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お前のような女子供がいるか

 かつてのローズメイにあり、今のローズメイに欠けているもの。それは紛れもなく重量であった。

 鎧兜を身に纏い、敵騎兵との激闘に際して当たり負けせぬように彼女は体を鍛え、筋骨隆々の体とその上から更に脂肪を纏い、生半な激突では屈さぬ巨体を手に入れた。


 今は、その重量の理はない。

 だが失った代わりに得たものがある。体の軽さ、素早さだ。

 

「ふむ」

 

 ローズメイは拳の一撃で敵の指揮官らしき男の頸部を360度回転させ、絶命に至らしめた後奪った剣を検分した。

 僅かな魔力の輝き。切れ味と頑丈さを増す魔術がかかっている。基礎的な強化魔術ではあるが、折れず曲がらずを重視したその作りは、優れた使い手の手中にあれば……恐るべき殺戮の大魔剣へと変貌する。

 彼女は走った。一足の踏み込みで、指揮官を討たれたことが理解できず呆けた二人へと接近した。


「へっ? はへっ?」「え、ええっ?」


 未だ反応できないチンピラ二名。ローズメイは先ほど『今から村を皆殺しにする』『奴隷へと売り飛ばす』などとのたまった連中を生かしておくつもりなどない。

 

「村人を殺しておれを奴隷に売るのだろうっ?!」


 本当ならばローズメイは受けた侮辱に対して相応に痛い目に見せる性格だ。余裕があったなら、目の前の二人は無残な最後を遂げさせられただろう。

 が、今はとにかく数を減らすことを優先した。

 繰り出すのは刺突、踏み込みと共に剣を繰り出す。肩、肘、手首へと力を伝播し、発剣。切っ先を渦のように捻りながら放たれた突きは、チンピラの肋骨の隙間を縫うように滑り込み、大動脈の血管を軽く、引っかくように裂いた。そのまま抜き、もう一人の男へと横薙ぎに剣を払う。

 一撃が狙うのは前頭葉。ローズメイの桁外れの膂力と切っ先に乗せた猛烈な遠心力、その双方が敵の頭蓋骨を砕き、脳髄に傷をつける。

 

 ローズメイは、十年を練り上げ続けた強大な膂力と、重量という枷から解き放たれた『速さ』を手に入れている。

 その恐るべき死の速度。一人目の男は胴体の衣服に血の染み一点をつけて絶命し。もう一人は頭髪に血を滲ませて息絶えていた。それでいて剣の引きがあまりにも迅速すぎるゆえか、切っ先に血糊はなく。人を刺しても血を見ない想像を絶する剣速をうかがわせる。

 

「好みは重い獲物だが。無いなら武器が長持ちするように工夫もするっ」

「う、うおおおぉぉ!」


 一人の兵士が槍を構えて突っ込む。

 狙いは足。顔を狙わなかったのはまだ彼女を捕らえて奴隷商人にでも売り飛ばし、大金を得る夢を捨てきれていないからだろうか。

 ローズメイは笑った。赫怒の笑顔である。目の前で指揮官を討たれ、仲間の命を二つ討たれながらも、なお心臓を狙わない相手に舐められたように感じたからだ。

 ばっとその身を空中へと躍らせる。まるで蝶のように身を翻して足狙いの一撃に空を切らせ、敵の頭上で一回転しながら剣を振るい、石榴の如く頭蓋を砕いた。

 まるで軽業師のような華麗な空中の動き。ここが舞台で彼女が演者であったなら拍手の一つでも浴びただろう。

 しかしどれだけ華麗な動きであろうとも、それは確かに――殺法さっぽうの一種、殺しの手段であった。その華麗な殺法を向けられる側からすれば、たまったものではなかった。


「……はっ? えええぇぇっ?!」


 騎士の一人がおたおたしながらも剣を抜く――がその切っ先は揺らぎ、ぶれていて、人を殺す役には立ちそうにない。

 彼らからすれば、そんなバカなと叫びたくなる。彼らはもっと物見遊山の気分でここにきていた。善良な村人たちの血と犠牲をささげる物騒な殺戮のピクニックのはずだったのに――これでは血と犠牲をささげるのは自分達のほうだ。

 今や絶世の美女の麗しい顔からは想像も出来ない、猛虎の笑みを浮かべながらローズメイは切っ先を向ける。


「殺らんのか。それとも貴様らがやれるのは善良な人や女子供のみで……ああ、いや、そういえばおれも一応女子供の区分に入るのだった……」


 自分の発言のおかしなところに気付いて、ローズメイは発言を中止する。

 そして言い直した。


「おれのような普通の女子供さえにも勇気を奮えぬ臆病ものめ」


 お前のような奴が普通の女子供であってたまるか――騎士たちは心の中でそう思ったが口に出せる勇気のあるものはいなかった。

 

