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さぁ、轟かせてこい

 元見習いの騎士ハリュはこの一同と運命を共にする義理もない。ただし主君であるアンダルム男爵の目的を改めて聞かされて。その上で……素朴で穏やかなバディス村の村人たちに、貧しい中から食事を捻出してくれた彼らと触れ合ううちに、もう騎士というのがなんだか分からなくなり。

 その上で、正しい事をしようというローズメイ一行についていく事にしたのだ。



「……やはり、こう。体の疲労が回復するのが早いように思える」

「そうなの?」


 比較的年齢の近いもの同士であるシディアに、ハリュはこの数日、ローズメイに散々叩きのめされた体の……不可思議なほどの回復力に対する疑問を述べた。

 ローズメイに信服する、この少数ながらも絶対の忠誠を捧げる集団で、正規の鍛錬を受けたのはローズメイを除けばハリュ一人である。


「君も、あの男衆も、わかってないと思う。

 ……ローズメイ殿のあの鍛錬を受ければ普通は三日ほど筋肉痛でもがき苦しむはずなんだが……」

「ふぅん?」


 シディアはその言葉に生返事を返す。

 とはいえ、言いたい事は分かる。彼女は今まで普通の村人で。魔術を使えはしたが、肉体的にそれほど強くはない。

 毎朝河から水を汲み、炊事用で穀物を煮炊きしたり、飲料水として水甕みずかめに水を運んだり。朝の仕事を済ませたら、足のふとももはいつも疲労を覚えていたものだ。

 最近は、それがない。

 むしろ彼女の体は、ただ若いだけでは説明の付かない強靭な活力を全身に漲らせている。今では、ローズメイと彼女に家来衆の木剣稽古においてもただやられるだけではすまなくなりつつある。むしろなんでもありで、魔術の使用さえ許されるなら、彼ら家来衆との稽古でも上位に立つだろう。もっとも、木剣稽古と違い、魔術では手加減のし様が無いため、実際に戦った事はないが。

 確かに今、シディアをはじめとするローズメイの手下たちは長足の進歩を遂げている。

 剣を使ってみるのが楽しい。昨日成し遂げられなかった動きを、次の日にはモノにしている。紛れもなくそれは成長の快感と言うべきものであり。自分が何か強いものへと大きくなっていくような実感は、なんともたまらないものであった。


「そうかぁ……あたしも魔術の威力がなんだかめきめき上がってる気がするの。もしかすると……アレなのかな」

「あれ?」


 ハリュはシディアの言葉に首を傾げる。 

 シディアは、記憶の中を攫って、一つ気になる事があったのを思い出した。


「あんたには話したと思うけど。あんたたちの中にまぎれていた屍術師が、こういってたの」

「うん」

「ローズメイさまのほうを見て、『強力神の使徒か』って」

「それは……加護持ちという事かっ?!」


 ハリュは驚きの言葉を上げる。

 強力神は神の中でも、人の身から昇格したと言われる神であり、神々の中でも特に人に寄り添う善良な性質の持ち主だ。

 しかし神が人に恩寵を与える例はそう多くはない。少なくとも――ある日突然、都合良く強大な力を与えてくれるような神は、その腹の中に邪悪な権謀術策を秘めており、安易に力を求めるもの達を操って世を混乱に陥れようとしているのだ。

 強力神の使徒であるなら、ローズメイのあの常軌を逸した力も納得できる。


「……もしかすると……我々の体の回復が早いのも、ローズメイ殿を通して、強力神の加護の影響を受けているのかもな」

「そういう事って、良くあるの?」

「良く、というほどは無い。だがそれぐらいしか考えられないだろう」


 己に突き従う配下たちに、鍛錬の効率を上げるという権能……それは使いようによっては恐ろしく強力なものではないだろうか。




 ローズメイは、村大工に頼んで一つのものを作らせていた。

 足らないものは現在山ほどある。狼龍シーラに騎乗する際に必要な、あぶみと手綱。その剛力を十分に生かせる戦斧。十人張りの剛弓。

 しかしそれら全てを設計するには、村大工には技量があまりにも足らない。付け加えるなら、アンダルム男爵の野望を打ち砕いたローズメイ一行を相手がいつまでも放置するとは思えない。なるべく早めにこの村を出る準備が必要であった。


