俺達はお前が心配なんだ……!!
「……ローズメイさま。凄く演技ヘタね」
「ぐるるるっ」
「……情けないのは、あの演技力ゼロの棒読みであっても美貌に目が眩んで、にやけてしまう男のサガの悲しさだよなぁ」「ああ」「うんうん」
シディアと狼龍シーラ、そして家来衆は草むらに身を伏せながら、敵の騎士団に声をかける我が主君の姿に素直な感想を漏らした。
狼龍シーラは伏せの姿勢で息を潜め、他の連中も手に武器を携えたまま。
「見た感じ、割と警戒してるな」
「あたしたちバディス村の人を警戒してるのかしら? そんなわけないよね」
家来衆の言葉にシディアは首を傾げた。
……彼女の予想は外れている。
アンダルム男爵の手下が緊張しているのは……ここに来るまでに始末した、町に足を伸ばしていた三人の死に様を見知っているからだった。
たった三名でありながら十人を斬り殺し、数名に手傷を負わせた相手のせいで、本来70人で押し潰すはずが――今では50人程度の数しか用意できない。
そしてバディス村には、あと六名ほど残っている。……単純な計算をすれば、あと20名は殺されるかも知れない。数にすれば、おおよそ三人に一人が死ぬかもしれない。そういう恐怖が、男爵の手下たちから余裕を奪い、緊張と警戒を強いていた。
地に伏せていたシーラが声を上げた。
「ぐうううぅぅ」
「え? シーラ。なんだか怒ってる?」
シディアは先ほどから唸り声をもらす狼龍シーラの様子に首を傾げる。
『シカバネ ジュツ ニオイ……キライ』
狼龍シーラが、龍の声帯を使って無理やりに人の言葉を発した。
それは彼女が仲間に伝える必要のある重要な内容だという事である。
「シカバネ ジュツ? ……屍術の魔術系統?」
シディアは首を傾げる。シーラの言葉、それは現在では滅亡されたといわれる、研究や使用の禁じられた系統の魔術を連想させた。
そんな風にしていると、茂みで黄金の姐さんを観察していた家来衆が声を潜めながら言った。
「おい見ろ。黄金の姐さんが敵兵に連れて行かれたぞ……ああっ?!」
「いかん、さりげなさを装って、奴め、姐さんの尻を触ろうとしている!! (兵士のほうが)あぶなぁい! 」
「槍衾びっしりな落とし穴の隣で、目隠ししながらダンスも同然なのに……お前の事を心配して言ってるんだぞ! 聞こえないのか! ……いや、聞こえたら困るんだけどな」
「姐さんが見張りどもの見えない位置で指をぱきぱき鳴らしている!! ちょっとでも触れたら縊り殺す気だ!」
「ていうか何で俺たちは敵の命の心配をしてるんだ……?」
「知らないって怖いな。あっ……上役に見つかったらしい……連れて行かれたぞ」
よし、少しずつ間合いを詰めていくぞ――家来衆はそれぞれが配置に付く。
もし黄金の姐さんが何らかの行動を起こせば、現在陣地の周りにいる兵士達は何事か、と注意が向くはず。
その背中を見せた一瞬で数を減らす。一同は必殺の間合いに踏み込むべく。虫のような遅さでゆっくりと見張りたちの間合いへ近づく。
見張りは数名。陣地にはまだ40名近くの兵士達が残っている。
「もうちょっと待っててね。シーラ」
何か起こると同時に皆、一斉に襲いかかる手はず。
シディアたちは鬨の声を、今か今かと待ちわびた。
「お……おおぉ?」
「す、すげぇ、なんだありゃ……」
「なんであんな別嬪が」
「いやぁ、片田舎舐めてたわ」
後ろ手に掴まれた状態で陣幕の中央へと連れて行かれたローズメイは、そこで中央で指揮を執っていたと思しき騎士の前に連れて行かれる。
品位といい、風格といい、この軍勢の頭領と見て間違いなかろう。
「うおぉ……」
この場で一番地位の高い男でも、こうまで美しいものを見るのは生まれて初めてなのだろう。驚きで目を見開き、ごくりと生唾を飲んだが――部下の手前か、それだけで平静さを取り戻す。
……ローズメイは心の中でアンダルム男爵に対する評価を上方修正する事にした。騎士の数は少ないが、命令を忠実に実行せんとする責任感がうかがえる。
その有能な敵をこれから縊り殺さねばならんのか、少し残念に思った。
「……どこから連れてきた」
