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なにもなければ、いい

 ローズメイは、自分の指揮下となる、寄越された250名の兵士を見て顔を顰めた。


「よくないな」

「そうなんですか?」

「うむ」

 

 シディアがきょとんとした目で首を傾げ、ローズメイはこくりと頷く。

 家来衆とハリュを指導者として広場で整列させてはいるが、あくまでそれは形ばかりという事が伺える。


「武器も防具も揃ってはいる。ケラー子爵殿はその辺はケチではないらしい。

 だが……戦闘経験や軍事訓練を受けた兵士は全てファリク殿のほうにまわされているようだな」

「え。ずるくないですか? それ」


 唇を尖らせて唸るシディアの頭を撫でてやって黙らせてから、ローズメイは笑った。

 普通なら戦闘訓練を施すに際して、中核の下士官となる人間が必要となる。……だが全員が一律新兵に等しい彼らでは上手く行くまい。

 集中の欠ける兵士であったが、その視線は先ほどから壇上に上がるローズメイに集中したままである。王族でも滅多に見れぬ絶世の美貌。まるで珍しい美術品でも見にきたような弛緩した空気があった。


 それもそうだろう、とローズメイは想っている。

 何せケラー子爵はこのあたりでも相当の数、500の兵士を用意できる有力者。数的優勢は明らかな以上、気張る必要はないのだろう。 

 250という兵を、アンダルム男爵は止められまい。しかし……背中に敵を残していく愚を、ローズメイは犯したくなかった。

 ケラー子爵や、ファリクにその気がなかろうとも……『次期ご当主を面罵した不埒な女』に対して復讐を目論むものはいるかもしれない。

 そして正面からの戦争であれば、ローズメイは無敵という自負があったが……神ならぬ身の彼女は、兵糧の補給を断たれた軍というのがどれほど悲惨かを知っていた。

 食料を求めて飢狼の群れとなった兵士というのが、どれだけ善良な市民たちにとって災難かも、書籍を通して知り尽くしている。


「ケラー子爵の家のものにより補給が断たれたら、略奪に手を染めねばならない。

 そうなれば真っ先に辛い目にあうのはおれのようなか弱い女子供だ」

「………………ソウデスネー」

「……なんだその目は」


 シディアはものすごく物言いたそうな顔をしたが黙っておくことにした。

 この黄金の女、ローズメイ様を『かよわい』と称するような世界はまさしく修羅の住まう地獄に違いない。

 女主君のまったく説得力のない言葉に唇をもにょもにょさせながら、シディアは嘆息をこぼした。

 そんな配下に首を傾げながら、ローズメイは下知を下す。


「おれの名はローズメイ! ケラー子爵の要請により、お前達の将帥を勤める女である!

 早速だが選抜訓練を始める! ……お前達、いつもの鍛錬だ!!」

「ハッ!!」


 ハリュと家来衆の面々はローズメイの命令に従い、それぞれ数十名を引き連れて行動を始める。

 いつもの感覚で、いつものトレーニングを、この新設されたローズメイ部隊にふさわしいかふるいにかけるのだ。


 そして、ローズメイ一党の鍛錬とは。

 一般人にとっては、地獄の猛特訓である。




 ローズメイは戦争とはだいたい前準備で決まることを知っている。

 もっともサンダミオン帝国や、寝取り女のシーラからすれば『……前準備で圧倒的不利な状況に陥っているにも関わらず、武力一つで戦局を覆した貴女がそれを仰るのですか』と言いたくなるだろうが。

 だが、だからこそ……自分に付き従い死んだ、8騎の近衛たちを想う。

 事前準備さえ万全であれば、国の宝となったであろう若者たちを死なせる必要もなかったのに。

 

 ゆえに、ローズメイは事前準備に余念がない。

 敵より総数を多く準備するのは常道だが、ケラー子爵家のほうに心情的なわだかまりを残し、補給に疑念が抱かれる現状では……多すぎる数というのは逆に不利になる。

 水も食料も有限。

 ならば、使える兵士の数を選抜し、少数精鋭にする事が正しいと判断したのだった。




「うわぁ」「こりゃひどい」「死屍累々かぁ」


 ローズメイの手下である家来衆は……ヘロへロになった兵士達を見て顔を見合わせた。

 彼らの中にはケラー子爵家の正規兵も、少ないながら存在していたが……体力と汗を限界まで絞り上げるような過酷な鍛錬に対しては、ぜぇぜぇ言いながら横になっている。

 ローズメイは頷いた。


「これを……いや、これ以上を、毎日行う!! 自信のないものは立ち去るといい、今日の給金は保証しよう!!」

「ひぃぃぃ!!」

「こ、こんなの毎日とか死んじまうっ!」

「無理無理無理無理!!」


 彼女の雷声と内容におそれをなした兵士達は皆全員が泡を食って逃げ出していく。

 そんな風に逃げた連中が立ち去っていけば……後に残るのはそれほど多くない。250名のうち80名ほどであろう。

 ぜぇぜぇはぁはぁと荒い呼吸を繰り返す彼らは逃げ出そうとせず、ただ体力回復に努めているようであった。

 だいたい兵役に参加する場合は、領主による徴兵命令を受けて嫌々ながらの参加か……家ではごく潰し扱いされて居場所がなく、栄達を求めた逃げ場のない人間かの、どちらかだ。

