『面倒』程度という認識なあたり、すっかり黄金の姐さんの立派な信奉者であった。


「……ハリュ。まずは矢文を射掛けろ、交渉に移る」

「はい……殺すつもりなのかとひやひやしました」

「こら……おれをなんだと思っている」


 ハリュは安堵の溜息を溢し、ローズメイはその様子に嫌そうな顔を浮かべる。まったく、顰め顔であるにも関わらず絵になるお人だ、とハリュは思った。

 そんな顰め顔のローズメイはこの貴族の子弟を一思いに斬殺したい衝動を押し殺している。

 本心を言えば、掠奪行為に加担したこの貴族子弟を殺すのが正しい筋だとと思っている。しかしここで交渉を拒み、勢いのまま殺せばどうなるか。


(……おれ自身は別にいい。あの時捨てた命だ。死んだところで拾った命を天にお返しするだけ。

 だがシディアやハリュ、家来どもや兵達、それにこの町の人々の命を無用な危険に晒してはなるまいな)



 町の塀や柵をはさんで対陣するローズメイ配下の軍と、ランベール子爵家の軍。

 夜間ではあるが、相手側では薪が盛んに焚かれ、煙と光を撒き散らしている。


「こりゃ黄金の姐さんをよほど警戒してるなぁ」「だな」


 悪相の家来衆が面白そうに笑う。敵からすれば、たった一度の死角からの奇襲攻撃で指揮官である男を生捕りにされ、一時は壊乱寸前の損害を与えられたのだ。また狼龍と黄金の魔女が夜陰に乗じて襲い掛かってくるのではないか、と警戒して光源を確保するのは当然の用心だろう。

 そんな中、ローズメイは一時的に軍事活動を停止する証としてその絶世の美貌を、数倍の敵陣の前に晒していた。


 視線が集まっている。

 先ほどまで自軍を殺戮した恐るべき黄金の魔女と遭遇し、たまたま九死に一生を得たものも、生還した仲間から話を伝え聞いたものも……誰もが彼女を見ていた。 

 一度見てしまえば目が離せなくなる武威と容姿。鑑賞する存在としてはあまりに猛々しい彼女を一目見ようと敵の兵士達が視線を向けていた。一時的な休戦となれば安全は保障される。安全が保障されれば――檻の向こうの猛獣に恐る恐る近づくように、兵士達は誰もが彼女を見ていた。


「……ありゃ本当に人間か?」「女羅刹じゃないのか……」「分かるのは顔も力も人間ばなれしてるってことだが……」


 ざわざわとざわめく声を無視し、ローズメイは敵陣の向こう側からやってくる敵の実質的な指揮官らしき相手を見た。

 風格といい眼光といい、ひとかどのものを感じる。恐らく彼だろう。


「貴君が攫った公子殿はご無事か?」

「攫った時に多少もらされた程度である。それ以外には特に怪我はない」


 ローズメイの言葉に相手の指揮官は安堵した様子を見せるが、それも致し方ない。目も眩むような絶世の美女が単騎駆けして兵士が組む陣地を突破し攫っていったなどと真実を言ったところで受け入れられるはずがないのだ。


「身代金の交渉を行いたい!!」

「その前に――貴君らは何者で、何の権利があってこのアンダルム男爵領へと兵を推し進めているのか。現在、わが子可愛さに殺人犯を野放しにし、法をないがしろにしたアンダルム男爵はケラー子爵家により制圧中である」


 そう……ローズメイはそこが良く分からなかった。

 彼らランベール子爵家が、なぜこれまで特に問題もなく共存していたアンダルム男爵領に兵を進めたのか。一応その事も捕らえた公子に尋ねたのだが、心底お飾りだったせいか把握さえしていなかったのだ。

