ただの田舎村蹂躙で終わらない気がする
あるいはこれも、急いで『王国』に帰還せぬように、という強力神の心遣いだったのだろうか。
一年で『王国』の状況はまったく変わっていた。
ローズメイ=ダークサントは討ち死にしたものの、反乱軍の首魁であるメディアス男爵は討伐された。
王都に駐留する騎士がどの程度であったのか、実数を把握していない反乱軍は、指揮官を欠いた状況では戦闘は不可能と判断し、そのまま降伏したという。
だが、その後がいけなかった。
大勢の貴族の前で、ギスカー王子はローズメイを辱める為に王都へと招聘した訳であるが……その原因が敵国の諜報員の色香に惑わされたという事実が漏れた。祝宴の席であった事も災いし、その報は前線で戦うローズメイ配下の騎士団二万にも大いに悪影響を及ぼした。
ローズメイに信服する二万の兵士は……『自分達の有能な指揮官を王命を偽って王都に招聘し。その結果、孤軍に等しい僅かな手勢で戦いを挑ませた、暗君ギスカー王子』と、王子の暴走を止める事ができなかった王家に対する不審感は増加の一途をたどり。
ただ、二万の兵はそれでも職務を遂行する事は止めなかった。
サンダミオン帝国は、『王国』を守る二万を倒すことは諦めたものの、彼らの抱きこみ工作を始め。
ギスカー王子は……自分が原因で人心が離れていく事を自覚したのだろう。
結局、数ヶ月前に、『王国』はサンダミオン帝国への降伏に応じたという。
ローズメイは、沈黙した。
その沈黙の意味が分からず、村長とシディアの二人は首を傾げる。
王国の滅亡はショックだったが――少しだけ、喜ばしい話もある。
『ローズメイ=ダークサント卿の救国の突撃』に付き従いし、10騎のうち……そのうち二人はあの激戦を生還したという。
「…………」
それは望外の喜びであった。
正確な名前までは伝わっていないそうだけど、十分。
絶対確実な全滅が約束されたあの戦場で、たった二人だけとはいえ生還したものがいたのだ。
彼女の二万の仲間の兵達も、そして戦死した8騎もその事を喜んでいるだろう。もちろんローズメイ自身もであった。
「………………」
だがそこで……ローズメイはその二人と約束した事を果たせていないことに気付くと、大変困ったように眉間に皺を寄せていた。
シディアと村長は、この絶世の美女が浮かべる無表情と不機嫌そうな眉間の皺に、何を悩んでいるのだろう……と顔を見合わせる。
ローズメイは、この女傑としては実に珍しい事に……困っていた。
(……まさか。
まさか……おれが、メディアス男爵配下の8000の兵を相手に生き残るなど、おれ自身信じていなかった)
彼女は死ぬつもりだった――だから、そう……支払うつもりの無い空約束を連発だってしていた。
(だがこれでは……おれが、一度口にした約束を守らぬ信義に値せぬ女という事になってしまう!)
自分自身を含めた全員が死ぬと思ったからこそ、決して守られぬであろう約束をしたのだ。
『生き残ったならば全員おれの寝台に侍ることを許してやる』――と。
あの時は『どうせ死ぬならば適当な事を吹聴しても構うまい』と思ったが……生還した今となっては当時の軽口を呪うばかりである。
(おれは一度口にした事は必ず実行してきた。あの時は、冥府の川を渡れば生者との約束など、もう無意味であろうと思っていた。
しかしおれは生き残った。ならば必ずや二人を寝台に侍らせねばならない!)
ローズメイは今の自分の顔を撫でた。
かつて醜女将軍と呼ばれた非常にまずい面は『お前をおれの寝台に侍らせてやる』と言うと、真剣な顔で『ごめんなさい許してください』と謝られるほどである。
しかし今の自分はシディアや自分の家来となった男達が満場一致で『傾国の美貌』『美貌を巡って戦争が起こる』という意見がきた。
今ならば、たぶんOKが貰えるのではないだろうか?