「ローズメイさま。何をおつくりになっているのですか?」

「ああ。……そうだな、なんに見える?」


 シディアは村のはずれの小屋にいるローズメイに話しかけた。

 ローズメイは顔を挙げて小さく微笑む。傍では村大工がのみをふるって、幌無しの荷馬車を作っており、そのあまった木材で一つのものを削りだしていた。

 傍にいたハリュが首を傾げる。

 一見するとローズメイの手に握るそれは、靴べらのように見えなくもない。ある程度の長さを持つ木の棒の先端が、鉤のように婉曲しているだけのデザインだ。

 ローズメイはそこに……以前、強力神によって転移した直後に自分で作りだした、猪の牙を先端にすえつけられた手製の槍と合わせて具合を確かめている。


「……まさか、アトラトルですか?」

「ほぅ、詳しいな」


(かつて普通の)村娘であったシディアはともかく、正式な教育を受けたハリュは、そのさりげない道具が――使い方によっては恐るべき補助武具となる事を知っていた。

 ローズメイは愉快そうに笑いながら二人を見る。


「それで二人とも。いったいおれになんの用件か?」

「ああ……いえ。一つ気になった事がありまして」




 ローズメイは、シディアの記憶から発生したハリュの予想を聞き終えると……少しのあいだ、沈黙をした。

 胸を押さえる。その奥底には、かつて強力神より拝領した、鍛錬の効果を増す加護が備わっており。今現在では肉体美なる加護が代わりに与えられている。

 しかし、だとすると――かつて得た加護の残滓は今もなお家来衆やハリュ、シディアにも影響を与えていたのか。


(……いや、もっと――元からだったのではないか?)


 かつて醜女将軍、ローズメイ=ダークサントであったあの頃。

 彼女配下の二万の兵士達は、大陸でも屈指の精鋭であった。その武威を支える骨子の一つが過酷な鍛錬だが……自分の加護が影響していたのでは?

 確かに二人の懸念も分かる。

 ローズメイのみたところ、家来衆とシディア、ハリュ、8名の身体能力の成長具合は彼女でも目を剥くほどである。

 ……ローズメイの加護が、二万の兵士を強化し続けてきたなら。今現在、その左様はたった8人に集中していることになる。


 シディアとハリュをじっと見つめ、ローズメイは思った。

 二万人を強化し続けてきた加護がたった8人に集中しているなら――。


「あ。あの……どうしたんですか、ローズメイさまっ」

「……いや、そのうちそなたたちに影響を及ぼす加護の過剰な力で、シディアの肉体の内側から筋肉が膨張して破裂するやもしれぬと思ってしまった」

「どうしてそんな恐ろしいことを考えるんですかぁ~?!」


 ローズメイの言葉に、シディアは涙目になりながら叫んだ。

 無理もないが。




 バディス村では、砂金が取れる。

 それは河の上流では金鉱脈が存在しているという事の証明でもある。

 アンダルム男爵はその秘密を守るためならば、何の罪もない善良な人々を殺戮する事に躊躇いはない――が……ローズメイはその事実を、アンダルム男爵領を横切る際、あちこちで噂として流すつもりであった。

 もしこれで――実際にアンダルム男爵がバディス村を滅ぼしたなら、噂は真実となって貴族に対する疑いの眼となるだろう。

 貴族が民衆を『民草』と嘲ろうとも、しょせん貴族は生産者ではない。民衆にそっぽを向かれれば、彼らは生きていけないのだ。

 

「者共、出立の準備はいいなっ?!」

「へいっ!」「準備万端でさぁっ、姐さんっ!」


 元々生贄ちゃんことシディアをかどわかすはずだった悪漢達は、この数日間、狼龍シーラ、シディアと共同し野生の獣を狩りまくり――それらをなめした毛皮にして身に纏う。立派な蛮族のいで立ちになった。

 彼ら一行を率いるローズメイも、この地に転移してきた時、殴り殺した猪の皮を頭上に被り、腰には襲撃者達の指揮官が下げていた剣を差し、片手には猪牙の手槍を掲げていた。やはりこれも立派な蛮族の女王といった風貌である。

 ただし蛮族は蛮族でもその美貌は諸国に冠絶するもの。

 まさにこれより己が威光に従う文明圏滅亡のための破壊の尖兵に号令をかけ、村落や国家を滅亡させんとする傾国の美女(物理)であった。


「…………」

「…………」


 そんな、モノスゴク怪しい一団と連れ立って進み行くシディアとハリュの二人は、もういっそ自分達もなめした毛皮を纏い、蛮族ルックになって一緒にけたたましい雄たけびでも上げるべきなのだろうか、と思った。


