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心当たりはない?

「……おお、なんと素晴らしいことでしょう」


 その村の一室で、喜びの表情を浮かべながら前に進み出る神父服の男が進み出てくる。

 福福しい微笑み。一見すると普通の青年か中年あたりの年齢の男性に見える。この豊かと言えない辺境の村で生活している割には恰幅が良く、栄養状態もよさそうだ。目は細く、亀裂のような目から除く瞳孔が、蛭のように相手を見た、

 ローズメイをはじめとする一行は、心の中で警戒態勢を敷いた。

 悪漢達の情報が正しければこの男、他者には到底理解し難い快楽のために母親を殺害し、多くの孤児を殺害してきた人間のクズだ。


「生贄に捧げられたシディアがこうして無事に戻ってこれるなんて……ああ。

 勇敢な女性のかた。お名前をお聞かせ願いたい」


 そう言いながら神に祈りを捧げる神父。


「ローズメイだ。神父殿」

「……そうですか、ローズメイ殿ですか」


 相手の差しさわりのない返答に、ローズメイは相手をどう処断するか考えあぐねていた。

 この神父から発せられる嫌な気配。シディアの姿を見た時に一瞬目に浮かべた腹立ち――『かわいそうに』といわれる理由が失われたことへの怒りの色を、彼女は捕らえている。

 

 しかし、はっきりとした証拠は無い。

 そして正確な証拠も無く、悪漢達の証言を鵜呑みにして相手に死を送っては、それは私刑だ。


 ただし……ローズメイ以外はそこまで深いことを考えていた訳ではない。

 シディアは前に進み出る。


「神父様」

「……ええ。はい、本当に良かったですねぇ、シディア」


 シディアは、悪漢達の証言を信じていた。

 ほんの数時間前までは、生贄としてささげられた自分を誘拐しようとする被害者と加害者の関係であったが、今ではローズメイに信服する仲間同士である。

 彼女は神父様の前に立った。

 村人たちは、思った。生贄に捧げられた窮地から女神の如く美しい女性に救い出され。

 そして命を拾った彼女は神父様と抱き合いながら喜びの涙を流すのだ――そんな想像をした。


 その想像は、一部しか当たらなかった。


「ウッ……し、神父様……! おかわいそうにっ……!!」

「ほへ?」


 シディアは涙を流し、同情の言葉を発する。

 だがそれは、この場にいる村人全員の脳裏に疑問を浮かべさせる。

 シディアが涙を流すのは分かる。彼女はほんの数時間前まで犠牲にされる危機にあった。助かったことへの安堵で涙を流してもなんらおかしくはない。

 しかしそれでは……なぜ神父様へ同情の涙を溢すのか。

 

「あ……ああ。不憫だな」

「確かに……何が起こるか不安にもなる」

「祈ろうぜ!!」


 そしてローズメイの手下となった悪党たちも、シディアの後ろでお行儀よく横に整列した。

 両手を合わせて、目を閉じ、シディアと悪漢達は本気の本気で……これから神父様がどれだけ惨たらしい最期を遂げるのかに同情して祈った。


「な……なんなのですっ。なぜ私に手を合わせて祈るのですっ!」

 

 神父は困惑した。

 ……彼は他者に『かわいそう』や『大変だね』と同情されたりのが気持ちいい性癖の持ち主であった。

 もしここに異世界の知識に通じた賢者が存在したら、その心のゆがみを『代理ミュンヒハウゼン症候群』と看破したであろう。

 それも他者の同情を引き自分のナルシズムを満たすためなら殺人行為や他者の奴隷売買さえ厭わないエゴの塊の如き精神は、『かわいそうに』と同情されるたび快感を感じる歪んだ心となっていた。


 だが……この『かわいそう』はなんか違う。

 かわいそうと言われてもまるで気持ちよくない。神父は苦痛を味わうのは他者に任せ、自分はその同情を受け続けて気持ちよくなりたい。

 だが、彼らの同情は、これから神父に降りかかる多大な苦痛に対する哀れみであり。


 神父は、これから自分にここまで同情されるだけの災難が降りかかることを宣言された受刑者のように、恐怖する。 

 彼は本能的に察していたのかもしれない。

 シディアは神父に同情していた。彼女の後ろに立つ悪党たちは、そろそろただ涙を流し、祈るだけではなく行動を起こすことにした。

 神父様の正面に、祭壇を設置し、蝋燭を並べ、神像を配置し……ちーん、と鎮魂の鐘を鳴らす。

 

 シディアが事前に行われた前供養を、今度は神父がされる状況であった。


「まってください! あ、あなた方はなぜ私に前供養の準備をするのですっ! まるで私がこれから死ぬような事をっ」

「ほう」


 だが、この時――はじめてローズメイは口を開いた。


「心当たりは、ない? あなたは殺されて当然の事などなに一つ、した覚えはない?」


 その両眼が、神父を射抜く。

 ローズメイは特に語調を荒げたり、恫喝するかのような厳しい言葉を使った訳ではない。だが、その圧力はただ人ならざる迫力があった。

 将軍として戦いに従事する日々の中で真実を見抜く洞察力は練り上げられてきた。上官殺害、民間人への暴行、収賄、そういった騎士団の中に存在していた旧悪を除くためには相手の嘘を見抜く目が必要であり……彼女の両目は真贋を見極めるかのようにじっと睨んだ。