「……それで、生還した二人の騎士は?」
「は、はい。……主君であった醜女将軍のご遺体を捜すべく、馬を走らせ続けたそうですが見つからず。
ギスカー王子は二人の騎士を英雄として讃え、王家に忠誠を尽くすように要請なさいましたが……その提案を蹴り、今では傭兵となって諸国を遍歴しているそうです」
「ふむ」
生存したかつての配下たちの忠誠を嬉しく思う一方で惜しくも思う。王子の誘いを受けていれば確実に昇進していたであろうに。
「その二人の居場所は分かるか? ……いや、聞いてみただけだ」
シディアの困ったような顔に、ローズメイは質問を引っ込めた。
『王国』の大将軍であった頃なら優秀な密偵や斥候を使い放題だったが、着のみ着のままの今ではそんな手は使えるわけが無い。
それに、生還した二人と出会って……果たして信じてもらえるかどうか。
何の因果か絶世の美女に生まれ変わってしまった今では、自分が醜女将軍だと名乗ったところで信じてもらえるわけが無い。
もし出会えたらどうするべきか――ローズメイはそこまで考えて……普通で良いのだと思いなおした。
普通に……戦列を並べた同僚たちの死を悼む――それだけでいいのだ。
「……すまんが、少し一人にしてくれ」
「あっ。はい。わかりました、ローズメイさま。ほら村長さんも」
「う、うむ」
去っていく二人に軽く頭を下げ、ローズメイは思う。
そして、死を一緒に悼めばいいのだ、とそこまで考えて……ああ、もう、おれを含め、三人しか生きていないのだ……とようやく実感した。
目の奥底から熱いものがこみ上げてくる。
悔いてはいけない。
彼らは自分の『死ね』という命令を忠実に実行し、そして死んでしまった。
彼らだって未来の希望があったろう。それをなげうって自分の……ギスカーさまと国家への忠誠に彼らを使った。
謝ってはいけない。自分は彼らの忠誠を誇らねばならない。言うべき言葉はありがとうと感謝するべきだ。
彼らの奮闘のおかげでサンダミオン帝国の実力による王都陥落はなくなり、穏便に降伏という形で終わった。
ああ。けれど。
一緒に死んでやれない事が、こうも歯がゆくあるとは。
ローズメイは一人になった後で泣いた。
悪漢連中は今やローズメイの手下となり、無力なシディアに対しても借りてきた猫のように大人しい。
「よぅ。生贄ちゃん。ちょっと聞きてぇんだが」
「……その生贄ちゃんって辞めてもらえません?」
シディアは嫌そうな顔を浮かべて睨みつける。そんな彼女にも困ったように笑いながら、彼はわりぃわりぃと応える。
少し、声を潜めた。
「で、どうしたんですか?」
「うん。うん。……黄金の姐さんに相談するべきことが2件ほどな」
男は言葉を続ける。
「一つ目は……町のほうへ、狩った獣の毛皮を売りに行った連中だが。予定時刻を過ぎて時間が経過しすぎてるのにまだ帰ってこねぇ」
シディアは、じりじりと背中から、恐怖と緊張が這い上がってくる感覚を覚えた。
「……もう一つは?」
男は……町に向かった仲間の連中が既に殺されている可能性があると気付きながら、震える声で応えた。
「……この村を囲んでる連中がいる。
おれらみたいなチンピラもいたが――数名、金のかかったプレートや、制式装備に身を包んだ連中がいる。
正規の騎士が、ここを攻め込むつもりみてぇだ」
シディアは目を見開いた。
悪漢たちは領主の手下をやめ、ローズメイに忠誠を捧げた。
しかしアンダルム男爵のもとにその報告が送られるのは、もっと日数に余裕があるはずだった。
ローズメイはそう判断したし、それは家来衆の悪漢たちも同じこと。
いくら何でも、動きが早すぎる。
なら、考えられるのは一つ。
領主は最初から……シディアをいけにえとして回収した後で――この村を、蹂躙するつもりだったのか?
敵は数が多く、武装は相手側が優越しており。状況を打開するには様々なものが欠けていた。
戦闘や窮地というものはいつも姿を現した時には、大抵手遅れで、準備は足らず、助けは間に合わない。町に出た家来衆が生存しているかどうかさえ分からない。
一個だけ望みがあるとするならば。
敵が、このバディス村に駐留している黄金の女が――どれほどのものであるのか、おそらくは把握していないことだろう……!




