これも神の手違い
色々ごたごたしてましたが再就職しました☆
ちょっと安定するまでかなりの不定期更新になります。ご了承ください。
指揮官からすれば、恐慌に駆られた味方ほど始末に悪いものはない。
恐怖の悲鳴は悪疫の如く容易く他者に伝播する。味方であるゆえに殺して仕舞いというわけにもいかない。
溢れ出る恐怖を断ち切るには、その恐怖の源泉である黄金の女を今すぐ殺すより他無い。
「名乗られよ、女ぁ!!」
その騎士は歴戦であり、だからこそたった一騎が織り成す壊乱の危機と、それに伴う被害に目を覆いたくなった。
町を襲撃した敵の騎士は、後方で味方の監督をしていたが――戦機を見るに敏であり、この黄金の女を止めなければ……圧倒的な数的優勢の自分達が、本当に壊滅させられないことを肌で悟っていた。
だが、名乗りを求める騎士の叫びにローズメイは鼻で笑った。
「夜陰に乗じて町に矢を射掛ける鼠賊の分際で、騎士のように名乗りを求めるかぁ!!」
「ぬっ?!」
その騎士は羞恥心ゆえに言葉につまった。
確かに矢を射掛けて町を灰にし、強姦と略奪をほしいままにせんとした自分達が、名誉ある騎士の扱いを求めるのも……これは如何にも厚顔な振る舞いであったと我が身を省みたのである。
騎馬を走らせ壊乱する歩兵の波を逆流しながらその騎士は槍を扱き、突進する。
「ならば名も無き外道としてお相手仕る、いざぁ!!」
「吼えるなよ、シーラ! 敵の馬が怯える!!」
ローズメイは愛騎にそう一声かけると、挑みかかる敵騎士に鋼鉄で返礼した。
「敵ではあったが嫌いではなかった!」
技量も気迫も優れた騎士ではあった。
強いて言うなら間が悪かったというべきか。かっ飛ばした相手の首に一瞥をくれてから、シーラを走らせる。
そのまま肉厚の大戦斧を振りかざし敵陣の奥底、頭首を目指して突撃した。
醜女将軍ローズメイは絵に描いたような猪武者である。
そんな彼女であるが戦場では兜を被ることを嫌ってばかりいた。いや、もちろん兜の重要性はわかっている。頭部は急所であり、急所をいざという時守ってくれる兜は戦場の必需品だ。
だが……ローズメイは死地ならば兜を被ることは厭わなかったが、それ以外のただの野戦であれば兜を纏うことは嫌がった。
なぜなら、醜かった頃の彼女で、唯一美しいと誇れるのが髪の毛だけだったからだ。見かけが随分代わりはしたが、前も今も、変わらず美しいのが――月光を浴びて輝き、返り血でぬれる豪奢な金髪だった。まるで毛先から生命力が溢れるようなきらめきを宿す髪を振り乱し、殺戮を続ける。
当然ながらその美しさは、今まさにローズメイがそっ首落とそうと迫る、名目上の指揮官である若様の眼にも留まった。
実務はたたき上げの騎士に任せ、名目ばかりの指揮官として君臨する貴族は、後方から聞こえる人馬のいななきと悲鳴にも、どこか現実味のない感覚で見つめていた。
「ほー、こりゃすごい……」
生まれついての貴種であり、生死の境目など潜り抜けたことのない乳母日傘のご令息は、一応恐怖と絶望の悲鳴を聞いたことは何度もある。全て、自分を守る護衛たちに囲まれ、危険から遮断された状態で、ではあったが。
他者の苦痛に対して無関心で鈍感ゆえにこそ、後方の遠く離れた場所から聞こえる死地にも、どこか他人ごとのように見る事ができた。
何せ、人生でも稀な戦争という事態である。彼からすれば、今まで絵物語で伝え聞くような酸鼻極まる戦場が、目の前で圧倒的な現実として繰り広げられているのだ。そのあまりにもリアルな光景に感動の声をあげてしまう。
だが……その奥底、大戦斧を一閃させ、こっちへと迫る騎兵に、彼は目を奪われた。
