だれが文句などつけさせるかよ。
「聞いたわよハリュ! ローズメイ様に粉かけた男をぎったんばったんに叩きのめしてねっ!」
「おう頑張れよ!」「応援してるぜー!」
満面の笑顔で送り出す仲間達の声に、……まったくこいつらは……とハリュは苦々しい内心を隠して頷いた。
どうしてこいつら、自分達が世話になっている子爵家の若旦那と戦うことを困ったことだと考えぬのだろうか。ハリュは自分の武器の具合を確かめる。
鎧兜で身を固める。剣は木製の模擬戦仕様。ハリュはそこに、更に盾を一つ用立てている。彼の流儀は、正統派の騎士剣術。盾と剣の手堅い技術だ。
しかし、そんなハリュであるが……実のところ、このローズメイ一党において自分が一番弱いことを悟っていた。
一番強いのはローズメイ。これは間違いない。
その次には狼龍シーラ。これも異論はない。
次がシディア。彼女は……剣術においてはそれほどではない。ただこの場合ローズメイの薫陶が大きかった。
彼女はまずシディアに徹底的に守りの技を覚えさせた。魔術の使い手である彼女は、敵に狙われやすい。ゆえに剣を用いて10秒命を繋ぐ技術を会得させた。そして10秒の猶予があれば、ローズメイ、あるいは悪相の家来衆が援護に回る事ができる。10秒の自衛できる時間を少しずつ延ばして。それに加え、魔術の面でも上達を続け、肺活量を鍛え、今では剣術を使いながらも同時に魔法を行使できる大陸でも稀有な存在として成長を遂げている。
そして元チンピラの家来衆。
元々正規剣術など習っていない喧嘩剣術であるが、命のやり取りには慣れた彼らだ。それに加えてローズメイの手下となって日々骨身をきしませるような激しい稽古を続け、その膂力も剣術も徐々に洗練されつつある。
で……残念ながら一番弱いのが騎士ハリュであった。
まだ命のやり取りをそれほど重ねておらず。真っ当な剣術を学んだせいか、逆に常識に囚われるところもあり、勝率は一番低い。
そんな自分が、どうしてこんな七面倒なことを。
「行けー! たたんじまえー!!」「頑張れー! ハリュー!」
(……相手はケラー子爵家の御曹司だぞ。ただ勝っただけでは遺恨が残る。
どうにかしてローズメイどのの求婚をあきらめさせ、それでいて恨みに想われないようにせねばなるまい。
相打ち、引き分け、それしかないか)
「きたな、ハリュとやら! お前に恨みはないが、愛の為に俺は勝つ!」
「お手柔らかに」
ハリュはそういいながらどうにかして相手と引き分けに持ち込むかを考えはじめる。
……彼は、気付いていない。
仲間達はファリクを『ぶっ倒せ』『畳んじまえ』と叫んでいて。
ソレに対して、ハリュは彼とどうにか波の立たないようにことを収めようと、引き分けに持ち込もうと考えていて。
そんなハリュが一番……相手の事を下に見ているのだと、思い至ってはいなかった。
「ぐわあああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「あっ」
それほど特筆するところのある試合にはならなかった。
ローズメイを通して、強力神の加護を受けていたせいか、騎士ハリュの身体的なスペックは優れている。
昔の自分より力も早さも練られていたが、その実感に乏しかったのは同様に強大な進歩を遂げていた仲間達と一緒に行動していたためだろう。
ハリュとしては、それほど奇抜な技を使った訳ではない。
相手の全力の打ち込みを盾で滑らせるように逸らし、がら空きの胴を払っただけ。
「そこまでっ!」
ケラー子爵の寄越した審判が手を上げる。
その合図にハリュは、内心『しまったな……』と思いつつ、兜を脱いだ。
隙があったから反射的に打ち抜いた。弱みを見せた相手に一撃を入れるのは剣士にとっては第二の本能に等しく。どうにかして引き分けに持ち込もうか、と考えていたハリュは、隙を見た一瞬だけは雑念を捨てて一撃を入れていた。
