13.初犯
激遅更新ほんとすいません
イヴが殺されるのを回避するためには何をすればいいか。そう問いかけるキースに、オルティスは満面の笑みを向ける。
「まずは手始めに、この屋敷に潜り込んでいる鼠退治よ。────そらッ!」
鼠退治という言葉にキースが疑問を挟む間もなく、オルティスは虚空から大鎌を取り出すと、自身の真上を大きく薙いだ。
蒼く煌めく刃先は半円を描き、天井に吸い込まれる。
天井を切り裂いたのにも関わらず派手な音は鳴ることなく、軽やかなステップで1歩後ろに下がったオルティスの目の前に、赤い染みができる。
「……ね? 大きな鼠よ」
いとも容易く、なんの躊躇もなく人を殺した目の前の少女は、薄く笑う。
血塗れた大鎌を片手に、語りかけてくるオルティスに引きつった笑みを返し、キースは天井に視線をやる。
「随分と……切れ味抜群な鎌だな」
動揺のあまり言葉に困ったキースは、ついどうでもいいことに言及してしまう。
「あら、そうかしら? 日頃の手入れがいい証ね。そんなことより、貴方……この程度で心を痛めていてはあのお嬢様を助けられないわよ?」
「目の前で人が死んだんだ。それも前触れなくな。流石に無感情ではいられないぞ」
「はぁ、まぁいいわ」
この程度で────つまり、鼠とやらはまだ何人も残っている。そして、それを殺すのはキースとオルティスだ。
公爵家の屋敷に来てまさか人殺しに手を染めるだなんて思っていなかったキースは、流石に足を止めてしまう。
「なぁ、待ってくれよ。ほんとにイヴ様は殺されるのか? 散々人を殺して勘違いでしたじゃすまねぇぞ」
「貴方の気持ちもわかるわ。けれど、あのお嬢様は本当に殺されるわ。だって今まで見てきた未来が、何の手出しもなく変わったことは無いもの」
赤い染みを挟んで対峙する二人。
キースに向けられる視線は真剣そのものだった。
「……わかった。お前を信じるよ」
「えらく簡単に信じてくれるのね。もっと警戒するとか、疑うとかないのかしら?」
頷くキースに呆れた視線が送られる。
イヴが殺されるのが確実ならば、キースとしては勿論それを防ぎたい。そして、命を救ってくれた恩人を疑わず、信じたいと思ったのは、キースの直感だ。
「オルティス、お前はその未来視だかなんだか知らねぇが、外したことないんだろ?」
「ないわね」
「ちなみに俺はな、考えなしに突っ込むほどアホじゃねぇが、自分の勘には自信があるんだよ」
「そう、勘ね……」
勘という不確かな判断材料だったが、やらない後悔よりやる後悔、とキースは考えた。
どうせいつかは山賊退治なり、護衛なりで人を殺す機会が来るのだ。欲しいと思った未来を掴み取るために、悪党を殺す────それだけだ。
「てなわけで、これからはどうすんだ? 片っ端から殺していくのか?」
「急にやる気を出すのね……。概ねその通りよ。イヴ様が殺されるのは今夜、それまでに私たちで先回りして数を減らすのよ」
オルティスはそれきり黙ると、ツカツカと応接室を出ようとする。
彼女は別に自由に出入りできるのかもしれないが、一応キースはただの冒険者。許可なくうろつくのは許されないだろう。
「まてまてオルティス。俺はそんな自由に公爵家の敷地を歩き回れる訳じゃないんだが?」
「あー、そうね。私から話を通しておくから平気よ。もし怒られたら一緒に叱られてあげるわ」
「こりゃまた随分雑な……」
なんとも不安な先行きだが、キースは仕方なくオルティスへとついて行く。
応接室を出て、オルティスがメイドに何か話すと、かしこまりましたとお辞儀をしてメイドはどこかへと去っていった。
「さ、これで多分大丈夫よ。屋敷の中は後でいいから、外から行くわよ」
「武器も何もないんだが?」
「これを使いなさいな」
屋敷を帯剣して歩けるはずもなく、武器は勿論預けてある。
そんなキースに渡されたのは、これまた虚空から取り出した一振りの短剣だ。
黒で塗りつぶされた刀身は光を吸い込み、妙な威圧感を放っている。本来なら長剣を主に使うキースであったが、今から行うのは派手な戦闘なんかではない。そう考えると、多少不得手でも短剣というのはベストなのだろう。