 

「はっ……も、もち……」


 神父はもちろんだ、と嘘をつこうとした。そうしようとはしたのだ。

 だが、ローズメイの眼差しはさながら照魔鏡のよう。その心に一片も偽りがなければ彼女の顔を真っ向から見返せるだろうが……心に疚しき『魔』を飼うならば、正視さえできない苛烈な厳しさが漲っている。


 村長や村人たちは、黄金の女のいぶかしむような言葉と、その剣呑な気配に息を呑み、視線を往復させた。

 ローズメイは椅子に腰掛け、まるで観察するような目で神父を見た。一挙動のすべてを見抜き、その偽りを暴き立てるような視線。それは無言のまま弾劾するかのようであった。

 神父は後ずさる。額からは汗が滴り、呼吸は浅く連続する。その異様な反応は、村人たちの疑心を招くには十分なものであり。

 

 彼は、ローズメイの視線に耐え続けることが出来なかった。


「は……はハッ! ああ、殺したとも! この村に来る前には既に母を含めて6回だ! シディアを大事に大事に育てたのも収穫する時にかけられる同情の言葉が気持ちいいからだっ!」


 そして、罪をひらけかし、居直ったような嘲笑を上げる。


「だ、だが俺の父親はこの地方の領主、アンダルム男爵だぞっ!」


 そう、親とは本当に有難いものだった。

 アンダルム男爵は自分の妻を殺害した我が子を家の恥として僧院に放り込んだが、そこはそれ、血を引く我が子可愛さで、彼の性癖を隠し通し、その欲求のまま殺人を繰り返せば司直に手を回して事件をもみ消し続けてくれた。


「そ、それに悪い話ではないだろうが! シディアは俺の父親の奴隷として飼われ、こんな辺境で暮らすよりもずっと面白おかしく暮らせるし……何より殺されていないじゃないかっ!」

「……神父様」

 

 シディアが悲しみに呻いた。

 ローズメイの視線に耐え切れずに自ら自白を始めた神父が取った行動は……親の権力に頼り、この村に生きる全ての人間に対する暴力と恫喝を用いた口封じである。

 そうだ、生贄というまどろっこしい手段など使わずに、兵士を出して剣をちらつかせ、いう事を聞かせることのほうが、生贄の儀式という茶番劇よりもずっと早く単純でいい。

 神父はローズメイを指差して叫んだ。

 

「そ、そうだ! お前が悪いっ! 俺は今まで同情の言葉が心地よくて六人を殺したっ! だが今回の一件はとても慈悲深かったのだぞ! シディアは我が父の元で奴隷として安楽な生活を行えて、村長は金を受け取り、そして俺は気持ちいい! 誰も損をしていないではないかっ!」

「誰があんな穢れた金なぞいるかっ!」

 

 神父のあまりにも身勝手な言葉に対して、村長は貴様なんぞと一緒にされるのは叶わないと大声を張り上げる。

 そして村人たちに叫んだ。


「みんな、聞いてくれっ! 私は確かにシディアが山の『主』の生贄にではなく、領主が密やかに奴隷として連れて行こうとしていたのを知っていた。

 罰するならいい、殺されても構わないっ。だが貴族に逆らって助かる目などなかった、それだけは分かってくれ……」

「大丈夫です、村長」


 シディアは村長を慰めるように肩を叩く。

 彼女は神父の開き直った罪の暴露が……自分自身の死刑執行書にサインしたのと同じだという事を分かっている。


 ローズメイは、村長の言葉に頷き、神父のほうを見ながら前に進み出た。

 その絶世の美貌に気圧されたように神父が叫ぶ。


「な、なんだっ! 女、きさまっ! ……ああ、もしや父の妾として身売りしたいのか? 望むなら口を聞いてやっても良いぞっ」

「お前のような心が醜い男の父では、かつてのおれのような醜い女であろうとも……」


 ローズメイは笑った。相手の男性の尊厳を貶めるような一言を発する。



「……まるで孕む気にならん」



 シディアと悪漢たち、そしてその場にいる全員が溜まらずに膝を突いた。

 絶世の美女のつやめく紅唇から発せられる『孕む』という一言の威力に溜まらず悶絶し、男女の区別なく股間が元気になり倒れ伏し、あるいは壁に身を預けて顔を真っ赤にしながら息をする。


 例外なのは神父のみ。

 性を意識させる一言よりも、彼女の発する凄愴の気配は増していく。

 殺されると直感したのはその時だった。思わず反射的に叫ぶ。


「お、俺の父は男爵だぞ!」

「そうか。で? おれは公爵だ」

「う、う……?!」


 平然と答えるローズメイに神父は言葉に詰まる。

 貴族を僭称する事は大罪だ。

 だから神父は反射的に『嘘をつけ』とあざ笑おうとはしたのだが……できなかった。


 なぜなら、あまりにも美しいからだ。

 貴族に眉目秀麗の人が多いのは地位と権力を盾に、血族に美姫を取り込み続けたからこそだ。

 そして、目の前の絶世の美女は、美しさの極み。

 彼女が貴族でなければ一体誰が貴族であろう――その絶世の美貌が何よりも貴族の証拠。


 たわごとだと決めつけるには、彼女はあまりにも美しすぎたのだった……!!

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