長得物より鮮血を棚引かせ、龍に跨りながら迫る絶世の美女。その現実味のない光景はまさしく神話の中からさ迷い出た戦乙女の如き麗しさである。
否応なしに相手を魅了する絶世の美貌に、この貴族も例に漏れなく大声を上げて命令した。
「あ、あの美女を殺してはならんっ! 捕まえて私の前に連れてこい!!」
ええっ?! と、指揮官である貴族の命令に周囲に詰めていた騎士の何人かが思わず振り向いた。
現実が見えていないのか、と怒鳴って殴り飛ばしたくなる。黄金の魔女より発せられる凄絶な武威はちりちりと肌をあわ立たせるほどに強烈で、意識を保つだけでも精一杯。彼女は血錆び、歪んで切れ味の鈍った大戦斧を、それでも構わぬと凄まじい速度でぶち込んで、鎧の上から胸骨を砕き、兜ごと頭蓋を粉砕する。
確実な事は――あの黄金の魔女を今すぐ殺さなければ自分達が死ぬ。
そんな風に必死になっている騎士達に対して――貴族の若様の助平心を満足させてやるために、無意味な命の危険を犯して生きたまま連れて来い?!
現実の見えていない若様の発言に、騎士たちの何人かの気力は大いに萎えた。
言うまでもなくただ殺すより捕まえるほうが遙かに難しい。それに何より――黄金の魔女の前に相対した騎士からすれば、殺されないようにするのが精一杯であり、こんな化け物を生捕りにするなど、逆立ちしても不可能な事であった。
ローズメイは歴戦の洞察で、不意に敵騎士の中で燃えていた戦意が萎えたことを直感した。
前面に張り出した騎兵の壁に対して雷声を発する。
「賊将! 顔をだせぃ!!」
「へっ?」
ローズメイは町に矢を放ち、野党まがいの蛮兵を放った敵を名誉ある敵とは見做さず、『賊』と罵倒する。
その言葉に対して――既に気力が萎え、命を懸けて主君の為に戦う意志を失いつつあった騎士たちは一斉に指揮官である貴族の令息へと視線を向けた。
周囲の注目が指揮官である貴族の若様に集中する。
そして――その貴族は、血錆び歪んだ大戦斧を引っさげこちらに向かってくる絶世の美女が……大抵の女がそうであったような媚びる笑顔を浮かべず、冷徹な殺意と共に接近してくることに、ぶるりと無意識のまま背中を奮わせた。
「ひ、ひぃ!!」
取った行動は逃亡である。
彼の周囲を囲む騎士たちはローズメイに憎悪と戦意を向けてはくるが、しかし積極的に指揮官を守る動きを見せることはなかった。
これはこれで都合は良し――そのまま狼龍シーラを駆って背後から手を伸ばし、貴族の賊将を後ろから掴み上げ、肩に担ぎあげる。
「ひ。ひゃあぁ! だ、だれ、誰か、助けてぇ!!」
ローズメイは両手をじたばた暴れさせる男の悲鳴を無視し――そのまま狼龍シーラに任せるまま、町へと進撃する兵士達の背後から敵陣を割るようにしながら駆け抜け……そして掴み取った賊将を地面へと放り投げた。
「ただいま」
「……お帰りなさいませ、ローズメイさまっ!」
まるで自宅の周りを散歩してきて帰ってきたようなローズメイと……そんな彼女に対して朗らかに笑いながら答えるシディア。
その二人だけを見れば、まるできれいな娘二人が日常的な会話をしているようにさえ思える。
だが、実際は周囲には矢が突きたち、生きながら火だるまにされた敵兵の遺体が発する悪臭が鼻を突き刺す。
ハリュは、ローズメイを見た。美しいが、あいにくと敵の悲惨なありさまは大体彼女のせいである。
死と恐怖から最も縁がなさそうな絶世の美女が、この地獄の根源である。
神は何を考えて絶世の美貌に無双の強力を与えたのか。一度問い詰めたくなった。