「先に言っておくが、俺は短剣の扱いはそこまで上手くないぞ」
「安心しなさい。基本的には私が魔法で意識を刈り取るから、二人でサクサクやるだけよ」
無表情で握った拳を振り下ろして見せるオルティス。
彼女なりのジョークなのだろうが、その姿は作業的に人を殺しているようにしか思えず、悪寒を覚える。
「それに、夜は派手な戦闘になるわ。その時にはちゃんと貴方の得意な長剣を渡してあげるわ」
「そうかい。なら文句はもうねぇよ」
キースはそう言うと、懐に短剣を忍ばせる。上着の裏側には、短剣を収納するケースが縫い付けてあるのだ。
オルティスは既に大鎌を消しており、傍から見ればただの散歩だ。
「なら行くわよ、まずは東の森ね」
「了解だ」
こうして二人は秘密裏に血塗られたお散歩デートを始めるのであった。
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公爵家の屋敷、その東に広がる森にキースとオルティスはやって来ていた。
紛れ込んだ鼠を探すのが第一段階なのだが、正直なところ、キースは魔物の気配は感じ取ることが出来ても、息を潜めている人の気配までは感じ取れない。
「森に来たのはいいけど、どうやって鼠探しをするんだ?」
「貴方に索敵の技能なんて期待してないから、私がやるわ……まずはこっちね」
「おう……なんかへこむな……」
キースは辛辣な言葉に肩を落としながら、前を歩くオルティスについていく。
二人の間を土を踏みしめる音と、葉がこすれる森のざわめきだけが支配する。
オルティスの足取りは迷いがなく、森のどこに鼠がいるかを、まるで把握しているかのようだ。無駄に話しかけても発見されるリスクが高まるだけということもあり、無言で歩き続ける。
そうして幾らか歩いた後に、オルティスが足を止めた。
「いたわ。そこの木の上、葉に身を隠しているのが1人ね」
「……よく見つけられたな。言われねぇと分からないだろアレ」
「私の有能さを褒め称えるといいわ。とにかくやるわよ」
隠れている鼠からは少し離れた木陰。二人は頷き合うと、行動を開始する。
作戦は森に足を踏み入れるまでにオルティスから伝えられていた。
一人の場合はオルティスが魔法で眠らせたところを、キースが素早く忍び寄って殺害だ。
「スリープクラウド」
オルティスは太い幹から半身を覗かせ、前方に腕を突き出す。
使用する魔法は睡眠の魔法で、対象に気づかれていない場合は絶大な効果を発揮する。今回も例に漏れず鼠は一瞬で深い眠りに落ちた。
「じゃあな」
「ぐっ……!」
素早く木に登ったキースは懐から取り出した短剣で喉を一突き。口元を片方の手で塞いでおくのも忘れない。
刃を突き立てた瞬間、鼠の体は悶えるようにして暴れるがそれも一瞬のことで、すぐに力を抜いて大人しくなった。
「……ふぅ」
何度も魔物を刺し貫いて来たキースだが、人間を刺したのは初めてだ。肉に刃が食い込む感触、痛みに呻く声、命を奪うという、罪悪感。
────魔物を殺すのも、人を殺すのも、命を奪うという点では同義のはずなんだがな。
血に濡れた短剣を軽く振るい、血を飛ばす。残った汚れは布で拭き取ってやり、キースは短剣を懐に仕舞い直す。
「次に行くわよ。あまり悠長にやっていると異変に気づかれる。素早さが肝心よ」
「あぁ、わかった」
二人は小声で言葉を交わすと、それきり黙り込んで歩き出す。
索敵はオルティスが行うため、キースはその後ろをついていくだけだ。
静寂と重苦しい空気だけが支配する森の中で、キースは拳を握る。
会って間もないが、既にキースはイヴのことを好ましく思っている。身分差を盾に横柄な態度を取るわけでもなければ、変に性格がこじれているわけでもない。
それに、幼いのだ。
弱きを助け強きを挫く、そんな言葉を、キースは昔聞いたことがある。
馬車の中で向けられた、幼い少女の笑顔を守るためならば────
「やるんだ、俺が」