ファリクは、屈辱に震える目でハリュを睨んだ。
模擬剣で、更に鎧を纏っている以上、負傷はない。しかし一撃を入れられた屈辱と怒りが、彼に自制を捨てさせた。こんな若造に一撃を貰うことなどあっていいはずがない! 試合が終わったと判断し、背を向けたハリュに襲い掛かる。卑怯卑劣な、試合外での不意打ちだ。
「こ、この小僧がぁっ!」
切りかかってくるファリクに対してハリュは咄嗟に振り向いた。
剣術や武術など、ただの戦う技術に関してはローズメイ一党の中で一番下だが、ハリュはこの中で一番、周りの貴族たちとの折衝や兼ね合いを考えることのできる性格をしていた。
一撃が頭に迫る。
この時彼は一瞬で最善手を考えていた。
貴族の若様がローズメイに求婚して、それに対してはっきり『嫌です』と言えば、それは貴族の体面に傷をつける事になる。
だが、この状況。試合が終わったにも関わらず不意打ちの一撃を放ち、それでこちらが手傷を負ったなら――相手は体面の悪さを気にしてこの一件を封じ込めようとするだろう。
激しい衝撃が脳天を打ち据えた。
反射的に掲げた盾が勢いを殺すが――間の悪いことに、ハリュは試合が終わったと安心して兜を脱いでいる。
額に硬い模擬剣がぶつかり、痛みと共に血が飛沫く。
一撃を受けた衝撃で、ぐらりと体がふらつく。流れる鮮血が、どろりと目蓋を塗らす。目を開ければ、憤懣に満ちた表情で二撃目を放とうとしているファリクと彼を止めようとする審判の姿が見える。
血を見て余計に冷静さを失ったか、ハリュは背中から地面に倒れこみながら、盾で頭部を庇うべく腕を掲げ。
そこに、閃電の勢いで乱入してきたローズメイを見た。
彼女は氷のような冷たい視線でファリクを見遣る。その麗しい顔に一撃を入れてしまいそうになるファリクは、自分が貴重な美術品を破壊してしまうかのようなおそれを覚えて。
ローズメイは……ハリュの思惑など無視し、ファリクの一撃を容易に掴んでみせる。
「へっ?!」
本気で放った一撃をあっさり片腕で掴み取られ、ファリクは呆けたような声をあげる。
突如乱入してきたローズメイに叫んだ。
「ろ、ローズメイどのっ! ここは試合の最中、危ないから下がってください!」
「……試合が終わったにも関わらず、おれの部下に一撃を入れたな?」
彼女の声は一見平坦だが……その絶世の美貌の下にマグマのような煮え滾る激情を隠していた。
その激情を表現するように……ファリクが持っている模擬剣がみしみしと異音を発し――べきり、と、とうとうローズメイの握力に耐えかねてへし割れる音を響かせた。
模擬剣ではあるが、お互い全力でぶつけ合わせても容易に破壊されないように頑丈に作られている。それを、握力一つで握りつぶすローズメイの力に……ようやくファリクは、この絶世の美女が、ただ美しいだけではない……世にも恐ろしい戦士であると気付いた。
そして、次の瞬間にはファリクはその顔面にローズメイの拳骨を叩きつけられ、練武場の壁に吹き飛ばされる。
「わ、若さまぁ!」
ハリュの額から血が流れようとも声を上げなかった子爵家の家臣達が慌てた様子で群がってくる。
ファリクは顔面を思い切り殴られて鼻血を流していた。それを見てローズメイの一党は『……あ、手加減したんだな』と悟った。彼女が本気で拳を叩き込めば、生きていられる人間などいない。
「こ……この女、何をするっ!」
「試合直後に卑怯卑劣にも背中を向けた相手へ斬りつけた慮外者を成敗したっ」
ファリクは拳骨の痛みに涙を流しながら怒鳴りつけ――そして、ローズメイは敵対者を圧倒する静かな激怒と正論で応えた。
「文句があるか」
その、子爵家次期当主という肩書きにまるで怯む様子を見せないローズメイの姿に彼は、ぐむぅ……?! と思わず息を呑んだ。




