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黄金の魔女

 軍隊の指揮官においてもっとも頭を悩ませる問題の一つが補給であり。

 それを、即物的、短絡的に解決させる方法の一つが現地摘発、言い方を悪くすれば略奪である。


 もちろん、これらはその後の統治においては悪手になる。

 略奪、強姦は指揮官が配下に与えても懐の痛まぬ報酬であるが、やられたほうはたまったものではない。財産を奪われ、隣人を殺害され、婦女子を辱められ、そんな冷酷で野蛮な侵略者が次の日からの支配者になったところでどうして従えようか。

 腹に恨みを抱いた人々は、次の日からの侵略者を憎悪し、税金は支払わず、どころか侵略者の支配体制を覆そうとやっきになる。

 そういった反乱分子を潰すために、騎士団の出動を行えば余計に出費が嵩む。

 その補填を行う為に更なる重税を架せば、余計に従わなくなる。

 今後その領地を統治し、税収を目的とするならば、略奪行為というのは最悪の手の一つであった。


 しかし、貴族階級であろうとも目先のことだけ考えて、戦後の統治を省みない暴君はいる。

 その領土を統治するつもりなど最初からない。他の貴族の領土に分け入り、お上品ぶった盗賊か野党のように財産を略奪し、人の首に輪をかけて奴隷として売り捌く――そんな強盗に等しい連中が、民衆に頓着するはずがない。


 壁面に突き刺さった火矢の光と共に、獣欲にぎらつく蛮族めいた目の兵士達は、そのまま手近な家々に押し入ろうとした。




「突き出せぇー!!」

「おおおぉぉぉぉぉ!!」


 そんな侵略者達に対して、ハリュの号令と共に一斉に武器が突き出される。

 建物の隙間から繰り出される穂先が一斉に兵士たちの胸板を刺し貫き、予想外の反撃に侵略者たちが崩れ落ちた。


「な、なんだぁ?!」

「こいつら、どこの兵士だ!!」


 突如として現れた敵という名の命の危機。

 なんら抵抗する術を持たない町だと思ったから笠に掛かった残虐な蛮兵は、反撃に動揺する。


「大きいの、行きまーす!!」


 その背後からすっと姿を現した白子アルビノの少女の姿に彼らは目を剥いた。

 軍装それ自体は驚くに値しない。

 問題は彼女が掲げ持つ、一抱えするほど巨大な爆炎火球ファイアーボールの姿であった。

 着弾点を中心に、爆炎と衝撃波を撒き散らすソレは、従軍する魔術師が行使するものの中でもっとも使用される代物であった。

 ぎょっとしたのは蛮兵達である。爆炎火球ファイアーボールは良く使用されるだけあってその威力を肌身で知るものも多い。それも物陰に隠れていたシディアが、時間を掛けて魔力を注ぎ続けた大きな奴だ。


「や、ヤバイ、逃げっ!!」

「はいどーん!!」


 シディアの手より投じられた爆炎火球が、敵の密集する位置へと着弾し、強烈な爆轟を撒き散らす。

 その高熱は中心近くにいた兵士達の皮膚を一瞬で黒焦げに至らしめ、絶命させる。


「あ、あじいいいいいいいいいい!!」


 悲惨なのは炎に巻かれ、なおかつ即死できなかった兵士だ。

 衣服全体に纏わり突く炎に生きながら焼かれる姿は火炎地獄の様相がこの世に顕現したかのごとき恐怖と残酷を撒き散らす。その姿に蛮兵達は浮き足立った。……もっとも、シディアはこの初撃で魔力の大半を使い果たしていたため、実際は第二撃など到底考えられなかったのであるが。

 だが、ローズメイは戦いになる前、先手を取る重要性をシディアに教えていた。すなわち『殺一警百』。一人を惨たらしく殺し、そのほかの兵士たちに恐怖を伝播させるやり口であった。


「突撃っ!」

「へっへっへ、待ってたぜぇ!!」 


 ローズメイに代わり指揮官代理を務めるハリュの号令に、悪相の家来衆が指揮官を務める小隊が姿を現し蛮兵達に猛烈な勢いで突っ込んでいく。

 その後ろには今回徴用された兵士達がそれぞれ武器を持って進む。切っ先の先端を括りつけた薙刀グレイブが主力だ。

 ローズメイは促成の兵士達に洗練された剣技を与える時間などないと知っている。結局のところ、与えられた武具を渾身の力で叩きつける事と……それを支える筋力と体力こそが、短期間で生存率を高めるもっと必要な要素と信じていた。