「く、くそっ! 見張りの連中は……」


 騎士の一人が苛立ったように叫んだ。

 周囲には見張りに立っている連中が何人かいる。陣地のほうで乱戦が起こっているなら、こっちの異変に気付いて助けにくればいいものを――だが、そんな期待を裏切るように、乱入してくるのは……彼らの見張りではなく、見知らぬ連中。ローズメイに鞍替えした家来衆たちだった。

 

「へへ、姐さんっ! 見張りの連中は片付けましたぜっ!」

「俺たちゃ背中は見せずに背後からが信条でさぁっ!」

「ローズメイさまっ!」



 最後の言葉のみ……ローズメイ以外で唯一女性であるシディアの声が響く。

 ローズメイはよし、と頷いた。

 冷静に考えると……敵にはまだまだ40名以上の兵士が残っており、全員合わせて八名でしかないローズメイ一党の実に五倍の数を有していた。

 だが、彼女は戦いに置いて気力や勢いというものが侮り難い結果を生むと熟知している。

 指揮官を討ち果たされ、今しがた三名を斬殺され、彼らは次に命を奪われるのは自分達ではないかと萎縮している。

 それに加え……領主の軍勢は、ここに来るまでの間、たった三名の兵士に10人近く殺害されており……新たにやってきた六名の家来衆もそれに匹敵する手練れではないかと勘違いしたのだ。


「シディア。どうだ、おれの演技もなかなかのものであったろう」


 ローズメイは自慢げに笑いながら言うが――しかしシディアはその言葉に言い辛そうに目を背けた。


「ローズメイさま」

「おう」

「ローズメイさまは顔が良いから相手がそんな事さえ気付かないほど舞い上がっていただけです……」

「…………」

「顔しか見るところのない絵に描いたような大根役者でした……」

『……ヘタ』


 そこにのそりと姿を現す狼龍シーラまでもが、大変大真面目な顔で意見を表明するので――ローズメイはかなりムッとした顔になった。

 お前達の意見はどうよ? と家来衆にじろりと視線を向けるが……彼らの意見も同様だったのだろう。無言のままで視線をそらした。


「お、おいっ! 狼龍だっ! 魔術師、やれっ!」


 だが、そこにのそりと姿を現した狼龍シーラを見て、領主の軍勢は喜色を吹き返す。

 魔術師……とそう呼ばれた男は、恐らくあからさまに魔術師然とした服を着て警戒した相手に真っ先に狙われることを恐れていたのだろう。雑兵のような適当な装備に身を包んでいたが、手印を切り、呪文を唱える姿は確かに魔術師としての風格があった。


 ぎんっ、と脳裏に響くような音。

 それは一同の鼓膜を強く打ち据える。まるで耳にきりを突きたてるようなどこか不愉快な異音に対して――もっとも腹を立てたのは狼龍シーラだった。


「ガアアアアアァァァァァァ!!」


 大顎を開き、獣の俊敏さで一気に魔術師へと迫る。

 

「話が違ぇ! 全然いう事を聞かないじゃねぇか!」

「あー。……これは凄い。薬物も呪詛も全て解呪されている。どうやったらこうも完全に影響を消せるんだ?」


 狼龍シーラは邪魔だといわんばかりに魔術師との進路上にいた兵士を一薙ぎで殺すと、そのまま憎い魔術師を噛み殺しにかかる。

 ローズメイは概ねの状況を把握していた。……恐らくあの魔術師が使ったのは狼龍シーラに意に沿わぬ服従を強いる魔術の一種なのだろう。だが気位の高い狼龍が、魔術と薬物で無理やりいう事を聞かされていたことは耐えがたい屈辱だったはず。

 その屈辱を思い出させる魔術師が憎くて仕方なくなり、暴走めいた勢いで襲い掛かったのだ。

 勢いは激しく、巨大な軍馬が前面に装甲と刃で武装して全速力で体当たりを仕掛けるに等しい威力を持つ。


 そのまま魔術師を轢き殺そうとした狼龍シーラは――鋭い爪の一撃が空を切るのを感じた。


「短距離を瞬間移動する瞬動リープの魔術か、賢しい手を使いおる」


 だがローズメイはシーラと違い、発動が早いが、それほど長距離を移動できない魔術の特性を熟知している。

 その踏み込みの速度はまさに閃電。大上段に切っ先を掲げ、正面から渾身の力を込めて、魔術師を斬り殺す姿勢に移っている。

 ローズメイはその一撃を魔術師に叩きつける。がちんっと奥歯を噛み締め膂力を振り絞り、斬撃を打ち込む。小細工なし、正面から堂々と防御を打ち破って命を奪う必殺の一撃は……しかし、意外な事に食い止められた。