 ローズメイの問いかけに敵の指揮官は少し不可解そうにしたものの――ここで情報を惜しんで公子の身に危険を及ぼされることは避けたかったのだろう。応える。


「現在、アンダルム男爵領都は、邪神による汚染を受けて屍者が跳梁跋扈する魔境と架している。またアンダルム男爵自身も邪教徒を家に招きいれた。

 領土を隣する我がランベール家はその邪悪な行為を正すために正義の軍を発した!」

「なんだと……?!」


 その返答に、ローズメイは眉を顰める。

 アンダルム男爵家の領都が邪神の力の支配下にある? それを聞いて思い出すのは、通りすがった村で出会った、屍術師の影。

 あの者がそうまでおおっぴらに力を使うというのは予想外だ。彼は地上に酷使者アビウスの威光を広げることである。だが屍者を無作為に増やし、分別なしに勢力を拡大すれば、後に待ち受けるのは公的な権力の介入。正規騎士団の派遣である。


(……いや、考え直せ。こういう場合、もっとも利益を得るのは誰だ? ガレリア諸王国連邦内で内紛状態になれば特をするのは――北。サンダミオン。

 ならば彼らは邪教徒とも通じている? ありそうな話だ)


「ゆえにこそ、我々は進軍に際し、現地住民に協力を要請しにやってきた」

「……言葉を飾るな、阿呆!!」


 思考中であったローズメイであったが――相手の言葉に、ゆらり、と口内から怒りを象徴するかのような炎を吹いた。 

 その常ならぬ姿に、一歩、怯えたように後ずさる相手。



「つまるところ、貴君らはアンダルム男爵領内の擾乱に際し、協力を要請と称して火事場泥棒を行おうとした恥知らず共と言うわけだ!!」


 

 ローズメイの文字通り火を吹きながら発された獅子吼は、夜闇の中でもランベール子爵軍の兵士全てを強烈に貫いた。

 ……彼ら兵士の大半は農兵であり、土地に戻れば有り触れた善き夫であったり善き父であったりする。確たる意志も確たる主張もない。ただ義務と命じられて槍と剣を備えた素人であった。

 しかし元が善良であろうとも――人はその場の雰囲気、その場の空気に支配される。

 誰かの善き夫は、指揮官に命じられたからという容易い理由で良心に蓋をし、違う土地に住まう自分達と同じような善良な人々に容易く悪鬼の如き振る舞いが出来る。

 ましてや、『これは生きた屍の徘徊する、悪の巣窟を討伐する正しき行いである』と突きつけられたのである。


「国内の混乱を収める為に兵を発するは結構!

 だが貴君らの目的がアンダルム男爵領の安定と領都に蔓延る生きた屍の討伐、領民の生活保護だというなら、自国内より糧食を運搬しろ! 食料が必要なら対価を支払え!! 夜陰に乗じて矢を射掛け、略奪を行おうとしたお前達は、平和の敵である!!」


 横でそれを聞いていた常識人枠のハリュなどは、ランベール子爵家軍の兵士が『恥知らずの火事場泥棒』と痛罵され、顔を真っ赤にして襲い掛かってくるのではないかとひやひやした気持ちで聞いていたりする。

 だが、それと共に、自分達より遙かに数の多い敵に対して言いたい事を堂々といってのける彼女に、胸のすくような爽快感を覚えてもいた。

 

 彼女の獅子吼は、シディアやハリュたち、兵士達に戦意と高揚をもたらし。

 そしてランベール子爵家の兵士達は、自分達が歓迎されない侵略者であると痛罵され……自分達の行動は間違っているのではないかと、疑問を抱かせる力があったのである。



 同時に――ローズメイは、この一件に片が付いた後、すぐさま行動を開始する必要を感じていた。

 このアンダルム男爵領内部に、邪神の力が奮われたなら……隣接する全ての貴族たちが侵略行為を行う正当性を確保した事になる。

 アンダルム男爵領と領土を接する他の貴族たちも次々と侵略を始めるだろう。

 当然、その地に根付いていた領民たちの災難などかけらほども気にせずに。


 今までアンダルム男爵との決戦で事が終わると思っていたが……これはそうも行かなくなる。

 果たしてケラー子爵軍のもう一方を率いるファリクは欲望に顔の皮を突っ張らせた近隣の貴族が発した略奪と破壊の蛮兵を相手に戦い抜けるのだろうか。

 一度合流の必要があるかもしれない。



 

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