「そーら、いくぞぉ!!」


 この六名の悪漢達はようやく実戦だと喜び勇んで敵の多数の中へと突撃する。

 そのまま行きがけの駄賃とばかりにまだ燃え続けている兵士の首をすれ違いざまに刎ねた。これは残酷ではなくむしろ慈悲深いとさえ言っていい行動であろう。

 かつて山奥で人攫いという誰にも誇れない仕事に身をやつしていた男たちは、胸の中に言いようのない充足感を覚えていた。

 あの黄金の女に仕える尖兵として、戦う恍惚と共に切っ先が走る。

 鋭く踏み込みながら短く構えた刃で相手の横腹を付き、剣の根元、切れ味を持たないリカッソを掴んで横に払い、そのまま動く。


「あ。ぎっ……ぎゃああっ!!」


 腹を割く一撃であったがまだ動ける――そう思った兵士は次の瞬間何本もまとめて繰り出される薙刀グレイブに襲われた。

 先陣を切るかつての悪漢達は動く。この軍団の中で黄金の女に信服し、何度も血反吐を吐くまで鍛錬を続けていた男達の剣技は早く鋭く、そして狙いは容赦がなかった。

 力猛刀勢凄まじく、その鍛錬によって培った強靭な大腿の生み出す脚力は、肉飛仙の如く彼らを宙に舞わせる。

 圧倒的な運動量はローズメイを通してえた強力神の恩寵によるものなのか、全力疾走を数時間続けても平気ではないかと思わせるほど。


 数少ない六名の精兵を先頭に立て、彼らが敵陣に刻み付けた穴をこじ開けるように、兵士達が渾身の力を込めて叩き潰していく。




 仲間達の声を遠方に聞き、ローズメイは兵士の調整が上手くことを結んでいたことに安堵する。

 現在予想外の抵抗に面食らい、後退を始めている敵軍を大きく迂回しつつ、後背に回りつつある。


「しかし……こやつらはどの兵士だ?」


 ちらりと視線を蛮兵に向ければ――その装備は野党や山賊が持てるものとは次元の違うもの。

 どこかの貴族が要する正規兵であることは疑いようがなかった。

 それに最初の思わぬ反撃に驚いたものの――数名いる前線指揮官らしき男が大声を上げて統制を取り戻しつつある。

 

 敵総数は恐らく200程度と、ローズメイはあたりをつけた。

 この距離からでは騎士たちの鎧に刻印された紋章は見えないし……紋章学に通じていないローズメイは相手がどこの家中の兵士であるかは分からなかった。


 だが、アンダルム男爵の兵士でないことは確か。

 ケラー子爵でもない。ならば唐突に、突然に、それ以外の貴族が兵士を送り込んだのだろう。

 敵は正規軍。それも事前の勧告無しに町に襲い掛かるような輩だ。


「シーラ、始めるぞっ。敵後背、背中から、敵の中核を狙う。しゃべるなよ」

「ぐるるっ」


 相手からすれば、略奪するために寄った位置で、指揮官の位置がわからないように隠匿する必要は感じないだろう。

 敵の一番中心に大将がいると決め――ローズメイは背負っていた戦斧を肩に担いだ。轡に全体重を込め、渾身の膂力を込めて重量武器を振るえる――醜女しこめ将軍でなくなった以来味わっていない心強い重みに笑みを浮かべた。

 とん、と踵で狼龍シーラの腹を軽く叩いてやる。そのまま無防備な敵陣の腹を食い破る勢いで突撃する。



 恐らく敵の後列は最初の頃、自分たちのことを幸運だと思った事だろう。

 町に押し入り略奪を欲しいままにする前線が、敵の思わぬ激しい抵抗に遭い、大勢の悲鳴と断末魔は遠くからでも聞こえてくるよう。

 やれやれ、あの阿鼻叫喚のただなかに行軍せずに済んでよかった――そう思って仲間と談笑していた兵士は恐怖も何も感じることなく瞬時に絶命した。

 狼龍シーラはローズメイの言いつけに従い、俊敏で獰猛な肉食獣が、獲物に気取られぬ、天性の静かな足取りで爪を振るった。

 その膂力に加え、鋭い爪は四列の斬殺跡を人体に刻みつけて吹き飛ばしながら蹂躙前進する。


「ぎゃあああぁぁっぁあ!!」

「敵だ、龍だぁ!!」


 遠方より見るものが見れば、あまりにも異質な光景に目を剥くだろう。

 戦場によくある鼓舞と威嚇を込めた咆哮はなく、ただ絶対的な捕食者がただただ殺戮の為に爪を振るう。その騎上にある黄金の女は雑兵の露払いをシーラに任せ、深く鐙を踏み込んだ。


「ははっ、踏み込んでも千切れぬ鐙、渾身に耐える乗騎、これぞ快なり!」


 ローズメイは歯を剥いて笑う。

 己の体躯、己の強力に耐えうる強靭な愛騎と鐙。その双方が揃い、ようやく強力を存分に震える事ができるようになったのだ。


「敵襲、敵襲!」

「無能者め、反応が遅い!!」


 後方より上がる悲鳴と絶叫、アドレナリンと血臭が否応なしに貴様らの死が近づいているぞ、と囁く。

 馬より降りていた数名の騎士らしき連中が兵たちに指示を与え、槍衾を築くための戦列を整えようとする。


「一騎駆けだと?! 馬鹿か!!」

「その馬鹿にしてやられる貴様は極めつけの馬鹿か!! はははははは!!」


 ローズメイは哄笑と共に、口内から黄金の炎を吐きながら戦斧を一閃する。

 瞬間、迎撃しようとしていた兵士たちの骨肉が爆砕の勢いで爆ぜた。

 大質量の武器と、強力神より賜り十数年を経て練り上げた超絶の強力は兵たちの鉄製の鎧兜も血肉もことごとく両断し、桶の中の赤い染料をぶちまけたかのようにはらわたを撒き、人体を吹き飛ばす。肉体を真っ二つにしながら上半身を空中へと跳ね飛ばした。

 一撃で人体を腰断せしめる戦慄の威力に悲鳴があがる。


「ま、魔女だぁぁ! 黄金の魔女だああぁぁぁ!!」


 人ならざる絶世の美と、その細腕からは想像も出来ぬ恐るべき威力。

 兵士たちはそこに人間を超越した神か悪魔の影を見た。


 壊乱が、広がる。

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