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そこが闇と限定するなら

いつも読んでいただきありがとうございます。

お知らせです。

今週の土曜日曜、6月30日と7月1日は所用で出かけるため更新はありません。


追記

すみません。更新予定の物語がありましたが、読み返すとどうしても納得いかず。修正してまたいつか投稿し直すことにいたしました。ご期待してくださったかもしれませんが、申しわけありませんでした。

 アンダルム男爵は今年45ほどになる壮年の貴族であった。

 若かりし日に貴族の指揮官として従軍し、貴族の責務として北方より迫るサンダミオン帝国の威力偵察部隊と遭遇戦をこなしたこともある武人肌の人間だ。

 彼が帝国との戦いで感じ取ったのは有能かつ勇敢な敵に対する敬意の念と……前線の兵士に支給されるべき給金と補給物資を着服する高位貴族の中抜き行為であった。

 戦場で一日に使用される矢玉の数は多い。アンダルム男爵はとにかく矢の本数は欠かしたくなかった。消耗品で命を購えるのであれば十分安い買い物である。

 そんな最前線から後方に矢のような補給の催促をしているにも関わらず、後方は着服を行い、味方の鎧を薄くしてその金で遊興にふけるものも多く。


 かつての母国防衛の任務に燃える誠実な青年騎士が、失望から『ガレリア諸王国連邦』の離反を考えるようになるのも当然の帰結であった……。



 バディス村の近くにある河から砂金が僅かずつ流出していることを、アンダルム男爵は昔から掴んでいた。

 元々人を騙すことなど考えもしない素朴な村人たちには、たまの副業として砂金集めを許していた。

 完全な、善意ではない。

 アンダルム男爵はそれほど豊かな領地ではない。そして金鉱山を本格的に採掘しようとするなら、相応に出費がかかる。

 だがそれ以上に……男爵より遙かに財力と権力を持つほかの貴族が強引な介入を行ってくることが目に見えていたからだ。


 だから『ガレリア諸王国連邦』を脱退する事にためらいはない。 

 サンダミオン帝国から派遣された魔術師と接触し、内通を行い。戦争の際には領地切り取り次第自領に加える許可を得、また金鉱脈の免税を取り付け、有事の際には後方から『ガレリア諸王国連邦』を大いにかき乱す算段をつけていたのだ。



 つけていたのだが……。



「……今、なんと言った」

「……バディス村での作戦行動は完全失敗。貴下の騎士と傭兵、総勢80名は完全に壊滅状態にあります」


 それがどこをどうして、こんな無様な結果になるのだ?!

 アンダルム男爵は食事中にもたらされた屍術師の報告に、椅子を蹴り飛ばして怒鳴った。


「たかだか50名も越えぬ寒村相手に、80人の兵力と武器を持たせ、狼龍も与えた! 

 それが!

 どうして!

 全滅というふざけた結果になる!!」

「こればかりは、男爵。あなたが不運だったとしか申しようがありません」


 アンダルム男爵は苛立たしげに椅子に座りながら報告を促す。


「何があった」

「どうも……たまたま、偶然に、バディス村に『龍の住む』ような稀代の英傑が逗留していたようなのです」

「……龍が住む? あの与太話か?」

「いいえ。事実、我がサンダミオン帝国のダヴォス殿下は『龍が住む』傑物です」


『龍が住む』という言葉がある。

 ここで言う龍とは、怪物の姿をした巨大な蜥蜴、生きた災厄の化身の如き存在ではなく、もっと抽象的な――他者に対する敬意や、特に優れた相手に対する畏れ交じりの尊称を示す。

 常人とは隔絶した物凄い人に対する評価、それが『あの人の中には龍が住んでいるに違いない』『さながら人の中の龍』という意味となるのだ。

 そして『龍』と讃えられるほどに優れた人物はそれぞれ異相を纏うこととなる。

 例えばサンダミオン帝国のダヴォス=サンダミオン王子は『龍が住む』証として、縦長の瞳孔を有し。東方、リヴェリア王国で『剣聖』の名を冠する傭兵貴族ステラ=ハードは衣服の下に鱗のような肌を持っていたという。古代にも『頭髪を突き出て角が生えていた傑物』という伝説もある。

 つまるところ、それだ。

 後に歴史に名を刻みつける英傑。運命と呼ばれるものに選ばれた傑物に現れる英雄の『相』なのだ。



「……強いのか」

「想像を絶する膂力と剣技、絶世の美貌。その美しさと強さが配下の兵士を恐るべき強兵へと変えるでしょう」

「なんでそんなのが、我が領土に沸いて出てくるのだ!」


 だいたい強力神のせいであったが、ビルギー=アンダルム男爵には分かろうはずもない。

 なんにせよ、数少ない手持ちから戦力を出したのに、こんな無残な結果では笑えない。


「……懐柔はできそうか」

「男爵を殺すと、堂々と宣言されました」


 アンダルム男爵は、自分を堂々殺すと宣言した敵の存在に、ぶるりと背筋を震わせ――屍術師を下がらせることにした。



 