 ローズメイは少し困ったように首を傾げる。


「……あと十名ほどは減らしたかったが。ま、仕方あるまい」


 ローズメイは頷き、手を叩いて合図すれば……水甕を積んだ台車が運ばれてくる。

 中にはなみなみと水がたたえられ、何本もの柄杓が備わっていた。


「まずは喉の渇きを癒せ。休息を取れ」


 体力の限界を引き出すような過酷な鍛錬も、適度な休息があって初めて意味が出てくる。

 250名の兵士の中から贅肉の如き170名を落選させ、まずローズメイは旗下の兵士達の精鋭化を目論むのであった。




「……よろしいのですか? ローズメイ殿」


 次の日、運動所にて残った80名を更に選別するべく鍛錬を続けさせるローズメイであったが……しかし、流石に用意した兵士の大半を家に帰らせたと聞いてケラー子爵が尋ねてくる。

 まぁ、ケラー子爵としても必要兵数を減らすという申し出は困惑するが、悪い話ではない。

 どこも軍事行動というものは金が掛かるものである。その予定された出費が激減する事は決して悪くない。

  

「アンダルム男爵もまだ相応に兵力を残しているでしょう。250ならば戦わずに勝利も得られましょうが、70ではいささか心もとなくはありませんか?」

「問題はありません。おれが一人いれば百にも満たぬ兵など問題でもないですから」


 ローズメイは、アンダルム男爵の兵を恐れてはいない。 

 極論を言えば……自分一人と狼龍シーラがいれば、100にも満たない少数の敵など粉砕できると想っている。

 並みの男ならば、傲慢か、あるいはうぬぼれた馬鹿と見做されるだろう。

 だが……11騎で8000の兵と戦いこれを正面から撃破してみせた剛勇ローズメイからすれば……決して思い上がりでも、侮りでもない。お互いの戦力を冷静に計算した結果としての――ただの事実であった。

 引き連れていく70の兵は町の占拠や治安維持にまわすことを主眼においている。

 

(……傲慢でも侮りでもない。彼女は、ただの事実を述べておる……。

 このような女が自領からいきなり敵として沸いて出たわけか。アンダルム男爵が少し気の毒にさえ思える)


 その絶世の美貌より発せられる絶対的な自負を前に、ケラー子爵は、この黄金の女がいよいよ本物の英傑であると確信を深めていった。

 ローズメイは子爵のそんな心理を知ってか知らずか、和やかに微笑んだ。


「ファリク殿はおれのほうから流れた兵数を加え、300を持って挑むそうですね」

「う、うむ」


 ファリクがハリュに対して敗北を喫し、ケラー子爵に謝罪を強要されたことは知られている。

 

「兵数を増強して敵に挑むのは将として正しき事です。……ケラー子爵殿。おれは噂など気にかけておりません」

「も……申し訳ない」


 ケラー子爵は言葉につまり、思わず頭を下げる。

 ……ローズメイが与えられた250の兵の大半を切り捨て、70名に兵を厳選した事は知れている。

 そしてファリクが言った事はケラー子爵家に徐々に知れ渡っていた。


 いわく『戦においては多数をそろえるのが常道。やはり女には戦争の事など分からぬ』と――。


 ローズメイは特に気にしてはいない。かつて二万の兵を率いて国家の存亡をかけた戦争に従事していた自分に、そんな風な事を言う相手に少しおかしさを感じたぐらいだった。

 勝つことを最優先するなら、ファリクの考えは当然の事。別に彼の意見を否定するつもりはない。

 ただ、勝つだけなら、それでいい。だがどうせ勝つならなるべく補給に負担はかけず、出費を抑えて勝ちたい。

 

「それに、一つだけ。やってみたいことがありまして」

「やってみたいこと、ですか。それは?」

「教えません」


 ローズメイは笑って答え……そのまま訓練を続ける兵士達のいる練武場へと降り立つ。

 訓練の掛け声と、木剣を叩き付け合い、激しい怒号を上げる兵士の中を進む。誰も聞いていないことを確かめて、面白そうに笑った。


「ファリクが300名。おれが70名。

 こんなにも数に差があるにも関わらず、おれのほうが膨大な戦功を上げれば――ファリク殿。

 貴殿の無能さが際立って素敵ではないか」


 そう……ローズメイは、ファリクの公言など気にしてはいない。

 ただ、何かの偶然でファリク率いる300名が破れた後、自分の率いる70名が快勝したら、あの若造、どれだけの屈辱を味わうだろうか、と想像して面白がったのである。

 だが、とローズメイは不吉な予感を頭を振って思考から追い払った。

 ファリクの事は嫌いではあるが、彼の配下である300名には何の恨みもない。

 もしローズメイの想像するような事が起こってしまえば、彼らの大勢が死に絶えるだろう。

 指揮官が嫌いな奴でも兵士達一人ひとりはそうではない。そんな波乱などなに一つ起こらぬまま、穏やかにアンダルム男爵との戦いが終わってくれればいい、とローズメイは考えるのだった。

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