助けを求める(必要がまるでない史上最強の)美女
ローズメイ=ダークサントは剛勇を誇る猛将であった。
細かな作戦や用兵など戦術的なことは副官に一任し、自分自身は、四頭立ての馬車とその大戦斧の衝力を生かして敵陣を掻き回す役を自らに任じていた。
ただひたすらの前進蹂躙を旨とするローズメイと彼女の直衛部隊の威力は絶大。
猪、愚直、単純な戦術しか理解できない、と言われもする。しかし彼女のその単純な戦術に対応できる将帥は今だ一人もおらず――結局、サンダミオン帝国でさえも、彼女を旗下二万より引き離し、圧倒的数的劣勢を強いるより勝ち筋を見出せなかったほどである。
今回の、バディス村を包囲せんとする敵に対しても――ローズメイが取った戦術はいつものように、指揮官を真っ向から狙う方法であった。
「残念だが、お前達の仲間三名は生きてはいまい」
黙祷、と彼女が言い、悪漢達も目を閉じ、しばし冥福を祈った。
「そして、この状況は思わしくない」
状況の説明を受けたローズメイは、即断した。
敵は未だに行動をしていない。夜になり、村人が家の中で休む頃合を狙っているのだろう。
待つことは性分ではない。自ら討ってでるつもりであった。
この状況が妙だという事は分かっていた。
アンダルム男爵がこうも早く事態に対応できるはずがない。ならば最初から、シディアを生贄として回収した後は、きな臭い所用の為この村に騎士団を派遣するつもりだったのだ。
「で……どうしやす。黄金の姐さん」
「夜半を過ぎたあたりで、おれが単身乗り込んで敵将の首を挙げ、お前たちはその混乱に乗じて斬りこめ」
そんな無茶な、という言葉を、シディアと家来衆は発するべきなのか、迷った。
常識で考えれば少なく見積もっても50人を越える敵陣に一人で乗り込み、敵将を討ち果たすというのは絵空事である。
しかし、目の前で狼龍と殴り合いを演じる剛力と、その剣の冴え、そして強大な自信を見ていると……『できるんじゃないかな』と思えてくるから不思議であった。
ローズメイは自分の顔をつるりと撫でる。
「それに安心しろ。
おれも新しい武器を手に入れたのだ。この『女の武器』という奴が、どの程度有効なのか少し試してみたくなる。……シディア」
「は、はいっ! ローズメイさまっ」
突然のご使命に背筋をぴんと伸ばしたシディア。
ローズメイは、困ったような笑顔で言う。
「すまん。教えてくれ。
スカートとはどうやって履くものだったか、もう忘れてしまったのだ」
バディス村は一見すると静かな様子であった。
しかしローズメイの言葉を信じた彼らはそれぞれが村の自分の家で息を潜め、嵐が過ぎ去るのを待っている。
……アンダルム男爵の兵士は、チンピラ達が殺戮と略奪の許されざる喜びを期待し。正規の騎士たちは主君の残酷な命令に、やれやれまたかと諦めの入り混じった嘆息を溢し。
そして……新米騎士のハリュは、全身に重石のように圧し掛かる罪悪感の重みに耐えかねたように震えていた。
「……あの騎士さまぁ」
「……まあ、びびってんだろ……」
時々、自分達正規軍に従うチンピラまがいの兵士が囁いている。
そうだ、確かにびびっているのだろう――ハリュは野営陣地の外側で、自ら望んであまり好まれない見張りに当たっていた。
楽な仕事だ、楽な話だ……今からあの村を滅ぼす、そう聞いている。倫理や道徳に目を潰れば楽な仕事。そういった良心といったものはただ苦しみを増すだけだとハリュは実感していた。
この集団の中で異質なのは自分のほうだろう。
二度三度繰り返すうちに、良心も磨耗し、他の仲間達と同じく血を洗い流した手で、平気な心持ちのまま飯を食えるようになるのだろうか。一同から離れた場所で疼く良心を黙らせるためにうずくまった。
そんな時であった。
薮の茂みが揺れてがさごそとこちらへと近づく足音がある。ハリュは、獣か魔獣か、何かではないかと警戒した。
その手に握る短槍を握り、もう片方の手で盾をしっかりと握り締める。猪か狼か。あるいはあの村にいるという狼龍なのか。
もし出てこられたら自分などひとたまりもあるまい。
「助けてー、助けてくださいー」
だからこそ……予想外の女性の悲鳴にハリュは目を丸くした。
女である。ただし今まで初めて見るような絶世の美女であった。田舎村らしい朴訥な衣装に身を包んだ女性だが、その目鼻立ちの整った姿といい、黄金を結い上げたような頭髪といい……こんなにも美しい人は生まれてはじめてみた。
途端にドキドキと高鳴る心臓を自覚しながらも、ハリュは彼女の様相に眉をひそめる。
村娘らしい格好だが、危うく乱暴されかけていたのだろう。服のところどころに乱暴の影があり、恐らく暴力で意に沿わぬことを強いられそうになったのだろう。
しかし、その割にはなんだか多少棒読みな悲鳴だったような?