「父上」

「セルディオ。試しに一つ聞きたい」


 アンダルム男爵は……一番末の息子であるセルディオ=アンダルムがいつもいる図書館に足を運んだ。

 灰色の髪に、細く引き締まった肢体。顔立ちも悪くない上、頭脳の冴えでは設けた子の中で一番だろう。

 だが……この末の息子は『水底に揺蕩たゆたう蒼い闇の女神』に目隠しをされたのだ。生まれつき、その瞳は光を映さず。幼い頃から付き人であるメイドに本を読ませ、それを糧に驚くほどの知識を得た俊才でもあった。

 あるいは、女神に目隠しされた為に、それを哀れんだ神が優れた知性と観察力をおあたえになったのか。

 それさえなければ、次男三男を差し置いて爵位を与える気になるほどの出来物だったのに。

 付き人であるメイドに下がらせ、セルディオは不思議そうに尋ねる。


「父上はいつも面倒な事が起こった時だけ、僕に相談に参りますね」

「……例えばだ」


 ビルギー=アンダルム男爵は――面倒な事が起こらない限り会いにこないという皮肉を込めた息子の言葉に顔を顰めた。

 目が見えないが、この末息子は途方もなく頭が切れる。自分が密やかに進めている反乱計画も見抜かれているのではないかと時々不安になる事があった。それは見透かされたくない。ビルギー=アンダルム男爵の非道な行為は一部のものだけに止め置かれており、息子はバディス村の一件を知らぬはずだ。

 それは自分の子供に軽蔑されたくないという、ごく当たり前の心だった。


「物語に出るような超絶の戦士がいるとする」

「はい」

「お前ならどう戦う?」


 セルディオはその言葉に少し考えこみ、質問をする。


「その敵は、空を飛べますか?」

「飛べるわけがなかろう」

「では、簡単です。

 まずは大勢の歩兵を並べられるそれなりの広い場所で、その戦士を孤立させます」

「ふむ」

「次に機動力を奪うべきでしょう。泥の沼地、鎖、投網。なんでもいい、まず動きを封じます。

 そして後は……弩を持たせた兵士を用意してください。相手によりますが、50名、あるいは100名。

 確実性を増すなら、更に矢に毒をぬりつけると良いでしょう。

 それらを並べ立て、一斉に掃射。……まぁそういう理想的な状況に敵を動かせるかどうかが一番の問題かな、と」


 アンダルム男爵は、息子の言葉に――しかし同意は返さなかった。


「それはまるで、大型の猛獣を相手にするような準備ではないか?!」

「ええ。伝説に詠われる超戦士が相手で、それを倒すなら同格の超戦士か、あるいは罠と数で潰すしかないでしょう」


 息子の言葉に、しかし男爵は不満そうな顔を浮かべた。

 

「……もうよい。邪魔をしたな」




 椅子の上に凭れかかりながら、セルディオはおずおずと近づいてくるメイドの足音と呼吸を察した。


「若様。あの、大丈夫ですか?」

「ああ。……まったく。父上も何かと困ったことがあると僕に相談する癖はやめて欲しいが」


 セルディオは嘆息を溢す。

 

「味方に優秀な戦士がいるならともかく。凡骨が英雄を倒すなら罠と知恵しかないだろうに。

 ……しかしこんな質問をするとは。本当に単身で戦局を変えるような英傑が敵に現れたのか?」

 

 記憶にある限りでは、そんな報告はなかったか。まるで未知の強豪が現れたのだろう。

 

「あの……若様。旦那様はどうして、若様の応えに不満そうな顔をなさっていたのでしょう」

「……僕は確実に勝てる戦術を提案したつもりだけど。しかし父からすれば、罠と策で敵を嵌めて倒すことは、まるで自分が弱者であると認めたような気持ちになるから嫌なんだろう。龍や獅子を相手にして、剣を持つことは卑怯にならんのと同じだとは思うんだが」

「え、ええと。でも難しいことは私には分かりませんが、きっと大丈夫ですよ!」


 そう言いながらセルディオは立ち上がり、いつもの位置に立てかけている剣を手に取った。

 かつて異世界より来訪した勇者が、地妖精ドワーフの鍛冶に交渉して作り上げた剣を参考にして産まれた武器。カタナと呼ばれる鋭利な刃であった。

 ぷぅん……と蚊の不愉快な羽音を聞きつけ、彼は抜き打ちの一線を放つ。

 銀光が蝋燭の光で妖しく煌き、刃が駆け抜けた。

 


 空中を舞う蚊が、両断される。



「だって、若様。凄くお強いんですものっ!!

 ましてや闇の中でなら、若様に勝てる人なんて絶対にいませんっ!」

「……ありがとう」


 それは彼と付き人であるメイドしか知らない――光無きゆえに精緻に完成された剣技であった。



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― 新着の感想 ―
盲目の剣豪、良いですね。
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