「とはっ?! き、切っ先が我が腕に半ばまで食い込む?!」

「受けた? こんな貧弱な腕でおれの一撃をか。何か詐術があると見える」


 受け太刀でもしようものなら、その刀勢のままに受け太刀ごと相手を両断する剛猛の一撃は――しかし、相手の掲げた腕に半ばまで切っ先を食い込ませるあたりで終わっている。

 血が流れていない。ついでに言うなら目の前の魔術師とやらから漂うのは死臭であった。傷口から除く肌の色は死人であり、血の通う人間のものではない。

 魔術師の腕が黒い霧のようなものを纏う――触れたものの生命力を剥奪する死の腕(デスタッチ)の魔術だろう。


 本来ならば一端距離を取り、刃の距離で戦うべきだろう――だがその必要はないと言うように、ローズメイは胸の奥底、かつて強力神に授かりし加護のあったところから、強烈な熱が全身の血管を駆け巡るような感覚をおぼえた。

 体に刻まれた神威の残滓が、滅ぼすべき悪神の下僕を見つけ、猛りうねっているのだ。

 その黄金に輝く腕で、死の腕(デスタッチ)の一撃を正面から受け止めてみせる。


「……その猛々しき武威、強大な神威の影、その馬鹿げた速さと力、強力神の使徒か?!」


 魔術師が驚愕で目を見開く。

 ローズメイは片眉をくい、と吊り上げた。身の中に走る強力神の神威が敵の存在を叫んでいる。

 肉体と魂を病ませる悪しき力を正せと言っている。


「魂無きまま動くもの共の頭領、悪神の尖兵だな」


 屍を操り、魂無き後も永遠の労務に就かせる邪悪なる酷使者(アビウス)を名乗る神の恩寵を授かったものか。

 こんな悪神の使徒を配下として使うあたり、アンダルム男爵は相当に後ろ暗いことをやっているはずだ。

 だが、ローズメイは構うまいと考える。


「一つ聞きたい」

「なんです?」

「おれの手下三名がいない。どうなった?」


 その魔術師は、ローズメイの言葉に、にたりと蛭のような笑顔を浮かべた。


「ああ。……あなたが首を捻じ曲げた騎士殿が荼毘に伏すなど言わねば……いい労働力になったのですが。あとで骨に会わせてやりましょう」

「そういうお前は既に死んでいるようだが動けるのは悪神の使徒ゆえか?

 まぁいい。どうせ殺す」


 切っ先を相手に向け、凶暴な殺意と共に宣言する。


「貴様の生きてるのか死んでるのか良く分からん体は乱刀分屍にし、果たして五体を分割された後にも戦えるのか試してやる!」


 時間は僅かな間だったものの……三名は彼女のもとで新しい人生をはじめようとしていた。

 これまで悪漢として生きていた以上、どこかで罪を重ねてきたのだろう。シディアという娘をかどわかそうという悪事にだって平気で手を染めていた。

 だが……ローズメイは彼らが元凶状持ちの悪漢であったと知っていたが、それでも一度は自分の部下として遇したのだ。

 

 胸の奥底から熱気が競りあがる。肉体に溢れる激情が炎のように口蓋から炎の如く噴出するような錯覚を覚える。

 こいつは骨に会わせてやるといった。ならばあの三名の屍は既に、死者を酷使する悪神に使われているということか。死してなお死者を縛る外法に部下が辱められていると思うと、全身を激しい激怒が燃え上がり。


 そして、ローズメイは激情を表現するかのごとき咆哮を張り上げようとして……だが、喉の奥底から熱の塊がせり上がる感覚を覚える。

 熱い、とても熱い。喉がやけどするかのような高熱なのに不思議とひり付くやけどの痛みはなく――。


「ご、ごはっ?!」


 ローズメイはえずくような熱さと共に。

 口から、炎を吐いた。


作者注

主人公のアレは戦いに使えません。

いわばベ○ガ・ギ○スのビー〇フラッグと同じです。

飾りです。

カッコいい以上の意味はありません。

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