ハリュは、だがそんな事を考えるのは辞めた。悪漢より美女を救うのは男児の本懐である。
「ご婦人、だいじょ……うぶ、ですか?」
その接近してくる絶世の……絶世の大迫力に、ハリュは言葉を呑んだ。
美しい、美しいのは間違いない――しかしだ。大きい。胸が豊満なのはそうだが、同時に身長が、高い。
それほど低いわけでもないハリュがなお首を曲げて見上げなければならない長身は、栄養状態がいいとは言えない田舎の女性とは思えないほどであった。
いや、しかし――とハリュは考え直す。防寒具として支給されていた毛布を彼女の肩にかけた。
「何があったのです?」
「それが、その……数日前から村にいた男達が、急に乱暴に……」
ハリュはその言葉の意味を察した。
事前にバディス村に駐留していた悪漢達。彼らは、自分達の仲間が戻らないことと、村を包囲せんとする自分達を知り、自暴自棄になって暴虐に走ったのだろう。
『おぅい、騎士さん、なんか声が聞こえたぞぉ!』
「森から獣が出てきて、驚いたんだよ!」
そう応え――ハリュは即断した。
幸い少し離れた位置で見張りをしていたから、村のほうから逃げてきた彼女に気付いた様子はない。
……自分の上官である騎士をはじめ、ならず者たちはバディス村を滅ぼすつもりだ。ならば――毒牙から逃れてきたこの絶世の美女が逃れてきたこの野営の陣もまた毒牙の群れ成す場所だ。彼女の存在が他のものに知られれば、悲惨な死を遂げるか、あるいはどこかの奴隷商人に売られるかぐらいだろう。
「……ご婦人、申し訳ないですが、ここも危険なのですっ!」
「え?」
「私は職務上あなたを助けるわけには行かない……よいですか、村には帰らずにこのまま道を下りなさい。申し訳ないが、私に出来るのはこれだけですっ」
そう言い、ハリュは胸のうちに放り込んでいた財布を絶世の美女に押し付けた。
「逃げなさいっ、早く……!」
男爵に仕える騎士の端くれとして彼に出来るのはこの程度のことしかない。
だが、それでも自分の配慮で一人だけでも救うことが出来るなら。ハリュは自分に許される範囲で、良心のまま行動する事を選択し――。
結果論になるが、ゆえに生きながらえることができた。
「ふむ」
ハリュは最初、その落ち着いた声が誰から発されているのかが分からなかった。
もしかすると、今の会話を第三者に聞かれていたのかと思わず周囲を振り返り。
「……こんな汚れ仕事に従事する連中の中に、良心を捨て切っていないものがいるとは思わなかった」
そのどっしりと落ち着いた声の主が、目の前の絶世の美女の唇より発されていると、俄かには信じられなかった。
絶世の美女、ローズメイはするりとハリュの後ろに回り込むと、その後頭部のあたりに、とん、と手刀を当てる。ハリュはそのなにげない一撃で、自分の意識が糸の切れるようにあっさり断たれる感覚に驚愕しながら意識を失った。
彼の体を支え、地面の草むらに横たえると――ローズメイは改めて立ち上がり……今度は別の見張りらしき連中に狙いを定める。
この騎士らしき若者は、思ったよりずっとまともな良心を備えていた。惜しむべきは仕えるべきではない君主に仕えざるを得なかったことだろう。
本来の予定では乱暴されかけ、命からがら逃げ出して、そこを彼ら騎士たちに捕まるというのがベストだった。
なにせ今のローズメイの絶世の美貌は目も眩むほどに美しい。もし見つかったなら部隊指揮官の前に連れて行かれて、そのまま彼らの天幕で指揮官と一対一だろう。そこで縊り殺した後、適当に数を減らしていけばよい。
見張りの人間が上官に絶世の美女を譲ることを惜しんで、身を隠すように草むらの陰で犯そうとするならば――さて、ズボンを脱いで男性最大の弱点をさらけ出した時点で、彼女からすればどうとでも料理できるのだ。
「わが人生に、女の武器とやらが有効に使える機会がこようとは」
敵が圧倒的多数を頼んで殺戮を行うつもりなら、ローズメイも不意打ちだまし討ちを禁じるつもりはない。
順当に数を減らすか、あるいは一気に敵の大将首を取るため――別の見張りに声を掛けることにする。……見つけた。今しがた気絶させた青年騎士と比べて品のなさそうな奴がいる。
にやり、と、お淑やかという言葉からとてもかけ離れた獰猛な笑みを浮かべる。明らかに助けを求める女性というより、相手に助けを求めさせる恐怖の使者である。
次のターゲットは貴様らだ、ローズメイは茂みから転がり出た。
「あ~れ~、た、たすけて~」