「もがー! もがが。もがががああ!!」


 そして……シディアは懐かしい相手を見た。

 ……狼龍シーラが肩に縄をつけられ引っ張っていく荷馬車。

 その中央には――神父服に身を包んだアンダルム男爵の長子である神父様が、舌をかまぬように猿轡を噛ませ、罪人のように縄をかけて、正座させていた。

 まさしく異教の神を報じる邪悪なる蛮族の女王に囚われた敬虔な神の信徒のよう。そんな神の子に縄目の恥を与え、衆目にさらして辱める野蛮人の如き一団だ。

 まぁ……この神父は『子殺し』『親殺し』の二つの非道を重ねている犯罪者であり、別にさらし者にされようとも、首を跳ねられようとも因果応報であるのだが。

 

 ローズメイの一団は、これより村々を回り、調査をするつもりである。

 幾ら貴族が恐ろしかろうとも、人殺しは犯罪。その罪がただ貴族というだけで見逃されてきた証拠を突き付け続ければ、アンダルム男爵に対する不信の眼差しは強まろう。

 その不安と不信に、ローズメイが付け入る隙がある。

 ローズメイは8000の敵に11騎で挑む猛者だが、あの状況ではああする以外に手がなかったからだ。そうでなければ、もう少し勝ち筋のある方法を取るのだ。

 戦う前に勝算をなるべく増やすことは将家の常である。

 そういう意味では――このアンダルム男爵の長男である殺人鬼は利用し甲斐があった。





「シディアや……」

「村長さん」


 シディアは息を切らせながら走り寄ってくる村長に思わず首を傾げた。


「シディアや、村を……出るつもりなんだね」

「はい」


 ……一度、シディアは生贄にされた。

 村人たちだってそれが間違っていると分かっていても、助かるために彼女を見殺しにした。

 そのことを責めはすまい。しかしシディアと他の村人の間には、もう絶対に修復できない亀裂が出来上がってしまっていた。

 見れば――遠巻きにシディアを見ている村人たちがいる。子供の頃、穏やかな日々を過ごした友達たちの姿だ。


「……こんなことを言えた義理じゃないのは分かっている。許せなど言えるはずがない。

 ただ……あの美しい人の傍にいるのは、きっととても大変な事だと思うよ。それでも、行くのかね?」


 シディアは、懐かしい思い出を胸に、小さく笑った。


「村長さん……あたしね。生贄として捧げられた時、とても悔しかった。

 自分は凄く無力で、ただこのまま殺されて終わるんだと……」


 そして、黄金の光が女の姿を取ったその人を見た。


「色々考えたの。あの後の真相は村長も聞いたよね」

「……ああ、村人全員は殺されるところだったと……」


 村長の顔色は悪い。今まで貴族に逆らう事もなく、税も収め、大過なく過ごしてきたのに――ある日突然、相手の都合で一方的に死を押し付けられそうになった。


「村長さん。あたしは悟った。

 強い人の言う事を聞いて、あたしは生贄にされた。でも、言う事を聞いたとしても、命を見逃すという対価は支払われなかった。

 強者の言いなりになって得た命や自由なんて、強者の都合や思惑一つであっさりと踏み躙られる」


 シディアは、ローズメイを見た。

 そのような理不尽な出来事を、己が身一つで捻じ伏せ、叩き潰した黄金の女。シディアの憧れの人。


「あたし。

 あの人になりたいの」

「……想像を絶する険しい道だと思うよ。シディア」

「でも。あの生贄の輿の中で、こわいこわいと誰かの都合で踏み躙られることに震えるだけの人生より――きっと、ずっと。


 胸がすく思いになれると思うのよ」


 村長は、そうか――と微笑み、言う。


「シディア。その道行に幸いあれ。

 ……ああ。ああ。本音を言うよ、シディア。わしはね、お前さんが羨ましいのだ……!!

 あの、まるで物語の伝説が、肉と血を備えて目の前を歩いているような、黄金の女の道行きに加われるお前さんが、羨ましくてかなわんのだ……!!

 ああ。無念だ、未練だ!! あと……20年、いや、10年でもいい。……もっと早く、来てくださったらなぁ……!!」

「村長さん……」


 村長は、涙を流して嘆いた。彼は老いている。そう長い事生きられはすまい。過酷な旅路についていくこともできまいし。村長としての責務を放棄できるほど身勝手でも無責任でもなかった。

 恐らくは、これが今生の別れであるとどちらも理解しながら――村長は少し下がり、手を振る。


「いっておいで、シディア。そしてできるなら……お前さんの噂と伝説を楽しみにしているよ。


 さぁ……天下に名を轟かせて来いッ!!」



 その声にこもる覇気は、村長が若かりし日に滾らせていた熱い血潮が、別れのひと時に蘇ったかのように熱く猛々しくて。

 シディアは、その覇気に、じんと体が痺れるような高揚を覚えながら答えた。



「はいっ!!」

 

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