「それがその。バディス村のほうからだそうで。あの村にいる残りの元仲間の連中が、急に凶暴になったそうで」
「あの。その。……騎士の皆様方、お助けくださりありがとうございます……」
ローズメイは記憶の中にある弱弱しくはかなげな印象の乙女を真似てみた。
……男達の群れの中に女性が一人。それも戦を前にした飢狼の如き良心の欠いた男達の中にいる一匹の牝羊。
食われるのが普通の状況で、ローズメイはなるべく状況を飲み込めない風を装う。
「それで村のお傍まで来て、何か用があったのでしょうか?」
「……」
騎士の男は流石に今からバディス村で殺戮を行う予定であるなどとは口にしない。
だが周囲の悪漢達は、これから毒牙にかけた後、奴隷として売り払う予定のか弱い女性の心に頓着するような良心はない。
「いまからさぁ、あんたの村を皆殺しにするつもりでよぉ」
「ひ、ひ。心配するなよ、あんたみてぇな別嬪はじめてだ。犯してもよし、売ってもよし、正直どこの奴隷商人でも大枚はたいてくれるさ」
その言葉にローズメイは驚きで目を見開く演技をした――そして一同の中央で、余計な事を言った悪漢どもに苦々しい顔を浮かべる指揮官の騎士にすがるように近づく。
「え? そんなはずありませんよねー?」
その指揮官は……この時まで、絶世の美女より感じる不可解な感覚がなんなのか、まるで理解できていないでいた。
絶世の美貌に理性や知力は焼ききられたかのように上手く動かず、ただただ、頭の奥底で何かが警鐘を鳴らしているような……だが一体なにに? このような美女は今飢狼の如き男達に囲まれ不安を覚えているはず――彼女の好意が欲しい、そう考えていた指揮官は……不意に、違和感の正体を悟った。
「……?!」
指揮官は知っている。剣を突きつけられたり、瀕死の手傷を負ったりしたものは、恐怖と焦燥で目が濁る。それは死ぬ事が恐ろしくて仕方ないからだ。
翻って目の前の絶世の美女はどうだ? 男の群れに放り込まれた絶世の美女などただの獣欲の犠牲になるだけなのに、目の前の女の声は毛ほども震えていない。微塵も自分達を恐れていない!
指揮官は反射的に腰の剣に手を伸ばし引き抜こうとした――だが、ローズメイにとって、そこは一挙動で踏み込める射程距離内。
このような手弱女が荒事などできるわけがないとたかをくくった連中は、ローズメイを後ろ手に縛り上げてもおらず。彼女は遠慮なく敵の油断に付け込んだ。
裏拳を繰り出す。その一撃は剣柄を握り締め、鞘から刃を引き抜こうとした指揮官の手の甲を砕いた。
「ぎあっ?!」
骨が砕ける感触に悲鳴を上げる指揮官――そして絶世の美女の拳が眼前に迫り。
ぐしゃり。
指揮官の騎士は不可解な事に、自分の周りにいる部下たちを、一周回転して見回すことができた。
絶世の美女はそのまま指揮官の持っていた剣を奪う。
(裏拳で手甲に覆われた私の拳を砕いた?! いや、それは今はいい。女、なぜ私に背を向ける! まだ生きているだろうがっ!)
指揮官はすぐさま予備の武器を手に取り、背を向けた女に切りかかろうとしたが――頸部より発生する異様な感触と激痛はいよいよ耐え難いほどに強さを増していき。地面が垂直の壁となって迫ってくる。
他の兵士達の浮かべる驚愕の視線が突き刺さる中――ああ、そういう事か、と納得した。
あの拳の一撃で――自分の首は360度、致命的な回転をしたのだ。
(……こいつだ。この絶世の美女が――あの三人を変えた求心力の怪物に違いないっ!
なんという速度、なんという膂力、なんという美貌! 美神と軍神の双面神かこれは。……確かに跪きたくなる。奴らの気持ちが分かってしまう……)
指揮官が死の間際に考えたのは、部下でもなく主君である男爵のことでもなく。
(……ああ。残念だ。もう少し話してみることが出来たなら。戦う立場でなかったなら……。
私も、あの三人のような晴れがましい気持ちを味わえたのだろうか……)
ただひたすら、めぐり合わせの悪さを嘆く溜息であり。
意識を失うまでのほんの数秒――配下たちと切り結ぶその美貌を、冥途の土産と目に焼き付けるのだった。




